2010年4月20日火曜日

気功でポン


今日もやってきました気功でポン。

僕のアイドル、小汚い中年男性のスティーブは今日は欠席でした。
おかげで何だか損した気分。

「体育」先生も今日はお休みで、代わりにもう少し年配の「満足」先生が初お目見えです。
とにかく満たされた者のようにお上品な話し方をする彼女は、気功のポージング(合ってる?この表現)に関する細かい技術的な部分を教えてくださったので、とてもわかりやすかったです。

途中、中上級者と初心者に分けられて、僕は「満足」先生にほぼ付きっきりにされながらレッスンを受けることになりました。
おかげで普段なら先生の目を盗みながらちょいちょいポージングをさぼるのに、今日はそれができずに膝がガクガク。(舐めちゃいけないもので、上半身はひたすらリラックスを求められるのに下半身は部活並みに筋持久力を求められる中腰のポーズが多い。)それとほぼ持病に近い右の首から背中の張りに痛み苦しんでました。

もともと集中力が極端に無い僕ですからこの手のレッスンにはすぐに飽きて中上級者のレッスンに目を向けてしまいます。
先輩方の取ってるポーズは何だか武術っぽくてカッコいい。
名前もちゃんと付いてて「龍」とかいうのもあった。

いいなあれ、とか思いながら色々聞いてみると、どうやらこの気功にも空手と同じく級だか段だかがあるみたいです。
とりあえず僕が狙うのは8級とのこと。

そういえばむかし松濤館空手をやっていたころ、師匠に言われてしぶしぶ昇級試験を受けに行ったことがあるのですが、その時もまず受けるのは8級でした。
ちなみに見事合格したものの(受ければ全員受かる)その後の登録費、わずか3000円が払えなくてそのまま空手を辞めたと記憶しています。

今回の気功に関しては余裕で登録費いらないとのこと。

ちょっと言ってみたい。
「俺、気功8級」

履歴書に書くのもいいぞ。

2010年4月17日土曜日

その宗教に名前は無い。


医者に指示された絶食期間も過ぎ、体調もいくぶん回復したので久々に登校してきました。

出席率のいい僕が二日も連続で休むのはなかなかのインパクトらしく、クラスではみんなが心配してくれます。
それと関係あるのか無いのか、ここんところ金曜パブの出席率が悪いラウラとジャディラのお気に入りコンビが、めずらしく「一緒に飲みに行こう」と誘ってくれました。誘わないでも俺は行くけど。

今週一日だけクラスメイトになった日本人の女のコ、『全寮制』とその友達の日本人女性、『南風』と『姉顔』も一緒に行きました。
あとクラスメイトのヒョンとジンソックも一緒。(ともに韓国人男)

パブではちょっとタイプの『南風』と楽しく会話をし始めるたびにラウラとジャディラが別の会話を割り込ませてきて、ぼくの得意とするにわかラブをことごとく遮ってきます。
そして何度もそれが続くので僕ももうあきらめて、『南風』に後ろ髪をひかれながら二人の会話にどっぷり付き合うことにしました。

まだ言うか「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」から始まり、いい加減ややこしくなるのでベタに丁寧に「友達として好きなんだよ」と説得をして、そこから彼氏のいない二人の女のコと彼女のいない男の恋ばなが始まりました。

もう何度言われたかわからない「キッチーはどんなコがタイプ?何人(なにじん)がいいの?」との質問に、もう何度答えたかわからない「どんなコでもいい。俺を好きになってくれるなら」というカマトト丸出しの答えに続いて「おまえらはどこの国の人がいいの?」と返してやると、ジャディラが必殺あげまんスマイルで
「ジャパニーズ!!」
と言って抱きついてきました。
後ノリでラウラも「ジャパニーズ!!」でした。

ただし、先日ラウラが話した宗教観の話をきちんと覚えているので、すぐにその話を振るとそれにラウラもジャディラも答えて
「そういうキッチーは何の宗教を持っているの?」
と聞き返してきます。

多くの日本人と同じく無宗教の僕は、親の勝手で実家の神棚に自分の名前が入った何かよくわからない札が飾られているだけでまあまあ腹が立つくらい、無宗教というよりはそういった類いのものがちょっと嫌いなのですが、物事を説明あるいは否説明(変な言葉)するときによく「神様」という言葉を使います。

もちろんそれは信仰心とはほど遠く、哲学にも届かない「遊びの価値観」というか「そうだったら面白いな、楽しいな」程度の「おはなし」なのですが、そのおはなしを二人にしてあげました。

まず「神様」は「神様」であってジーザスでもブッダでも何者でもないということ。なんなら「サムシング」でもいい。
そして(キリスト教全然詳しくないからよくわかってないけど)キリスト教のエンジェルにあたる使いっぱみたいなのがやはりいるということ。
そして「神は至る所に」ではなく「使いっぱが至る所に」という考え。
それと「拾う神」について。

「俺はね、好きな歌を聴いたり好きな小説を読んだり映画を観たり、暖かいシャワーを浴びたり、天気がよかったり、海を見たり、美しい景色を眺めたり、そんなことだけで自分が拾われた気分になって感謝をしたくなるんだ。そして自分を幸せにして自分が感謝できるものなんて至る所にあって、しょっちゅうそういうものを探している。
いわゆるマザコンとは違うけど、そういうものの『拾う』という性質全てに母性を見出している俺は、自分のことをやはりある種のマザコンだと思っているんだ。
ただし、自分の父ちゃんや兄ちゃんや男友達も同じように自分を拾ってくれる。彼らに母性を当てはめるのはちょっと気持ち悪いだろ。
だからきっとキリスト教も『母性は至る所に』ではなく『神は至る所に』っていうことにしたんじゃないかな。
神は一人でいいけど使いっぱがあらゆるところにいてそいつらがいつもサインを出しているような気がするんだ」
なんて話を、途中「母性」を説明するのに手こずりながら説明してあげました。

ジャディラもラウラも微笑みながら聞いててくれたので
「今おまえらが微笑んでいるのは、何割かは使いっぱが俺の話をおまえらに届けてくれたおかげかもしれないよ」
と付け加えました。

この話、自分のケツの穴を見られているようで、告白するのは地獄のようにこっぱずかしくなるのですが、実は結構な回数、この話を女のコにして口説いたことがあります。
もう僕いい大人なのでこれを機に封印したいと思います。

ただしこれを話した後、ラウラが考えを変更。
「別に私、彼氏にする人はカトリックじゃなくても何でもいいかな」

効果あり。
ラウラとジャディラ、二人同時に口説き落とせないかな、なんてことを、腸痛のせいでリンゴジュースしか飲んでおらず、完全シラフなのに半分以上本気で考えてしまいました。

体調、回復したな。

思い出のDVD


ささやかどころではなく、昨日、本格的な腹痛と下痢に苦しみ、学校も久しぶりに欠席しました。
昼間はおそらく高熱も出ていたのでしょう、ガタガタ震えながらそれしか持っていない夏物布団にくるまって、自分のワンパターンなオチのつき方を呪っていました。

こっちに来てからすっかり体が弱くなり、以前購入したイブプロフェンが運よく残っていたので、それを服用して少し落ち着いたのが今朝。
いつもお世話になっている日本人の先生のクリニックに予約を入れて、今しがた行ってきました。

インフルエンザ、胸の痛みに続いてわずか半年で三度目の訪問に、先生からも「こっちに来て体弱くなったんじゃない?」と指摘され、腸をスキャナーされての診察結果が何かはよく覚えていないけど、とりあえずビオフェルミンとか水に溶かして飲む粉とかを渡されて下された処置は「絶食」でした。

「明日の昼まで、今から24時間何も食べちゃ駄目。飲んでいいのはこの粉を溶かした水のみ」

病院帰りのときは大抵いつも甘えっ子気分になり、「帰ったらアイス食べよう」とか「ゼリーとプリンと…あとチョコレートもいっぱい買おう。果物とジュースもいっぱいあった方がいいな」てな感じになるのですが、それらのしみったれた幸せ計画も全て頓挫しました。

空腹に耐えながらも(食欲は普通にある)甘えっ子気分は全然抜けていないので、英語の勉強をする気はなく、これを紛らわすのにYouTube以外になんか無いかな、なんて思っていたら、ブルーノに貰ったDVDをまだ観ていないことを思い出します。

わくわくしながらそのDVDをパソコンに入れたのですが
「このプログラムには既知の互換性の問題があります」
というつれなくとも意思の固い、何より意味不明の表示が出てきて、とりあえず僕のパソコンではこのDVDが観れないということがわかりました。

オチの上塗り。

仕方なしに中に入っていた歌詞カードでも読みながらU2の文学的な世界観に自分の思い出をオーバーラップさせてみようかな、などと貧乏性丸出しのハイエナ的暇つぶしを試みたところ、歌詞カードかと思っていたそれを開いてみたら中はただのフォトスクラップで、ろくすっぽ興味の無いアイルランドの中年4人眺めるはめになりました。

ファミコンをはじめとして幼いころから遊び道具をあまり与えられてこなかった僕は遊び上手というか暇つぶし上手で、高校3年生にもなって、引き出しやら棚やら部屋中からキンけし的なフィギュアを集めて一人サッカーごっこをし出したこともありました。
「くらえー!稲妻ショットー!!(オリジナル)」なる無差別級のイタいセリフを小声で吐きながらノリノリになっているところをボール(ビー玉)が床に転がる音がうるさくて一階にいた父親に怒られるというキャリアを持つ僕ですが、さすがにボノたちの写真うつりにはこれっぽっちも興味が無く10秒で眺め終えました。

DVDプレーヤーで観るしかないのかな。
まあ、思い出の一品にはなったよ。

仕方なしにYouTubeで我慢します。

2010年4月14日水曜日

気功でポン


昨夜約束していたとおり今日は授業前にブルーノのフラットまで行きました。
着いたら着いたで大家は不在だったんだけれども、どちらかというとブルーノとの別れを惜しむというのが本題だったので別にかまいません。

とりあえずディアナパオラが昨日書いた手紙を彼に渡し、大家の電話番号をブルーノに教えてもらい、授業までの時間を二人で散歩してやり過ごすことにしました。

と、その前にブルーノが新聞紙に包まれた何やらを恥ずかしそうに僕に渡してきます。
「キッチーにはいろいろとお世話になったから」
と言って渡してきたそれを開いていみると、中はU2のDVDでした。
 
「この時代のU2が一番好きだって言ってただろ」
と付け加えてました。
言ったっけ?俺。

ものを貰うのなら手作りのものか手元に残らないものがいい、と常日頃から言っている僕なので、彼がフランスでアマチュアバンドマンだったころの映像や音源があればよっぽどそっちの方を貰った方が嬉しいと思ったのですが、これはこれでもちろん嬉しいので素直に、というより少し大袈裟に喜びました。

「家に帰ったら真っ先に観るよ」
とDVDを丁寧にバッグの中にしまって、天気のいい春の日差しの中をホモカップルのように二人で出かけました。

ちなみに彼の住んでいるカムデンタウンというこの街はアーティストやらミュージシャンが多いことでまあまあ有名な街らしく、それ以外には大きなマーケットが人気の街でもあります。ちなみに治安の悪さでもまあまあ有名。
僕が先月まで住んでいた街から近かったのにも関わらず、そのマーケットに行ったことが無かったものだからそこまで二人で歩いて、ついでに授業前の小腹を満たそうということになりました。

市街地を流れる小川のほとりの広場を見つけ、ブルーノは食ったばかりだから要らないと言ったので、自分用の飯を探しに広場に出ていたいくつかの屋台をブラブラ冷やかします。
そこに出ていた屋台のフランス料理をブルーノが勧めたのを二つ返事で断って、隣に出ていた中華をバイキング形式でパックに詰めてもらいました。

小腹を満たすどころかガッツリ大盛りのそれを必死に喰らいながら、小川のほとりでブルーノが一人しみったれています。

「なんだろうこの感情。ただの寂しいとも違うような・・・」
モグモグ(口ん中いっぱいで答えられない)。
「ユーロスターでわずか2時間ちょいの場所に移るってだけなのにね・・・」
モグモグ。
「はあ、この場所もキッチーとの思い出になるんだろうね・・・」
モグモグ、ゴックン。
なんだか僕ら、本物のホモカップルみたい。

ブルーノの独白はまだ続きましたが、授業の時間が近づいたので僕らは小川を離れてバス停に向かいました。
途中、ブルーノがまた感傷的なことを言ってきます。

「キッチーは本当に我慢強い男だよな」
何を指して言った言葉なのかはわからなかったけど「世話好き」という野次馬根性は僕の趣味なので
「我慢ではなく好き嫌いの問題だよ」
と答えてあげました。

それでも飽き足らず「キッチーはいいヤツだよ」と続けたので「I hope so」とだけ答えると、「俺もいいヤツだよ。でもキッチーほどじゃない」とまた返してきます。
「I don' hope so」
と再び返してやると
「俺もキッチーのような男になりたい」
と締めくくってました。

おまえのような真っ当な人間がこんなケチな半端もんに憧れるなよ、とも思いましたが彼の幸せな誤解を正すような野暮も必要ないのでそのまま流してあげました。

バス停が近づき僕らはラテン人がよくやる挨拶のように肩を抱き合って別れました。
街角で僕はバス停に向かい、彼は自分のフラットに戻ります。
こういうシチュエーションのとき、いつもは僕が立ち止まって去っていくものの背中を名残り惜しむのですが、今日はたぶんブルーノがそうしていたと思います。

そうしていたと思ったのですぐには振り返らず、そろそろブルーノもフラットに向かって歩き出したかな、というタイミングを見計らってから僕は後ろを振り返りました。
予想が当たってか、初めから立ち止まっていなかったのか、角には誰もいませんでした。

しかし僕は、僕らがおそらくまた再会するであろうことを知っています。
この手の予感は当たる、と言いたいのですがエリカの件で大外れをしたので何とも言えません。

そんな感じでDVDが入ったバッグを大事に抱えて登校して、しみったれたまんま授業を受けました。
途中、屋台の中華が当たったのか腹をくだし気味でトイレへと抜け出しました。
このささやかなオマケ、要らない。

そして授業が終わったら今日はお楽しみの気功デー。
今日は初めて見る顔がいくつかありました。

まずは奥さんが日本人だという中堅どころの紳士な生徒、グリーン。
同じくそこそこ長いこと気功を続けているっぽいイギリス人の、名前を忘れたあの人。
彼らが連れてきたお試し体験のスティーブ。スティーブかも。
それとは別で一人で来た体験のおばちゃん、ベッキー。
先週の体験者、日本人のお兄さんは今日は来なかったのでちょっと寂しかったけど、チンチクリンのダメおやじ的なスティーブがかわいかったので、充分もとが取れた気分です。

年少か年中あたりが初めて作ったシュウマイのような顔をしたスティーブはとにかく笑い上戸で、『いい人』先生が見本的に大笑いをしたのを見て(気功は呼吸の中でも特に吐く方を重要視しているので、この「笑う」というのが大切らしい)、彼はマジ笑いをしていました。
だってホントは笑いながら気功の型の動作をしなくてはいけないのに、アイツ、腹抱えてうずくまってたもん。

それを受けて『体育』先生はつられ笑い。
マークは苦笑い。
僕は何故だか照れ笑い。
素敵なサークルです。

ちなみに両サイドのポケットの下がボロボロに裂けている汚ったないズボンをはいているスティーブは、その裂け目から白のブリーフをチラリズム的に披露しており、それとは関係無しにチャックは終始開きっぱなしでした。
誰も注意しない。

レッスンが終わった後、グリーンとマークともう一人の彼がスティーブを熱心に勧誘してくれたおかげで、来週以降もスティーブは通い続けることが決定。
僕の大好物なタイプのこんな素敵な中年に会えて、気功通いがますます楽しみになりました。

帰りがけのバーは、みんな用事があったらしく今日は『いい人』先生と二人っきり。
魅力的な彼女のタフでハードで肉付きのいい人生経験を聞きながら、ささやかな腹痛と闘っていました。

話の流れで何故だか彼女から鍋を貰うことに。
世話好きな彼女は来週それを持ってきてあげると言ってました。
ものが増えるのがあまり好きでない僕ですが、真っ当な人間の親切心を断るわけにもいかないので、ありがたく頂戴することにします。

こうして長い長い一日が終わったわけですが、ちょっとノドが風邪っぽい。
腹もまだちょっと痛いな。
「帰ったらそっこう観るよ」と言っていたU2のDVD、とりあえず明日にしよう。

2010年4月12日月曜日

ファイナルギグ


今日の授業で初めて日本人のクラスメイトを持ちました。
そのコは今日からうちの学校に通い出した二十代半ばの可愛らしい女のコでテンションが上がったけど、喜びもつかの間、授業終了後にそのコが下のレベルのクラスに移りたいと受付に申し出たので、明日から日本人はまた僕一人です。

今日はブルーノの最後のギグの日。
先週いっぱいで学校を終え、今週水曜に帰国して仕事を母国で探す予定のブルーノともこれでお別れ。
色々と変わってしまった元クラスメイトや現クラスメイトを誘ってみんなで会場となるいつものパブに向かいました。

ちなみに今、僕らの授業の時間帯は生徒の人数が増えたためクラス編成が上、中、中の下、下の4クラスになりました。僕は中のまんまですが、ファンキーズもブルーノもマルタもジュリアーナもその他今年の1月から通い始めた僕の後輩たちもみんな上クラスに上がってしまいました。

実力で先生から上に上がるように指示される生徒もいれば、本人の希望で(もちろんある程度の能力は必要だが)上に上がる生徒もいます。(ジャミーリとブルーノは後者)
そんなだから元のクラスメイトたちからも「早くこっちのクラスに上がってきなよ」と急かされています。

自分の能力をしっかりと把握している僕自身と講師のラウールは別として、発音がいいがために英語全般の能力が優れていると勘違いされがちな僕が中クラスのまま留まっている理由を、上クラスの講師、美人のカミーラのことが嫌いだから、というふうにみんなに誤解されています。

ちなみにロスィオは僕の誕生日に受付でプリントアウトした履歴書を持ってカフェに面接に行き、そのまま採用が決まってしまったので、次の週以来学校には来なくなりました。
先週金曜、ブルーノの最後の学校の日だからということで、彼女に連絡をして旦那さん共々ひさびさの再会を楽しみしました。

パブでみんなとやりながら彼女と話をしたのですが、仕事のスケジュールが授業時間とかぶるため、授業を午前に変えようかとも考えたんだけど、料金が高いので断念したそうです。
仕事が充実してて今は他の学校にも通っていないとのこと。
私に未だに連絡をくれるのはキッチーくらいのもんだよ、と抱きしめられました。

それと売店のユキちゃんもいなくなりました。
一時的のものなのか退職したのかわからないけど、いなくなってからの期間が長いのでたぶん後者です。

そんな感じなので金曜のパブでみんなが集まったのは久しぶりのことで、その流れで今日もギグにみんなで行く約束をしていました。

パブでのブルーノの持ち時間はいつも通りわずか2曲分で、僕の誕生日の時と同じくフランス語の歌に続き、U2のONEを歌ってました。
ONEはU2の中で最も好きな曲の一つだということをいつだったかブルーノに話したことがあって「きっと俺のためにこれを選曲したんだな」などと、女性に対してだけではなく男に対しても自惚れ屋な僕はセルフで勘違いをしてあげました。

今月から住み始めた僕のフラットが早くも気に入らないため、来月いっぱいでまた引っ越そうと思うので、もしもの時のためにブルーノの大家に会っておこうと思い、明日もブルーノに会う約束をして、ディアナパオラと一足先に退散しました。

ブルーノは僕以外のみんなに帰国日をギリギリまで伝えてなかったらしく、その突然のお別れにディアナパオラが帰りのバスの中で「プレゼントも手紙も何も用意できなかった」とこぼしていました。
じゃあ今から書けばいいじゃん、と僕は自分の汚ったねえノートを千切り、彼女にペンを渡しました。
何を書いていたかは忘れたけど最後に「読みづらいのはキッチーのペンのインクが無いせいだからね」などと要らない小ボケも加えてました。

僕もそのノートの裏に
See you later
とだけ書いてあげました。

明日会った時にブルーノに渡します。

2010年4月10日土曜日

あだ名


僕の本名に「ズィーニョ」をつけて呼ぶクラスメイトが何人かいるのですが、これの意味がわからないクラスメイトたちに説明してるところから派生して、あだ名の話になりました。
ちなみに「ズィーニョ」はブラジルの言葉で「ちゃん」という意味。

ところで子どもの頃、それはそれは素敵なあだ名があちこちにつけられていたのに、何故大人になったらそれらは自然に消えていくのでしょう。
パッと今思いつくのだけでも「おじ」「かつら」「はなじ」「ジェット」「ぶーぶー」「テランボー」「ナメック」「マラ」「ポキール」「なめちん」「セーブ」「へまた」「ドバーマン」「へち」「ヒマラヤシーダー(マツ科の木の名前)」…などなど。
中にはその由来がわからないものまであります。

高校卒業したての春休み、運転免許の合宿教習で長野に行きました。
そこで知り合った二つ三つ年上のあんちゃんとあだ名の話題になり、今までの知り合いの中での一番面白いあだ名は何かという話をしました。

彼の小学校の同級生が、誰もいないクラスで好きな女の子のブルマの匂いを嗅いでいたところを目撃され、以来「クンクン」というあだ名がつけられたという話をしてくれたので、ぼくは高校の同級生の「※※」というあだ名を持つ山ちゃんの話をしてあげました。

「※※」は伏せ字ではなく文字に起こすのがちょっと不可能なのでこういう表記にしました。
説明するなら落語家がそばを食べる模写をするときに口元で鳴らすあの音。
簡単に言えば唾をすする音。
もはや「あだ」ではなく「」といったところです。
それでもあえて文字にするなら「ジュル」といったところか。

なんでこんなのが山ちゃんのあだ名(?)になったのかというと、当時童貞バリバリのシャイボーイだったくせに山ちゃんが、話の流れとあんまり関係ないときに
「俺、クンニリングス大好き」
と、クンニをフルネームで呼ぶ行儀良さをもってそう言い、その様子を舌を出し唾をすすりながらジェスチャーし出したからです。

以来、同じく同級生だった『前科』とさんざんそれを真似して馬鹿にするわけですが、それが次第に彼の呼び名となり、授業中には誰に気付かれることなく山ちゃんを呼ぶことに成功しました。
犬笛と同じ効果だね。
当の山ちゃんは顔を真っ赤にしていたけど。
シャイなくせして慣れないことするからだよ。

というかこの子、すでに「山ちゃん」というあだ名をちゃんと持っているよね。

いつもにも増してどうでもいい話をしてしまいました。
ごめん。

あ、そういえば山ちゃんに借りてたジューダスプリーストのカセットテープ、まだ返してねえや。
それこそどうでもいいか。

2010年4月9日金曜日

通学路


引っ越してから家賃が高くなった代わりに学校までの距離が短くなったので、節約のためにバス通学に変えました。
チューブの中の頭のおかしい人達を見れなくなった代わりに、景色はいいのでまあご機嫌です。

良くも悪くもない思い出の場所、ビッグベンとロンドンアイは比較的うちの近所。
このアングルを右に舐(な)めながら学校に通っています。

2010年4月6日火曜日

気功やばい


十代の時に腰を壊してからヨガとかピラティスとか、体が柔らかくなるイメージのあるものに興味があり、せっかく今、時間に余裕があるのでその手の類いのものをネットで検索していました。

掲載されているどのレッスンも値段が高かったんだけど、その一つに「気功」なるものがあり、ヨガやピラティスに比べて格段に料金が安く、しかし記載文を読んでいるとちょっと怪しそう(言い意味で)。
この手のサークル勧誘の代表者名にはファーストネームを用いることが多いのですが、その気功の先生らしき人の名前には男らしい、そして達人の雰囲気漂う日本人の名字が平仮名で記載されていました。

怖いもの見たさの精神はいくつになっても治らないもので即刻メールを送り4月第一週目の今日、その体験に行ってまいりました。

いやあ、面白かったねえ。

まず着いて早々挨拶をしてくれた女性がネットの掲示板に記載されてた連絡係の方であることが分かり、達人の名字だと思っていた名前がその女性のファーストネームであることが判明。
「え、女のコの名前にそんな強そうな動物の名前つける?」
「逆にそのまま男の子のファーストネームにも使えるよね」
との感想はもちろん胸に秘めておきました。

あだ名は『いい人』に決定。
彼女はサポート的な先生といった役どころで、しばらくして同じくサポート先生の『女上司』とメインの先生の『体育』がやってきてレッスンは始まりました。

ちなみに教える側のこのお三方は全員僕よりちょっと年上に見える脂の乗り切った魅力的なお姉さん。
つまり世間的にはおばさん。とかは言いっこなし。
他にはまだ新人っぽいお姉さんと、僕と同じで初体験のお兄さんと、唯一の外国人(イギリス人)のマークと一緒に少人数でのスタートです。

おかしくもないところでみんなで馬鹿笑いをしたり、酔っ払いの真似をして歩いてみたり、動物になってみたり、宇宙を感じたり、海や川に入ってみたり(もちろんイメージで)で、常に自分を客観視してしまう悪い癖のある僕は、この手のものは盛り上がりに欠けて「無し」なんだけど、みんなニコニコ顔で楽しそうだったのと、自分の今までの人間関係でこの種の人達との付き合いが無かったことから、終わる前からこのサークルに入会させてもらうことを自分の中で決めてました。

突っ込みどころというよりボケどころがたくさんあったレッスンの最後に「気の交換」と言って、先生の『体育』が一人ずつ、「気」で後ろに吹きとばす…というより押すのですが、これには個人差があり先生のいる壁の端から反対側の端まで「気」に押され続けられる人もいれば、わずか5、6歩後退しただけで止まってしまう人もいたりとなかなかスパイシーなことが行われました。

僕の番になり、先生に指示された通りお互いの手首と手首をくっつけて、腰を落として足腰を前後に、手首は円を描くように動かす(先生いわく「気を練る」)のですが、普段、日本人の魅力的な年上の女性に接する機会の無い僕は、フォークダンスでお気に入りのコと手を繋いでいる小学生のごとく舞い上がってしまいました。

結果、後退歩数1歩。
しかも「気」ではなく自力で。ずるっこして。

引きで見たら三人のおばちゃんが教えている健康クラブみたいなので「稽古」というよりは「レッスン」という表現が適当であろうとはいえ、そこは腐っても「気功」。
中国何千年かの歴史あり、武道にもルーツあり、にカテゴライズされそうなこの手のものに、雑念の塊が丸腰で歩いているような僕にはあんまり向いていないみたいです。

そんなことより『体育』先生やサポート役の二人の先生に僕の妄想あれこれを見抜かれていないかな、なんて気功に過大に畏怖しながら体験レッスンを終えたのだけれど、とりあえず首の凝りと背中の張りが治ったらいいなあくらいの気持ちで続けてみることにします。

帰りにみんなで行ったパブでの会話も興味深かったので。

2010年4月4日日曜日

オックスフォード小旅行

まあまあ都会のVICTORIAといところに昨日引っ越しを済ませて、前のフラットメイトたちに誘われ今日はオックスフォードに行ってきました。
メンツはセバスチャンとマリアを除く6人プラススペインからレティーに会いに来ていた彼氏と僕の計8人です。

基本、建物系の観光に全く興味の無い僕は行き帰りの長距離バスだけが何故か楽しく、窓から見える広大な畑の風景がブラジル時代の遠征を思い出させます。
感傷に浸ろうかとも思ったけど僕の隣はファンパオロだったので無理でした。

着いたら着いたで阿修羅のように寒くて一刻も早く帰りたかったのですが(おそらく最後の方はみんなもそうだった)ノリノリのサンドラが疲労と寒さにくたばりかけたみんなを無理矢理気味にひきまわしていました。
「これがハリーポッターの…」とか言われても興味無い。

この旅行における楽しかったことと言えば、帰りのバスに乗る直前に寄ったパブでくつろいでいるときに、レティーがファンパオロの汚い天然パーマネントに大量の塩をふりかけたことくらいです。

レティー、はにかみ屋かと思ったら意外とおてんば。
彼氏もニコニコ眺めてました。







2010年3月31日水曜日

カラスが鳴くから帰りましょう の「しょう」の部分がいつも音程外れてた。


先週末か今週初めか定かではないけどイギリスで夏時間が始まりました。

子どものころ塾の国語のテキスト本で、昔日本でも一時期このサマータイム制度を実施したということを知りました。
細かい条約のことや今現在のサマータイム制度導入に対する批判はさておき、昔のサマータイム制度が続かなかった理由は、
「明るいうちから酒が飲めるか」
というのがそのテキスト本によるざっくりとした見解でした。
ざっくりし過ぎが。

しかし今の僕の感想は「明るいうちの酒こそがおいしいのに」というのが素直なところです。

同じく塾の国語本でダイヤモンドと照明についてのエッセイっぽい文章も読みました。

その筆者の価値観は
「家の電気を点けっぱなしにしていることにヒステリックに反応するのは何故?お金を節約して、そのお金で何を買うの?そのお金でダイヤを買うくらいなら私は家の明かりが欲しい」
というものでした。

今でこそエコだとか省エネだとか二次的な価値基準も割り込みますが、そんな風潮が一切なかった当時、僕はこの考えに賛成してました。

冬が嫌いという理由に当然「寒いのが苦手だから」というのは挙げられますが、そういう人たちの中に「日が短いから」という理由を持たない人や、それ以前にそのことに気付いていない人もいます。

僕はかなり幼いころからこのことに気付いていました。
冬は夏より一時間半も早くチャイムが鳴っていたから。

こんな話をブルーノにしてやったらアイツは暗いのが好きみたい。
それ繋がりでフィギュアを何体か持っているくらいバットマン好きらしい。

変なヤツ。

2010年3月30日火曜日

受け入れないシリーズ


超久々の受け入れないシリーズ。
といっても今回はあるあるネタ的なものではありません。

春のセンバツ高校野球。

夏の甲子園でもいいんだけど時期的にこっちが話題だから。
まあ、要は高校野球に関してのことです。

「甲子園球児っていつまでたっても年上に感じるよね」
のあるあるを一切受け入れられないのは前にも言及しましたが、それ以前に僕は高校野球が割と嫌いです。
しかし野球そのものは好きです。

ちょいちょい「プロ野球は観ないけど高校野球は大好き」という人がいますが、彼らにその理由を尋ねると決まって「高校生であるがゆえの面白さ」を前面に押し出して答えてきます。

その彼らが述べる「好きな理由」がそのまま僕にとっては「嫌いな理由」になっています。

日本人の日本人たる所以(ゆえん)、つまり日本人らしさを僕は好み、常にそれに関して語っていますが、教育やスポーツの上での「軍隊っぽさ」は指揮される側の頃から指揮する側になった今に至るまで一貫して嫌いです。

野球そのものは好きなわけだしひたむきな高校球児も別に嫌いなわけではないので、僕を高野連のトップに就かせて全権をゆだねてくれないかなあ、などと高校野球シーズンは常に妄想しています。

その圧倒的な権利を持たされたらまずやることは

ボーズの禁止。及び「全員同じ髪型」の禁止。(ただし一チーム二名まではボーズOKとする。その場合届け出が必要で、その二名も全く同じタイプのボーズは許されない)

あの変な形の帽子、禁止。頭にフィットしたやつにしなさい。

ベルトも禁止。理由はゴルフ、ビリヤード、ボウリング、ダーツなどの類いの今ひとつスポーツとして認めたくないものの部類に入っちゃうから。分かる?この意味。なんとなくわかるよね。つまりベルトしてダッシュしたりスライディングしたりするなということ。

高校野球経験者は監督になれない。助監督という位置づけならOK。

ピッチャーが投げていい変化球はフォークと縦のカーブのみ。
この二つも一打者に対してそれぞれ一球ずつまでしか投げてはいけない。

その縦のカーブも「ドロップ」と呼ぶことにする。(沢村栄治に敬意を表して)

ポジションによる背番号の統一、あれも無し。

ベンチから出していいサインは「ホームラン」のみ。
ヒットエンドランも盗塁も野球の戦術の中で、教育上特に問題は無いと思われるが、サッカーのように実際に声に出して伝えるか、アイコンタクトでがんばろう。

「ホームラン」というお茶目なサインを残したのはサインそのものは子どもの秘密の遊びじみてて好きだから。
同じ「ホームラン」のサインでも5種類以上考えて事前に高野連トップである僕に提出。
その際、審査があり、既存の「帽子のつばを触ったり」や「肘や肩を触ったり」という色気も面白みもないものは全て却下。
マネージャーが投げキッスしたら「右方向にホームラン」とか、監督がズボンを全開に降ろしたら「場外ホームラン」とか補欠の高島くんがアンジェリーナジョリーのモノマネをしだしたら「レフトポール直撃のホームラン」とかチャーミングなのを色々考えて。

あと絶対廃止したいのが送りバント。
送りバントをしたチームはその時点で負けが決定。部活そのものも一年間の活動禁止。
スクイズなんかやった日にゃ即廃部。
そうだ、この際だからバントそのものも禁止しよう。

ユニフォームにも審査があり。つまりダサいのは禁止。

つち持って帰るのも禁止。あれ嫌い。
どうしても甲子園に出場したという思い出なのか証拠なのかが欲しいのなら何か他の物を考えてあげます。
本に挟むしおりなんかどうだろう。一枚350円でちょっとボり気味に売りつけて。
すぐ無くなっちゃいそうだけど、思い出なんてものはそれくらいがちょうどいい。後は記憶しなさい。

こんな話、高校野球ファンに聞かれたら怒られそうだけど、元高校球児のポシくんにこの話をしたことがあって、そのときは優しいポシくんはニコニコ顔で聞いててくれました。

ただ、バントの話を教育者目線で僕が熱く語った時は
「でもある時期に絶対に長打者になれないって気付くときがあるんですよ」
という前置きで元2番バッターのポシくんが反論しました。

才能やセンスのある人間に囲まれた環境で、どうやって平凡な自分がレギュラーとして試合に使ってもらえるかを考えたときに「みんながやりたがらないことをやる」「チームプレーに徹する」という、周りから要求される位置づけを狙うのも一つの手段、というより残された道だ、と彼は言っていました。

なるほど。この手の努力話も美談も嫌いじゃない。
ただし、たかだか高校生の部活レベルのそれをテレビで流すなよ。

実を言うとまれに僕も好んで高校野球を観ることがあるのですが、それは松坂とかダルビッシュとか菊池とか王道にスポーツエンターテイメントとして楽しめる選手が出てきたときくらいなもので、高校生レベルの苦労話にスポットを当てた観方はもちろんしません。
それはメディアで流すことではなく、本人や周りが噛み砕いて消化していくものだと思っているからです。

スポーツ番組なら決勝の一試合をテレビ放送すれば充分。
あれをスポーツとしてみなさず、教育もしくは文化枠で放送しているのであっても全試合は要らない。
その分を他の部活とか、それこそ観客席で応援しているブラスバンドの全国コンクールとかに充ててやれよ。

ブラスバンドついでにもう一つ。
高校生の頃、夏の県予選に出場する野球部の各打者の応援歌を、ブラスバンドの曲に合わせて全校生徒で校庭で練習していたんだけれど、仲のよかった野球部員のそれを実はノリノリで歌いながら「俺が野球部だったら絶対このブラスバンドのサウンドは使わないなあ」と思ってました。

同じく軽音楽部のバンドマンたちとも仲がよかったので
「あいつらに頼んで俺の登場曲は The Black Crowes の Twice As Hard のイントロだな」
と妄想してました。

実は俺、両投げのピッチャーで、右は160キロの剛速球と沢村張りのドロップが投げれんの。左は155キロくらいしか投げれないんだけど、チョー落ちるフォーク持ってんの。
で、打順は一番がいいかなあ。ホームランしか打たねえけど。
などと妄想は広がるばかりでした。

結論、俺、あんまり高校野球が嫌いじゃないね。
テレビで流れる高校野球が嫌いということか。

そうそう、俺が高野連のトップになれないなら水島新司監修でもいいよ。
帽子のつばがザックリ裂けてるヤツとか葉っぱくわえてるヤツとかいろいろ出てきて楽しそう。

鼻風邪ベイビー


ここんとこまた風邪気味です。

この「風邪をひく」ということに思うものがあります。

今から10年ほど前、我ながらのあまりの傍若無人さに対して、後に廻ってくるであろうツケや天罰が怖くて、無宗教の僕は心の中で神様にあるお願いをしました。

「今までやってきたこともこれからやることも一切反省も懺悔も改善もしないけど、ツケは全て他の人に廻してください」

ただの偶然なのですが、その直後から親しい知人たちによくない出来事がいくつか起こったので神様に対するお願いを変えました。

「ごめんやっぱこの前の無し。僕の知人はおろか、知らない人も僕のせいで苦しむのはちょっとアレだから、この際、ツケを全部チャラにしてください。どうしてもそれができない場合は、深づめとか風邪とかアカギレとかちっちゃいので分割にして払わせてください」

以来、深づめも風邪もアカギレもささくれも下痢も静電気も口内炎も電信柱をたたっ切るほどの交通事故もいろいろと払ってきたけど、どうやら支払いはまだまだ終えてないみたいです。

2010年3月26日金曜日

かっこいい話


極太から郵便物が届きました。
「年賀状を送る」と言ってきたのでついでに彼が保管している僕の処女作の小説を送れ、とお願いしていたのです。

ちなみに出版の際の面倒くさいやり取りの中で、「著者贈呈分」といって出版社から自分の本をありがた迷惑にも100冊受け取ることになったのですが、僕が極太の住む町から実家に引っ越す時に、この本の存在を家族にばれたくなくて極太に預けていたのです。

本の内容が事実を元にしたものだったため、そのただれた生活環境を家族に知られたくないがゆえの策で、当時
「俺、キッチーさんのためなら何でもしますよ」
となかば崇拝ぎみに言っていた極太にそれらの本の保管をお願いしたのはよかったのですが、後に新しくできた知り合いにその本をプレゼントしようと、彼の保管分から数冊を抜き取るたびに
「もういい加減持って帰ってくんね?」
と言われてました。

彼が結婚して新居を構えてから、その懇願は深くなる一方ですが、わがままな僕は聞く耳をいっさい持ちません。
持って帰ってあげね。

そんなことを思いながら、わざわざ空便で届けられた年賀状と小説を手に取り、なんだかんだ言いながら律儀なヤツめと思い、年賀状に続いて自分の小説を久しぶりに読み返しました。

読み終えた感想。
今更ながらあれだけど、この小説、こっぱずかしいね。

あえて読み手のテンポを落とすような戸惑いを与えるような手法をメリハリのために僕は使っていたのですが、実際いま読んでみるとメリハリどころではなく最初から最後までずーっと読みづらいまんま。恥ずかしいまんま。

出版されて間もないころはこの文体に慣れるまで全ページの三分の一くらいを要していたもので
「これはきっと自分が若いから恥ずかしく感じるんだろうな。もう少し大人になったら邂逅(かいこう)的な感情も手伝ってもうちょっとスラスラ読めるようになるんだろうな」
などと思っていたのですが、いいえ、この歳になったらむしろその恥ずかしさは強くなり、三分の一どころか最後の最後まで恥ずかしいまんまでした。

それでも何年かに一回この本を読み返すのには理由があって、これは「あの当時の自分好みの哲学を今現在忘れちゃいないか」という確認の意味を込めての作業なわけですが、今回も月並みではあるが男前のある価値観を見つけました。

なるほどねえ。
自分の将来や狙いを差別しないってなかなか大事だねえ。

てなことを思いながら読み終えた本を閉じたわけですが、一方で
「そんなこと知ってるぜ。今の俺は将来どころか過去だって差別しないぜ!!」
なんて自分一人で勝手に高ぶってしまったので、勢い余って自分の過去の恥ずかし話をセルフ暴露したいと思います。

えー、実は僕、〇歳のときに〇〇の観光者向けホテルで〇〇〇〇〇○〇をしたことがあります。

うーん。やっぱブログでは言えない。

ちなみに前の会社の何度目かの転勤で、違う部署の後輩の『ポシくん』と『三日月』と一緒の寮に住み始めたときに、彼らが僕の歓迎会を開いてくれました。

その時に『ポシくん』が『三日月』のことを指して
「こいつはかなりの女好きで相当派手に遊んでいますよ」
と健全なノリで「火遊び関係ダメダメ話」をフるものだから、彼らの距離を少しでも縮めてあげようと僕の方から歩み寄り、このホテルでの話をしてあげました。

二人ともドン引きしてました。
この手の類いの線引きを、洋の東西を問わず僕はいつでもどこでも間違えます。

そう言えば関係ないけど『ポシくん』との別れ際、彼に時速140キロの速球の投げ方を教わりました。

「2009年の目標はこいつで決まりだな!投げられるようになったら連絡するな!」
とはしゃぎながら2008年の暮れに別れたけど、ごめん、あれ以来トレーニングはおろか、ボールに一切触ってすらいない。

だって実家の物置きにあるはずのボールとグローブが甥っ子たちに取られて失くなっちゃってたんだもん。

さしもの鬼畜も甥っ子には叶わねえや、とブリっこしてみたけど、実は僕、4人しかいない甥っ子の名前、たまに何人か言えないときがあります。
ちなみに一番下の甥っ子は2歳になるまで姪っ子だと思っていました。

全国各地で「先生ってホントに子どもが好きなんですね」とさんざん言われてきたけど、素直に頷けなかったのはこういうところに起因しています。



あ、話がまただいぶそれてる。
たまにはいい話してカッコつけようと思ったのに。

2010年3月21日日曜日

愛しのラティーナ


ここのところ引っ越し先の検索に忙しく、今日は中途半端な時間にフラットの下見を二件入れました。
この引っ越しを機会に英語環境にどっぷり浸かろうかと思い、ここのところ英語のサイトを調べたり日本人向けのサイトなんだけど英語表記の物件を当たってみたりとちょいちょい面倒なことをしています。

今日の一件目は午前中に訪れた閑静な住宅街。
大家さんはインド系っぽい割にはクリアな英語を喋る親切な方で、感じは良かったんだけど駅からの遠さと部屋の狭さと日本人の多さがちょっと難でひとまず保留。
とりあえず次の下見まで時間があったので適当にやり過ごしました。

そして問題の二件目。

普通、フラット情報の掲示板のコメント欄には日本語、英語問わず、多くの人に興味を持たせるため、当然のことながら色々なうたい文句や写真がところせましと陳列されるわけですが、このオーナーの出したコメントは

Very centrally located room.
Safe, convenient.
(超ロンドン中心街の部屋。安全、便利)

これだけ。

問い合わせ先もメールアドレスは無く、携帯番号一本。
挙句にはオーナーの名前の記載が無い。

あら、しかもこんな都心部の割にはこんな安い値段、あやしい香りが充満してるな。
なんてなかば怖いもの見たさでわくわくしながらテクスト(ショートメール?みたいなやつ)を送ったのが昨日。
今日の朝、差出人不明で「リージェンシー カフェの前で3時から5時」とだけのメールが送られてきました。

色々な大家にフラットの下見希望のメールやらテクストやらを送っていたので、最低限名前を書いてくれないとどの物件のことだかわからない。
とりあえず自分が閲覧したネットの掲示板を一つひとつ調べ直して、送信元の携帯番号から相手を割り出すことに成功しました。

グーグルマップでリージェンシー カフェの場所をがんばって探し出し、4時にうかがう旨をテクストしたところ
「OK。着いたら電話くれ」
との返事。

なんと愛想の無い。

そう言えば、フラットに下見に行く日本人が詐欺やら何やらの危険な目に遭っているから、一人で見に行くのは絶対避けましょう、なんて張り紙とかフレーズを日本人向けの施設や雑誌でよく見たなあ、なんて思いながら、いざという時のために気持ちをもうちょっと高ぶらせようとipodの選曲もジェットの Are you gonna be my girl に切り替えです。

そして、道に迷いながら、人に訊きながら、ようやくそのカフェに着きました。
着いたので電話を入れると、意外にも受話器の向こうの声は女性のものでした。

クリアな英語だったにも関わらず、何を言っているのか今いち聞き取れない僕のために
「今、テクストを送るからちょっと待ってて」
と言ってその女性は電話を切りました。

てっきりここで待ち合わせて部屋に移動するのかと思ったら、テクストでここから部屋までの行き方を指示するらしい。
ますますあやしい。
女を使って安心させたつもりだろうが、そんな簡単にだまされるほど俺は馬鹿じゃない。

そう思い、休業日の薄暗い店内のおかげで鏡代わりにはちょうどいいカフェのガラスを前に、僕はウォーミングアップを始めました。
そうです。シャドーボクシングです。

まず右のロングがちゃんと伸びていることを確認して、そこから左のボディー。
ボディーアッパーはみぞおちを狙うのではなくあえて左に少しずらして、あばらを下から突き上げる感じ。
そのまま左でチンを突き上げて・・・いや、ちょっと待てよ。相手が大男だったらもうちょっと高く突き上げないと・・・なんて鏡(ガラス)で確認しながらフルに動いて、挙句には汗ばんできて上着まで脱ぎだす始末。

人通りは少ない方でしたが、それでもたまに行き交う数人の歩行者が気の毒そうにこちらを眺めていたのは鏡越しにも伝わってきました。

そんな感じでちょうど一ラウンドが終わったころに、先ほどの女性からテクストが送られてきました。
表記によればここから一分もかからない感じ。

よし、いざ悪者退治。
ただの下見→万が一の場合→なぜか正義感、と趣旨を大幅に捻じ曲げて、ヤクザ映画を観終わったばかりの中学生のような足取りで指示された場所へ向かいました。

結果、ただのおばちゃんでした。

まあ当たり前なんだけどさ。

部屋自体はまあ、可も不可もなくという感じだったんだけど、場所とか家賃とか勉強の環境とかを色々考慮した結果、昨日下見に行ったところの一つにイギリス人だらけのフラットがあって、そこにしようと思いました。

ところで今夜はジュリアーナの誕生日パーティーなわけですが、サンドラを誘うのを見事に忘れた僕は、下見先から(スッポカシ率100%の)ラウラとの待ち合わせ場所に向かいました。
予定の時間より早く着いたので、その時間を利用して希望のフラットのイギリス人にテクストを打ち込みます。

ただでさえ英文を書くのが苦手だというのに、光熱費やら税金やらのことを細かく、それも失礼の無いように丁寧な言い回しで尋ねるのはなかなかのストレスで、わずか4、5文の内容を打ち込むのに実に30分以上の時間を要しました。

そして何度も何度もその文章を確認した後に、真心込めて送信。

わずか1分後、「ごめん。他の人にもう決まっちゃった」と返信されてきました。

「っ!…アバズレめっっ!!今日までに返事すればいいって言ったろ!!」
という情熱的な想いは胸にしまいこんで、かわいいかわいいラウラちゃんを待つことそこから一時間。
僕が待ち合わせ場所に一時間半も早く着いたわけではなく、ラウラがきっちり一時間遅刻したということです。
来ただけその奇跡を喜ぶことにしよう。

ジュリアーナに教えてもらったバス停まで、そこから二人で向かったのですが、バス停に着いたら着いたで、指示された通りジュリアーナに電話しても、見事に誰も出ません。
ラテン人のパーティーにラテン人と一緒に向かうことの無謀さを改めて思い知りました。

結局は、そのバス停まで別の人間を迎えに来たスクールメイトに会うことが出来て、彼にフラットまで案内してもらったのですが、相変わらずラリパッパ(絶語)に踊り狂うブラジル人たちを尻目にシャイなラウラと僕はソファーに腰かけてまったりとやり過ごしました。

そこで自然な流れで恋ばなが展開されたわけで、すでに決着がついて全員飽ききったと思っていた話題、「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」を丁寧に弁解して、好みの女性のタイプやら何やらを色々聞かれたので、そっちは不丁寧に返してあげました。

酔いのせいか、髪をほどいて僕にしなだれかかるラウラが、最近ダイエットに成功していることも手伝って妙に色っぽく、なんだか今夜の二人はいいムードです。

となると、オチに「けっきょく僕の思いちがいでした。あはは」と涙がちょちょ切れそうな笑いが待ち受けているのがいつものお約束なのですが、今夜のオチはもう少し鈍痛を伴うものでした。

「そういうおまえはどんな男がタイプなの?」
とスケベ面で尋ねる僕に対して
「国籍も年齢も気にしない。中身が素敵な人がいい」
としなをつくりながら艶っぽく彼女は答えます。

俺の中身の悲惨さがばれている形跡は無いから、これは俺のことを言ってるんだよな。可愛いヤツめ。
などといつもの手順でいい気になってたら、ラウラが続けました。

「でも私がカトリックだから相手もカトリックがいい」

うほほーい。
彼女の肩を抱く左手が見事に緩みました。

誰も悪くないし「ふられた」という落ち込みを抱くほどの感情はぶっちゃけ彼女に対して持ってなかったんだけど、何だろうこの感情。
人種差別と似てるようでだいぶ違う、もっと柔らかなんだけど分かりづらい仲間はずれの感覚。

もっともっとガっついてた若い時分は、たらふく嘘をついてきたというのに、なぜかその頃からも自分が無宗教だということに関しては嘘をつくことができず、不可侵だったような気がします。
僕のようなケチな男でも人様の信仰心や念の強さにはある程度の敬意を払っているということなのでしょうか。

なんだかすっかり甘酸っぱくなってしまった帰り道、どんないきさつだったかラウラと手を繋ぎながら帰りました。

無いものねだりなのか、昨日よりラウラに興味を持っています。

2010年3月19日金曜日

天道虫って書くんだね


日当たりのいい洗面所にてんとう虫が紛れ込んできました。

月や太陽や海や山や雷や雪のように、その存在だけで他者を惚れさせることが出来るもののちっちゃい版です。ある意味てんとう虫は。

なんて昼過ぎのひと時に身支度をしながら余裕をかましてたら、てんとう虫が羽を広げました。

別にそれはいいんだけど、閉じた直後は茶色い内羽がガッツリはみ出ていて、ゴキブリみたいで気持ち悪かったです。

十何年も前に当時のアニメ版ムーミンについてアキラさんがこんなことを言ってました。
「今のスナフキンって髪の毛生えてるけど、俺らの子どもの頃のアニメ版って確かハゲだったよな」
よく覚えてなかったので「覚えてません」と答えました。

「スナフキンが帽子を取ったときにハゲだということを知って、子ども心に少し怖くなったことを覚えているよ」
とアキラさんは続けていましたが、てんとう虫の内羽もこれに通じるものがあります。

中身が気持ち悪いからこそ、怖いからこそ魅力的なのでしょうか。彼らは。




お、なんかブログっぽい。

2010年3月18日木曜日

また消えた


先ほど仕事帰りのマリアが帰宅一番、僕の部屋に入ってきて言いました。

「プラネイ(僕のルームメイトのインド人)、最近帰ってきてる?」

そう言えば二夜連続で彼の姿を見ていないな、なんて思っていたら、マリアが勝手にプラネイのクローゼットを開けました。

中は空でした。

「チッ。逃げられたか」

どうやら期限を過ぎてもプラネイが家賃を払いに来ないので、マリアの事務所の社長が心配したらしく、彼の在住の有無の確認をマリアに託したらしい。

こんな小さめなハプニングでもその日のうちにフラットメイト全員が知ることとなり、事情を知ったサンドラがニコニコ顔で僕に言ってきました。

「前の中国人といい今回のプラネイといい、キッチーのルームメイトっておかしなヤツばっかだね。何で?」

ホント、何でだろう。

好める一悶着。一件落着。


先週末のジュリアーナの誕生日パーティーは今週末に延期されました。

それを受けて(スクールメイトの方の)サンドラが、金曜のパブで翌日のデートに誘ってきたんだけど、以来、やたらとファンキーコロンビアンズ(ジャミリとディアナパオラのことね)がそのことについて冷やかしてきます。
つられて真面目っ子のブルーノまでもが、サンドラが近くに来るたびに僕の顔を見てニヤつくのにはちょっと困ったもんです。

結局、新しいフラットの下見が何件か入っていたので土曜はデートに行けなかったんだけど、ファンキーズはそれすら信じていません。

一方、サンドラの方はデートを断ったことと関係があるのか、昨日の休憩時間中にカフェで僕に何やらまくし立ててきました。
しかもスペイン語で。
早口だったのでほとんど聞き取れなかったけど、どうやらラウラのことがどうのこうのと言ってるみたい。
僕のラウラの可愛がりっぷりに嫉妬でもしたのでしょうか。

「英語で話してくれ」と僕が言うと
「私、たまに頭がおかしくなるの。何でもないから気にしないで」
とそっぽを向かれました。

実に定番通りのアバズレだな、なんて思っていたら今日、一足早く休憩時間に入ったサンドラがカフェに向かう前に僕らの教室を除き、入口で
「キッチー、アタシのこと嫌いなんでしょ」
とクラスメイト達の面前で堂々と意味不明のイタい発言をしてました。

ここんところフラット検索と下見で疲れていたのでしょう、こっちもやけになって
「よし、おまえそこで待ってろ」
と言ってサンドラのもとに行き、公衆の面前で目いっぱい抱きしめてあげました。
無精髭をジョリジョリこすりつけながら。

廊下にいたお気に入りのジャディラにバッチリ見られたのが嫌だったけど、まあいっか、なんて思っていたら、カフェでは見事にジャミリに突っ込まれます。

ともにお気に入りのラウラもジャディラも混じって
「キッチーってサンドラのこと好きなの?」
と僕の苦手なノリでニタつかれたけど、ムキになるのも大人げないと思って
「うん。好きだよ」
と流していると、ジャディラがなかなかの切れ味で一言。

「でも彼女、結婚してるよ」
 
わお。わっかりやすいオチっ。

とはいえ分かりやすいのはオチだけで、サンドラの言動も意味不明なら「好きなの?」と聞いてきたジャディラの発言も意味不明で、煽るだけ煽ってきた今までのタメが見事な前フリになったな、なんて思っていたけど、とりあえずある程度の道徳心があるらしいジャミリはそこから一気に興味を失くしていました。

ところでジュリアーナの誕生日パーティーには、延期したせいでしっかり者のマルタは来られなくなったみたい。
まずい、と思いブルーノを誘ったら、週末は帰郷するとのこと。

というわけで半ば強引にラウールとラウラも誘ったけど、ちゃんと来るかどうか超心配。
あと二、三人誘わないと不安だな。

そうだ。この際だからサンドラも誘おう。

2010年3月14日日曜日

愛すべきフラットメイト


今日は一日、新しい物件の下見に行ってきました。
彼女がいるということを知らされなければ、ゲイだと誤解してしましそうな、なかなか魅力的なメイキャッパーのあんちゃんとの出会いがありました。
そこの物件に住めるかどうかはまだわからないのですが、まあ充実した出会いだったのでよかったです。

家に帰って晩飯を作っていたら、プラネイとフリアンとセバスチャンとサンドラが大はしゃぎで風船遊びをやり出しました。
僕の誕生日用に作った風船がまだそこら中にゴロゴロしていて、しぼみかけのそれらの一つをビーチボールのように打ち合いながら
「落としたヤツがここで踊るのな!!」
とセバスチャンが嬉しそうにはしゃいでます。

ご飯を作り終えて食べ出しても一向にこちらのことは気にせず、風船バレーは続いています。
大盛り上がりのラテン人と黙々と食事をしている東洋人。
静止画で観たらなかなかのシュールギャグだったと思います。

ちなみにこの風船バレーの終わりはフリアンとサンドラの2度目の接触により、手首を抑えたサンドラのテンションが一気に下がったところで終了となりました。
低学年の教え子でこんな子いっぱいいたなあ。

サンドラはもちろん女のコですが、彼女は愛すべきアバズレではなく、愛すべきバカです。

2010年3月11日木曜日

ゲイがいっぱい


今朝、朝飯を作ろうと冷蔵庫の扉を開けた時、扉の角がセバスチャンのケツにぶつかりました。

「アンッ!!」
とゲイのような声を出し、まあ実際ゲイだからしょうがないかと「ごめんごめん」と謝ると
「ちょっとー。ボクのアナルに触らないでよー」
と上目づかいで怒られました。

はーあ。
今日もいいことありますように。

なんて思いながら学校に向かうと、休憩時間中パティに「放課後、ウィンドウショッピングに行かないか」と誘われました。
パティは今月いっぱいで今住んでいるフラットを出ていかなくてはいけないらしく、僕が自分の新しいフラットを探すついでに(結局サンドラは契約を更新したので僕は新しい所を探し中)ここのところ彼女の分の検索も手伝ってあげていたので、最近は結構仲良しです。

放課後、学校を出て最初のバス停に向かう途中、パティが開口一番
「Are you OK?」
と聞いてきました。

極度の寒がりの僕を気遣って言ってくれた言葉だと思い、なかなか可愛いところもあるじゃないかと
「Yeah OK. No propblem」
と答えると
「『OKか?』なんて聞いてねえよ。『ゲイか?』って聞いたんだよ」
と眉間にしわを寄せて返されました。

出オチからスタートしたロマンもヘッタクレもないデートでしたが、話を聞いてみるとどうやらパティは前彼にゲイ疑惑を抱いているらしい。
ふられた腹いせか負け惜しみか、とも思いましたが彼女の国のゲイ率の高さを考えると、まあ頷けなくもない話です。

そのせいで男に対するある意味不信感を持つようになり「男に対してゲイかどうか見極める力がないからさあ」などと呟いていました。
ただし、俺はゲイじゃない。

この後、将来のプランをパティが色々と話してくれました。
タイに戻って仕事をするというパティの人生設計を聞いて、当たり前だけどパティに限らずロンドンで知り合った全ての人間との別れが近い将来待ち受けていることを改めて思いました。

今夜はちょっぴり湿っています。

2010年3月10日水曜日

春は遠い


学校の休み時間中、今週初めて見たサンドラに二日遅れの「ハッピーバースデー」を言われ、その後に週末の予定を聞かれました。
どうやらデートのお誘いみたいです。

「金曜はいつもどおりパブに顔を出すよ」と答えると、上目づかいで
「土曜日は?土曜日、戦争博物館に一緒に行かない?
と聞かれました。

戦争博物館?
これってデート?

とりあえず何度も「戦争?」と聞き返したけど、何度も「うん戦争」と返されて、終いには機関銃をぶっ放すジェスチャーまでされました。

どっちにしろ土曜はジュリアーナの誕生日パーティーに招待されていたので(今度はクラス一几帳面な人妻マルタも行くと言ってるので大丈夫。あ、ブルーノも巻き込もう)やんわりと断っておきました。

サンドラは、たぶん付き合いに非常に体力を必要とする愛すべきスパイシーな女のコです。

坂道とオレ物語


ここんとこ勉強が遅れ気味なので黒人たちとのサッカーは欠席して今日は一人で坂道ランをしました。
いつも通り後ろ向きでそこそこの距離の坂道を登るわけですが、坂のてっぺんからは公園の景色がよく見えます。

爽やかな朝に愛犬家に散歩に連れられてきたたくさんの犬を見ながら
「どうせおまえらも飼い主より先に死ぬ」
と一人胸中で毒づいてしまいました。

とは言え当然犬は悪くありません。
飼い主も悪くありません。
限られた枠の中でただただ人間が出来事を楽しんだり悲しんだりしているだけの話です。
きっとそれが人生というものでしょう。

愛犬の死のせいでそんなしみったれたことを思いながら後ろ向きに坂道を上っていたわけですが、ふと十代の時に何かで読んだ、国力の衰退と文化の繁栄についてのある著者の哲学を思い出しました。

歴史をひも解くと、その国の文化が繁栄するのは決まって軍事力が衰退していく最中のことらしく、人間個人に焦点を当てた場合も、がむしゃらに上だけを目指して坂道を上っている時よりも、何かに挫折したり諦めた時、つまり坂道をゆっくりと降りていく時ほど足元や周りが見えて文化が身についていく、という内容のものだったと記憶しています。

これを読んで感受性バリバリだった10代の僕は「じゃあ俺は上だけでなくしっかりと足元も確認しながら坂道を登っていきたい」と生意気にも思ったわけですが、それはまず不可能というもの。
そんな甘っちょろいことを言ってるから勝ち負けの世界に身を置けなかったのでしょう。

ただし今日、後ろ向きに坂道を上るのはある意味一つの解決法ではないかと思いました。
スピードは遅いけど足腰も強くなるので長い目で見ればその意味でも良し。
もちろん遊びの精神を浮遊させただけなので、特に哲学的に結び付けたわけではないし、仮に結びつけられたとしてもこの形があるべき姿とも思ってないのだけれど「足元や周りだけでなく上を見たくなったらどうするの?」との自問自答には
「振り返ればいいじゃん」
と簡単な答えを用意しておきました。

実際これくらい僕の人生は簡単でしたし、この先もこれくらい簡単なような気がします。
人生って言うのは大体こんなふうじゃないでしょうか。

裏を返せば僕は前向きな生活の中で何度も後ろを振り返ってきました。
抽象的な振り返りではなく、昔横浜に住んでいたころ、ばあちゃんちからの帰り道、奇しくも坂道の上から手を振っているばあちゃんに対して後部座席から後ろを振り返り、彼女が見えなくなるまで手を振り返していました。

それに通じるものがあるのか僕は電話を自分から切るのが苦手なタイプの子です。
大小様々な別れの中でかなりの高確率で後ろを振り返ってきた子です。
車を運転しているときはバックミラーで後ろを眺めてきました。

それを幼さや弱さと表現するのなら喜んで受け入れましょう。
僕は弱っちいから何度でも後ろを振り返ります。
本当は、だからこそ人生が簡単だということも薄々感じています。

ただしこれは時間の観念や自分個人の文化に対してのもの。
人間関係においては、視野の使い方だけで語るのは足りなすぎる。

こんなことを一々考えてしまうのも愛犬のせいでしょう。

しみったれてくるのでパソコンの壁紙を他のものに変えようか今悩んでいるところです。

2010年3月9日火曜日

完璧な一日


不動産屋で解約の理由に安いシングルルームに移りたいとの旨を伝えると、一昨日から住み始めたフラットにすごく狭い部屋が一つあり、クレームの多いサンドラをそこに押しやったのですが、おそらく彼女は契約を更新しないだろうから、その場合はそこに住めるとのこと。
しかも今の相部屋よりも家賃が安い。
とりあえずその提案に納得して事務所を出ようとした時、あみちゃんから電話がかかってきました。

「キッチーさん。助けて」
荷物が重くて運べないとのこと。
大袈裟な。

今日はあみちゃんがイギリスを発つ日です。
日本に戻る前にユーロスターでフランスに観光しに行くとのことで、僕は彼女を迎えに行きキングス クロス パンクラスという駅まで荷物を運んであげました。

出発の時間より大分前に駅に着いてしまったので、見送りに来るみんなを待っている間、僕らはカフェで暴力的に甘いチョコクリームパンとチョコケーキとココアを口にしながら、いつになく大人しい彼女との緩やかな時間を持て余していました。

特に何かしみったれた話をするわけでなく、おそらく感傷に浸っているのであろう彼女の呼吸に柔らかに合わせるだけに努めていました。

しばらくするとブルーノやらミョンやらあみちゃんのクラスメイトたちも駅に到着して、あみちゃんはマリーと泣きながら抱き合って最後の時間を惜しみました。

先日のクラブでの一件をブルーノにはすでに話していたのですが、涙している二人を見て
「日本人に限らず韓国人の女のコも別れに関しては幼いの?」
とブルーノが尋ねてきました。

韓国人はどうか知りませんが、引っ越しの多かった日本での生活の中で、別れに涙するのは何も女性だけではないということを僕は学んでいたので、別れの引きずりあれこれは物事に執着し過ぎる幼さうんぬんもあるでしょうが、それだけでなく人付き合いに対して割り切ることをしない、合理的に考えることをしない、日本人の美徳や美学みたいなものも根底にあるのではないかと今では思っています。

そういえば僕の周りの外国人は日本人に比べて裏表の激しい人間や八方美人な人間が割合多くいるように感じるのですが、それもこういった価値観に繋がっているのかもしれません。

ただしこんな難しいことをもちろん英訳できるはずもなかったので「日本人の男もたまに泣いたりするよ」と
『トビ』の出来事を簡単に話してやりました。

しばらくして泣き顔のままあみちゃんは出国ゲートに向かうのですが、見送る側はいつも取り残される気分になるのに何故発つ側は後ろを振り返らずに進んでいくのだろうと思いました。

僕は大きなものから小さなものまで別れに後ろを振り返る人間に出会えたことがありません。
自分以外には。

あみちゃんを見送った後ブルーノと一緒に学校に行き、授業までの時間をカフェでやり過ごしていると、ロスィオから情報を得たユキちゃんから「誕生日おめでとう」を言われました。
ユキちゃんは年上好きなので、わずか一歳とはいえ彼女より年上になったことがちょっと嬉しいです。

そしてしばらくすると今度は電話が鳴り出します。
超久々のエリカからでした。

どこで僕の誕生日を知ったのか電話の向こうで本日2度目のハッピーバースデーを歌われて
「会いに行きたいけどあなたと違ってアタシは忙しいから会えなくてごめんよ」
と言われました。

とにもかくにも大好きなエリカと久しぶりに話せて、来年の分まで誕生日プレゼントを貰った気分になりました。

授業直前には、やはりどこで調べたのかみんなから「おめでとう」を言われ、クラスが違うのに僕の教室に入ってきたラウラはロスィオと共にバースデーソングを歌いながら抱きついて僕を押し倒してきました。
犯されるのかと思った。

そしてワインのプレゼントをラウラに渡された後に「BIRTHDAY BOY」とのロゴが入ったバッジを半ば罰ゲーム的にTシャツにつけられました。
改めて買ってきたバースデーケーキを手にしているロスィオも後ろで超ニコニコです。

授業が始まったら始まったで今度は全員で合唱。

ロスィオに貰ったチョコケーキを休憩中にみんなに振る舞おうと、カフェでユキちゃんにナイフを借りて12等分にしたときにもまた合唱。
その時にジャディラからチョコバーのプレゼントも貰いました。

ちなみに授業が終わった後にはマルタからこっそりとチョコレートのプレゼントを貰うことになります。
はにかみながらそそくさと僕のバッグにそれを押し込む彼女が可愛かったです。

プレゼントされるなら手作りのものか形として残らないものが嬉しいのですが、その「形として残らないもの」と「チョコレート好きである」という二つのことをロスィオにいつだったか話したことがあって、おそらくみんなの情報源は全てロスィオだったのでしょう、ラウラのワイン以外は全てチョコ系のプレゼントで埋め尽くされ、休憩時にジャディラのチョコバーを齧りながらチョコケーキも同時に口にした時はさすがに吐気がして、ユキちゃんから何度もお湯のおかわりを貰ってました。
もうちょっとみんなバランスを考えよう。

あ、書いてて思ったけどこれってうちの『チョコ』が死んだから、早くうんざりしますように、っていう天からの気遣い?
って無理に、しかも下手くそに結び付けることは無いか。

放課後は、みんなから予定を聞かれたので、ブルーノと約束していたギグを観に例のパブに全員まとめて連れていきました。
しかも今日はブルーノが歌うと言っています。

パブに向かうバスの中でお気に入りのジャディラと話しているときに、彼女に恋人がいないことを聞かされ嬉しくなりました。
ジャディラは顔の可愛い可愛くないは一先ず置いといて、僕が思うにうちの学校の未婚者の中では一番のあげまんです。
これに関しての嗅覚は鋭いのでたぶん当たっています。

そしてパブに着いたら最初の一杯の前にまたみんなでバースデーソングを合唱されました。

その後、都合何回目か覚えてられないハッピーバースデーの締めくくりは当然ステージ上のブルーノが歌ってくれたのですが、バースデーソングに続き
「キッチーのために歌います」
と前置きしてからホモのように歌い始めたU2の『ONE』を、ホモのようにうっとりと聞きながら僕はハイロウズの『完璧な一日』という歌の歌詞を思い出していました。

 これで君がそばにいれば完璧な一日なのに

どうひいき目に見ても今までのクラスメイトの誕生日と比べてぶっちぎりで大袈裟に祝われた今日一日を思い、その理由を今日一日くらいは「それは俺が人気者だから」と自惚れてもいいだろうと思ったのですが(実際は「最年長だから」とか「マイノリティーだから」とか「哀れに見えたから」とか色々あるかもしれませんが)ここに大好きなあのコがいないことを、この歌の歌詞とは逆に
「だからこそ完璧なんじゃないか」
と思いました。

徒然草じゃないけどちょっと足りないくらいがちょうどいい。
君がいないくらいがちょうどいい。
いや、ふしだらな意味じゃなくてね。
もうちょっと哲学的な意味で。

週の初めだというのにみんな遅くまで付き合ってくれて、感謝感謝で帰宅をしたのですが、フラットに戻ると薄暗いダイニングには、おそらく僕を祝おうとしていたのでしょう、食べかけのバースデーケーキや洗い終わったワイングラスや色とりどりの風船が寂しそうに待ち構えてました。

部屋に戻るとベッドの上には何やらカードが。
ルームメイトのプラネイ(インド人)がいなかったので電気を点けて確かめてみると、フラットメイト全員の名前とメッセージが書かれたバースデーカードでした。

ちょっと足りないくらいがちょうどいい、と言ったばかりですがこれはちょっと足りなすぎます。
父親になったことが無いから想像でしか言えないけど、テレビドラマなんかでよく見る、子どもが起きている間に誕生日に帰ってこれなかった父親の心境ってこんなものでしょうか。

斜に構えた幼い野郎なので自分の誕生日は出来るだけ素通りしたかったのですが、あまりにみんながハッピーバースデーを力任せに歌うものだから、たまには王道に沿って誕生日あれこれをあれこれしてみました。

どうもありがとう。

2010年3月8日月曜日

チョコとロスィオは似た意味でかわいい


この週末は不動産屋の都合によりフラットメイト全員で新しいフラットに移りました。
その際の不動産屋側の不手際が多々あり、不信に思ったので今の不動産屋との契約を解除して新しいところに移ろうと思います。

ところで昨日は僕と同じ誕生日の福岡の『ヤンキー』が、日本との時差9時間のアドバンテージで早めに誕生日を迎えたので、新年の時と同じく悠々と電話をしてやりました。

「あー、しまったー。もう時差とか考えずに今ちょうどメール打ってたところなのに。また先を越された」
と開口一番ヤンキーが言うものだから、どっちにしろ引っ越しにまつわる不手際の一つで水曜までインターネットが使えない旨を伝えました。

その後、お互いの近況を簡単に話し合ったわけですが、彼の現在の仕事上のパートナーであり僕の元部下でもあるセバスチャンが鬱病の恋人にふられたという話を聞かされた時には素直に馬鹿笑いをしましたが、以前それが原因での自殺未遂を経験しているセバスチャンだけあってパートナーのヤンキーとしてはちっとも笑えないみたいです。

ちなみにヤンキー自身は誕生日を元カノと一緒にふしだらに過ごす予定だったのに、その元カノが食中毒を起こして寝込んでしまったというスパイシーなオチがつき「さんざんな誕生日ですよ」とこぼしていました。

日頃の行いのせいだろと思い電話を切りましたが、明けて今日、朝イチでの九州のカワイコちゃんからのバースデーコールに続き、実家の両親から電話を受けた時に、愛犬のチョコが3日前に死んだことを聞かされました。
俺の日頃の行い、そんなに悪くない。

愛犬の穏やかな最期の情景や、ペットロス症候群に陥った両親の心理状態や、それが原因で父親が交通事故を起こして保険の問題で今揉めていることを母親の涙声で聞かされる羽目になりました。
不謹慎だけどここまで来るとちょっと笑える。

とは言え朝早くからここ数年で一番の脱力感に見舞われたのは間違いなく、爽やかな誕生日の始まりは分厚い溜息とともにやってきました。

その後、気持ちも切り替わらぬまま、ネットで新しい物件を調べるために学校のコンピュータールームに行き、その足で隣駅の不動産屋の事務所に契約解除を告知しに行くことにしました。

学校に着くと、午前の学校は知り合いがあまりいないものですが、僕と同じく調べ物をしに来たのであろう生徒たちが数人、コンピュータールームで静かに作業をこなしています。

めぼしい物件を探し当てることが出来、今から解約しに事務所に向かおうかというちょうどその時に見慣れた顔がやってきました。
グーにした両手を肩のあたりまで上げてステップを左右に揺らしながら、テケテケシャンと笑顔で歌いながらゆっくりと近づいてきます。

ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー ディア キッチーニョ(キッチーちゃん)
ハッピー バースデー トゥー ユー

ロスィオでした。
作業していた生徒たちも手を止めて微笑ましくこちらを眺めています。

あまりの可愛さに思わず抱きしめたくなりましたが、誕生日なので向こうが抱きしめてくれました。
んー。かわいい。
このままバッグに入れて持って帰りたい。
で、出来れば電車の中に置き忘れたい。

どうやら彼女は職探しのための履歴書を作ったはいいけど家にプリンターが無いから受付でプリントアウトをしてもらいに朝早くに学校に訪れたとのこと。
出来すぎた偶然に心が洗われて不動産屋に対する憤りは無くなっちゃったけど、まあこれも何かのきっかけということで解約はするけど文句は言わないであげることにしました。
というわけで今から不動産屋の事務所です。

それにしてもロスィオはロンドンでの僕の良心です。
既婚者でなかったら抱き合った時に求婚してたかもしれない。

もう今年の誕生日プレゼントはこれだけで充分だな。

2010年3月6日土曜日

長い長い野暮な夜が


今夜もいつものように週末パブに行ってきました。
どのクラスもここのところ生徒が増えてパブ内でのうちの学校の生徒率が高くなっているのですが、ラウラのクラスメイトの一人、サンドラが誰に紹介されるわけでもなく僕らの輪に入ってきました。
女のコにしては珍しい。

ちなみにサンドラはスタイルはいいんだけど、顔は美人とまではいかない。
可愛いっちゃあ可愛いんだけど、どこかバタ臭い。
金髪に染めた髪の毛がケバケバしさを更に引き立てている。
まあ、早い話がヤンキーです。

この手の女のコはある意味僕のどストライクです。
と言っても僕の好きなタイプという意味でのどストライクではなく、この手のタイプとはかなりの確率で一悶着がある、という意味でのどストライクです。

見てくれだけでなく人目を気にしない積極さにも充分なアバズレ感を感じたけど、それがいい意味でなのか悪い意味でなのかはまだ見極めができていません。

なんてことを考えていたら今日の授業を最後に帰国するというあみちゃんがパブにやってきました。
クラスメイトと一緒じゃないところを見るとどうやら送別会は開かれなかったみたいですが、いずれにしろラウールとの別れを惜しみたい彼女は彼にプレゼントする小説を片手に僕らのエリアに入ってきました。

とは言えサンドラのように、親しくもない男と堂々と話せるわけではないあみちゃんは、迷わずにまず僕を捕まえます。
ちなみに彼女が僕に話しかける時は決まって日本語なので、僕らの会話が始まるとクラスメイトの女のコたちは見事に遠慮して僕らから離れていきます。

せっかく今サンドラとふしだらな匂いを醸し出していたところなのに、とも思ったけど、これも今日で最後だと思い直し、いつも以上に甘やかしてあげました。

これが誤算でした。

時間が過ぎ、一つのテーブルに僕とブルーノとラウールとあみちゃんという全員事情を知っている同士の絶好のポジションを取ることが出来たのですが、せっかくのお膳立てを上手いことオーガナイズしてあげても、こういう時だけ都合よく(悪く?)おしとやかな女子になる自称Sのあみちゃんは全てのナイスパスを空振りしていました。

さらに時間が過ぎ、ラウールがホセとルーサに呼ばれて、ちょいちょい僕らも二次会的に利用しているピカデリーサーカスの『オニール』というクラブに行くと言い出したので、まだプレゼントを渡せていないあみちゃんのために僕とブルーノも一緒について行くことを申し出ました。

オニールに着くとあみちゃんがトイレに行きたいと言い出したのですが、エントランスは列を作っていて中に入れるまでに少し時間がかかりそうだったので、ラウールとブルーノに並ばせたまま少し離れたカフェに二人でトイレを借りに行きました。

用を済ませて戻ってくると店の前にはブルーノが一人で佇んでいます。
どうやら普段、無料で入れることの多いそのクラブが、今夜はエントランスフィーに8ポンドほどが必要だということで、倹約家のブルーノは中に入ることを諦めてラウールを見送ったみたいです。

ここまで付き合ってくれたブルーノに申し訳ないと思い、僕もそれに倣おうとすると、当然のごとくあみちゃんが駄々をこねました。

「何でー。いいじゃん。一緒にみんなで中に入ろうよ」
「だからブルーノは節約しなくちゃいけないから、ここで金を使えないんだよ」
「じゃあキッチーさんだけ一緒に行こうよ」
「…おまえ、今すごいこと言ってるぞ」

日本人以上に気ぃ使いのブルーノが日本語でのそのやり取りを察して
「いいよ。俺のことはホントに気にしないでいいから二人で入ってきなよ」
といじらしいことを言いだすもんだから、僕の気持ちもますます逆に意固地になっていきます。

「考えてみりゃどっちにしろここから先は一人で頑張るところだろ。一人で中に入ってプレゼント渡して一緒に踊ってこいよ」
「嫌だよ。ラウ以外知らない人ばっかりだもん。一緒に来てよ」
 
こんな止め処ない会話がエントランスの前で15分ほど繰り返され、最終的にはあみちゃんが一人で入ることになり、ただし5分だけ僕らは外で待っててあげるから居づらかったら戻ってこい、ということで彼女を見送りました。

で、結局3分後には浮かない顔のあみちゃんが戻ってきました。

「・・・なんかあっけなかった」

その後バスで帰宅するブルーノと別れ、駅に二人で向かう途中に通りがかった日本食カフェであみちゃんの愚痴を聞いてやることにしました。

「だってね、わざわざ8ポンドも払って中に入ってね、プレゼント渡したら、ハグして『ありがとう』だけで終わりなんだよ。ラウ、薄情じゃない?」
全然。
「せめて表まで見送りに来てくれるとかさあ。そういうのがあってもいいと思わない?」
別に。
「だいたい何でキッチーさん、一緒に来てくれなかったの?ひどくない?」
おっと、八つ当たり。

ことごとく別れ方の下手くそな民族の代表のような発言が出てきたので、色々な国での別れにまつわる価値観や流儀というものを体験談を元に話してあげたのですが、一向に効果は無く、終いには泣き始めました。
ひでえ。

穏やかに話しかける男とシクシク泣いている女。
引きで観たら間違いなく、僕が別れ話を持ち出して恋人を泣かせているように映ったことでしょう。

「泣くくらいならもう一回会いに行ってこい」
ということであみちゃんの手に押されたスタンプがまだ消えていないことを確かめて、僕らはオニールに戻りました。

結局店の前まで来たら予想していたとおり駄々をこね始め、僕も一緒に中に入るように彼女がお願いしてきたわけですが、みんなから「イエスマン」呼ばわりされている僕もさすがにそんな大野暮はしたくないので意固地に断り続けて、とにかくもう埒が明かない。

人ごみ溢れる通りで「おーねーがーいー」を連呼しながら彼女がまた涙を浮かべ始めたので、恐怖を感じた僕は
「一人で行ける勇気が出るおまじないをしてあげる」
と言って、C級青春ドラマさながらに彼女に目をつぶらせました。
そして今までの積み重なった彼女への思いのたけを一生懸命込めて、厚い厚いデコピンをかましてあげました。

「いぃったぁーーーぃ!! 超痛ーーーい!!」

思ってたよりもいい重力で僕の中指が彼女の額に食い込み、あみちゃんが涙目のまま今度はわめき出しました。
事態は悪くなる一方です。

結局おまじないは効かなかったみたいで、エロ課長が新人の女性社員をラブホテルに無理矢理連れ込もうとするような体(てい)で、彼女が僕の腕を引っ張り始めたので、10年に一度の大後悔を覚悟して一緒に中に入ってあげました。

あーあ、このダメな意味でのキャンパスライフ的なノリ、僕と趣味の合うラウールはきっと嫌いだろうな。
しかも中に入ったら入ったであみちゃん、せっかく付き合ってやったというのにラウールとまともに喋ってねえし。

やや親日家とは言え、この日本人の子どもの心の機微をラウールは理解してくれたでしょうか。
まあ僕まで見くびられたことは間違いないでしょうが、酒のせいということにしてくんねえかな。

いずれにしても嫌な顔の一つもせずにきちんと対応してくれたラウールには感謝です。
来週も普通に学校生活が送れますように。

2010年3月2日火曜日

受け入れる


今日、再び暴力的オッパイの看護婦からメールが来ました。
その内容は日にちを間違えていたことに対してのお詫びでした。

「何で間違えに気付いたの?」
との僕の質問に対しての答えは
「病院にはカルテがあるから メールの内容みて間違ってるって気づいたから」
というものでした。

すごい。
さすが現役看護婦。
「気にかけてくれて嬉しい」
というこれだけの文で微妙なニュアンスを読み取るその洞察力。
わざわざ一年以上前のカルテを調べるその徹底力。

こういう女のコの対応にはなかなかグッと来るものがあります。
惚れたらどうすんだよ。

あーあ、入院してた時一回くらい襲っとけばよかったな。

威風堂々


胸の痛みもだいぶ和らいできたので昨日からフィジカルトレーニングの方だけみんなと合流して一緒にやっています。

今日もみんなで息を切らしながら坂道を走りました。
てっぺんまでダッシュした後の戻りの下り道を歩いている時、一匹の大型犬が前方の水たまりに飛び込んで「伏せ」をしました。
ここんとこ暖かいとは言えまだ3月の上旬です。
それより何より水を嫌がらない犬というのは僕の固定観念には無かったものですから(おそらく僕に限らず他のチームメイトのみんなもそうだったと思うが)正直少し面喰いました。

「これくらい普通だぜ」
と我関せず顔で舌を出してる犬が、実に堂々と見えました。

いいものが見れたね、という表情で周りを見回していると、左斜め後ろでうちのチームで一、二番にサッカーが下手な黒人がタッションしてました。
タッション自体は僕も他のみんなもすることなのでそれほど珍しいことではないのですが、普通男というのは電信柱やカードレール、木といった対象物が無いとタッションというものはしずらいはずなのに、そのチームメイトは広い芝の上で何の対象物も無しに堂々とコトを済ませてました。

軸がブレていない。
彼もまた威風堂々。

そう言えばブラジルにいたころ、最も仲の良かったチームメイトの一人、ジェアンはトイレで大きい方をするとき、必ず扉を開けたままにしてました。
内開きのドアの端っこにつかまりながらじゃないと落ち着かないというのが本人の言い分です。

普通、日本の小学校なんかではウンコをしている方がイジメられ側で、イジメ側が外からその扉を開けようとして、「開けるなよ!やめろよ!」という叫び声がそのイジメられ側から聞こえてくるのが通常の風景ですが、彼と僕らの立場は全くの逆で、僕ら外側にいる人間が「ふざけんなよ!閉めろよ!」と叫んでいました。

文字どおり「このクソ野郎!」とわめいている僕らを一切意に介せず、何故か一点を凝視しながら大便をかましていたジェアンの表情が印象的です。

て、これは「堂々」とはまた別の話だよね。

Check it out !


昨日、あみちゃんと話しているときに「右に傾いている人間はどうのこうの…」みたいな話になりました。
「それってどういう意味ですか?」
と聞いてきたので、細かい意味での右翼的思想は置いといて、愛国心みたいなことについて少し話をしました。

そう言えば、アキラさんと一緒に花火を見たあの日、花火大会後にアキラさん宅に戻り、奥さんと奥さんの友達も交えて右翼について話をしてたら、その友達の方が
「右翼って何ですか?」
と聞いてきました。

説明するのも面倒くさかったので「『イエス』がいくつあるか数えてね」と前置きして、僕は独自で作った「右翼度チェック」をしてあげました。

 1.毎朝、皇居に向かって敬礼をしている。
 2.西洋人を見るとついつい「毛唐」といってしまう。
 3.「アメリカに負けたんじゃない、連合軍に負けたんだ」と言い張っている。
 4.軍歌を歌える。
 5.予科練出身である。
 6.毎年靖国に参拝しに行っている。
 7.毎朝靖国に自転車通勤している。
 8.朝日新聞を毛嫌いしている。
 9.野球と言えばやっぱり読売ジャイアンツ。
10.脱がすならトランクスよりもやっぱりフンドシ。
11.軍歌の二番も歌える。
12.ステーキよりもゴボウが好きだ。
13.洗い物をしながら口ずさんでしまう鼻歌がついつい「君が代」。
14.「仁義なき戦い」のビデオを全シリーズ持っている。


最初から最後までなんのこっちゃわからないけど、真面目に聞いててくれたそのコが最後にイエスの数を「ゼロ」と答えたことに対して
「正解は5個でした」
と言ったのは我ながらこの夏一番の意味不明な返しだなと思いました。

ところで僕は方々で自分の愛国心を指して、自分を右寄りな人間だと表現してきたのですが、細かい意味での右翼的思想を知っているジャーナリストの『男前』は僕のことを
「いや、キッチーさんの場合は左翼ですよ」
と指摘してくれました。

別にどっちでもいいんだけど、ブログを読み返すと、我ながら随分日本びいきに偏った人間だなとは思います。

ハッピーバースデー・ディア・ブサイク


今日はブサイクコンビの兄貴分、ファンパオロの誕生日です。
驚いたことにまだ19歳。

フラットのみんなでケーキやらピザやらで簡単に祝ってやったけど、その時のスナップ写真よりもこの一枚の方がグッときます。
初めて雪を見た時に撮ったものらしい。

ちなみにこの写真、彼の携帯の待ち受けになっていて、頼んでもいないのに朝食後にいきなり見せてきたので、朝から胃もたれやら胸やけやら吐き気やらと闘うはめになりました。

とりあえず今週末に弟分のフリアンと3人でレストランで祝ってやることになってます。
最近こいつらとつるむことが多くてちょっとアレだけど、まあ良しとしよう。

2010年3月1日月曜日

ワタシ、スコシヨッテマス


タイトルのセリフは、日本のアニメオタクから転じてやや親日家のジャミーリがパブで何度か言った言葉です。

「今週は木曜日にギグが無い代わりに、今夜アンプラグドのステージがあるから一緒に行かない?」
とブルーノにメールで誘われたはいいが、同時送信したトッコさんにもあみちゃんにも断られたらしく、週の初めから野郎二人でホモごっこをする体力は無かったのでファンキーコロンビアンズ(ジャミリとディアナパオラ)を誘いました。

場所は先週のギグと同じパブで、月曜だからか人の入りはそんなに多くなく、ゆっくりとテーブルにつきながら4人でアコースティックライブを楽しみました。
と言っても僕以外の3人はほとんどお喋りに時間を費やしていて、真面目に聴き入っている僕の横顔を見てはファンキーズがしきりに
「おまえ、悲しいのか?」
と聞いてきました。

真面目に聴いてるだけだって。
おまえら、失礼。

しかしその「真面目に聴いてるだけ」がつまらなかったのか、とうとう僕も彼女たちのお喋りに付き合わされることになります。

おそらくは3人で話をしていた時の話題の続きだったのでしょう、
「アタシらみんな、キッチーのことをキュートだって思ってるんだよ。そしてdivineだとも思ってるんだ」
とディアナパオラに言われました。

キュートが褒め言葉かどうかは一先ず置いといて、divineの意味がわからなかったので辞書を引いてみると

[形]
1.神の(⇔human)、神聖の
2.神に捧げた、神聖な
3.神のような、神々しい
4.素敵な(heavenly)、完全な
[名]
1.神学者:聖職者、牧師
2.〈the D~〉神

とありました。

そう言えばあみちゃんにも「仙人みたい」と言われたことがあります。
僕の年老いた年齢を若干揶揄した言い回しなのかな、とあの時は思ったけど、今回にしても僕のどの部分を指してそう言っているのかが分かりかねます。

いずれにしても鬼畜のキッチーが聞いて呆れるよな。
ブログのタイトルも「キューティーの神聖見聞録」に変えよっかな。

普通、恋人同士にしろ、付き合う前の男女にしろ、相手の嫌なところが見えてきて(増えてきて)恋愛の対象ではなくなっていくのに、もしこの神様的扱いが本当のことだとしたらすごく珍しいケースでの、これも失恋というものです。

とりあえず「アタシらみんな」がどの範囲までを指すのかが気になりました。
おまえら二人だけだったら別にいいけどクラスメイトのみんなを指すのであれば、パティにもジュリアーナにも同時に失恋です。

とは言えそんなことを聞くのも面倒臭かったので、とりあえず「cute」や「divine」が褒め言葉かどうかだけ聞いたら、一応「まあな」との返事をくれました。

パブから出て、自宅が近いブルーノと別れて三人で駅まで向かう時、顔が疲れていたのかまた二人に
「おまえ、悲しいのか」
と聞かれました。

そんなことないよ、と答えると、「ホントか、ハッピーか?」としつこく追及してきます。
横断歩道を渡りながら「ホントだよ」と答えようとしたその時、建物の間から満月が見えました。

「あ、満月だ!!見て見て、ほら満月!!」

子どものような僕のはしゃぎように反応して、二人も歩きながら振り返ります。

再び二人がこちらを振り向いたときに
「な、ハッピーだろ」
とムカつく笑顔で得意気に言ってやりました。

あ、このグッドタイミングなラッキー感が神々しいってこと?
て、日本人の中年に神様も随分お手軽に扱われたものです。

彼女たちのバス停を探しながら今夜4度目くらいの
「私、少し酔ってます」
がジャミーリから出た時には、そういうタイトルの演歌か歌謡曲があってもいいよな、なんてぼんやり考えました。

帰り際、ロスィオやラウラやジャディーラと毎日しているホッペ空キッスを二人にもしました。
何故だかわからないけど、実は二人にしたのはこれが初めてのことです。

だからと言って別に春の訪れを感じたわけではありません。

ハッピーバースデー・トゥー・ミー


宮崎に住んでいたころに知り合った、暴力的におっぱいが大きい看護婦さんから久しぶりにメールが来ました。
僕のことを覚えてくれていたなんて、とても嬉しい。

メールを開くと、ろうそくの火がチロチロと揺れている素敵なケーキの絵が貼ってあり、コメントには
「誕生日おめでとう」
とありました。
 
いやあ、わざわざ気にしてくれたんだね。
ありがとう。

ただね、俺の誕生日、今日じゃない。

まさかイギリスと日本の時差が一週間もあると思ったわけじゃないよね。

返信に「覚えててくれてありがとう」は嘘になるし、かと言って訂正するのも野暮ってもんだし、とりあえず
「ありがとう。
 気にかけてくれて嬉しい。」
とだけ打って送りました。

気に入っている街だからこの先も訪れるつもりではありますが、触れられたくないので3月に訪れるのはやめておこう。

2010年2月28日日曜日

バカ四天王・プロローグ


「これからskypeでいっぱい電話が出来るね!」と言って以来一度も電話をくれてなかった九州のカワイコちゃんから朝方久々の電話がありました。
今度は下ネタで泣かさないようにと細心の注意を払っていたのですが、電話の切り際に彼女の目にはまた涙が。
恋しさにくれているのだと解釈して
「おまえってホントに俺のこと好きだな」
と、自ら言うと
「うん。ぶっちゃけ体目当てだけどね」
などという鋭利なコメントをいただいたところから爽やかな日曜の始まりです。

ちなみにまた今日もクラスメイトに予定をキャンセルされたので、昨日からスーパーにしか出かけていないことに気付き、夕方から2週間以上ぶりの運動のため公園へ行きました。

今日の収穫はバカな母子が一組です。

まず、「俺の遊具広場」のすぐ外のベンチで7歳くらいの男の子が飼い犬の首を絞めて遊んでいました
そしてその子の母親が「ダニー!ダニー!」とおそらくこの男の子のことであろう名前を鬼の形相で叫びます。
ただしその時の母親の立ち位置は何故か遊具広場内のすべり台の上
何やってんの一人で。子ども置いて。
おまえらポジション逆だろ。

すっかり日が長くなっていたことに気付いたロンドンの夕暮れ時に「バカはどこにでもいるんだなあ」と、それも合わせて春の訪れを感じました。
世界は広いよね。

とは言え、世界中で様々なバカを見るたびに僕は僕の出身中学の「バカ四天王」以上のバカには今まで出会えたことが無いという誇りとも悲しみともいえるこの事実を胸に抱きます。

実際、バカの宝庫、ブラジルでさえ彼ら以上の逸材はいなかった。 
サッカーの教え子でなら惜しいのが何人かいたけど。

ちなみにその中学の「バカ四天王」はブス四天王と一緒で3人しかいませんでした。

まず番格がインパクト系、王道のバカ中のバカ『はなぢ』。
そして次に控えるのが、本当の意味で純粋に頭が悪い『ランボー』。
最後は、ひょっとしたら実際に気の毒な子だったのかもしれない『モンモン』。

転勤が多かった僕の社会人生活の中で、多くの部下と「愛すべきバカ」話をしたんだけど、やはり彼ら以上の逸材はなかなかいなかった。

街の風土が独特なら住む人間も独特ということなのでしょうか。
(つづく)

2010年2月27日土曜日

愛すべきガサツな女たち


最近ではすっかり皆勤になっている金曜パブに今日も出席してきました。

ラウールに未練タラタラなあみちゃんも途中から参加したのですが、クラスメイトの女のコたちが全員
「こいつ、おまえの彼女?」
とまた聞いてきました。
名倉姉妹を連れてきた時と同様の質問なのですが、「No」と答えた後のリアクションが姉妹の時とは違ってました。

「たぶん彼女、おまえに惚れてるよ」

パティなんかは僕が「それは無いよ」と答えた後に「照れてんじゃねえよ」と追い打ちをかける始末でしたが、そうではないと言い切れる確信的な理由をみんなにばらせないのが辛い。

その時にふと「思わせぶり」と「童貞的思考回路」について瞬間的に考えてしまいました。

これはあみちゃんの性格がどうこうというより、日本人女性の気質かな?
いや、でもそうじゃない女性も数多くいるし。
逆にコロンビアーナにもこういう奴がいて「アタシの旦那にベタベタするヤツがいるの!」ってロスィオが腹を立てていたな。
はたから見てもな接し方をする女に対しての童貞的思考を「勘違いしてんじゃねえよ」と一方的に馬鹿にするのはちょっと悪い気がするな。

なんて思っていたら、ディアナパオラが聞いてきました。

「何でおまえに惚れてないって言いきれるの?」
「彼女に好きな人がいることを知っているから」
「それおまえのことだろ」
「いや、俺じゃないということも知っている」
「そうか・・・じゃあいずれにしてもブルーノは失恋ってことだな

そうか・・・すでにみんなにバレバレかあ。
ブルーノの接し方は思わせぶりじゃなくて真っ当だもんな。

「それはなんとも言えない」
とだけ答えといたけど、ディアナパオラは超嬉しそう
ブルーノに気があるからとかそういう嬉しさではなくて、単純に不幸話として。
おまえの表情も真っすぐで気持ちいいねえ。

うちのクラスメイトには、育ちがいいのか悪いのか、思わせぶりな態度が見せられない女のコしかいないような気がします。

僕も見習わなくてはいけません。

2010年2月26日金曜日

GIG


当時から少しずつ騒がれていたのに、うちの店はスケルトンの天井に石綿丸出しで、どこの審査にも引っかからずに、無事オープンすることが出来ました。
指導者の仕事に着く前、新規開店させたバーの話です。

内装業者の職人気質の影響か「アスベスト」のことを僕らは「石綿」と呼んでいて、彼らの用語の影響で「打ちっぱなし」のむき出しの天井を僕らは「スケルトン」と呼んでいました。

他にもネジのことを「ビス」と呼んだり、それを打つインパクトドライバーを「インパクト」と呼んだり、打つことを「ぶつ」と言ったり、覚えたばかりの言葉をすぐ使っちゃうハッチャケた子どものように職人を気取って僕らはそれらの用語を使いこなしていました。

「そこ、インパクトでビスぶって」
みたいな感じで。

「僕ら」と言ったのは僕の他にもう一人相棒がいたからです。

当時、僕がバーテンの練習をしながらキャバクラのボーイをしていたころ、今一新規バーのコンセプトを定め切れていない女オーナーに連れられて、いくつかの空き物件を見に行きました。
そのうちの一つで盛り場の主要道路から外れた物件がありました。

キャパは50坪ほどと広いのですが、いかんせん人の流れから完全に外れたところにあるものですから、オープンする店がことごとく短期間で閉店していくことで有名な場所でした。
しかも広いものだから家賃は高い。
そして僕と女オーナーの意見も一致していて
「ここだけはやめておきましょうね」
というものでした。

それがどういうわけか数日後の昼間に女オーナーから電話がかかってきて
「今、『ここだけはやめとこう』って言った店に、木村さん(仮名)と一緒にいるの。契約の話をこれからするところなんだけど大事なことだからキッチーさんも今から来てくれる?」
と言われました。
木村さんというのは僕をこの女オーナーに紹介した知り合いの不動産屋の社長のことです。

何故、そんな不思議なことに?とも思いましたが、現場に着いて二人のやり取りを聞いていると、木村さんの管理物件であるこの貸し店舗を、女オーナーが押し切られるような感じで借りることになっている、というような空気を感じました。
そんなんでいいの?

結果、「家賃が高いから内装費を100万以内に抑えて」とか「私一人じゃ無理だから誰か共同経営者になってくれる人を探してきて」という無謀な要求が女オーナーから飛び出たので、僕は不動産業だけでなく内装業もしている木村さんにこの二つの件をお願いをしました。

で、結局木村さんが「うちが内装を全部担当できるなら」という条件で渋々共同経営の件も承諾するのですが、その直後、女オーナーが「体調不良」を理由にこの話から降りると言い出しました。

さすがに全面経営は難しいということで木村さんも降りかけたのですが、僕の方はすでに面接で採用者も決めていて、中には今勤めているバーを辞めてこっちに来てくれるという人間までいたものですから、こっちとしてはそれを認めるわけにはいきません。

その後、木村さんの紹介で何人かの経営経験者に話を持ちかけたのですがことごとく断られ、最終的には木村さんが負い目を感じたのか、僕がその店のマネージャーになるならという条件で、経営を受け持つことになりました。

その時に
「そりゃあ、他人がやるからこの物件勧めただけでよお、内装もうちに依頼するだろうから儲けられると思ったし、自分がやるんだったら絶対こんな場所選ばねえよ
と堂々と僕に言ったのが印象的でした。

ちなみにあの女オーナーが土壇場でトンズラを決め込むことはこの世界では結構有名なことだということを、後に知り合う広告代理店の『ブーちゃん』から教わりました。
『ブーちゃん』は広告代理店の個人経営者で女性なのですが、そのあだ名とはかけ離れたなかなかのべっぴんさんで、モーニング娘の誰だったかに似てるとかで、彼女らの冠番組にそっくりさんで出演したこともあるチャーミングな肝っ玉姉ちゃんです。

ブーちゃんから女オーナーの簡単にトンズラこく習性を聞いて「だから簡単にOKも出したんだ」と不思議に納得しました。

ところで何故「絶対こんな場所選ばねえよ」と言ったのにも関わらず、その店舗での立ち上げにこだわったのかと、そのころ疑問に思っていました。
前経営者が追い出されるような形でその店舗を後にして、もともとプールバーだった店内が何も片付けられていない状況を見て驚いたことを、宅建の資格を持っている前科に言うと
「木村さん側の責任(契約違反等)で前経営者が出ていくことになって、管理会社である木村さんはビルのオーナーに毎月いくらかずつ支払わなくちゃいけないから、それよりは店舗を無駄に遊ばせずに自分で経営した方がいいと思ったんじゃない。彼、内装業もやってるし。おまえを安く使える狙いもあったし。それなら中が汚いまんまというのも納得がいく」
という感想をくれました。

そこから店舗の清掃と改装が始まるわけですが、前日の面接で採用していた『ムーミン』という男前のハーフを捕まえて、二人で過酷な労働をこなしました。
こいつがその時の相棒です。
要らない柱を原始的にハンマーでぶち壊したり、電気の導線を一本いっぽん千切ったり、壁の色を全て塗り替えたり、床を貼ったり、カウンター、棚、その他諸々、ガスと水道に関わる以外のことを職人の好意のアドバイスを元に、全てムーミンと二人でこなしました。
その時の給料は0円。
朝9時からしばしば日付をまたぐくらいまでの長時間労働で準備期間1ヶ月、ムーミンは週休1日、僕は休み無しで働き詰めました。

そんなこんなで1カ月後にはオープンまでこぎつけたのですが、オープン直前の辺りから木村さんに対して不穏な空気を感じ始めました。
 
あまり人の悪口は言いたくないので具体的な例は避けますが、ただ「相手は自分を映す鏡」とはよく言ったもので、おそらくあの頃の僕も彼と同じく「悪い」雇われ店長だったような気がします。

なんせ従業員の給料の未払いをめぐって、従業員たちの目の前で木村さんと取っ組み合いの喧嘩をしたくらいですから。

翌日、何事もなかったように出勤したのは従業員たちに
「キッチーさんが辞めるんだったら、俺らも辞めますよ」
と言われたからです。
ただしこれは僕の人望うんぬんというものではありません。
パパイヤみたいな顔をした厨房担当の部下が
「だってキッチーさんが辞めたら誰があのオーナーとやり取りしなくちゃいけないんですか」と続けてました。

木村さんは、キャバクラのホステスだった当時の僕の恋人が「この街一番の嫌われ者」と評した有名人ではありましたが、まだバーの話が持ち上がる前に彼が男の価値についてこんな話をしてくれたことがあります。

「なあ、キッチーくんよ。男の価値はな、借金の額で決まるんだよ」
彼の当時の総融資額は確か3億円でした。
「だってな、こいつには3億返す能力がある、って認められたから3億借りることが出来たんだろ。昔俺が尊敬していたヤクザもんが言ってたよ。こいつは100万の男、こいつは1億の男、って値踏みするのはいくらまでなら金を貸せてそれを回収できるかっていう話だ、って」

おそらくはそのヤクザもんの受け売りの価値観だったのでしょうが、この哲学にはいくらかの理があると思います。
ただしこれを言った本人は借金をつくったまま女房子供を残して失踪してしまったという、何だかなあなオチもついています。

こんなことを思い出したのはブルーノに誘われてあみちゃんと3人で来たギグのバーのつくりがあの店と似ていたからです。
さすがに石綿は無かったけどスケルトンの天井を見ながらそんなことをぼんやり思い出していました。

横に視線を戻すとサウンドに合わせて踊るあみちゃんを見てブルーノが
「She is amazing.」
と何度もつぶやいていました。

おまえみたいな真っ当な男があんなアバズレに惚れるなよ、と言ってやりたくもなりましたが、このバーに来る直前にブルーノのフラットで軽食を取った時、リビングで踊り出したあみちゃんの表情を見て、僕も少し彼女を見直していたので
「I agree.」
と答えてやりました。

毎週このバーのギグに誘われているんだけど、毎週あのバーを思い出すんでしょうか。

そう言えば大麻話の思い出もあったっけ。

2010年2月24日水曜日

心の恋ばな


昨日の授業終わりにブルーノが自分の携帯の着信メールを見せて、僕に助けを求めてきました。
今週から住み始めて家賃の支払いが終わったフラットの大家からのメールで
「事情があってきみには今夜から出ていってもらうことにする。家賃は全額返す。理由は聞かないでくれ」
といった旨のことがそこには書かれていました。

「全然意味がわからないよ。俺、何も悪いことしてないのに。こいつ頭がおかしいんだよ」
とブルーノがパニクっていたので、先ずは契約書と領収書の所在を確かめると「両方とも貰っていない」とのこと。
 
仕方が無いので新しいフラットが見つかるまでブルーノを僕の部屋に住ませて、僕は去年のサミーみたいにダイニングのソファーで暮らすことにしました。
ルームメイトのインド人のいびきがうるさかったのでちょうどいい。

一先ずは同じフラット内に住むオーナーに理由を聞き出して交渉するとブルーノが言うので、ケンカになった時の制御役も兼ねて、まあ契約書が無いなら追い出されるだろうからうちまで荷物を運ぶのを手伝ってやらなきゃなという気持ちをメインに持ちながら、二人で彼のフラットへ向かいました。

道中、武士道大好きの父親の影響か、ブルーノはまあ真面目なお坊ちゃん気質で
「こういう辛い経験が未来の僕を強くするんだ」
という真っ当なセリフを真っ当な面持ちで発言するものだから、真っ当に生きてきたと自信を持って言えない僕なんかはいたたまれない気持ちになってしまいます。

しかも胸の血管にトラブルを抱えて通い出した病院から処方された薬が強すぎて、タイミング悪く昨日から胃が痛みだすという二次災害まで抱えていたものですから、ブルーノの沈む気持ちを盛り上げるどころではなく、ひたすら無言で痛みと戦っていました。

結果的にはひたすら下手に出続けたブルーノにオーナー同情したのか、昨夜中に出ていくということだけは免れて、一先ずは安心したブルーノが
「いつもキッチーには助けられてばっかりだから」
と言い、僕に夕食を振る舞いたいと申し出てきました。
ちなみに出ていけと言った理由は結局わからず終い。気味が悪い。

正直、胃の状態を考えると遠慮しときたかったのですが、少し前に飲み始めた胃薬が効いてくれることを期待したのと、真っ当な人間の親切心を無下にしてはいけないという半ば強制観念から
「少なめにお願い」
とだけ言って受け入れました。

プレーンパスタとベーコンとトマトとチーズという、調味料を一切使っていない可能性のある料理が出てきて、皿に盛られた量がブルーノのよりも僕の方が多いのを確認した時には「要らない武士道を身につけやがって」とか「おまえは千賀子さんか」とか突っ込みたくもなりましたが、気合いを入れてそれらを食べ始めると、ブルーノがオーストラリアに旅行に行った時の思い出を語ってくれました。

3日間しか滞在できなかった海辺の街で一人の女のコと出会ったらしいのですが、彼女との間に何があったわけでもなく、海辺で一緒にギターを弾いたり街に出かけたりと、淡くとも爽やかな経験をしたと言っていました。
その時の彼女の振る舞いや哲学にブルーノはかなり惚れ込んだらしく、連絡先を交換してからその街を離れたそうです。
ただし今ではその連絡先には繋がらなくなってしまって
「今では彼女が僕の心の恋人になっている」
と言ってました。

男の場合、心の恋人というポジションには大抵がお互いの間に何もなかった相手が一人だけ就くものですが、僕の場合うまくいかなかった女性が大勢いるものですから「心の恋人」という感傷的ではあるがちょっと不可侵な神聖的なものでさえ僕にはふしだらにも二人います。

そのうちの一人であるジゼーリとの思い出を僕も少し話してあげました。

僕らは同じオーナーの下宿先に2食付きの条件で暮らしていたのですが、正確には同じ館に住んでいたのではなく、小さな生活道を挟んで向かい合う二つの家にそれぞれ別に住んでいました。
僕の家の方が独身男性と家族連れ用、彼女の方が独身女性とカップル用、みたいに区別されていて、食事は彼女の家のダイニングでみんなで食べていました。

次の日の午前中にその街を出て、チームの寮がある街に帰らなくてはいけない、という最後の夜、食事を終えた僕は自分ち側の家の塀に腰掛けていつものように口笛を吹いていました。

そして僕はその街にいた3週間足らずの期間でのジゼーリとの出来事を色々と思い出していました。
自主練していた公園と彼女の職場の方角が一緒で毎朝一緒に歩いたこと。
わずか一週間足らずで職を失った彼女の新しい職を探しに一緒につき合ってあげたこと。
ジゼーリの地元から遊びに来た恋人を紹介された時のこと。
場違いパーティーに連れてかれた時のこと。

するとしばらくしてジゼーリが対面の家から出てきて、何をするわけでなく向こう側の歩道に突っ立ったまんま、僕を眺め始めました。

微笑みを交わして僕は塀から飛び降り、ジゼーリと同じように突っ立ったまんま対面の彼女を見つめました。
距離にして7、8メートル。

そこから何故か、表情とジェスチャーだけの無言の遊びが始まりました。

まずは僕が手招きして〈こっちに来いよ〉。
それに答えてジゼーリが〈キッチーが来なさいよ〉。
〈いや、俺今こんな格好だからさあ〉
と示した僕の上半身は夜だというのに何故か裸でした

〈いいからこっちに来て〉
〈じゃあ一歩だけ近づいてあげる〉
と僕が一歩前に足を踏み出します。
〈今度はおまえの番〉
〈はい。じゃあ一歩。次はあなた〉

そんな感じで車道ギリギリのところまでお互いが歩み寄ったのですが、家の前の歩道なら全然平気なのに何故か車道を上半身裸のままで渡るのは躊躇われて、僕は横に動きだしました。
〈はい。一歩〉
それを受けて当然ジゼーリも
〈じゃあ。私も横に一歩〉
と横に動いていたずらっ子のようなチャーミングな笑顔を見せました。

そんなジゼーリが可愛くて、僕は彼女を抱きしめたくなりました。

アイコンタクトとボディーランゲージだけの会話はここで終わりにして、何の言葉も言わず身振りも示さずに僕は自分の部屋に急いでTシャツを取りに戻りました。

彼氏がいるけどいいよな。
きっと俺に会いに表に出てきてくれたんだよな。
もしかしたら抱きしめるだけじゃ止まらないかもな。

などと相手の都合を一切考えない童貞真っ盛りな思考を燃やしながら、シャツを着て急いで表に戻りました。
時間にして30秒ほど。

こんなときでも出来るだけ女受けのよさそうなTシャツを選んでいた時間が無駄だったのか、そもそもTシャツを取りに戻ったのがいけなかったのか、ジゼーリはすでに部屋に戻っていました。

俺に会いに来てくれてたんだったら、そりゃあ俺が何も言わずに部屋に戻っちゃったら、ジゼーリも表にいる理由がなくなるもんな、などとほんの少しでもと前向きな厚い溜息をついたのを覚えています。

たった今気付いたのですが、この「言葉が無いせいで(足りないせいで)取り返しのつかないことになる」という教訓はその後の十数年の恋愛事情に全く活かされておらず、まるでこの日の出来事が自分の性格を代弁していたかのように、現在の僕の状況を暗示しています。

とにもかくにも、さんざん鬼畜に女性をあしらってきた人間とは思えない、感傷的で少女趣味な思い出を僕はこんなふうに持っていて、我ながら「三十路のおっさんがこんな思い出にニヤニヤしている絵面というのはどんなもんかな」と不安に思ってしまうのですが、僕をよく知る友人たちは僕のこの少女性を少なからず見抜いています。
男ってこんなもんだよな。

つまらないオマケがつくとかズッコケちゃうオチがつくとかよりも、そんなこと以前に話のほぼ10割が夜なのに上半身裸というシュールなシチュエーションコントみたいなのがちょっとアレだなとか、そんなことは言わないであげて。

まあ、ブルーノに話した内容はこんなこと細かなことではなく20秒くらいで終わる簡単なものだったんだけど、胃痛から更に吐気が上乗せされた状況での受け答えとしては上等だったでしょう。

とりあえず翌日以降の住処は保障されていないので、僕が契約している不動産屋を紹介するということで、翌朝、つまり今朝の10時に学校の隣駅で待ち合わせをして帰りました。

で、今朝、来ないでやんの、ブルーノ。
おまえはコロンビア人か。

そう言えば昨夜「住人たちとの話し合いが上手くいって新しい住処を探す必要が無くなったりとか予定を変更するなら、朝の9時までにパソコンにメールくれ」と、イギリスで使える携帯をまだ持っていないブルーノに言ったくせに、家を出る前に確認するの忘れてた。

そう思って隣駅の学校のパソコンルームでメールを調べましたが、結局その旨のメールは届いておらず。
とりあえず「何かあったのか。大丈夫なら返信くれ」とだけ打って、同じ階のカフェでやり過ごしながら小まめにメールをチェックすることにしました。

あーあ、メンドくせえ、とも思いましたが、初めて訪れた午前の学校で、大好きなカフェのユキちゃんやケイコちゃんが一緒に働いている風景を見ることが出来たり、エリアが朝早くから学校に来てカフェで一人で自習していることを知ることが出来たりと、色々な発見ができたので一まずブルーノには感謝です。

その後、昨日の時点での事情を知っている韓国人のユミがカフェにやってきて、今朝のスッポカシの件を話してやると
「きっとブルーノになんかあったんだよ!住人たちにいじめられたとか殺されちゃったとか!
と脅すものだから、授業まで時間があったので彼のフラットまで見に行くことにしたのですが、とりあえずカフェを出る前に彼がフランスで使っていた携帯に一応電話を入れることに。
「かける方も受ける方も国際電話扱いで通話料金が高いからあまりかけないで」って言われたけど、この場合緊急だからしょうがないよな。

で電話したら結局ただの遅刻でした。
僕が駅を去った5分後に着いたみたい。

日本人のOLのようにさんざん詫びを入れてきたけど、そんなに謝らないでいいよ。
コロンビア人たちで慣れているから。

で、授業も終わり自宅に戻って自分のパソコンからメールをチェックしてみるとブルーノから2通のメールが。
一通はトッコさんとあみちゃんと僕に一斉送信されたもので、彼のフラットメイトが働いているバーで明日ギグがあるので一緒に行かないかというお誘い。
もう一通は今朝僕が出したメールに対しての謝罪メール。

もういいって。ちっとはコロンビアーナたちを見習えよ。何でそんなに日本人スタイル?
そうだ、おまえ親日家だったな。

とりあえず明日一緒にギグに行ってやることにします。

2010年2月23日火曜日

愛だろ愛


今日は授業で女性の年齢に関しての価値観について話をしました。
今日のパートナーはグリングリンの天然パーマネントがチャーミングなエスパニョーラ(スペイン人女性)、エリアちゃんです。
  
エリアちゃんはやたらと食い気味で話を急ぐ年齢不詳の推定処女、老け顔で勉強熱心で、努力家ゆえの暴走が、よくパートナーになる僕にとばっちりを喰らわしている、部下だったらほっとけないタイプのコです。
部下じゃないので最近は出来るだけ近づかないようにしてたのですが、ここんところ遅刻気味の僕が教室に入った時、撲殺的なワキガが人々の思考能力を簡単に鈍らすトルコ人の隣と彼女の隣しか席が空いていなかったので、迷わず彼女の隣に座って授業の課題について話をしました。

「歳がだいぶ上の女性をどう思うか。またそれにまつわる経験談はあるか」

ちょうど昨日書いたとおり、僕は女性に対して骨まで、いや髄まで女であってほしいと願っているタイプの人間なので、女性は歳を重ねれば重ねるほど魅力が増していくものだと月並みに思っているわけですが、その価値観をエリアに話した後、今度はそれにまつわる経験談を話してあげました。

26歳の初夏のことでした。
ある女性との結婚のために当時勤めいていた派遣の仕事を辞めて正社員としての仕事を探していた時、知り合いの不動産屋の社長の紹介で、キャバクラの女性オーナーの下、営業職の肩書で新規のバーを責任者として立ち上げることになりました。(のっけから分かりづらい)
ちなみに結婚を考えていたその女性とは派遣の仕事を辞めてしばらくしてから別れました。

企画と営業だけでなく水商売自体が初心者の僕に何でこんな無謀なことを?とも思いましたが、それはオーナー自身も思っていたらしく
「キッチーさん、新規のバーが完全に立ち上がるまで、誰か知り合いのバー経営者を探して毎日そこで少しずつカクテルの作り方なんか勉強をしてきてください。で、それが終わったらそのまま毎晩うちの店(キャバクラ)にきてボーイとして働いてください。」
という、突っ込みどころがたくさんある無茶ぶりをしてきました。

仕方が無いからかなり細めのツテでスナックの店長を探し出し、図々しくも開店前のそのスナックで一時間ほど店長からの教えをいただけることに成功したのですが、初日の「授業」が終わった後に店長が僕に宿題を出しました。

「キッチーくん、ここから歩いて一分くらいのところにこの街で一番おいしいカクテルを出すバーがあるんだけど、ここでの練習が終わった後、キャバクラに行く前に毎日そこに客として行って何かカクテルを頼みなさい。大人向けの店だから値は少々張るけど君にとってもいい投資になる」

言われた通り毎晩のようにそのバーに通うようになるわけですが、そこは10坪ほどの狭いスペースの店で、初老のちょっとオカマっぽい店長が一人でお酒を作っているお店でした。
世間知らずな僕は初日に自分の身分を明かし、しかし逆にその正直さをその店長に気に入ってもらい、毎晩そこでの時間を楽しむようになりました。

通い始めて一週間目くらいのことだったでしょうか。
僕はその店で千賀子さん(仮名)という名の60手前の女性と出会いました。
今でいうところのアラ還です。

狭い店内の半分のスペースを閉めているカウンターで、僕らはお互いから一番遠い端っこと端っこに座っていたのですが、その日何故かドレス姿だった千賀子さんを一目見て、僕は彼女の微笑んだ表情に美麗とか優雅とかいった人としての美しさを、そして女性としての美しさも感じました。
将来自分がこれくらいの年になった時、こんな女性を連れて歩けるような、こんな女性にふさわしい男になりたいなあ、などとも思っていました。

その日のノルマのカクテルをちびちび舐めながらそんなことを妄想していると、千賀子さんが僕をみとめて微笑みかけてくれました。
僕も合わせて会釈を返すと彼女が僕の隣の席に移動してきます。
そしてお互いの自己紹介をしたわけですが、そこで彼女の年齢と、二人の息子の年齢が僕よりも上であることと、現在旦那さんと別居中であるということを知りました。

要するに逆ナンであったわけですが、若いコのナンパの仕方と違い
「ケータイの番号教えて」
「アドレス教えて」
ではなく、千賀子さんはハンドバックから手帳を取り出すとページを一枚破り、そこに達筆な文字で自宅の電話番号と自宅の住所を書き込んで僕に渡しました。

「いつでも遊びにいらっしゃい」
と言って僕にも僕の携帯の番号と住所を書かせたわけですが、姿勢も振る舞いも言葉づかいも筆跡も美しい淑女の前で、僕の字はひどく汚く乱暴で、とても恥ずかしい気持ちになったことを覚えています。

それ以来よく千賀子さんから電話がかかるようになり、時間の空いていた日に徒歩一分の距離の彼女の家に一度訪れたのですが、公団住宅の一室を安くで買い上げて、その後自分の好きなように内装を変えたその部屋は、実家が裕福だった千賀子さんらしく小洒落たセンスで(と言ってもまず自分にそのセンスが無いのでよくわからないが)、品のある心地よい贅沢をしてるんだなあ、などと生意気にも思いました。

訪れた時間が昼過ぎだったのにも関わらず、酒を勧めた千賀子さんからもてなされた肴(さかな)は、手作りのものでした。
湯むきにしたトマトから種を全て取り除き、それを角切りにしたものをオリーブオイルと塩だけであえ、チコリに乗せて食べるという、何だかその調理法を千賀子さんから聞いただけで子どもの僕が舞い上がってしまうような、アバンギャルドな印象をくれる肴でした。
なんせこれから飲食店を経営するという26歳の僕はその時初めてチコリというものの存在を知ったくらいです。
以来、めったに見ないチコリをスーパーで見かけた時にこの日のことを思い出すようになったのは言うまでもありません。

その後充分に腹を満たして酒気帯びのままドライブをしたのですが、行った先が一つのレストランに二つのバーと、ハシゴするところはことごとく飲食店で、容赦なく料理を勧める千賀子さんに「もうお腹いっぱいです」と断るたびに
「それにしてもキッチーさんって小食ねえ」
と口癖のように千賀子さんに呟かれていました。
大人3人前以上は余裕で食ってたのに。

最後に寄ったのは全日空ホテルのバーで、窓際の席から見える成田空港内の夜のランプ(本来の専門用語から多少意味が変化して、空港職員の間では滑走路や誘導路や駐機場などの一般人が入れない外の敷地全体のことを指していた)が綺麗にイルミネイトされていて、そこから飛び立つジェット機たちを二人でロマンチックに眺めながらバーボンを飲んでいたのですが、僕は隣に座る「いい女」と想いがリンクしてしまったのか、数年前空港で働いていた時に出会ったあるプレイボーイの言葉を思い出していました。
回想の回想ですか。

彼はある航空会社の職員で当時の僕の倍以上の年齢だったのですが、その下請けの仕事をしていた僕をえらく気に入ってくれて、仕事中だというのにしょっちゅう僕をランプ内のドライブに連れて行ってくれました。
詳しい事情を聞いたことはありませんが、子どもをつくらず美人の奥さんと二人で暮らしている彼は浮気癖がひどく、新入社員の女のコに手を出してしまうなんてこともしばしばありました。

大した人生経験も女性経験もあるわけでなかった当時の僕はイキがりたい盛りで、大人の魅力と言うものをほとんど理解も尊敬もしていないくせに、彼の武勇伝をさもわかっているかのように自分の貧弱な経験と哲学に当てはめて頷いていたのを覚えています。

話の流れで20代前半と40代半ばの男が普通にセックス話などのボーイズトークをするわけですが、一度、女性を喜ばせるテクニックについて彼に教えを乞うたことがあります。
その時の彼の答えは
「キッチーちゃん。セックスは技術じゃないよ。大事なのは愛だよ」
というものでした。

「愛」とかいう言葉をまだまだこっ恥ずかしく感じる年齢だったのでてっきりそれがシュールな洒落の言い回しだと思って
「そうですよね。ムードとか大切ですよね」
と場違い的な知ったか発言をすると
「いや。ムードじゃないんだよ。愛なんだよ」
と真顔で返されました。

どういうリアクションが正解なのかわからなかったので「ああなるど、愛ですかあ」と曖昧に頷いておいたけど、間違いなく僕の幼さを見抜かれていただろうなあ。
逆に今は僕が若者たちにこれをしたり顔で語るようになったわけですが、やはりあの時の僕と同じように「ムード」という言葉で理解しようとする者には、彼等の経験人数に関わらず気持ちの上で「童貞め」と、憧れと嘲笑の間の気持ちで思ってしまいます。

とは言えこの感覚を理解できるようになるのはもうちょっと先の話で、再び千賀子さん宅に戻った僕は何度も「もう結構です」と断ったのにも関わらず出されたデザートを食べながら
「俺、この人とヤれるのか」
と、愛とかムードとか関係無しに純粋に、そして真剣に妄想してました。

親子以上に年が離れているとはいえ夜の密室に男女が二人きり。万が一誘われた場合どうしよう。この場合断ったらやっぱり失礼になるんだろうか。断らなかったとしても起つんだろうか。起たなかったらもっと失礼になるんじゃないか。

などととても26歳とは思えないようなキチガイじみたことを考えていましたが、もちろんそんな局面が訪れるわけはなく、淑女な千賀子さんは僕を玄関まで優しく見送ってくれました。

「また遊ぼうね」って。
かわいかった。

自分の中ではまあまあ美しい部類に入る思い出だと思ったので、プレイボーイとの会話を除いてこの話をエリアちゃんにしてあげたのですが、実はこれには続きがあります。

後に開店を間近に控えた僕のバーの厨房スタッフが事情により足りなくなり、僕は彼女のいくつかの条件を飲んで彼女にうちのスタッフとして働いてもらうことにしました。

これがいけなかった。

もともと老体の彼女には夜遅くまでの仕事は体にこたえるはずなのに、いつもみんなより早めに仕事を切り上げる彼女は、朝方までやっているうちのバーで客としてカウンターに座り続けました。

とにかく酒が強く、ウィスキーをロックでなくストレートで飲むのは当たり前のことで、普通はビビって一気にそのショットグラスを干し「ウガァァァーーー!!」とか「ヴぁぁーーー!!」とかの奇声を感嘆符とともにしか発せないはずのスピリタスをゆっくり味わいながら飲んで
「これ、おいしくない」
としっかりと感想を言ったことも一度あったくらいです。

そんな、強いんだけども歳を考えない突き抜けた飲み方もするものだから、そのままカウンターで寝てしまってまだ働いている僕らに迷惑をかけたりするなんてことはしょっちゅうだったのですが、そんなことよりも酔っ払うと必ず口走る口癖が彼女にはありました。

今私、セックスフレンド探しているんだけどキッチーさん、誰かいい人紹介してくれない?」

彼女に対する憧れとか愛おしさみたいな想いはすっ飛びました。

「キッチーさん、私とどう?」
と微笑みながらたたみ掛けることもしばしばだったので、その時は
「いいから早く帰れよババア」
と微笑み返しで不躾に毒づいてあげました。

あーあ。
僕のいい思い出には必ずつまらないオマケがつくのは何故だろう。
しょうがない。きっとこれも僕の人徳ってやつだろうと受け入れます。

(人徳の使い方おかしい)

2010年2月22日月曜日

その男


相変わらず授業の前フリの会話時間で簡単な質問をお座なりに答えてあげることが出来ずに、最近はパートナーだけではなく講師のラウールも困らせています。
今日は「I wish 」から続く、自分自身の後悔に関する例文が一つも出せなくて、我ながらどうしたものかと溜息をつきました。
何故とことん空気が読めないんだろう。

こういった空気の読めない言動は何も授業に関することだけではなく、プライベートの時間でもしばしば見られます。

2週間前の土曜日のことでした。
ファンキーコロンビアンズ(ジャミーリとディアナパオラ)とラウールと一緒にジャディラの家に行った時、ジャディラが「髪の毛占い」みたいなことが出来ると言ってみんなにその占いとやらを披露してくれました。

椅子に座らせた僕らに「イエス」「ノー」で答えられる質問を三つ言わせて、そのことを強く念じさせている間、後ろからジャディラが僕らの頭に手をかざしてそれを占うというものです。

みんなの質問は「お金持ちになれるか」とか「彼氏とうまくいくか」とかそんなことが中心だったのですが、僕は一つも占って欲しいことが見つからずにまたもやみんなを困らせてしまいます。

ちなみにラウールの質問は
「バルセロナに住めるか」
「将来自分の本を出版できるか」
「近いうちにいい女が現れるか」
の3つで、答えは上から順にイエス、イエス、ノーでした。

とうとう僕の番が来たので無理矢理一つだけ質問を捻りだして、その一つだけで勘弁してもらうことにしました。

「長いこと会えていない友人と再会できるか」
という質問です。

ジャミーリに言われた通り仕方なしにアキラさんのことを頭に思い浮かべて、1分ほどして返ってきた答えは
「イエス」
でした。

占いなんてビタ一信じていないくせに、それでもジャミーリの答えは嬉しいもので、自分が宿題をさぼっていることは棚に上げて何故だか心が暖まってきます。

アキラさんと僕は、僕が二十歳の頃勤め始めた会社で出会いました。
当時は散々ブラジルで差別を受けてからの帰国直後だったので、仕事が楽しくて仕方なかったという記憶があります。

自分で働いた分がお金に変わるという当たり前のことがものすごく充実していて、たかだか自給1000円のバイトだと言うのに、休みの日も自宅で仕事の専門用語の暗記や書類の書き方など復習をするくらい、言うなれば(自分で言うのも何ですが)僕は非常に真面目なバイト社員であったと思います。

会社には警察とヤクザのOBが何人かいたのですがアキラさんも後者の方のOBで、その会社は彼を筆頭に気の荒い、乾いた暴力的な笑いが蔓延している男社会でした。
そして二十歳までサッカー以外のことは何一つ知らずに育った世間知らずな僕は、彼らの振る舞いやこの組織の風土といったものがごくごく一般的なものであると思い込んでいました。

入社間もなくして仲良くなった僕とアキラさんは、しょっちゅうプライベートでも飲みに出かけるようになるのですが、酒が廻ってから「ナンパしに行こうぜ」は普通のこととして「ケンカ売りに行こうぜ」なんてこともしばしばありました。

そんなんだから血の付いた木刀をベルトに差して、当時女のコと同棲していた僕の部屋に逃げ込むなんてこともありました。
それにまつわる請求書や慰謝料が後から追いかけてくることもたまにありましたが、それらはいつもアキラさんが奢ってくれてました。
そして当時すでに20、21歳だった僕はこれも一般的な青春だと思い込んでいたのです。

他にも一緒に空手を習いに行ったり花見に行ったりと、字面の上ではまあまあ爽やかな思い出もあるのですが(言うまでもなく実際はそうでもない)僕と彼との気持ちを結びつけていた一番の自我の一致は「次男ゆえのコンプレックス」というものです。

僕の兄はサッカーで地元の選手や監督たちに、彼の兄はケンカで地元の県警や極道たちに名の知れた人間だったのですが、よくある話の例に洩れず、僕らは優秀で人気者の兄に対して劣等感や羨みを持っていました。
そして僕らの場合は二人とも自分の兄に憧れてもいました。

そんな矛盾とも天の邪鬼とも言いづらい、鈍くとも確かな痛みや幸せを、よく飽きもせず二人で語っていたものです。

月並みな語り口ですが、酒と女とケンカを彼から教わり、20代の一時期まぎれもなくヤクザな人間性が僕にも植えつけられたわけですが、月日が流れて別の会社で働き、別の付き合いを持つようになると、彼(彼ら)の人間性が特殊であったことに当然気付かされます。

それでも彼をただのキャラクターとして傍観できなかったのは、この「次男コンプレックス」に代表される彼の弱さやもろさ、憂いや戸惑いといったものを時折覗くことが出来たからでしょう。

ペルーから戻ってきてしばらく経った後、アキラさんに
「本職相手の新しい仕事が入ったんだけど俺以外に誰もやりたがらない」
と言って「特別待遇にするから」という条件で会社に戻ってくることを要求されました。
そして『男前』と出会うきっかけとなった、世間を騒がす事件が起こり、僕の復職は頓挫してアキラさんも会社を追われることになります。
次に就職したところの仕事中にアキラさんは事故を起こして全盲になりました。

その間、僕は色々な職を経験することになるのですが、部下の年齢や性格に合わせてガールズトークならぬボーイズトークをよくしてあげました。
まともな男でも、いや、まともな男なら大抵の場合は女性関係のだらしなさや暴力話を好んで笑いにするのですが、ある時、ある部下に僕の女性関係を指摘され
「キッチーさんって鬼ですね」
と言われました。

よく言われるコメントで、その時も僕のやんちゃ話を指しての発言だったのですが、その後、浮気を一度もしたことが無いというその部下の話題になり
「今の彼女は年上なんですけど、それが恥ずかしいから別れようと思っているんですよ」
との発言が彼から出た時には背筋が凍る思いがして
「鬼はおまえだよ」
と返してあげました。

年上の彼女を恥ずかしがる意味不明の価値観は一まず置いておいて(「女性は歳をとればとるほど『いい女』になっていく論」を語り出すと長くなるので)見栄や理屈や合理で人との付き合いあれこれをコントロールする人間に僕は少なからず恐怖と嫌悪を感じます。

アキラさんや僕に限らずなのですが僕の周りの女性関係の派手な友人たちは皆、自分の情けなさや戸惑いやしみったれた憐憫なんかを持っていて、おそらく彼等はそれを自覚しています。

チャイムが鳴っても帰れない子を愛してやまないのはきっとこういうことなんでしょう。
と自分寄りにひいき目に語ったところで、こういうのはきっと育ちの問題なんだろうし、やっぱりあの部下のような人間の方が女性を幸せにするんだろうな。

「おまえは女関係以外はホント真面目だよな」
とアキラさんと知り合ったばかりの頃によく言われてましたが、今となっては女性関係もすっかり好青年になってしまいました。
と言うか、あの頃のツケがまわってきたのか、元々の本領を発揮したのか、今では女性の方が僕に見向きもしません。

腑抜けになりやがって、とアキラさんに叱られそうですが、それも「会えれば」というもの。

ジャミーリに「今年以内に再会できるか」と期間を限定して質問しとけば良かったな、と思ったときに、全員の占いが終わった彼女が僕らに確認してきました。
「どう?占いに満足できた?」

みんなから「YES」と答えをもらった後、
「実は今の占い、全部嘘でした。えへ」
だってやんの。

みんなに怒られたり呆れられたりしてたけど、嘘を告白するまでのほんの数分は幸せな気持ちになれたのだから、僕はこの手の嘘が結構好きです。

髪の毛なんかでわかるわけないじゃーん、と悪びれずに舌を出したジャミーリが、ヱビスのくせしてかわいく見えました。

今日、2月22日はアキラさんの誕生日。
どこにいるかわからないけど、ひょっとしたらあの裁判に負けてムショ暮らししてるのかもしれないけど、生きているのであれば今年は年男なんだね。

男友達の誕生日を一切覚えられない僕が彼の誕生日を覚えている理由は、彼に対しての思い入れや愛情うんぬんではなく、ただ単にゾロ目で覚えやすいから、という自分の薄情と情けなさを自覚しています。

とりあえず占いはビタ一信じないけど、ジャミーリの嘘占いは友人の「言葉」として信じることにしよう。

2010年2月20日土曜日

歩きに歩いた一週間


昨日、パブでロスィオ夫妻からバッキンガム宮殿に一緒に行かないかとの誘いを受けたので、また一人だけ場違い感に包まれるのが嫌だった僕はジャミーリにディアナパオラにラウラも誘いました。

10時半にハイドパークコーナー駅で、という待ち合わせをして時間どおり律儀にそこへ向かったわけですが予想どおり誰も来てません。
仕方が無いので駅の売店でケバブとカプチーノを買って、駅前の公園のベンチに腰をかけて待つことにしました。

天気も気温もここ数週間で一番というくらいによく、人影まばらな休日午前の公園はすこぶる爽やかで、待ちぼうけを喰らっているにも関わらず、僕は誘ってくれたロスィオに感謝をします。

空は青く、日差しは正面鋭角で、しかし大木の枝々に程よく遮られて、透明感の強い空気を観光客やジョガーたちが次々と体に浴びていきます。

あのカップルはどこの国の人かな。
そこのジョガーグループはどういう繋がりなのかな。
あそこのワンちゃんは何て名前かな。

などと健やかな思考の浮遊に浸ろうかとも思ったけど、ipodの長渕が

ぅおうおうとぉーっっっっ 負け犬が吠えてぇるっ!!

と、がなるものだからさっき売店で買ったやたらと薄いカプチーノの不味さも9割増しになります。

爽やかな朝と言えば10年以上も前の夏の初め、仕事もなく『前科』と二人で暮らしていたころ、千葉駅の周辺で夜を明かしたなんてこともありました。

当時はホストの体験入店をしに行ったり在日朝鮮人の工場で一日だけ働いたりする以外は、職安で酒を飲みながらダメ人間丸出しをかましていたころです。

都内に何かの面接で前科と二人で行った帰りだったと思うのですが、前科がスーツ姿に何故かハンチング帽を被り、足元にはワークブーツで、極めつけは太って全開に閉まらなくなったズボンのチャックを隠すために、シャツを裾から出して
「これが今流行ってんだよ」
とほざいたのを覚えています。
これに比べれば今話題のスノーボーダーなんて乙女に見えるってもんです。

前科の下痢が原因で遅刻した僕らは見事に一次面接で落ち、帰りに『菊次郎の夏』をさびれた映画館で二度も観る(昔ながらの映画館は今のように完全指定入れ替え制ではないのでこういうことが出来た)という余裕をかましていたら成田行きの終電を逃してしまい、仕方なしに千葉駅で降りました。

県庁所在地とは言え平日深夜の千葉駅周辺は人影もまばらで、僕らはほぼ誰も足を止めていない二人組のストリートシンガーの前に座り、賑やかしてあげました。

そんなに好きじゃなかったけど彼等のレパートリーの尾崎豊に拍手を送り、仲が良くなった僕らは彼らに缶ビールを奢ってやります。
無職のくせにこういうところは無駄に粋。

どうせ他にオーディエンスもいないのでギターを置かせて僕らは4人で雑談を始めました。
彼らが僕らと大して歳が変わらないことや「一応これでもプロ目指してます」ってことや、それぞれの置かれてる状況を自己紹介がてらに話したり聞いたりしてた時に、彼らの一人が面接帰りのスーツ姿の僕を見て
「スーツ、似合いますね」
と言ってきました。

その言葉に他意は無かったのでしょうが、ペルーから帰国して間もないその時期に、中途半端に着地してるんだかしてないんだかな僕に、その言葉は複雑に心に絡みました。

しばらくして彼らと別れを告げ、適当に繁華街をうろついてから、疲れた僕は路上で眠りに着きました。
仰向けに見上げた星空が綺麗だったかどうかは覚えていません。

遊び足りない前科はそんな僕を一人置き去りにして寂しく夜の街へ埋もれていきました。

翌朝、消防車のサイレンにたたき起こされて見上げた初夏の空は、今日と同じように青く澄んでいました。
その朝を爽やかに感じた理由が、前日見た映画の影響でもなく、前夜言葉を交わした若者のエネルギーに触発されたからということでもなく、ただ単に夏だったからということを今は知っています。

起きてしばらくしてから、当時携帯電話を持っていなかった僕は公衆電話から前科の携帯に電話をかけました。
駅前で合流したあと前科が
「今朝、消防車のサイレン聞いた?」
と聞いてきたので「聞いた」と答えると、どうやら前科は火事の現場に野次馬に行っていたとのこと。
「そん時に仕事明けの水商売のタイ人をナンパして、番号交換してさあ」
とTPOを一切わきまえない行為の結果に嬉しそうにはしゃいで、携帯の番号を手に入れただけだと言うのにこれ以上ない脂っこい笑顔を見せるもんだから、爽やかな朝は夏の彼方に吹っ飛びました。

「よし、じゃあ彼女が眠りに着く前に早く今のうちに電話しろ!」
とこちらもノリにのって2対2の合コンを期待して急かすと、携帯番号が10桁から11桁に移り行くその当時に、書かれていたメモ書きの文字はバッチリ9ケタ。

てっきり「他人の番号だった」とか「お店の番号だった」とかのオチが待っているのかと思ったら、一捻りだけされていました。

そんなことを思い出していると時刻はすでに11時。
ジャミーリ達は読めてたからいいとしてロスィオ夫妻まで来ないのはどういうことだ。
仕方なしに「今どこ?」とメールだけ打って一人でバッキンガム宮殿まで歩きます。

何のイベントがあるのかわからないまま、以前来た時と同じように一通り眺めた後に一人帰路に就こうとした帰り際、兵隊さん(?)が動いているところを初めて目撃しました。
対になって向かい合っている二人一組の兵隊さんの片方が指でサインを送り、それにお互いが合わせるように足を上げたり銃を傾けたり、まるでマスゲームのようでした。

極めつけはその表情。
普通一般に見られる兵隊さんは体を全く動かさないどころか何をされても無表情を貫くものですが、この時見たサインを送っていた太っちょの方は微妙に顔がニヤケていました。

仕事の出来ないヤツめ。
ただしおまえとは友達になれそう。

今日見た一番の嬉しい風景でした。

ダンディズム


みんなのいじめられ役、サミュエルが今日を最後に帰国するということで、ラウールの粋な計らいで今日は授業を5時で切り上げてみんなで早めにパブへ。
こういう時に限って、ブルーノと名倉姉妹と今週一週間丸々授業を休んだのにパブには顔を出すロスィオと学校のエントランスで定時の授業後に待ち合わせをしています。

とはいえ歩いて五分ほどの距離なのでパブで先ずは一杯やりながら時間になってから彼らをピックアップしに行き、みんなに紹介しました。

ブルーノに関しては新人以外はみんな知っていたのですが、名倉姉妹は当然初対面で、案の定チリ人妻のマルタがじっとりとこっちを見つめてきます。

それに気づいてマルタを警戒してたら、逆方向からお色気番長ジュリアーナが寄ってきて
「こいつら、おまえの彼女?」
だって。

「いや、ただのフラットメイト」
と僕が答えられたことに何故か二人ともほっとして変な笑みを交わしました。
東洋人が白人の双子を連れてたら不自然ですか。

その後マルタが近づいてきたときにはいっそ「人妻を口説いている体(てい)」でマルタをベタ褒めしてあげました。
それが功を奏したのか
「キッチーにとって彼女を作ることなんて簡単だよ。だって性格いいしキュートだもん」

「そう言ってくれるのは人妻か彼氏のいるコかのどっちかなんだよな」
とお座なりに返したら
「パティなんてどう?キッチーとお似合いだと思うんだけど」
だって。

そうですか。潰れかけのスナックのママですか。
おまえの選択にジュリアーナはありませんか。
ていうかみんなどこかしらお色気番長を避けてませんか?
まあ真面目なタイプのマルタとはウマが合わなそうではあるが。

ちなみに定時の時間まで授業を受けて遅れてやってきたラウラと話した時に聞いたのですが(結局彼女は僕らのクラスには上がれておらず、苦手なコリンの授業を初級クラスで頑張って受け続けている)ラウラも5年間付き合い続けた恋人と数週間前に別れたみたいです。

思わず本人の前でガッツポーズをしてしまったけど、ジュリアーナにパティにラウラと3人ものフリーの若くてかわいい女のコが周りにいると、何故だか一気に春の訪れを感じます。
ただしその全てのチャンスを逃す自信も大いにあります。

こんな感じで浮かれながら時間は過ぎていき、ホセとソフィ(尾形くん)とも久しぶりに会うことが出来て、しかし少しずつ人も減り始めたころ、二次会的なノリで場所を変えました。
ホルボーンからピカデリーまでバスでの移動だったのですが、ジャミリとディアナパオラとソフィとブルーノと新人のイタリアーノ、ディエゴが乗った後、サミュエルがオイスターカード(suicaみたいなカード)の残高を帰国に合わせて全て使いきったことを思い出し、とりあえず5人だけ乗せたバスをそのまま見送りました。

「俺は歩いて行くよ」
とサミュエルが言いだしたものだから、一人で長い距離を歩かせるのはかわいそうだと思い、先ほどのバスに乗れなかった初心者クラスの3人、ラウラとジャディラと新人コロンビアーノ(男)のファビオに
「先にバスで行って待っててくれ」
と告げてから二人で歩き出しました。

フゥー。俺ってカッコイイー。
とかなんとか自画自賛しながら夜道を震える思いで歩いたわけですが、10分ほどしてから着信が。
ラウラからです。

「今どこ?」
「今レスタースクウェア辺り。あと10分くらいでそっちに着くかな」
「こっちに向かってるの?サミュエルも一緒?」
「うん。だからオイスターカードが無いから一緒に歩いてそっちに向かうって言ったじゃん」
ちゃんと人の話聞いとけよ。
「わかった。じゃあ私たちここで待ってればいい?」
「うん。正確な場所を覚えてないから近くまで行ったらまた電話する」
「うん。それじゃあまた後でね」

何でよりによってファビオの次に英語を喋れないラウラに電話をかけさせたの?わかりづらい。
あ、これが春の予感ってやつですか、なんてモテナイくん特有の思考ようなこともよぎったけど、現場近くまで近づいたときには僕は迷わずディアナパオラに電話をかけました。

「今、あとちょっとでピカデリーに着くんだけど銅像の前まで迎えに来てくれない?」
「え、こっちに来てるの?」
「うん、ラウラにそう伝えたけど」
「私たちはピカデリーにいるけど、彼女たちはみんなまだホルボーンのバス停でキッチーとサミュエルのこと待ってるよ」

わおっ。ナイス行き違い。

そうか、あの3人の中でなら俺の番号を知っているのはラウラだけだ。
それでもジャディラに代われよ。
とりあえずディアナパオラにラウラへの連絡を頼んで、銅像前に着いた後、みんなでラウラ一行を待ちました。

ラウラ、着いたら超不機嫌。
おまえの英語力の問題だよ。と言ってあげたくもなりますが、女のコとケンカして勝ったためしがないので、ここは平謝りです。
フゥー。カッコわるーい。

その後無事に目当てのパブに着いて一杯目を飲み始めたころ、ラウラがいないことに気づきました。
そのことをみんなに尋ねてみると
「知らない。たぶん帰ったんじゃない?」

あら意外とみんなノータッチなのね、と周りを見回すと、新人のファビオもいないことに気づきました。
なるほど。そういうことですか。

な、早くも一つ逃しただろ。春。
あーあ。

写真は最初のパブで。
左からカリアゲ・ロサリオ、ノーカリアゲ・レティー、いいヤツブルーノ、人妻マルタ。
その後ろに横顔のサミュエルがうっすらと写っている。
今日の主役なのにこの扱い。