極太から郵便物が届きました。
「年賀状を送る」と言ってきたのでついでに彼が保管している僕の処女作の小説を送れ、とお願いしていたのです。
ちなみに出版の際の面倒くさいやり取りの中で、「著者贈呈分」といって出版社から自分の本をありがた迷惑にも100冊受け取ることになったのですが、僕が極太の住む町から実家に引っ越す時に、この本の存在を家族にばれたくなくて極太に預けていたのです。
本の内容が事実を元にしたものだったため、そのただれた生活環境を家族に知られたくないがゆえの策で、当時
「俺、キッチーさんのためなら何でもしますよ」
となかば崇拝ぎみに言っていた極太にそれらの本の保管をお願いしたのはよかったのですが、後に新しくできた知り合いにその本をプレゼントしようと、彼の保管分から数冊を抜き取るたびに
「もういい加減持って帰ってくんね?」
と言われてました。
彼が結婚して新居を構えてから、その懇願は深くなる一方ですが、わがままな僕は聞く耳をいっさい持ちません。
持って帰ってあげね。
そんなことを思いながら、わざわざ空便で届けられた年賀状と小説を手に取り、なんだかんだ言いながら律儀なヤツめと思い、年賀状に続いて自分の小説を久しぶりに読み返しました。
読み終えた感想。
今更ながらあれだけど、この小説、こっぱずかしいね。
あえて読み手のテンポを落とすような戸惑いを与えるような手法をメリハリのために僕は使っていたのですが、実際いま読んでみるとメリハリどころではなく最初から最後までずーっと読みづらいまんま。恥ずかしいまんま。
出版されて間もないころはこの文体に慣れるまで全ページの三分の一くらいを要していたもので
「これはきっと自分が若いから恥ずかしく感じるんだろうな。もう少し大人になったら邂逅(かいこう)的な感情も手伝ってもうちょっとスラスラ読めるようになるんだろうな」
などと思っていたのですが、いいえ、この歳になったらむしろその恥ずかしさは強くなり、三分の一どころか最後の最後まで恥ずかしいまんまでした。
それでも何年かに一回この本を読み返すのには理由があって、これは「あの当時の自分好みの哲学を今現在忘れちゃいないか」という確認の意味を込めての作業なわけですが、今回も月並みではあるが男前のある価値観を見つけました。
なるほどねえ。
自分の将来や狙いを差別しないってなかなか大事だねえ。
てなことを思いながら読み終えた本を閉じたわけですが、一方で
「そんなこと知ってるぜ。今の俺は将来どころか過去だって差別しないぜ!!」
なんて自分一人で勝手に高ぶってしまったので、勢い余って自分の過去の恥ずかし話をセルフ暴露したいと思います。
えー、実は僕、〇歳のときに〇〇の観光者向けホテルで〇〇〇〇〇○〇をしたことがあります。
うーん。やっぱブログでは言えない。
ちなみに前の会社の何度目かの転勤で、違う部署の後輩の『ポシくん』と『三日月』と一緒の寮に住み始めたときに、彼らが僕の歓迎会を開いてくれました。
その時に『ポシくん』が『三日月』のことを指して
「こいつはかなりの女好きで相当派手に遊んでいますよ」
と健全なノリで「火遊び関係ダメダメ話」をフるものだから、彼らの距離を少しでも縮めてあげようと僕の方から歩み寄り、このホテルでの話をしてあげました。
二人ともドン引きしてました。
この手の類いの線引きを、洋の東西を問わず僕はいつでもどこでも間違えます。
そう言えば関係ないけど『ポシくん』との別れ際、彼に時速140キロの速球の投げ方を教わりました。
「2009年の目標はこいつで決まりだな!投げられるようになったら連絡するな!」
とはしゃぎながら2008年の暮れに別れたけど、ごめん、あれ以来トレーニングはおろか、ボールに一切触ってすらいない。
だって実家の物置きにあるはずのボールとグローブが甥っ子たちに取られて失くなっちゃってたんだもん。
さしもの鬼畜も甥っ子には叶わねえや、とブリっこしてみたけど、実は僕、4人しかいない甥っ子の名前、たまに何人か言えないときがあります。
ちなみに一番下の甥っ子は2歳になるまで姪っ子だと思っていました。
全国各地で「先生ってホントに子どもが好きなんですね」とさんざん言われてきたけど、素直に頷けなかったのはこういうところに起因しています。
あ、話がまただいぶそれてる。
たまにはいい話してカッコつけようと思ったのに。
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