2010年3月9日火曜日

完璧な一日


不動産屋で解約の理由に安いシングルルームに移りたいとの旨を伝えると、一昨日から住み始めたフラットにすごく狭い部屋が一つあり、クレームの多いサンドラをそこに押しやったのですが、おそらく彼女は契約を更新しないだろうから、その場合はそこに住めるとのこと。
しかも今の相部屋よりも家賃が安い。
とりあえずその提案に納得して事務所を出ようとした時、あみちゃんから電話がかかってきました。

「キッチーさん。助けて」
荷物が重くて運べないとのこと。
大袈裟な。

今日はあみちゃんがイギリスを発つ日です。
日本に戻る前にユーロスターでフランスに観光しに行くとのことで、僕は彼女を迎えに行きキングス クロス パンクラスという駅まで荷物を運んであげました。

出発の時間より大分前に駅に着いてしまったので、見送りに来るみんなを待っている間、僕らはカフェで暴力的に甘いチョコクリームパンとチョコケーキとココアを口にしながら、いつになく大人しい彼女との緩やかな時間を持て余していました。

特に何かしみったれた話をするわけでなく、おそらく感傷に浸っているのであろう彼女の呼吸に柔らかに合わせるだけに努めていました。

しばらくするとブルーノやらミョンやらあみちゃんのクラスメイトたちも駅に到着して、あみちゃんはマリーと泣きながら抱き合って最後の時間を惜しみました。

先日のクラブでの一件をブルーノにはすでに話していたのですが、涙している二人を見て
「日本人に限らず韓国人の女のコも別れに関しては幼いの?」
とブルーノが尋ねてきました。

韓国人はどうか知りませんが、引っ越しの多かった日本での生活の中で、別れに涙するのは何も女性だけではないということを僕は学んでいたので、別れの引きずりあれこれは物事に執着し過ぎる幼さうんぬんもあるでしょうが、それだけでなく人付き合いに対して割り切ることをしない、合理的に考えることをしない、日本人の美徳や美学みたいなものも根底にあるのではないかと今では思っています。

そういえば僕の周りの外国人は日本人に比べて裏表の激しい人間や八方美人な人間が割合多くいるように感じるのですが、それもこういった価値観に繋がっているのかもしれません。

ただしこんな難しいことをもちろん英訳できるはずもなかったので「日本人の男もたまに泣いたりするよ」と
『トビ』の出来事を簡単に話してやりました。

しばらくして泣き顔のままあみちゃんは出国ゲートに向かうのですが、見送る側はいつも取り残される気分になるのに何故発つ側は後ろを振り返らずに進んでいくのだろうと思いました。

僕は大きなものから小さなものまで別れに後ろを振り返る人間に出会えたことがありません。
自分以外には。

あみちゃんを見送った後ブルーノと一緒に学校に行き、授業までの時間をカフェでやり過ごしていると、ロスィオから情報を得たユキちゃんから「誕生日おめでとう」を言われました。
ユキちゃんは年上好きなので、わずか一歳とはいえ彼女より年上になったことがちょっと嬉しいです。

そしてしばらくすると今度は電話が鳴り出します。
超久々のエリカからでした。

どこで僕の誕生日を知ったのか電話の向こうで本日2度目のハッピーバースデーを歌われて
「会いに行きたいけどあなたと違ってアタシは忙しいから会えなくてごめんよ」
と言われました。

とにもかくにも大好きなエリカと久しぶりに話せて、来年の分まで誕生日プレゼントを貰った気分になりました。

授業直前には、やはりどこで調べたのかみんなから「おめでとう」を言われ、クラスが違うのに僕の教室に入ってきたラウラはロスィオと共にバースデーソングを歌いながら抱きついて僕を押し倒してきました。
犯されるのかと思った。

そしてワインのプレゼントをラウラに渡された後に「BIRTHDAY BOY」とのロゴが入ったバッジを半ば罰ゲーム的にTシャツにつけられました。
改めて買ってきたバースデーケーキを手にしているロスィオも後ろで超ニコニコです。

授業が始まったら始まったで今度は全員で合唱。

ロスィオに貰ったチョコケーキを休憩中にみんなに振る舞おうと、カフェでユキちゃんにナイフを借りて12等分にしたときにもまた合唱。
その時にジャディラからチョコバーのプレゼントも貰いました。

ちなみに授業が終わった後にはマルタからこっそりとチョコレートのプレゼントを貰うことになります。
はにかみながらそそくさと僕のバッグにそれを押し込む彼女が可愛かったです。

プレゼントされるなら手作りのものか形として残らないものが嬉しいのですが、その「形として残らないもの」と「チョコレート好きである」という二つのことをロスィオにいつだったか話したことがあって、おそらくみんなの情報源は全てロスィオだったのでしょう、ラウラのワイン以外は全てチョコ系のプレゼントで埋め尽くされ、休憩時にジャディラのチョコバーを齧りながらチョコケーキも同時に口にした時はさすがに吐気がして、ユキちゃんから何度もお湯のおかわりを貰ってました。
もうちょっとみんなバランスを考えよう。

あ、書いてて思ったけどこれってうちの『チョコ』が死んだから、早くうんざりしますように、っていう天からの気遣い?
って無理に、しかも下手くそに結び付けることは無いか。

放課後は、みんなから予定を聞かれたので、ブルーノと約束していたギグを観に例のパブに全員まとめて連れていきました。
しかも今日はブルーノが歌うと言っています。

パブに向かうバスの中でお気に入りのジャディラと話しているときに、彼女に恋人がいないことを聞かされ嬉しくなりました。
ジャディラは顔の可愛い可愛くないは一先ず置いといて、僕が思うにうちの学校の未婚者の中では一番のあげまんです。
これに関しての嗅覚は鋭いのでたぶん当たっています。

そしてパブに着いたら最初の一杯の前にまたみんなでバースデーソングを合唱されました。

その後、都合何回目か覚えてられないハッピーバースデーの締めくくりは当然ステージ上のブルーノが歌ってくれたのですが、バースデーソングに続き
「キッチーのために歌います」
と前置きしてからホモのように歌い始めたU2の『ONE』を、ホモのようにうっとりと聞きながら僕はハイロウズの『完璧な一日』という歌の歌詞を思い出していました。

 これで君がそばにいれば完璧な一日なのに

どうひいき目に見ても今までのクラスメイトの誕生日と比べてぶっちぎりで大袈裟に祝われた今日一日を思い、その理由を今日一日くらいは「それは俺が人気者だから」と自惚れてもいいだろうと思ったのですが(実際は「最年長だから」とか「マイノリティーだから」とか「哀れに見えたから」とか色々あるかもしれませんが)ここに大好きなあのコがいないことを、この歌の歌詞とは逆に
「だからこそ完璧なんじゃないか」
と思いました。

徒然草じゃないけどちょっと足りないくらいがちょうどいい。
君がいないくらいがちょうどいい。
いや、ふしだらな意味じゃなくてね。
もうちょっと哲学的な意味で。

週の初めだというのにみんな遅くまで付き合ってくれて、感謝感謝で帰宅をしたのですが、フラットに戻ると薄暗いダイニングには、おそらく僕を祝おうとしていたのでしょう、食べかけのバースデーケーキや洗い終わったワイングラスや色とりどりの風船が寂しそうに待ち構えてました。

部屋に戻るとベッドの上には何やらカードが。
ルームメイトのプラネイ(インド人)がいなかったので電気を点けて確かめてみると、フラットメイト全員の名前とメッセージが書かれたバースデーカードでした。

ちょっと足りないくらいがちょうどいい、と言ったばかりですがこれはちょっと足りなすぎます。
父親になったことが無いから想像でしか言えないけど、テレビドラマなんかでよく見る、子どもが起きている間に誕生日に帰ってこれなかった父親の心境ってこんなものでしょうか。

斜に構えた幼い野郎なので自分の誕生日は出来るだけ素通りしたかったのですが、あまりにみんながハッピーバースデーを力任せに歌うものだから、たまには王道に沿って誕生日あれこれをあれこれしてみました。

どうもありがとう。

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