2010年2月28日日曜日

バカ四天王・プロローグ


「これからskypeでいっぱい電話が出来るね!」と言って以来一度も電話をくれてなかった九州のカワイコちゃんから朝方久々の電話がありました。
今度は下ネタで泣かさないようにと細心の注意を払っていたのですが、電話の切り際に彼女の目にはまた涙が。
恋しさにくれているのだと解釈して
「おまえってホントに俺のこと好きだな」
と、自ら言うと
「うん。ぶっちゃけ体目当てだけどね」
などという鋭利なコメントをいただいたところから爽やかな日曜の始まりです。

ちなみにまた今日もクラスメイトに予定をキャンセルされたので、昨日からスーパーにしか出かけていないことに気付き、夕方から2週間以上ぶりの運動のため公園へ行きました。

今日の収穫はバカな母子が一組です。

まず、「俺の遊具広場」のすぐ外のベンチで7歳くらいの男の子が飼い犬の首を絞めて遊んでいました
そしてその子の母親が「ダニー!ダニー!」とおそらくこの男の子のことであろう名前を鬼の形相で叫びます。
ただしその時の母親の立ち位置は何故か遊具広場内のすべり台の上
何やってんの一人で。子ども置いて。
おまえらポジション逆だろ。

すっかり日が長くなっていたことに気付いたロンドンの夕暮れ時に「バカはどこにでもいるんだなあ」と、それも合わせて春の訪れを感じました。
世界は広いよね。

とは言え、世界中で様々なバカを見るたびに僕は僕の出身中学の「バカ四天王」以上のバカには今まで出会えたことが無いという誇りとも悲しみともいえるこの事実を胸に抱きます。

実際、バカの宝庫、ブラジルでさえ彼ら以上の逸材はいなかった。 
サッカーの教え子でなら惜しいのが何人かいたけど。

ちなみにその中学の「バカ四天王」はブス四天王と一緒で3人しかいませんでした。

まず番格がインパクト系、王道のバカ中のバカ『はなぢ』。
そして次に控えるのが、本当の意味で純粋に頭が悪い『ランボー』。
最後は、ひょっとしたら実際に気の毒な子だったのかもしれない『モンモン』。

転勤が多かった僕の社会人生活の中で、多くの部下と「愛すべきバカ」話をしたんだけど、やはり彼ら以上の逸材はなかなかいなかった。

街の風土が独特なら住む人間も独特ということなのでしょうか。
(つづく)

2010年2月27日土曜日

愛すべきガサツな女たち


最近ではすっかり皆勤になっている金曜パブに今日も出席してきました。

ラウールに未練タラタラなあみちゃんも途中から参加したのですが、クラスメイトの女のコたちが全員
「こいつ、おまえの彼女?」
とまた聞いてきました。
名倉姉妹を連れてきた時と同様の質問なのですが、「No」と答えた後のリアクションが姉妹の時とは違ってました。

「たぶん彼女、おまえに惚れてるよ」

パティなんかは僕が「それは無いよ」と答えた後に「照れてんじゃねえよ」と追い打ちをかける始末でしたが、そうではないと言い切れる確信的な理由をみんなにばらせないのが辛い。

その時にふと「思わせぶり」と「童貞的思考回路」について瞬間的に考えてしまいました。

これはあみちゃんの性格がどうこうというより、日本人女性の気質かな?
いや、でもそうじゃない女性も数多くいるし。
逆にコロンビアーナにもこういう奴がいて「アタシの旦那にベタベタするヤツがいるの!」ってロスィオが腹を立てていたな。
はたから見てもな接し方をする女に対しての童貞的思考を「勘違いしてんじゃねえよ」と一方的に馬鹿にするのはちょっと悪い気がするな。

なんて思っていたら、ディアナパオラが聞いてきました。

「何でおまえに惚れてないって言いきれるの?」
「彼女に好きな人がいることを知っているから」
「それおまえのことだろ」
「いや、俺じゃないということも知っている」
「そうか・・・じゃあいずれにしてもブルーノは失恋ってことだな

そうか・・・すでにみんなにバレバレかあ。
ブルーノの接し方は思わせぶりじゃなくて真っ当だもんな。

「それはなんとも言えない」
とだけ答えといたけど、ディアナパオラは超嬉しそう
ブルーノに気があるからとかそういう嬉しさではなくて、単純に不幸話として。
おまえの表情も真っすぐで気持ちいいねえ。

うちのクラスメイトには、育ちがいいのか悪いのか、思わせぶりな態度が見せられない女のコしかいないような気がします。

僕も見習わなくてはいけません。

2010年2月26日金曜日

GIG


当時から少しずつ騒がれていたのに、うちの店はスケルトンの天井に石綿丸出しで、どこの審査にも引っかからずに、無事オープンすることが出来ました。
指導者の仕事に着く前、新規開店させたバーの話です。

内装業者の職人気質の影響か「アスベスト」のことを僕らは「石綿」と呼んでいて、彼らの用語の影響で「打ちっぱなし」のむき出しの天井を僕らは「スケルトン」と呼んでいました。

他にもネジのことを「ビス」と呼んだり、それを打つインパクトドライバーを「インパクト」と呼んだり、打つことを「ぶつ」と言ったり、覚えたばかりの言葉をすぐ使っちゃうハッチャケた子どものように職人を気取って僕らはそれらの用語を使いこなしていました。

「そこ、インパクトでビスぶって」
みたいな感じで。

「僕ら」と言ったのは僕の他にもう一人相棒がいたからです。

当時、僕がバーテンの練習をしながらキャバクラのボーイをしていたころ、今一新規バーのコンセプトを定め切れていない女オーナーに連れられて、いくつかの空き物件を見に行きました。
そのうちの一つで盛り場の主要道路から外れた物件がありました。

キャパは50坪ほどと広いのですが、いかんせん人の流れから完全に外れたところにあるものですから、オープンする店がことごとく短期間で閉店していくことで有名な場所でした。
しかも広いものだから家賃は高い。
そして僕と女オーナーの意見も一致していて
「ここだけはやめておきましょうね」
というものでした。

それがどういうわけか数日後の昼間に女オーナーから電話がかかってきて
「今、『ここだけはやめとこう』って言った店に、木村さん(仮名)と一緒にいるの。契約の話をこれからするところなんだけど大事なことだからキッチーさんも今から来てくれる?」
と言われました。
木村さんというのは僕をこの女オーナーに紹介した知り合いの不動産屋の社長のことです。

何故、そんな不思議なことに?とも思いましたが、現場に着いて二人のやり取りを聞いていると、木村さんの管理物件であるこの貸し店舗を、女オーナーが押し切られるような感じで借りることになっている、というような空気を感じました。
そんなんでいいの?

結果、「家賃が高いから内装費を100万以内に抑えて」とか「私一人じゃ無理だから誰か共同経営者になってくれる人を探してきて」という無謀な要求が女オーナーから飛び出たので、僕は不動産業だけでなく内装業もしている木村さんにこの二つの件をお願いをしました。

で、結局木村さんが「うちが内装を全部担当できるなら」という条件で渋々共同経営の件も承諾するのですが、その直後、女オーナーが「体調不良」を理由にこの話から降りると言い出しました。

さすがに全面経営は難しいということで木村さんも降りかけたのですが、僕の方はすでに面接で採用者も決めていて、中には今勤めているバーを辞めてこっちに来てくれるという人間までいたものですから、こっちとしてはそれを認めるわけにはいきません。

その後、木村さんの紹介で何人かの経営経験者に話を持ちかけたのですがことごとく断られ、最終的には木村さんが負い目を感じたのか、僕がその店のマネージャーになるならという条件で、経営を受け持つことになりました。

その時に
「そりゃあ、他人がやるからこの物件勧めただけでよお、内装もうちに依頼するだろうから儲けられると思ったし、自分がやるんだったら絶対こんな場所選ばねえよ
と堂々と僕に言ったのが印象的でした。

ちなみにあの女オーナーが土壇場でトンズラを決め込むことはこの世界では結構有名なことだということを、後に知り合う広告代理店の『ブーちゃん』から教わりました。
『ブーちゃん』は広告代理店の個人経営者で女性なのですが、そのあだ名とはかけ離れたなかなかのべっぴんさんで、モーニング娘の誰だったかに似てるとかで、彼女らの冠番組にそっくりさんで出演したこともあるチャーミングな肝っ玉姉ちゃんです。

ブーちゃんから女オーナーの簡単にトンズラこく習性を聞いて「だから簡単にOKも出したんだ」と不思議に納得しました。

ところで何故「絶対こんな場所選ばねえよ」と言ったのにも関わらず、その店舗での立ち上げにこだわったのかと、そのころ疑問に思っていました。
前経営者が追い出されるような形でその店舗を後にして、もともとプールバーだった店内が何も片付けられていない状況を見て驚いたことを、宅建の資格を持っている前科に言うと
「木村さん側の責任(契約違反等)で前経営者が出ていくことになって、管理会社である木村さんはビルのオーナーに毎月いくらかずつ支払わなくちゃいけないから、それよりは店舗を無駄に遊ばせずに自分で経営した方がいいと思ったんじゃない。彼、内装業もやってるし。おまえを安く使える狙いもあったし。それなら中が汚いまんまというのも納得がいく」
という感想をくれました。

そこから店舗の清掃と改装が始まるわけですが、前日の面接で採用していた『ムーミン』という男前のハーフを捕まえて、二人で過酷な労働をこなしました。
こいつがその時の相棒です。
要らない柱を原始的にハンマーでぶち壊したり、電気の導線を一本いっぽん千切ったり、壁の色を全て塗り替えたり、床を貼ったり、カウンター、棚、その他諸々、ガスと水道に関わる以外のことを職人の好意のアドバイスを元に、全てムーミンと二人でこなしました。
その時の給料は0円。
朝9時からしばしば日付をまたぐくらいまでの長時間労働で準備期間1ヶ月、ムーミンは週休1日、僕は休み無しで働き詰めました。

そんなこんなで1カ月後にはオープンまでこぎつけたのですが、オープン直前の辺りから木村さんに対して不穏な空気を感じ始めました。
 
あまり人の悪口は言いたくないので具体的な例は避けますが、ただ「相手は自分を映す鏡」とはよく言ったもので、おそらくあの頃の僕も彼と同じく「悪い」雇われ店長だったような気がします。

なんせ従業員の給料の未払いをめぐって、従業員たちの目の前で木村さんと取っ組み合いの喧嘩をしたくらいですから。

翌日、何事もなかったように出勤したのは従業員たちに
「キッチーさんが辞めるんだったら、俺らも辞めますよ」
と言われたからです。
ただしこれは僕の人望うんぬんというものではありません。
パパイヤみたいな顔をした厨房担当の部下が
「だってキッチーさんが辞めたら誰があのオーナーとやり取りしなくちゃいけないんですか」と続けてました。

木村さんは、キャバクラのホステスだった当時の僕の恋人が「この街一番の嫌われ者」と評した有名人ではありましたが、まだバーの話が持ち上がる前に彼が男の価値についてこんな話をしてくれたことがあります。

「なあ、キッチーくんよ。男の価値はな、借金の額で決まるんだよ」
彼の当時の総融資額は確か3億円でした。
「だってな、こいつには3億返す能力がある、って認められたから3億借りることが出来たんだろ。昔俺が尊敬していたヤクザもんが言ってたよ。こいつは100万の男、こいつは1億の男、って値踏みするのはいくらまでなら金を貸せてそれを回収できるかっていう話だ、って」

おそらくはそのヤクザもんの受け売りの価値観だったのでしょうが、この哲学にはいくらかの理があると思います。
ただしこれを言った本人は借金をつくったまま女房子供を残して失踪してしまったという、何だかなあなオチもついています。

こんなことを思い出したのはブルーノに誘われてあみちゃんと3人で来たギグのバーのつくりがあの店と似ていたからです。
さすがに石綿は無かったけどスケルトンの天井を見ながらそんなことをぼんやり思い出していました。

横に視線を戻すとサウンドに合わせて踊るあみちゃんを見てブルーノが
「She is amazing.」
と何度もつぶやいていました。

おまえみたいな真っ当な男があんなアバズレに惚れるなよ、と言ってやりたくもなりましたが、このバーに来る直前にブルーノのフラットで軽食を取った時、リビングで踊り出したあみちゃんの表情を見て、僕も少し彼女を見直していたので
「I agree.」
と答えてやりました。

毎週このバーのギグに誘われているんだけど、毎週あのバーを思い出すんでしょうか。

そう言えば大麻話の思い出もあったっけ。

2010年2月24日水曜日

心の恋ばな


昨日の授業終わりにブルーノが自分の携帯の着信メールを見せて、僕に助けを求めてきました。
今週から住み始めて家賃の支払いが終わったフラットの大家からのメールで
「事情があってきみには今夜から出ていってもらうことにする。家賃は全額返す。理由は聞かないでくれ」
といった旨のことがそこには書かれていました。

「全然意味がわからないよ。俺、何も悪いことしてないのに。こいつ頭がおかしいんだよ」
とブルーノがパニクっていたので、先ずは契約書と領収書の所在を確かめると「両方とも貰っていない」とのこと。
 
仕方が無いので新しいフラットが見つかるまでブルーノを僕の部屋に住ませて、僕は去年のサミーみたいにダイニングのソファーで暮らすことにしました。
ルームメイトのインド人のいびきがうるさかったのでちょうどいい。

一先ずは同じフラット内に住むオーナーに理由を聞き出して交渉するとブルーノが言うので、ケンカになった時の制御役も兼ねて、まあ契約書が無いなら追い出されるだろうからうちまで荷物を運ぶのを手伝ってやらなきゃなという気持ちをメインに持ちながら、二人で彼のフラットへ向かいました。

道中、武士道大好きの父親の影響か、ブルーノはまあ真面目なお坊ちゃん気質で
「こういう辛い経験が未来の僕を強くするんだ」
という真っ当なセリフを真っ当な面持ちで発言するものだから、真っ当に生きてきたと自信を持って言えない僕なんかはいたたまれない気持ちになってしまいます。

しかも胸の血管にトラブルを抱えて通い出した病院から処方された薬が強すぎて、タイミング悪く昨日から胃が痛みだすという二次災害まで抱えていたものですから、ブルーノの沈む気持ちを盛り上げるどころではなく、ひたすら無言で痛みと戦っていました。

結果的にはひたすら下手に出続けたブルーノにオーナー同情したのか、昨夜中に出ていくということだけは免れて、一先ずは安心したブルーノが
「いつもキッチーには助けられてばっかりだから」
と言い、僕に夕食を振る舞いたいと申し出てきました。
ちなみに出ていけと言った理由は結局わからず終い。気味が悪い。

正直、胃の状態を考えると遠慮しときたかったのですが、少し前に飲み始めた胃薬が効いてくれることを期待したのと、真っ当な人間の親切心を無下にしてはいけないという半ば強制観念から
「少なめにお願い」
とだけ言って受け入れました。

プレーンパスタとベーコンとトマトとチーズという、調味料を一切使っていない可能性のある料理が出てきて、皿に盛られた量がブルーノのよりも僕の方が多いのを確認した時には「要らない武士道を身につけやがって」とか「おまえは千賀子さんか」とか突っ込みたくもなりましたが、気合いを入れてそれらを食べ始めると、ブルーノがオーストラリアに旅行に行った時の思い出を語ってくれました。

3日間しか滞在できなかった海辺の街で一人の女のコと出会ったらしいのですが、彼女との間に何があったわけでもなく、海辺で一緒にギターを弾いたり街に出かけたりと、淡くとも爽やかな経験をしたと言っていました。
その時の彼女の振る舞いや哲学にブルーノはかなり惚れ込んだらしく、連絡先を交換してからその街を離れたそうです。
ただし今ではその連絡先には繋がらなくなってしまって
「今では彼女が僕の心の恋人になっている」
と言ってました。

男の場合、心の恋人というポジションには大抵がお互いの間に何もなかった相手が一人だけ就くものですが、僕の場合うまくいかなかった女性が大勢いるものですから「心の恋人」という感傷的ではあるがちょっと不可侵な神聖的なものでさえ僕にはふしだらにも二人います。

そのうちの一人であるジゼーリとの思い出を僕も少し話してあげました。

僕らは同じオーナーの下宿先に2食付きの条件で暮らしていたのですが、正確には同じ館に住んでいたのではなく、小さな生活道を挟んで向かい合う二つの家にそれぞれ別に住んでいました。
僕の家の方が独身男性と家族連れ用、彼女の方が独身女性とカップル用、みたいに区別されていて、食事は彼女の家のダイニングでみんなで食べていました。

次の日の午前中にその街を出て、チームの寮がある街に帰らなくてはいけない、という最後の夜、食事を終えた僕は自分ち側の家の塀に腰掛けていつものように口笛を吹いていました。

そして僕はその街にいた3週間足らずの期間でのジゼーリとの出来事を色々と思い出していました。
自主練していた公園と彼女の職場の方角が一緒で毎朝一緒に歩いたこと。
わずか一週間足らずで職を失った彼女の新しい職を探しに一緒につき合ってあげたこと。
ジゼーリの地元から遊びに来た恋人を紹介された時のこと。
場違いパーティーに連れてかれた時のこと。

するとしばらくしてジゼーリが対面の家から出てきて、何をするわけでなく向こう側の歩道に突っ立ったまんま、僕を眺め始めました。

微笑みを交わして僕は塀から飛び降り、ジゼーリと同じように突っ立ったまんま対面の彼女を見つめました。
距離にして7、8メートル。

そこから何故か、表情とジェスチャーだけの無言の遊びが始まりました。

まずは僕が手招きして〈こっちに来いよ〉。
それに答えてジゼーリが〈キッチーが来なさいよ〉。
〈いや、俺今こんな格好だからさあ〉
と示した僕の上半身は夜だというのに何故か裸でした

〈いいからこっちに来て〉
〈じゃあ一歩だけ近づいてあげる〉
と僕が一歩前に足を踏み出します。
〈今度はおまえの番〉
〈はい。じゃあ一歩。次はあなた〉

そんな感じで車道ギリギリのところまでお互いが歩み寄ったのですが、家の前の歩道なら全然平気なのに何故か車道を上半身裸のままで渡るのは躊躇われて、僕は横に動きだしました。
〈はい。一歩〉
それを受けて当然ジゼーリも
〈じゃあ。私も横に一歩〉
と横に動いていたずらっ子のようなチャーミングな笑顔を見せました。

そんなジゼーリが可愛くて、僕は彼女を抱きしめたくなりました。

アイコンタクトとボディーランゲージだけの会話はここで終わりにして、何の言葉も言わず身振りも示さずに僕は自分の部屋に急いでTシャツを取りに戻りました。

彼氏がいるけどいいよな。
きっと俺に会いに表に出てきてくれたんだよな。
もしかしたら抱きしめるだけじゃ止まらないかもな。

などと相手の都合を一切考えない童貞真っ盛りな思考を燃やしながら、シャツを着て急いで表に戻りました。
時間にして30秒ほど。

こんなときでも出来るだけ女受けのよさそうなTシャツを選んでいた時間が無駄だったのか、そもそもTシャツを取りに戻ったのがいけなかったのか、ジゼーリはすでに部屋に戻っていました。

俺に会いに来てくれてたんだったら、そりゃあ俺が何も言わずに部屋に戻っちゃったら、ジゼーリも表にいる理由がなくなるもんな、などとほんの少しでもと前向きな厚い溜息をついたのを覚えています。

たった今気付いたのですが、この「言葉が無いせいで(足りないせいで)取り返しのつかないことになる」という教訓はその後の十数年の恋愛事情に全く活かされておらず、まるでこの日の出来事が自分の性格を代弁していたかのように、現在の僕の状況を暗示しています。

とにもかくにも、さんざん鬼畜に女性をあしらってきた人間とは思えない、感傷的で少女趣味な思い出を僕はこんなふうに持っていて、我ながら「三十路のおっさんがこんな思い出にニヤニヤしている絵面というのはどんなもんかな」と不安に思ってしまうのですが、僕をよく知る友人たちは僕のこの少女性を少なからず見抜いています。
男ってこんなもんだよな。

つまらないオマケがつくとかズッコケちゃうオチがつくとかよりも、そんなこと以前に話のほぼ10割が夜なのに上半身裸というシュールなシチュエーションコントみたいなのがちょっとアレだなとか、そんなことは言わないであげて。

まあ、ブルーノに話した内容はこんなこと細かなことではなく20秒くらいで終わる簡単なものだったんだけど、胃痛から更に吐気が上乗せされた状況での受け答えとしては上等だったでしょう。

とりあえず翌日以降の住処は保障されていないので、僕が契約している不動産屋を紹介するということで、翌朝、つまり今朝の10時に学校の隣駅で待ち合わせをして帰りました。

で、今朝、来ないでやんの、ブルーノ。
おまえはコロンビア人か。

そう言えば昨夜「住人たちとの話し合いが上手くいって新しい住処を探す必要が無くなったりとか予定を変更するなら、朝の9時までにパソコンにメールくれ」と、イギリスで使える携帯をまだ持っていないブルーノに言ったくせに、家を出る前に確認するの忘れてた。

そう思って隣駅の学校のパソコンルームでメールを調べましたが、結局その旨のメールは届いておらず。
とりあえず「何かあったのか。大丈夫なら返信くれ」とだけ打って、同じ階のカフェでやり過ごしながら小まめにメールをチェックすることにしました。

あーあ、メンドくせえ、とも思いましたが、初めて訪れた午前の学校で、大好きなカフェのユキちゃんやケイコちゃんが一緒に働いている風景を見ることが出来たり、エリアが朝早くから学校に来てカフェで一人で自習していることを知ることが出来たりと、色々な発見ができたので一まずブルーノには感謝です。

その後、昨日の時点での事情を知っている韓国人のユミがカフェにやってきて、今朝のスッポカシの件を話してやると
「きっとブルーノになんかあったんだよ!住人たちにいじめられたとか殺されちゃったとか!
と脅すものだから、授業まで時間があったので彼のフラットまで見に行くことにしたのですが、とりあえずカフェを出る前に彼がフランスで使っていた携帯に一応電話を入れることに。
「かける方も受ける方も国際電話扱いで通話料金が高いからあまりかけないで」って言われたけど、この場合緊急だからしょうがないよな。

で電話したら結局ただの遅刻でした。
僕が駅を去った5分後に着いたみたい。

日本人のOLのようにさんざん詫びを入れてきたけど、そんなに謝らないでいいよ。
コロンビア人たちで慣れているから。

で、授業も終わり自宅に戻って自分のパソコンからメールをチェックしてみるとブルーノから2通のメールが。
一通はトッコさんとあみちゃんと僕に一斉送信されたもので、彼のフラットメイトが働いているバーで明日ギグがあるので一緒に行かないかというお誘い。
もう一通は今朝僕が出したメールに対しての謝罪メール。

もういいって。ちっとはコロンビアーナたちを見習えよ。何でそんなに日本人スタイル?
そうだ、おまえ親日家だったな。

とりあえず明日一緒にギグに行ってやることにします。

2010年2月23日火曜日

愛だろ愛


今日は授業で女性の年齢に関しての価値観について話をしました。
今日のパートナーはグリングリンの天然パーマネントがチャーミングなエスパニョーラ(スペイン人女性)、エリアちゃんです。
  
エリアちゃんはやたらと食い気味で話を急ぐ年齢不詳の推定処女、老け顔で勉強熱心で、努力家ゆえの暴走が、よくパートナーになる僕にとばっちりを喰らわしている、部下だったらほっとけないタイプのコです。
部下じゃないので最近は出来るだけ近づかないようにしてたのですが、ここんところ遅刻気味の僕が教室に入った時、撲殺的なワキガが人々の思考能力を簡単に鈍らすトルコ人の隣と彼女の隣しか席が空いていなかったので、迷わず彼女の隣に座って授業の課題について話をしました。

「歳がだいぶ上の女性をどう思うか。またそれにまつわる経験談はあるか」

ちょうど昨日書いたとおり、僕は女性に対して骨まで、いや髄まで女であってほしいと願っているタイプの人間なので、女性は歳を重ねれば重ねるほど魅力が増していくものだと月並みに思っているわけですが、その価値観をエリアに話した後、今度はそれにまつわる経験談を話してあげました。

26歳の初夏のことでした。
ある女性との結婚のために当時勤めいていた派遣の仕事を辞めて正社員としての仕事を探していた時、知り合いの不動産屋の社長の紹介で、キャバクラの女性オーナーの下、営業職の肩書で新規のバーを責任者として立ち上げることになりました。(のっけから分かりづらい)
ちなみに結婚を考えていたその女性とは派遣の仕事を辞めてしばらくしてから別れました。

企画と営業だけでなく水商売自体が初心者の僕に何でこんな無謀なことを?とも思いましたが、それはオーナー自身も思っていたらしく
「キッチーさん、新規のバーが完全に立ち上がるまで、誰か知り合いのバー経営者を探して毎日そこで少しずつカクテルの作り方なんか勉強をしてきてください。で、それが終わったらそのまま毎晩うちの店(キャバクラ)にきてボーイとして働いてください。」
という、突っ込みどころがたくさんある無茶ぶりをしてきました。

仕方が無いからかなり細めのツテでスナックの店長を探し出し、図々しくも開店前のそのスナックで一時間ほど店長からの教えをいただけることに成功したのですが、初日の「授業」が終わった後に店長が僕に宿題を出しました。

「キッチーくん、ここから歩いて一分くらいのところにこの街で一番おいしいカクテルを出すバーがあるんだけど、ここでの練習が終わった後、キャバクラに行く前に毎日そこに客として行って何かカクテルを頼みなさい。大人向けの店だから値は少々張るけど君にとってもいい投資になる」

言われた通り毎晩のようにそのバーに通うようになるわけですが、そこは10坪ほどの狭いスペースの店で、初老のちょっとオカマっぽい店長が一人でお酒を作っているお店でした。
世間知らずな僕は初日に自分の身分を明かし、しかし逆にその正直さをその店長に気に入ってもらい、毎晩そこでの時間を楽しむようになりました。

通い始めて一週間目くらいのことだったでしょうか。
僕はその店で千賀子さん(仮名)という名の60手前の女性と出会いました。
今でいうところのアラ還です。

狭い店内の半分のスペースを閉めているカウンターで、僕らはお互いから一番遠い端っこと端っこに座っていたのですが、その日何故かドレス姿だった千賀子さんを一目見て、僕は彼女の微笑んだ表情に美麗とか優雅とかいった人としての美しさを、そして女性としての美しさも感じました。
将来自分がこれくらいの年になった時、こんな女性を連れて歩けるような、こんな女性にふさわしい男になりたいなあ、などとも思っていました。

その日のノルマのカクテルをちびちび舐めながらそんなことを妄想していると、千賀子さんが僕をみとめて微笑みかけてくれました。
僕も合わせて会釈を返すと彼女が僕の隣の席に移動してきます。
そしてお互いの自己紹介をしたわけですが、そこで彼女の年齢と、二人の息子の年齢が僕よりも上であることと、現在旦那さんと別居中であるということを知りました。

要するに逆ナンであったわけですが、若いコのナンパの仕方と違い
「ケータイの番号教えて」
「アドレス教えて」
ではなく、千賀子さんはハンドバックから手帳を取り出すとページを一枚破り、そこに達筆な文字で自宅の電話番号と自宅の住所を書き込んで僕に渡しました。

「いつでも遊びにいらっしゃい」
と言って僕にも僕の携帯の番号と住所を書かせたわけですが、姿勢も振る舞いも言葉づかいも筆跡も美しい淑女の前で、僕の字はひどく汚く乱暴で、とても恥ずかしい気持ちになったことを覚えています。

それ以来よく千賀子さんから電話がかかるようになり、時間の空いていた日に徒歩一分の距離の彼女の家に一度訪れたのですが、公団住宅の一室を安くで買い上げて、その後自分の好きなように内装を変えたその部屋は、実家が裕福だった千賀子さんらしく小洒落たセンスで(と言ってもまず自分にそのセンスが無いのでよくわからないが)、品のある心地よい贅沢をしてるんだなあ、などと生意気にも思いました。

訪れた時間が昼過ぎだったのにも関わらず、酒を勧めた千賀子さんからもてなされた肴(さかな)は、手作りのものでした。
湯むきにしたトマトから種を全て取り除き、それを角切りにしたものをオリーブオイルと塩だけであえ、チコリに乗せて食べるという、何だかその調理法を千賀子さんから聞いただけで子どもの僕が舞い上がってしまうような、アバンギャルドな印象をくれる肴でした。
なんせこれから飲食店を経営するという26歳の僕はその時初めてチコリというものの存在を知ったくらいです。
以来、めったに見ないチコリをスーパーで見かけた時にこの日のことを思い出すようになったのは言うまでもありません。

その後充分に腹を満たして酒気帯びのままドライブをしたのですが、行った先が一つのレストランに二つのバーと、ハシゴするところはことごとく飲食店で、容赦なく料理を勧める千賀子さんに「もうお腹いっぱいです」と断るたびに
「それにしてもキッチーさんって小食ねえ」
と口癖のように千賀子さんに呟かれていました。
大人3人前以上は余裕で食ってたのに。

最後に寄ったのは全日空ホテルのバーで、窓際の席から見える成田空港内の夜のランプ(本来の専門用語から多少意味が変化して、空港職員の間では滑走路や誘導路や駐機場などの一般人が入れない外の敷地全体のことを指していた)が綺麗にイルミネイトされていて、そこから飛び立つジェット機たちを二人でロマンチックに眺めながらバーボンを飲んでいたのですが、僕は隣に座る「いい女」と想いがリンクしてしまったのか、数年前空港で働いていた時に出会ったあるプレイボーイの言葉を思い出していました。
回想の回想ですか。

彼はある航空会社の職員で当時の僕の倍以上の年齢だったのですが、その下請けの仕事をしていた僕をえらく気に入ってくれて、仕事中だというのにしょっちゅう僕をランプ内のドライブに連れて行ってくれました。
詳しい事情を聞いたことはありませんが、子どもをつくらず美人の奥さんと二人で暮らしている彼は浮気癖がひどく、新入社員の女のコに手を出してしまうなんてこともしばしばありました。

大した人生経験も女性経験もあるわけでなかった当時の僕はイキがりたい盛りで、大人の魅力と言うものをほとんど理解も尊敬もしていないくせに、彼の武勇伝をさもわかっているかのように自分の貧弱な経験と哲学に当てはめて頷いていたのを覚えています。

話の流れで20代前半と40代半ばの男が普通にセックス話などのボーイズトークをするわけですが、一度、女性を喜ばせるテクニックについて彼に教えを乞うたことがあります。
その時の彼の答えは
「キッチーちゃん。セックスは技術じゃないよ。大事なのは愛だよ」
というものでした。

「愛」とかいう言葉をまだまだこっ恥ずかしく感じる年齢だったのでてっきりそれがシュールな洒落の言い回しだと思って
「そうですよね。ムードとか大切ですよね」
と場違い的な知ったか発言をすると
「いや。ムードじゃないんだよ。愛なんだよ」
と真顔で返されました。

どういうリアクションが正解なのかわからなかったので「ああなるど、愛ですかあ」と曖昧に頷いておいたけど、間違いなく僕の幼さを見抜かれていただろうなあ。
逆に今は僕が若者たちにこれをしたり顔で語るようになったわけですが、やはりあの時の僕と同じように「ムード」という言葉で理解しようとする者には、彼等の経験人数に関わらず気持ちの上で「童貞め」と、憧れと嘲笑の間の気持ちで思ってしまいます。

とは言えこの感覚を理解できるようになるのはもうちょっと先の話で、再び千賀子さん宅に戻った僕は何度も「もう結構です」と断ったのにも関わらず出されたデザートを食べながら
「俺、この人とヤれるのか」
と、愛とかムードとか関係無しに純粋に、そして真剣に妄想してました。

親子以上に年が離れているとはいえ夜の密室に男女が二人きり。万が一誘われた場合どうしよう。この場合断ったらやっぱり失礼になるんだろうか。断らなかったとしても起つんだろうか。起たなかったらもっと失礼になるんじゃないか。

などととても26歳とは思えないようなキチガイじみたことを考えていましたが、もちろんそんな局面が訪れるわけはなく、淑女な千賀子さんは僕を玄関まで優しく見送ってくれました。

「また遊ぼうね」って。
かわいかった。

自分の中ではまあまあ美しい部類に入る思い出だと思ったので、プレイボーイとの会話を除いてこの話をエリアちゃんにしてあげたのですが、実はこれには続きがあります。

後に開店を間近に控えた僕のバーの厨房スタッフが事情により足りなくなり、僕は彼女のいくつかの条件を飲んで彼女にうちのスタッフとして働いてもらうことにしました。

これがいけなかった。

もともと老体の彼女には夜遅くまでの仕事は体にこたえるはずなのに、いつもみんなより早めに仕事を切り上げる彼女は、朝方までやっているうちのバーで客としてカウンターに座り続けました。

とにかく酒が強く、ウィスキーをロックでなくストレートで飲むのは当たり前のことで、普通はビビって一気にそのショットグラスを干し「ウガァァァーーー!!」とか「ヴぁぁーーー!!」とかの奇声を感嘆符とともにしか発せないはずのスピリタスをゆっくり味わいながら飲んで
「これ、おいしくない」
としっかりと感想を言ったことも一度あったくらいです。

そんな、強いんだけども歳を考えない突き抜けた飲み方もするものだから、そのままカウンターで寝てしまってまだ働いている僕らに迷惑をかけたりするなんてことはしょっちゅうだったのですが、そんなことよりも酔っ払うと必ず口走る口癖が彼女にはありました。

今私、セックスフレンド探しているんだけどキッチーさん、誰かいい人紹介してくれない?」

彼女に対する憧れとか愛おしさみたいな想いはすっ飛びました。

「キッチーさん、私とどう?」
と微笑みながらたたみ掛けることもしばしばだったので、その時は
「いいから早く帰れよババア」
と微笑み返しで不躾に毒づいてあげました。

あーあ。
僕のいい思い出には必ずつまらないオマケがつくのは何故だろう。
しょうがない。きっとこれも僕の人徳ってやつだろうと受け入れます。

(人徳の使い方おかしい)

2010年2月22日月曜日

その男


相変わらず授業の前フリの会話時間で簡単な質問をお座なりに答えてあげることが出来ずに、最近はパートナーだけではなく講師のラウールも困らせています。
今日は「I wish 」から続く、自分自身の後悔に関する例文が一つも出せなくて、我ながらどうしたものかと溜息をつきました。
何故とことん空気が読めないんだろう。

こういった空気の読めない言動は何も授業に関することだけではなく、プライベートの時間でもしばしば見られます。

2週間前の土曜日のことでした。
ファンキーコロンビアンズ(ジャミーリとディアナパオラ)とラウールと一緒にジャディラの家に行った時、ジャディラが「髪の毛占い」みたいなことが出来ると言ってみんなにその占いとやらを披露してくれました。

椅子に座らせた僕らに「イエス」「ノー」で答えられる質問を三つ言わせて、そのことを強く念じさせている間、後ろからジャディラが僕らの頭に手をかざしてそれを占うというものです。

みんなの質問は「お金持ちになれるか」とか「彼氏とうまくいくか」とかそんなことが中心だったのですが、僕は一つも占って欲しいことが見つからずにまたもやみんなを困らせてしまいます。

ちなみにラウールの質問は
「バルセロナに住めるか」
「将来自分の本を出版できるか」
「近いうちにいい女が現れるか」
の3つで、答えは上から順にイエス、イエス、ノーでした。

とうとう僕の番が来たので無理矢理一つだけ質問を捻りだして、その一つだけで勘弁してもらうことにしました。

「長いこと会えていない友人と再会できるか」
という質問です。

ジャミーリに言われた通り仕方なしにアキラさんのことを頭に思い浮かべて、1分ほどして返ってきた答えは
「イエス」
でした。

占いなんてビタ一信じていないくせに、それでもジャミーリの答えは嬉しいもので、自分が宿題をさぼっていることは棚に上げて何故だか心が暖まってきます。

アキラさんと僕は、僕が二十歳の頃勤め始めた会社で出会いました。
当時は散々ブラジルで差別を受けてからの帰国直後だったので、仕事が楽しくて仕方なかったという記憶があります。

自分で働いた分がお金に変わるという当たり前のことがものすごく充実していて、たかだか自給1000円のバイトだと言うのに、休みの日も自宅で仕事の専門用語の暗記や書類の書き方など復習をするくらい、言うなれば(自分で言うのも何ですが)僕は非常に真面目なバイト社員であったと思います。

会社には警察とヤクザのOBが何人かいたのですがアキラさんも後者の方のOBで、その会社は彼を筆頭に気の荒い、乾いた暴力的な笑いが蔓延している男社会でした。
そして二十歳までサッカー以外のことは何一つ知らずに育った世間知らずな僕は、彼らの振る舞いやこの組織の風土といったものがごくごく一般的なものであると思い込んでいました。

入社間もなくして仲良くなった僕とアキラさんは、しょっちゅうプライベートでも飲みに出かけるようになるのですが、酒が廻ってから「ナンパしに行こうぜ」は普通のこととして「ケンカ売りに行こうぜ」なんてこともしばしばありました。

そんなんだから血の付いた木刀をベルトに差して、当時女のコと同棲していた僕の部屋に逃げ込むなんてこともありました。
それにまつわる請求書や慰謝料が後から追いかけてくることもたまにありましたが、それらはいつもアキラさんが奢ってくれてました。
そして当時すでに20、21歳だった僕はこれも一般的な青春だと思い込んでいたのです。

他にも一緒に空手を習いに行ったり花見に行ったりと、字面の上ではまあまあ爽やかな思い出もあるのですが(言うまでもなく実際はそうでもない)僕と彼との気持ちを結びつけていた一番の自我の一致は「次男ゆえのコンプレックス」というものです。

僕の兄はサッカーで地元の選手や監督たちに、彼の兄はケンカで地元の県警や極道たちに名の知れた人間だったのですが、よくある話の例に洩れず、僕らは優秀で人気者の兄に対して劣等感や羨みを持っていました。
そして僕らの場合は二人とも自分の兄に憧れてもいました。

そんな矛盾とも天の邪鬼とも言いづらい、鈍くとも確かな痛みや幸せを、よく飽きもせず二人で語っていたものです。

月並みな語り口ですが、酒と女とケンカを彼から教わり、20代の一時期まぎれもなくヤクザな人間性が僕にも植えつけられたわけですが、月日が流れて別の会社で働き、別の付き合いを持つようになると、彼(彼ら)の人間性が特殊であったことに当然気付かされます。

それでも彼をただのキャラクターとして傍観できなかったのは、この「次男コンプレックス」に代表される彼の弱さやもろさ、憂いや戸惑いといったものを時折覗くことが出来たからでしょう。

ペルーから戻ってきてしばらく経った後、アキラさんに
「本職相手の新しい仕事が入ったんだけど俺以外に誰もやりたがらない」
と言って「特別待遇にするから」という条件で会社に戻ってくることを要求されました。
そして『男前』と出会うきっかけとなった、世間を騒がす事件が起こり、僕の復職は頓挫してアキラさんも会社を追われることになります。
次に就職したところの仕事中にアキラさんは事故を起こして全盲になりました。

その間、僕は色々な職を経験することになるのですが、部下の年齢や性格に合わせてガールズトークならぬボーイズトークをよくしてあげました。
まともな男でも、いや、まともな男なら大抵の場合は女性関係のだらしなさや暴力話を好んで笑いにするのですが、ある時、ある部下に僕の女性関係を指摘され
「キッチーさんって鬼ですね」
と言われました。

よく言われるコメントで、その時も僕のやんちゃ話を指しての発言だったのですが、その後、浮気を一度もしたことが無いというその部下の話題になり
「今の彼女は年上なんですけど、それが恥ずかしいから別れようと思っているんですよ」
との発言が彼から出た時には背筋が凍る思いがして
「鬼はおまえだよ」
と返してあげました。

年上の彼女を恥ずかしがる意味不明の価値観は一まず置いておいて(「女性は歳をとればとるほど『いい女』になっていく論」を語り出すと長くなるので)見栄や理屈や合理で人との付き合いあれこれをコントロールする人間に僕は少なからず恐怖と嫌悪を感じます。

アキラさんや僕に限らずなのですが僕の周りの女性関係の派手な友人たちは皆、自分の情けなさや戸惑いやしみったれた憐憫なんかを持っていて、おそらく彼等はそれを自覚しています。

チャイムが鳴っても帰れない子を愛してやまないのはきっとこういうことなんでしょう。
と自分寄りにひいき目に語ったところで、こういうのはきっと育ちの問題なんだろうし、やっぱりあの部下のような人間の方が女性を幸せにするんだろうな。

「おまえは女関係以外はホント真面目だよな」
とアキラさんと知り合ったばかりの頃によく言われてましたが、今となっては女性関係もすっかり好青年になってしまいました。
と言うか、あの頃のツケがまわってきたのか、元々の本領を発揮したのか、今では女性の方が僕に見向きもしません。

腑抜けになりやがって、とアキラさんに叱られそうですが、それも「会えれば」というもの。

ジャミーリに「今年以内に再会できるか」と期間を限定して質問しとけば良かったな、と思ったときに、全員の占いが終わった彼女が僕らに確認してきました。
「どう?占いに満足できた?」

みんなから「YES」と答えをもらった後、
「実は今の占い、全部嘘でした。えへ」
だってやんの。

みんなに怒られたり呆れられたりしてたけど、嘘を告白するまでのほんの数分は幸せな気持ちになれたのだから、僕はこの手の嘘が結構好きです。

髪の毛なんかでわかるわけないじゃーん、と悪びれずに舌を出したジャミーリが、ヱビスのくせしてかわいく見えました。

今日、2月22日はアキラさんの誕生日。
どこにいるかわからないけど、ひょっとしたらあの裁判に負けてムショ暮らししてるのかもしれないけど、生きているのであれば今年は年男なんだね。

男友達の誕生日を一切覚えられない僕が彼の誕生日を覚えている理由は、彼に対しての思い入れや愛情うんぬんではなく、ただ単にゾロ目で覚えやすいから、という自分の薄情と情けなさを自覚しています。

とりあえず占いはビタ一信じないけど、ジャミーリの嘘占いは友人の「言葉」として信じることにしよう。

2010年2月20日土曜日

歩きに歩いた一週間


昨日、パブでロスィオ夫妻からバッキンガム宮殿に一緒に行かないかとの誘いを受けたので、また一人だけ場違い感に包まれるのが嫌だった僕はジャミーリにディアナパオラにラウラも誘いました。

10時半にハイドパークコーナー駅で、という待ち合わせをして時間どおり律儀にそこへ向かったわけですが予想どおり誰も来てません。
仕方が無いので駅の売店でケバブとカプチーノを買って、駅前の公園のベンチに腰をかけて待つことにしました。

天気も気温もここ数週間で一番というくらいによく、人影まばらな休日午前の公園はすこぶる爽やかで、待ちぼうけを喰らっているにも関わらず、僕は誘ってくれたロスィオに感謝をします。

空は青く、日差しは正面鋭角で、しかし大木の枝々に程よく遮られて、透明感の強い空気を観光客やジョガーたちが次々と体に浴びていきます。

あのカップルはどこの国の人かな。
そこのジョガーグループはどういう繋がりなのかな。
あそこのワンちゃんは何て名前かな。

などと健やかな思考の浮遊に浸ろうかとも思ったけど、ipodの長渕が

ぅおうおうとぉーっっっっ 負け犬が吠えてぇるっ!!

と、がなるものだからさっき売店で買ったやたらと薄いカプチーノの不味さも9割増しになります。

爽やかな朝と言えば10年以上も前の夏の初め、仕事もなく『前科』と二人で暮らしていたころ、千葉駅の周辺で夜を明かしたなんてこともありました。

当時はホストの体験入店をしに行ったり在日朝鮮人の工場で一日だけ働いたりする以外は、職安で酒を飲みながらダメ人間丸出しをかましていたころです。

都内に何かの面接で前科と二人で行った帰りだったと思うのですが、前科がスーツ姿に何故かハンチング帽を被り、足元にはワークブーツで、極めつけは太って全開に閉まらなくなったズボンのチャックを隠すために、シャツを裾から出して
「これが今流行ってんだよ」
とほざいたのを覚えています。
これに比べれば今話題のスノーボーダーなんて乙女に見えるってもんです。

前科の下痢が原因で遅刻した僕らは見事に一次面接で落ち、帰りに『菊次郎の夏』をさびれた映画館で二度も観る(昔ながらの映画館は今のように完全指定入れ替え制ではないのでこういうことが出来た)という余裕をかましていたら成田行きの終電を逃してしまい、仕方なしに千葉駅で降りました。

県庁所在地とは言え平日深夜の千葉駅周辺は人影もまばらで、僕らはほぼ誰も足を止めていない二人組のストリートシンガーの前に座り、賑やかしてあげました。

そんなに好きじゃなかったけど彼等のレパートリーの尾崎豊に拍手を送り、仲が良くなった僕らは彼らに缶ビールを奢ってやります。
無職のくせにこういうところは無駄に粋。

どうせ他にオーディエンスもいないのでギターを置かせて僕らは4人で雑談を始めました。
彼らが僕らと大して歳が変わらないことや「一応これでもプロ目指してます」ってことや、それぞれの置かれてる状況を自己紹介がてらに話したり聞いたりしてた時に、彼らの一人が面接帰りのスーツ姿の僕を見て
「スーツ、似合いますね」
と言ってきました。

その言葉に他意は無かったのでしょうが、ペルーから帰国して間もないその時期に、中途半端に着地してるんだかしてないんだかな僕に、その言葉は複雑に心に絡みました。

しばらくして彼らと別れを告げ、適当に繁華街をうろついてから、疲れた僕は路上で眠りに着きました。
仰向けに見上げた星空が綺麗だったかどうかは覚えていません。

遊び足りない前科はそんな僕を一人置き去りにして寂しく夜の街へ埋もれていきました。

翌朝、消防車のサイレンにたたき起こされて見上げた初夏の空は、今日と同じように青く澄んでいました。
その朝を爽やかに感じた理由が、前日見た映画の影響でもなく、前夜言葉を交わした若者のエネルギーに触発されたからということでもなく、ただ単に夏だったからということを今は知っています。

起きてしばらくしてから、当時携帯電話を持っていなかった僕は公衆電話から前科の携帯に電話をかけました。
駅前で合流したあと前科が
「今朝、消防車のサイレン聞いた?」
と聞いてきたので「聞いた」と答えると、どうやら前科は火事の現場に野次馬に行っていたとのこと。
「そん時に仕事明けの水商売のタイ人をナンパして、番号交換してさあ」
とTPOを一切わきまえない行為の結果に嬉しそうにはしゃいで、携帯の番号を手に入れただけだと言うのにこれ以上ない脂っこい笑顔を見せるもんだから、爽やかな朝は夏の彼方に吹っ飛びました。

「よし、じゃあ彼女が眠りに着く前に早く今のうちに電話しろ!」
とこちらもノリにのって2対2の合コンを期待して急かすと、携帯番号が10桁から11桁に移り行くその当時に、書かれていたメモ書きの文字はバッチリ9ケタ。

てっきり「他人の番号だった」とか「お店の番号だった」とかのオチが待っているのかと思ったら、一捻りだけされていました。

そんなことを思い出していると時刻はすでに11時。
ジャミーリ達は読めてたからいいとしてロスィオ夫妻まで来ないのはどういうことだ。
仕方なしに「今どこ?」とメールだけ打って一人でバッキンガム宮殿まで歩きます。

何のイベントがあるのかわからないまま、以前来た時と同じように一通り眺めた後に一人帰路に就こうとした帰り際、兵隊さん(?)が動いているところを初めて目撃しました。
対になって向かい合っている二人一組の兵隊さんの片方が指でサインを送り、それにお互いが合わせるように足を上げたり銃を傾けたり、まるでマスゲームのようでした。

極めつけはその表情。
普通一般に見られる兵隊さんは体を全く動かさないどころか何をされても無表情を貫くものですが、この時見たサインを送っていた太っちょの方は微妙に顔がニヤケていました。

仕事の出来ないヤツめ。
ただしおまえとは友達になれそう。

今日見た一番の嬉しい風景でした。

ダンディズム


みんなのいじめられ役、サミュエルが今日を最後に帰国するということで、ラウールの粋な計らいで今日は授業を5時で切り上げてみんなで早めにパブへ。
こういう時に限って、ブルーノと名倉姉妹と今週一週間丸々授業を休んだのにパブには顔を出すロスィオと学校のエントランスで定時の授業後に待ち合わせをしています。

とはいえ歩いて五分ほどの距離なのでパブで先ずは一杯やりながら時間になってから彼らをピックアップしに行き、みんなに紹介しました。

ブルーノに関しては新人以外はみんな知っていたのですが、名倉姉妹は当然初対面で、案の定チリ人妻のマルタがじっとりとこっちを見つめてきます。

それに気づいてマルタを警戒してたら、逆方向からお色気番長ジュリアーナが寄ってきて
「こいつら、おまえの彼女?」
だって。

「いや、ただのフラットメイト」
と僕が答えられたことに何故か二人ともほっとして変な笑みを交わしました。
東洋人が白人の双子を連れてたら不自然ですか。

その後マルタが近づいてきたときにはいっそ「人妻を口説いている体(てい)」でマルタをベタ褒めしてあげました。
それが功を奏したのか
「キッチーにとって彼女を作ることなんて簡単だよ。だって性格いいしキュートだもん」

「そう言ってくれるのは人妻か彼氏のいるコかのどっちかなんだよな」
とお座なりに返したら
「パティなんてどう?キッチーとお似合いだと思うんだけど」
だって。

そうですか。潰れかけのスナックのママですか。
おまえの選択にジュリアーナはありませんか。
ていうかみんなどこかしらお色気番長を避けてませんか?
まあ真面目なタイプのマルタとはウマが合わなそうではあるが。

ちなみに定時の時間まで授業を受けて遅れてやってきたラウラと話した時に聞いたのですが(結局彼女は僕らのクラスには上がれておらず、苦手なコリンの授業を初級クラスで頑張って受け続けている)ラウラも5年間付き合い続けた恋人と数週間前に別れたみたいです。

思わず本人の前でガッツポーズをしてしまったけど、ジュリアーナにパティにラウラと3人ものフリーの若くてかわいい女のコが周りにいると、何故だか一気に春の訪れを感じます。
ただしその全てのチャンスを逃す自信も大いにあります。

こんな感じで浮かれながら時間は過ぎていき、ホセとソフィ(尾形くん)とも久しぶりに会うことが出来て、しかし少しずつ人も減り始めたころ、二次会的なノリで場所を変えました。
ホルボーンからピカデリーまでバスでの移動だったのですが、ジャミリとディアナパオラとソフィとブルーノと新人のイタリアーノ、ディエゴが乗った後、サミュエルがオイスターカード(suicaみたいなカード)の残高を帰国に合わせて全て使いきったことを思い出し、とりあえず5人だけ乗せたバスをそのまま見送りました。

「俺は歩いて行くよ」
とサミュエルが言いだしたものだから、一人で長い距離を歩かせるのはかわいそうだと思い、先ほどのバスに乗れなかった初心者クラスの3人、ラウラとジャディラと新人コロンビアーノ(男)のファビオに
「先にバスで行って待っててくれ」
と告げてから二人で歩き出しました。

フゥー。俺ってカッコイイー。
とかなんとか自画自賛しながら夜道を震える思いで歩いたわけですが、10分ほどしてから着信が。
ラウラからです。

「今どこ?」
「今レスタースクウェア辺り。あと10分くらいでそっちに着くかな」
「こっちに向かってるの?サミュエルも一緒?」
「うん。だからオイスターカードが無いから一緒に歩いてそっちに向かうって言ったじゃん」
ちゃんと人の話聞いとけよ。
「わかった。じゃあ私たちここで待ってればいい?」
「うん。正確な場所を覚えてないから近くまで行ったらまた電話する」
「うん。それじゃあまた後でね」

何でよりによってファビオの次に英語を喋れないラウラに電話をかけさせたの?わかりづらい。
あ、これが春の予感ってやつですか、なんてモテナイくん特有の思考ようなこともよぎったけど、現場近くまで近づいたときには僕は迷わずディアナパオラに電話をかけました。

「今、あとちょっとでピカデリーに着くんだけど銅像の前まで迎えに来てくれない?」
「え、こっちに来てるの?」
「うん、ラウラにそう伝えたけど」
「私たちはピカデリーにいるけど、彼女たちはみんなまだホルボーンのバス停でキッチーとサミュエルのこと待ってるよ」

わおっ。ナイス行き違い。

そうか、あの3人の中でなら俺の番号を知っているのはラウラだけだ。
それでもジャディラに代われよ。
とりあえずディアナパオラにラウラへの連絡を頼んで、銅像前に着いた後、みんなでラウラ一行を待ちました。

ラウラ、着いたら超不機嫌。
おまえの英語力の問題だよ。と言ってあげたくもなりますが、女のコとケンカして勝ったためしがないので、ここは平謝りです。
フゥー。カッコわるーい。

その後無事に目当てのパブに着いて一杯目を飲み始めたころ、ラウラがいないことに気づきました。
そのことをみんなに尋ねてみると
「知らない。たぶん帰ったんじゃない?」

あら意外とみんなノータッチなのね、と周りを見回すと、新人のファビオもいないことに気づきました。
なるほど。そういうことですか。

な、早くも一つ逃しただろ。春。
あーあ。

写真は最初のパブで。
左からカリアゲ・ロサリオ、ノーカリアゲ・レティー、いいヤツブルーノ、人妻マルタ。
その後ろに横顔のサミュエルがうっすらと写っている。
今日の主役なのにこの扱い。

2010年2月19日金曜日

48時間


ブラジリアンナイトでくたばった次の日、明けて水曜日は授業前に隣部屋のサンドラとの約束があったので3時間ほどしか睡眠がとれず、約束していたジャパンセンターまでフラットの情報を見に行きました。

大した情報は得られなかったのですが、とりあえずサンドラと別れた後、学校に向かい、寝不足の時独特の匂いの強い汗を体中にかき、全く集中することなく何とか3時間をこなします。

授業が終わり外に出るとエントランス前にブルーノが来てました。
久しぶりの再会に挨拶を交わしてフラットの検索状況を尋ねると
「近いうちにジャパンセンターにも連れて行って欲しい」
とのこと。

翌日木曜日の授業前にそれを約束してとりあえず帰路に就きました。

二日連続の授業前の用事のため、今日は早めに寝ようとベッドに入った直後に携帯が鳴りました。
あみちゃんからでした。

やっぱり今日だったか。わかりやすいヤツめ、ラウールのやろう。

あみちゃんからの事前の報告で、今週中に二人で会う時間をラウールに作ってもらうことになっているのは知っていたのですが、授業後のラウールの退社の早さや表情の不自然さからもうバレバレ。

で、結果も予想通り
「フられました」
とのこと。

その後、長電話になりそうだったから、ミョンも来るから何もやましいことも危ないことも無い、という言い訳を自分自身に言い聞かせて、慰めのためにあみちゃん宅まで訪れました。

ああ、ミョンも俺も悲しきモテナイくんだね。

あみちゃん宅ではあみちゃんの失恋感情の行ったり来たりをエンドレスに聞かされるという無間地獄を味わったわけですが、それと同時に彼等の学生ノリに自分が弾かれている感覚に対して思い当たる節を見つけました。

付き合ってからヤるか、ヤってから付き合うか、というタイプに人は別れますが、これに関して言うと僕はぶっちぎりで後者です。
思えば高校を卒業して以来「コクる」という経験をしたことが無いものだから彼らの興奮に今一つ乗ることが出来ないのだけれども、これってチャイムが鳴ったら帰れる帰れないの、あの人間性に関係するのかなあ。

いや、関係ないのかな。それが当てはまるのであればあみちゃんはアバズレじゃないってことになるし・・・

いずれにしてもあみちゃんやミョンが羨ましいものです。

とにもかくにも、おかずを満遍(まんべん)なく上手に食べる育ちのいい子のように、恋と愛と母性と独善と見栄と未練と未練の断ち切りを均等にこぼすものだから、5杯目くらいのおかわりの時にはミョンが床で果てていました。
おやすみ。

その後保護者の気分であみちゃんも寝かしつけ、若い女のコの部屋に泊まっているというのに指一本触れてないないというこのカッコよさに酔おうともしたけれども、極太やチャンピオンがこんなこと聞いたら「おまえまで日和りやがって」と僕の老いを指摘するんだろうな。

とか何とか眠りに落ちたあみちゃんを眺めているとその寝顔が拷問的にかわいい!

「襲っちまおうか」とはちきれんばかりの犯罪意欲に心臓が乱拍子に鼓動しましたが「私の処女はあの人にあげるの」と心に決めた殿方がいる乙女と同じで、逮捕処女の僕も「初めて捕まるときは野球賭博で」と心に決めたあの人がいるのでここはグッと歯を食いしばりました。

時計を見ると明け方4時半。
ちくしょう。二日連続でこの時刻。

明けた木曜日の朝も寝起き一番で泣きごとをおかわりし出すあみちゃんをなだめて、授業の4分の3を遅刻した彼女を学校に行かせました。

「今夜うちでカレーパーティーがあるので良かったら今夜も来てください」
と痺れきった疲労にさらに追い打ちをかけるようなサディスティックな誘いを笑顔でするもんだから、ブルーノを巻き込むことを心に決めて快諾しました。

ブルーノとフラットの情報をピックアップして学校のカフェで通訳してあげた後、授業後にまた会う約束をして、そして僕は前日と同じくジットリした汗を手足や脇の下にかき、拷問のような睡魔と胃のムカつきに耐えながらも、運悪くイギリスの法律改正に伴って今日から30分長くなった授業を何とか終了。

ブルーノとともにあみちゃんちに着くと、トッコさんという日本人のお姉さんが作ってくれたカレーをマリーとあみちゃんが共に丼二杯ずつ平らげたもんだから、亀田三兄弟の三男、和毅の髪の毛の面積くらいしかカレーの乗っかってないバランスの悪いご飯茶碗一杯分のカレーライスを、僕らは提供されるはめになりました。

「これ、二人でシェアしてください」
だって。

おまえ、天然か。
仕方なしにブルーノに譲りました。

今日こそは早めに退散しようと思い、11時にはあみちゃん宅をブルーノと共に後にしたのですが、駅に着くと鉄格子で閉め切られて中に入れない状態。
鉄格子の内側にいた駅員に聞くと隣駅まで歩いていけとのこと。

同じ沿線で隣駅はまだ開いているし、電車もまだ走っているのに、何故この駅だけ?とロンドンの地下鉄事情にブツクサ垂れながら、昨日よりも寒い夜雨の中を二人で20分ほど歩きました。

こうしてただれた性生活を送っている20代のようなタフな二日を過ごしたのですが、得たものはブルーノは相変わらずいい奴だなという確認くらいのものです。

あみちゃんのケアに関してはまだこれから。
彼女がより周りを幸せにするような女性に育ってくれればこの疲労も報われるというものですが、まだ未知数。
期待値は上がってます。

写真はミョンがまだ起きているときに撮ったもの。
カメラを向けると何故か寝たふりをするあみちゃんと、頼んでもないのに、小2が左手で作った粘土細工のジョニーデップ風ポーズを決めてくれたミョン。
おまえがやると宅八郎。

おまえ天才だな。

2010年2月17日水曜日

セブン・シスターズ・ストリートはどこだ?



散々な夜でした。

新人クラスメイトのブラジリアン、ジュリアーナに誘われてクラブに行ったはいいけど、僕以外のクラスメイトは全員断ったらしく、現場に現れたのはジュリアーナ以外では僕一人。
このパターン、ロスィオのときのコロンビアンナイトでも味わっている。

まあ週の前半だしブラジル人のパーティーにコロンビアンは行きづらいよな、なんて各大陸と主要国の序列関係みたいのを推測してみたけど、それとは関係無しにジュリアーナは毎晩のようにクラブで踊っているとのこと。

ちなみにクラブに着いたら着いたで1時間以上も僕はジュリアーナに会えなくて、ひとりポツネンと寂しくうろついていました。

そんな出だしだったので彼女に会えて彼女の友達に紹介された時もテンションとしては非常に低かったのですが、クラブで不機嫌な顔をするのも大人げないと思い、シラフなのに頑張って彼女たちとノリノリに腰を振ってあげました。

その時にステージ上ではプロのダンサーが何人か踊っていたのですが、僕より体が絞れていそうなネグラ(黒人女性)とファンパオロばりにたるんたるんな体のブランカ(白人女性)のパーフェクトなリズム感を見て、僕は二つのことを考えました。

一つ目は
「ブラジル人はサンバで鍛えたリズム感があるからサッカーも上手いんだよな」
などというほとんどの人が意味をよくわかっていないで言っているこの手のセリフが、全然ジョークではないということ。

多くの指導者がきちんと認識していないのですが、スポーツにおいて、特に足で物を扱うスポーツであるサッカーにおいては歩幅以上に歩数というものが非常に重要であり、何歩目でどっちの足を蹴り足に使うのか、もしくは軸足にしながらボールを触るのかということを非常に込み合った空間と時間の中で判断するのに脳の準備だけでは間に合いません。
それを普段の練習で体に覚え込ませるわけですが、練習以外の日常からステップの難しい踊りを踊っているという生活習慣は、きっとそれに対して大きな助けとなっているのではないでしょうか。

ちなみに僕がブラジルにいたころの練習で、二人一組で非常にゆっくりのペースでランニングパスをするというアップがあったのですが、ブラジル人たちは歩数というものを意識しているだけあって、逆に互いのリズムを崩さないように、互いのパスを恐ろしく正確なコースとスピードで交わし合っていました。
そして僕は、ナイスパスの基準が非常に厳しいこの練習のリズムを右足で覚えるのに一年間かかりました。
ちなみに左足はとうとう覚えられず終い。

日本人が長いこと好んできた、あるいは得意としてきたものには野球や、空手、柔道、合気道のような武道がありますが、思えばどれもリズムよりも間を重要とする競技です。

こんな指導者の鏡のようなことをケツを振り振り考えていたのですが、もう一つの考え事は
「何でジュリアーナは毎晩のようにこんなハードなサンバを踊っているのにちっとも痩せないのだろう」
ということです。

もちろん栄養学とかダイエット学とかの観点ではなく男の視点です。
テンション低かったのに、指導者っぽいことを考えていたのに、同時にエロ目線が出来るのはある意味男の鏡と言えなくもないか。

こんな感じに深夜2時までブラジリアンナイトを楽しんだわけですが、高飛車なパウリスタ(サンパウロ人)なフラットメイトたちにはあまりなじめなかったので、ジュリアーナにフラットに誘われたけど「バスがまだあるから家に帰るよ」と断って帰路に就きました。

これが失敗。

クラブの場所は学校のすぐ近くだったのですが、そこら辺一帯からバスで帰宅したことのない僕は、自分ち方面のバスを捕まえることが出来ずにひたすら歩き続ける羽目に。

とりあえず寒さと寂しさを紛らわすために、ipodから流れる曲に合わせて歩きながら熱唱を続けました。
こんな時は邦楽だなと思い、選んだのは「野狐禅」。

「銭でも降ってこねえかと アホ面で空を見上げれば 慰めみたいな粉雪が 灯油くせえジャンパーに落ちる」
なんて人のいない通りで熱唱しながら歩き続けたけど、降ってきたのは慰めにもならない冷たい雨でした。

一時間ほど歌ったところでさすがに疲れてきて、治安の悪さでまあまあ有名な通りを無言でひたすら歩き続けていたのですが、歩き続けた疲れとジュリアーナの誘いを断った後悔からイライラもピークに達した頃、さしていた傘を何者かに弾かれました。

ビックリして傘をどかして見てみると、そこにはニヤけ面の白人が。
ここは一丁買ったらあと思い、啖呵を切ったつもりだったのですが出てきた言葉は

「Why?」

えーと、落ち着け落ち着け。もうちょっとマシなセリフを。
「何してんだコラ」は What're you doing kora?
違う違う。

冷静に頭を落ち着かせて再度切った啖呵は
「あなたは何故私の傘を叩いたのですか?」
でした。

今思えば日本語で吠えてやればよかったのでしょうが、殴り合いのケンカなんて何年もしてないから久しぶりのことで上がってたんでしょうね。
ただしこのバリバリのスクールイングリッシュが逆に気持ち悪かったのか、その白人のあんちゃんの舐め切った態度が急にしおらしくなり、下手に出て
「ごめんよ。ちょっと酔っ払っちゃっててただのジョークだったんだよ。ホントにごめん」
と来たもんだから、怒りの行き場を失くした僕はとりあえず許しはしたけど、更にイライラは増していきます。

そんなんだから、その不機嫌が顔に出ていたのか、別の通行人に道を聞こうとした時に
「ソーリー、ソーリー」
と今度は逆に僕が怪しい人間に思われて小走りで逃げられました。

ただし基本諦めの悪い僕は
「ノーノー」
と何がノーなのかそう叫びながら小走りで追いかけて道を聞き出すことに成功。
驚かせてごめんね、おっちゃん。

こうして奮闘しながらやっと我が家に就いた時刻は実に明け方4時半。

次からは自分以外に誰が参加するのか確かめてからパーティーには参加します。

写真は上がお色気番長のジュリアーナ。
下の二人が彼女の友達。名前は忘れた。

2010年2月16日火曜日

嬉しい便り


ここのところ嬉しい便りが続いています。

先ずはペルーで連絡が途絶えたあのコ。
お菓子を送ったお礼にと彼女の息子から手紙が届きました。

きっと母親にそう書けと言われたのでしょう。
手紙の冒頭には「キッチーちゃんえ」と書かれていました。
teaおいしい?とも書かれていたけど、ごめんよ、俺ほとんど紅茶飲んでない。

それからフランスに一時帰国していたブルーノからも久しぶりにメールが届きました。
どうやら今週の水曜にイギリスに再上陸してフラットを探し、学校には来週から通うことになるらしい。
フラットが見つからなかったらジャパンセンターに一緒に行って情報を翻訳してあげる約束をしました。

イングランドのフットボール協会からも9月のライセンス受講資格を与えるとの旨の連絡が届きました。
ラウールに手伝ってもらって履歴書やら振込やら色々な面倒をかけた上での吉報だったので素直に嬉しいし、感謝します。

最後に、僕の指導者としてのキャリア上での最初の教え子となった子からメールが届きました。
例によって「アドレス変えました」ですが、つい「元気にしてるか?」と返信を打ったらそこから長めのレスポンスのやり取りが始まりました。

ちなみにこの子とは3年ほど前、僕が福岡にいたころにも同じように「アドレス変えました」から長めのメールのやり取りをしたのですが、その時高校一年生だった彼の近況は「最近サッカーを辞めました」という内容でした。

「そうか。焦らずに楽しめること探せよ」
という内容のことを返信してから早三年。
今は秀才の揃う大学で進級のための勉強に奮闘しているみたいです。

メールの終わりには
「とりあえず今は勉強を頑張る時期なんで」
などと19歳とは思えないしっかりした発言も飛び出してました。
あーあ。俺よりも大人になっちまいやがって。

今日も苦労は二流に任せて、僕の教え子たちには、ただただ努力と感謝を繰り返すことを祈ります。

何キャラ? 気持ち悪い。

2010年2月15日月曜日

名倉に胸キュン


木曜の練習中に突如胸が痛みだし、それがちっとも和らがないので昨日はファンパオロとのサッカーはお休み。
その代わりというわけでもないのですが、引っ込み思案のインド人及び仕事の都合で行けないブサイクコンビを除くフラットメイト7人で夕方くらいから映画館に向かいました。

道中のバスではネプチューンの名倉に似ている双子の姉妹とずっと話をしていました。
ちなみにカリアゲじゃない方がお姉ちゃんで名前がレティー。カリアゲが妹でロサリオ。
姉貴分だと思っていたサンドラとはそれほど親しい間柄ではなく、早く今の三人部屋から別のところに引っ越したいみたいです。
それをレティーの方がラテン人っぽくない、そして顔のインパクトとは全然違うおしとやかな口調で申し訳なさそうに話してくれました。

「だって私がキッチーと話していると、私の下手くそな英語を聞いてニヤニヤするんだもん」
と乙女のように恥じらうものだから、顔面のあれこれは置いといてちょっと可愛く思えてくるから不思議です。
彼女の恋人が一回りくらい歳の違うバツイチ子持ちの男性というところやその子供を携帯の待ち受けにしているところにもなかなかグッと来るものがありました。

とりあえず二人ともスペイン語圏以外の者と話をしたがっているようだったので、通っている学校の最寄り駅が同じということもあり、週末のパブに誘ってあげました。

映画館に着くと、みんなのお目当てだったらしい「バレンタインデイ」という映画はすでに満席だったので、パースィー何とかの何とか何とか…という魔法使いだか神様だかの映画を観てきました。
もちろん字幕などはあるはずも無く館内での2時間を迷子のような心境でやり過ごしたわけですが、日本との違いについて中々いい発見がありました。

先ず、本編前の映画宣伝がやたらと多い。
それだけで腹6分目くらいまで膨れる。

それから「携帯の電源を切りましょう」的なマナーに関するお願い映像が流れない。
そんなこといちいち言わなくても、紳士の国イギリスはみんなが当たり前のようにマナーを守れるのかな、と思ったらマナー云々より「風土」が違ってました。

地下のシアターだったため電波の関係でさすがに上映中に携帯が鳴るなんてことは無かったけど、物を食べる音は普通に聞こえるし、ストーリーに集中できない子どもたちはちょいちょい通路を行ったり来たりしてるし、話声は聞こえるし。

館内もうっすら明るさを保たれたまま上映しているところからも推測できるように、もともとのスタイルが「家庭で観るDVDの延長のような感覚で気楽に観ましょうよ」といった感じで全体的にノビノビしてました。

そして一番印象に残ったことは、イギリス人(ひょっとしたら日本人以外全員)はストーリーの中に笑いどころを必死に探しているという感想です。
そう言えばうちのコロンビアンもインディアンもすっごく稚拙でベタな笑いでも狂ったように馬鹿笑いすることがあります。

よく「日本の笑いが一番レベルが高い」と日本人が言い、しかし海外では受け入れられていない現実を見て「受け手のレベルが低いから理解できないんだよな」という傲慢なスタイルを取っていますが、これは半分は正解だと思います。

何せ作り手は狙ってないであろうシリアスなシーンにまで笑い声が時々聞こえてくるくらいですから、低い小さなレベルのような笑いにまで照準を合わせていると、おそらく二捻り以上した笑いに関してはセンサーが鈍くなっているのでしょう。

ただし逆を言えば、何故外国人(日本人以外)が照準を絞りきれないほど日本の笑いは幅が広いのかと言うと、これは道徳心が一つ関わっているような気がします。

以前書いたプロスポーツ選手の「結果にこだわりたい」や「どんな勝ち方でも勝ち点を取りたい」発言にも繋がってくるのですが、お笑い芸人からも「笑わせたら勝ち」や「面白い者が偉い」的なプロらしからぬ発言がしばしば聞かれます。
本来、芸術も文学も含めて「表現する」という行為には、ある枠組みを外れてはいけないという道徳観念があったはずなのに、それがいつの間にかすっかりなくなってきたような気がします。

スポーツにおいては「結果よりも内容にこだわりたい」なんて言葉はあまり聞かれなくなったし、文学に関しては結末の裏切りだけを重要視してストーリーをぶち壊している作品が少なくないし、芸術においては(あくまで聞いた話ですが)これも一つの表現と言い張って動物をステージ上で殺すような素人がいる、なんてこともありました。

お笑いに関しては、僕の子どもの頃の記憶で言えば、昔は舞台裏(枠の外)を今みたいに当たり前に見せていなかったような気がします。
動物をステージ上で殺して表現から逃げた者と同じで、意外性や新しさだけを追求した笑いはその企画にショックを覚えても演じ手の能力に感動することはまずありません。

メディアの暴威を利用して当たり前のように装っている「芸人なら何をされても(何をしても)面白ければそれがおいしい」という風潮も「だから芸人って大変でしょ。凄いでしょ。偉いでしょ」の風潮も僕は好きではありません。

こういった傾向の大きな理由に「日本には宗教が無い」というものが関係しているように感じます。
宗教が無いから日本はルールで社会を秩序化しないといけないのでしょう。
宗教が無いから本編前にマナーに関する映像を流さないといけないのでしょう。

ルールは守れてもマナーが守れない。
日本人が外国人から人間として幼く見られるところはこういうところでしょうか。

普通に考えれば「電車の中では携帯電話を使わない」というマナーぶったルールもかなりおかしい。
あれが駄目なら車内での会話は全てマナー違反になります。
ペースメーカー云々を言うんだったら、知らない人が近くにいる時はどこであろうとかけられなくなります。

もっと理解できないのは同じく電車ネタなのですが「ヘッドフォンからの音漏れに気をつけよう」という間抜けなマナー。
最初に誰が言ったか知らないけど日本人はすぐに受け入れちゃうんだから気をつけて。
よっぽど普通に車内で会話している人の方がうるさいし、飲み屋帰りのオッサンの口臭の方が迷惑ってもんです。

とか何とか書きながら気づいたけど、しまった。これ、受け入れないシリーズで書けばよかった。
そっちをおろそかにしてダラダラと説教じみたことを書いたけど、まあ別にマナー違反じゃないよな。

2010年2月14日日曜日

14日の日曜日


明けて今日が中国の旧正月ということで、前日韓国料理店に一緒に行ったメンツでまたチャイナタウンに行こうという誘いがあったので、約束の時間6時きっかりに僕は待ち合わせ場所のPriscillaに到着しました。

予想通りそこに居たのはフランス人のサミュエル一人だけで、仕事でもともと遅れることがわかっているパティはいいとして、言いだしっぺのコロンビアーナ達もまだ来ていません。

15分ほど他愛無い会話でサミュエルとやり過ごしながら彼女たちを待ち、ちょっと電話をかけてみようかということで携帯を手に持った時、ショートメールの着信がありました。

「ハーイ。
ごめんアタシら行けなくなっちゃった。
もうそこに着いちゃってる?」

着いちゃってますとも。当たりめえだろ。

とりあえずサミュエルに伝えて「今日はキャンセルだな」と言って帰ろうとしたら
「せっかく来たんだから一杯ひっかけてかないか」
とのこと。

同意してホモカップルのように二人でパブに入りました。
パブでの時間はなかなか有意義な会話に費やされたわけですが、途中僕の携帯に着信が入ります。

あみちゃんからでした。
そうだ。チャイナタウンに誘っていたんだった。

「今友達と一緒で、今からそっちに向かうところなんですけど」
ときたものだから「気持ちは嬉しいけど今こっちオッサン二人だけだよ」と伝えると、いずれにしても韓国人の男友達が既にチャイナタウンの中のレストランで待っているみたいでそちらにも顔を出すからとのこと。

「30分かからないと思います」
と言うので、その倍の時間を推測してサミュエルと二人で一時間ほどパブでやり過ごしました。

そして一時間後、未だ現れぬあみちゃんを立って飲みながら待つのも疲れたので場所を変えるか、ということでイタ飯屋に移動しました。
そこで一応あみちゃんに電話を入れると
「今家を出るとことです。30分かからないと思います」

こんなやりとりが数回続いて、最終的には彼女を待つのが疲れた僕らはお開きにしてそれぞれの帰路に着いたのですが、地下鉄の駅に向かう途中サミュエルが
「彼女はラテン人なの?」
と尋ねてきました。
まあ、若いコは全世界そんなもんでしょ、しょうがねえべよ。とたしなめたけど何だか申し訳ない。ごめんよ。

そしてサミュエルと別れて自宅の最寄り駅に着き、バスに乗った瞬間、携帯が震えました。
あみちゃんからのショートメールです。

Ima tsukimashita. denwa kudasai

着信時間をみると僕らが地下に入った2分後です。チッ。

ここでまともな神経をした中年なら電話を一本入れて、今日は遠慮しますとのことを丁寧に伝えるんでしょうが、もてない男の悲しい性(さが)なんでしょう、僕はバスを降り「あと20分で着く」と電話を入れて多少の恋心を抱きながら地下鉄を引き返します。

チャイナタウンに着くと、正確な場所がわからない僕を律儀な韓国人が迎えに来てくれました。
彼は名前をミョンと言い、ラーメンズの片桐仁を更にもうひと塗りした感じのナイスな顔面力を持っていて、一目惚れした僕は、うちのブサイクコンビといいスリートップが組めるぞ、などとくだらないことを考えてしまいました。

レストラン、というかスナックみたいなところに着くと、彼と韓国人女性のマリーとあみちゃんとの4人で会話を楽しみました。

お題は「いかにしてあみちゃんが今惚れているラウールを口説き落とすか」。

軽く失恋です。

ちなみにミョンも今、恋をしているところ。
相手は、同じ学校だけど初級クラスの彼らとは違ってIELTS、って言うんだっけ、何か頭のいい人が受けるテストのための勉強のクラスに所属している日本人です。

ちなみにそのコは日本に彼氏がいるらしく毎晩長電話をしているくらいラブラブだそうで、ミョンのつけ入る隙は全く無さそうなのですがそれを全て知っているミョンはニヤけながら
「それでも告白したいんだよなあー」
だって。

ミョン、28歳。

それを受けて女子たちは
「そうだよ。アタックしなよ。チャンスあるかもよ」
と面白半分どころか面白十割の無責任な後押しをしてましたが、その後あみちゃんが日本語で僕に
「ま、無理だろうけどさ」
とバッサリ。

その後もイギリス人の恋人がいるマリーはみんな放っておいて、あみちゃんの前彼の話やミョンの日本人フェチの話でキャピキャピ(死滅語)盛り上がっていたけど、何だこの高校生ノリ。

俺らのガキの頃はナンパ目当てで車を流していて、見つけた人影が男か女か見わけづらい時
「あれ、マ〇コ?」
「いや、チンコ」
「じゃ、ダメか」
とか言ってるくらい、もっとドライでハードで手づかみ感たっぷりだったよな。って何でいばり口調?
そんなこと誇るんじゃない。

でもとりあえずあみちゃん、大人の男を口説くなら自分の恋愛が二度三度、演歌になってからにしたほうがいいよ。
「本当に前の彼の時は色々あって(感情が行き過ぎて)死ぬかと思った」だなんて「死」を自分から言っちゃうのは、おそらく人間がしでかす最もわがままな行為の一つであり、演歌どころか歌にすらなりゃしない。
それは単に「悲しかった話」だよと年寄りの傲慢をここでも思ってみますが、ただし彼女に対して上から目線にはなれません。

彼女が20代であろうが10代であろうが「その時その瞬間の『絶対』は、人生全体の中での『絶対』ではない」なんてことをしたり顔で言い切りたくないからです。
僕は年寄りですがそこまでの自惚れは持てません。

なので一応の誠意を持ってアドバイスをしてあげたけど、自分の経験談からしかモノを言えない僕のアドバイスは、その元となる経験がどうにもダメ男全開の斜め感があるので、僕のアドバイスは無視してくれた方がいいかな。

あとミョンのアニメソング的なコイバナ。
あれは上から目線どころか大いに共感できる。
もてない男の童貞的思考回路。発想。情熱。

抱きしめて慰めてあげるからこっぱみじんに砕けてこい。
万が一、いや兆が一、奇跡が起きてもお前に関しては殴らないであげる。

2010年2月12日金曜日

話題はテレフォンセックスについてだったらしい


他のクラスの講師が開催したカラオケパーティーのせいで一時間ほど早く授業を終わらせてみんなで参加したはいいが、てんでダメな司会進行のせいで中身はダルダル。貴重な授業時間を返せ。
気分直しというか予定調和というか、途中で抜け出してクラスメイト達とパブに行きました。

いつも「仕事があるから」とパブに来るどころか授業すらもほぼ毎回早退するタイ人のパティも今日は初参加です。
新人ブラジレイラのジュリアーナは来週から顔を出すとのこと。

いつものようにディアナパオラとジャミリとサミュエルが下ネタで盛り上がっている間、僕は財前直見を地方の場末のスナックのママに仕立て上げたような見てくれのパティと話をしていたのですが、それを見てチリ人妻のマルタが茶化してきました。
ちなみにマルタは僕が女のコと二人で話していると必ずからかってくるのですが、先週日本人のあみちゃんと話をしていた時も同様に茶々を入れてきました。

ちなみにその時にあみちゃんが「日本人と知り合えて嬉しい!またいっぱい日本語でお話しましょうね」とか嬉しいことを言うもんだから、帰り際に携帯の番号を交換しようと思ったら、僕が自分の携帯の番号の表示の仕方がわからずしどろもどろ。
「私ほぼ毎日授業が終わった後も学校のカフェで勉強してますんでまた明日教えてください!絶対ですよ」
と嬉しい別れをしたんだけど、翌日以降カフェにはビタ一現れてません。

あれ、新手の詐欺?
でも被害は今のところない。

なんて思っていたら目の前にあみちゃんが現れました。
どうやらクラスメイトと飲みに来ているみたい。

カフェにいなかったことなんか何のその
「今度こそ携帯の番号教えてくださいね」
と悪びれずに来たものだからチリ人妻が旦那に連れられて帰った後に教えてあげました。

この後ロスィオも旦那に連れられて居なくなり、下ネタトリオとパティとの5人でチャイナタウンへ向かいました。

韓国料理店で少しくつろいだ後、サミュエルが店内で写真を取り始め、ツーショットの僕とパティをカメラ越しに見ながら「いいカップルみたいだ」と言いました。
マルタが居ないから油断してた。

とりあえずサミュエルの冷やかしを「サンキューサンキュー」と流していたら、パティが
「まずはアタシに断ってからサンキューって言えよ」
だって。
フゥー。ナイス上から目線。

昨日彼氏と別れたばかりだというのに既に強気です。

写真は上がいじめられキャラのサミュエルといじめキャラのヱビス。
下が左から財前、コラテラルダメージのテロリスト、ヱビス。

受け入れないシリーズ


「甲子園に出場している選手ってさ、いつまでたっても年上に見えない?」
見えない。

これも一旦乗ってあげることすらなく「無し」のあるあるネタです。

野球繋がりで言えば、昨春サムライJAPANがWBCで二連覇を成し遂げた時、乗るどころか大いにはしゃいだものです。
イチローのセンター前ヒットの時なんかは一緒に観ていたジイちゃんとハイタッチまでかましました。

しかし興奮が収まった後、ひねくれ者の思考が頭を埋めます。
「あの起用法で良かったのだろうか」

プロなので勝ち負けにこだわります、とか、結果が全てです、とかいう言葉がすっかりプロフェッショナルな勝負師の言葉のように扱われて久しい昨今ですが、僕はこれらの言葉に疑問を持っています。

プロスポーツという仕事に限らず全ての仕事において結果が求められるのは言うまでもありませんが、果たしてプロスポーツ選手の結果というものは何なんでしょう。

サッカーのフォワードならたくさん点を取って勝利に貢献すること、ディフェンダーなら出来るだけ失点を抑えて勝利に貢献すること。
のように思われがちですが、細かいことを言うと、彼らの給料はスポンサー会社から出ているのでそのスポンサーの商品の販促に貢献することが、プロスポーツ選手が求められる「結果」であるはずです。
そこには試合での勝ち負け以外のものも求められます。
また観客動員によるチケットの売り上げやグッズの売り上げも彼らの給料に関わってくるので、そこにも試合での勝利以外の何かが求められているはずです。
観る側も勝ち負けだけにこだわっているのであれば、わざわざスタジアムまで足を運ぶことなどせず、翌日の新聞で結果だけをチェックするはずなので。

それを踏まえた上で本来の商売(ペナントレースなどのシーズン中の試合)とは異なる国同士の対抗戦、WBCでの戦い方には一体何が求められていたんだろう、ということを考えました。

不調の一選手を「精神的支柱」という理由で起用し続けて、最終的にその選手が勝利に大きく貢献する。
あまりに漫画的すぎて、試合の結果に喜びはあっても監督の哲学には感動はありませんでした。
断っておきますがそれを完全に否定しているわけではないし、また原監督は好きな指導者の一人でもあります。

現場の最高責任者である監督という立場はいろいろなものが求められるのは当然であり、その一つに人としての教育というものがありますが、あの大会を通して本当に原監督は「これが今一番日本人に求められている戦い方だ」と伝えたかったのでしょうか。

他にも色々な監督の哲学やそれを伝えるメディアの姿勢に疑問に思うことがありますが、サッカーの前日本代表監督、日本人の根底からテコ入れをしたがっているように聞こえるオシムの教育論は本当にメディアが称賛しているものだったのだろうか、なんてことを考えます。

トルシエ監督時代の日本代表は組織化されすぎていると批判を受けることもありましたが、好き嫌いのレベルで一代表の監督のオーガナイズを批評していなかったか、とも考えます。

ジーコ監督に関しては・・・あ、あれはどうでもいいや。

とにかくバランスの問題は大いに大事にしたいところですが、昔日本には
「結果よりも内容が大事」
という言葉もありました。  

あえて単純に二元論で物を言えば、原監督やトルシエは日本人の根底にあるものを土台にした。
ジーコ(も一応入れといてやるか)は何もわからずに自国の国民性とその実績だけを頼りに指導者になったつもりでいた。
オシムに関してはちょっと難しいのですが、やはりあえての二元論に当てはめれば、気持ちの上では日本人の国民性とサッカーという競技の性格性とのギャップに悩んでいたのでしょうが、実際の競技上における監督業はトルシエと似たタイプだったというのが僕の感想です。

サムライJAPANの二連覇はこうして僕に大きなテーマを与えてくれたわけですが、このことを去年、同じ指導者であり教育者である『ヤンキー』に語ったら
「野球のこと全く興味無いんでわかんないっす。大体世界中にどれだけの競技人口がいるんだ、って話ですよ。世界一とか言われても全然凄いと思えない」
と来たものです。

これはちょっと受け入れられる。

もうすぐ競技人口がメチャクチャ少ないであろうスポーツの祭典、冬季五輪が始まります。もう始まってるのかな。
競技者には罪がないので、勝ち負け以外の何かを持っていそうないい顔した選手を応援したいと思います。

2010年2月10日水曜日

残念ながら努力はする


ipodでドラゴン・アッシュを聴きながら登校するという、普通にちょっとお洒落な若者のような、恐ろしく似合わないことをしたものだから罰が当って雪が降り出しました。
ちなみに聞いてた曲は10年くらい前に流行ったあの歌です。
「東京生まれ 何とか育ち」とかなんとか友達や家族への気持ちを歌いながら自己紹介している、韻を踏み過ぎな、あの。
ちなみに僕は「横浜生まれ 田舎育ち 一昨年くらいまでしょっちゅう朝だち」してました。

意味不明。

学校に着くと授業での前フリで
「積極的に自分の家族や友達と連絡を取り合っているか」
みたいなお題を話し合いました。

さすがアジア人同士なのか、中国人のジャナンと同じ意見で
「そんなもん、一年に一回しか会えなくても友達の重要性は変わらないし、ましてや親兄弟に電話するのなんて、ほとんどノルマ化されてお互い結構辟易しているであろう、誕生日コールくらいのもんだ」
というのが僕の回答でしたが、トルコ人のフセインは「ただお喋りするだけのために母親に電話をすることもある」とのこと。

気持ち悪っ。おまえの名前はハッタリか。
と毒づきたくもなりますが、これはただの国民性の違いだろうし、こっちの方が人間的には魅力があるんだろうな。

下校時には、降った雪を猛省して長渕剛を聴きながら帰りました。
イヤフォンからは20年以上も前にカセットテープで初めて聴いたマニアックな歌が流れています。

この歌で「シケモク」とか「アタリメ」とかいう言葉を覚えたのですが、また他にも

「生きてることが不思議なくらいに 女も友達もみんなトンズラ
 どっぷりドン底 おいらすっからぴん 這いつくばったら足の裏が見えた」

という歌詞があり、小6には全体的に難しいこの歌の歌詞を全部母親に訳してもらって、当時僕は人生に対する寂しさや厳しさみたいなものをうっすらと感じたのを覚えています。

ただし今となっては逆にその寂しさや厳しさを一切実感できないほど苦労知らずに育ってきたものだから、ここはひとつ自惚れて「苦労は二流にまかせている」と常日頃から開き直っています。

いい歌は何年経っても錆びれないもんだなあ、と夜道で一人沁み入っていると、雪の粒が大きくなってきてきれいだったのでとりあえず一枚パチリ。
寒いのが大嫌いで、当然雪も嫌いなくせに、雪が降るたびに写真を撮ってしまうのは一体なぜだろう。

月や満天の星空やその他の美しい大自然なんかと一緒で、そこにあるだけで人の心を厚く包んでしまうような、あるいは強く鷲掴みするような、そんな格好よさが雪にもあります。
一方で、人間が人間に感じる格好よさは、ルックスやスタイルなどのいわゆる「形」の格好よさや肩書きの格好よさ、哲学の格好よさといったものがほとんでです。
 
恵まれているので、僕の周りには月や星空のような、存在の格好いい人間が数人いますが、僕もまだまだ寿命は続きそうなので、どうせなら彼らのような類いの格好いい人間になりたいものです。

あでも、眺めていたり写真を撮る分にはいいんだけど実際にその場面にいると寒くて辛い思いしかない「雪」の存在ってどうなんだろう。
例えるなら「話題としては楽しいんだけど実際には関わりたくないヤクザ者」といったところか。

よし、雪却下。
ここは一つ南国の暖かい海のような存在を目指そう。
オシッコしてもばれないぞ。

意味不明。

2010年2月9日火曜日

Wild Horsesの思い出


またipodからストーンズのWild Horsesが流れてきました。
前にも書きましたがこの曲には思い出があります。

1996年の元旦、当時ブラジルにサッカー留学をしていた僕は、クリスマスシーズンから3週間ほどチームの寮が閉まるということで、その期間だけチームから100キロほど離れた街で下宿をしていました。
ブルーノやジゼーリと出会ったのがこの下宿先なのですが、彼ら以外にも期間の長短を問わず様々な人がそこには住んでいました。

毎日真面目にこなしている自主練習も元旦くらいは休もうということで、昼食後、家の塀に腰掛けて一人気ままに口笛を吹いていました。
大好きなジゼーリは田舎に帰っちゃってるし、ブルーノやケイト(日系人の女のコ)は元旦だからなのか部屋にこもっているし、つまらないなあなどと口笛も次第にハ長調からニ短調へと移りゆきます。

新年早々、口笛で悲しい調べを奏でている東洋人を見て哀れに思ったのか、隣の部屋に住む「アミウトン」という名の紳士が僕をドライブに誘ってくれました。
アミウトンは60代くらいに見える白人の魅力的な男性です。

「うん。行く行く」
と子犬が尻尾を振るように助手席に乗り込み、サンダル、短パン、タンクトップのままブラジル人との荒々しいドライブがスタートしました。
どうやら、新年の挨拶に友人の家を一軒ずつ訪れるみたいです。

ところで、ブラジルの道路建設事情を少し説明をすると、ここ数年で日本にもだいぶ増えましたが、規則を守らないドライバーに意地でも交差点で一旦停止をさせるために、そのポイントだけアスファルトが盛り上がっていたり、逆に極端に凹んでいたり、あるいは車一台がギリギリ通れるくらいの幅でポールが立っていたりします。
急ブレーキと急発進を乱用するブラジレイロが運転をするとスピードの上げ下げが目まぐるしく行われるように出来ているわけですが、運転している方は別にかまわないとして、助手席の僕はスタート5分もしないうちに酔い始めました。

窓を全開にして真夏のぬるい風を顔面に受けながら口数の減った僕を気遣ったわけではないでしょうが、しばらくしてアミウトンがかけたカーステレオからはベタな音楽が流れてきました。

そのラインナップにはU2の「With or Without You」や「Desire」などがあり、当時まだはっきりと曲名を認識してなかった僕は、気になったそれらの曲名を一つひとつアミウトンに尋ねたのを覚えています。

そんな中最初の訪問宅に着くと、路駐した車に僕を残してアミウトンは家の呼び鈴を鳴らしました。
そして家の中からはアミウトンと同じくらいの年齢の素敵な女性が出てきました。
昼過ぎだというのにその女性はまだ寝巻のようなものを身にまとっていて、アミウトンは一、二分ほど女性と会話を交わすとすぐに戻ってきてドライブを再開しました。

あら、お喋り好きのブラジル人なのに意外と短いのね、と思っていると二件目以降に訪問した友人たちとの会話はお喋り好きの印象通り長話でした。

長い長いドライブの途中にカーステレオの曲はU2からボンジョヴィに変わり、ボンジョヴィからストーンズに変わり、日が傾き始めた新年の挨拶訪問も残すのは最後の一軒となりました。

その家に着く直前にかかっていたのがWild Horsesでした。

アンプラグドな美しいサウンドとメロディーに心を惹かれ
「これ誰の何て歌?」
と尋ねるとストーンズだということはわかってるけど曲名はわからないとのこと。

サビの部分からタイトルを「Wild Horses」と推測だけしました。

そうして着いた最後の一件は、最初に寄った素敵な女性の家でした。
再び家の前に車を停めたアミウトンは呼び鈴を鳴らし、玄関からは着替えも化粧も済ませた先ほどの女性が出てきました。
長く確かな抱擁を二人で交わした後、一番のお気に入りの相手だったのか、他のどの訪問相手よりも話は長く続き、僕は助手席から飽きもせずに二人が作り出す暖かな空気を眺めながら、ランダムにいろんなことを考えていました。

最初に寄った時は「後で寄るから着替えておいてね」だったのかな。
それとも「今こんな格好だからまた後で寄ってね」だったのかな。

アミウトンは電話の無い暮らしをどれくらい続けているんだろう。
アミウトンは何故下宿暮らしをしているんだろう。

何故女性の家から旦那さんも含めて他に誰も出てこないんだろう。
もともと一人暮らしの人なのだろうか。

そして一体この二人の関係は何なんだろう。

二人を眺めながら僕は出会いとか別れとか生き死にとか、人生の寂しさとか幸せだとかを、たかだか十代の薄っぺらな人生経験を重ねながら、いい意味で切なく、いい意味で甘ったるく考えていました。
車内に吹き込んでくる風も優しく、甘く、ゆるさ、ぬるさがちょうど心地いい。

頭の中ではもちろん今聴いたばかりのWild Horsesが流れていました。

こんなふうに南半球の正月に、夕暮れが近い時間帯に、左ハンドルの助手席から一組の甘く切ないカップルを眺めて、何だか雰囲気は最高でした。
ちなみに車酔いのせいで気分は最悪でした。

翌日、品ぞろえの悪いCDショップに行きストーンズの棚を探していると、読みはバッチリ当たり「Wild Horses」という名前の曲が入っているCDを見つけました。
ただし、あまりに気に入った歌だったので、日本語訳の歌詞を読んでみたいと思い、ここは一つ日本でこのCDを買うまで焦がれる想いをグッと我慢です。

そんなこんなで半年後、日本に帰ってから別件で『ビーバップ』と渋谷に寄った時に
「タワーレコードっていうすげえCDショップが出来たんだぜ」
と彼がやたらと煽るものだから、連れられたタワーレコード渋谷店で見事にはしゃぎました。

ワンフロアごとにジャンル分けされていて、マイナーな国のアーティストコーナー的なところでは、大して好きでもないブラジル人バンドのCDなんかも手に取ってしまいます。
そして大本命のストーンズのWild Horsesの入ったアルバム、『Stripped』も探し出し、おまけ的なブラジル人バンドと一緒に購入をしました。
ヤッター。

長いこと望んでいた夢が叶ったような、長いこと想い続けた人と再会できたような、そんな気持ちで家に帰り、安物のCDラジカセで再生しました。
「~ワーォホーセーズ  クールンドゥラーミーオーウェーイ・・・」

そうそうこの歌この歌。合ってた良かった。
と思いながら歌詞カードを読もうと思ったときに日本語訳どころか英語歌詞も入っていないことに気づきました。
そうだね。輸入版を買ってしまったんだね。

まあまあいい話の結びに二十歳の若造には手痛いオチが待ち受けていたわけですが、昨年夏、元部下の勤めるライブバーに『ヤンキー』と訪れた時にこの話をしたら、そこの従業員の一人がとても親切な方で、この歌の何となくの意味を教えてくれました。

ただしそれは野暮ってもの。
その気になればインターネットで簡単に調べられるんだろうけど、英語が上達するまでここはもうちょっと泳がせておこう。
なんて、徒然草みたいな年寄りの楽しみ方を覚えてしまった感じがちょっとアレだけど別にいいよな。

好みや執着は変化したり劣化していくものだけど、思い出というものはいつまでも力強いまんまです。
いや、むしろ美化されているのでしょうか。

2010年2月8日月曜日

そのまま育て。


明けましておめでとう。
誕生日おめでとう。
入学おめでとう。
出産おめでとう。

固定された時間での新年の祝いの挨拶から、それぞれがそれぞれの時期で贈る祝福の言葉まで日本人には「おめでとう」が浸透しています。
これが「ハッピーニューイヤー」や「ハッピーハロウィーン」のように「おめでとう」を「ハッピー」に変えると、なかなか日本人には馴染みにくいものがあります。(ハロウィーンはそのもの自体が馴染んでないけど)

そこ行くと「メリークリスマス」はそれに代わる日本語を聞いたことすらなく、上手いことやったものでしっかりと市民権を得ている感じです。

「ハッピーバレンタイン」に関してはもちろん前者同様でその言葉を実際に発している日本人をほぼ見たことがないのですが、それに代わる儀式として女性が好きな男性にチョコレートを贈るという習慣が日本にはあります。
恋愛対象では無くても義理チョコなる便利なものまであります。

いちいち義理チョコを買い揃えなくてはいけない女性にとっても、翌月にそのお返しをしなくてはいけない男性にとってもこれは不便なことのように捉えられがちですが、もともと宗教の無い国民がクリスチャンの文化を真似したにも関わらず、それを祝える言葉をきちんと持たなかったのだから、その代わりとしてはお手軽だしやはり便利なものだと思います。
結局はメディアの勝利ということですか。

ところが、例えばもてない中学生のような本命どころか義理チョコすらの意識も無い、そういう関係における男女というのももちろん存在します。
僕も学生時代は義理チョコすらもらえないことの方が多かった人間の一人なのですが、そういう人間にとってそういう日に「おめでとう」に代わる挨拶が見つかっていないということはなかなかの不都合感があり、一日をとても居心地悪そうに過ごしていました。

僕はその空気感が嫌いでしたが、その空気感を嫌っているダサくてもてない男たちが結構好きです。
私には無関係だから、と悲しくもモジモジしている女たちも好きです。

2010年2月7日日曜日

常磐青春残酷物語


インターネットを見ているとそろそろバレンタインデーであることに気づかされます。

バレンタインに関してはいい思い出があるはずもなく、よく思い出すのはペルーでビートルズに拷問を受けた時と、もう一つ、高校2年の時の思い出です。

当時「かつら」と「おじ」という呼び名の幼馴染(二人とも優等生気質)と一緒に電車通学をしていたのですが、同じ電車に見てくれの残念さ加減で名高い女子高の生徒たちも一緒に乗っていました。
その残念集団の中でも平均よりもちょっと上(この場合の「ちょっと上」は平均よりも「さらにちょっと残念」の意味)の女のコ二人組に僕らは軽いストーカーまがいのことをされていて、今なら選り好みすること無くそれを喜んで受け止めてあげられますが、「ストーカー」という言葉がまだ無かったこの当時の僕は思春期バリバリで、ひたすら不機嫌な顔を表現してあげていました。

そしてバレンタインデーが近づいたある日、そのコたちが下校中の「おじ」が一人でいるところを狙って接触を試みます。
どうやら彼女たちの一人が「かつら」を狙っていて、もう一人のボス格の方の残念スキルがやや上の方が僕を狙っているみたい。
そしてたぶん中学時代の僕の同級生で彼女と同じ高校に通っている誰かから全て調べ上げていたんでしょう、僕の名前をすでに知っていて、
「ねえ、キッチーくんって彼女いるの?」
と尋ねてきたそうです。
いなかったので「おじ」は素直に「いないよ」と答えたみたいですが、それを翌日の通学中に「おじ」から聞かされて、当時から少しジャイアンだった僕は激怒しました。

「何でそこで『いる』って答えないんだよ!あのブスにとどめを刺すチャンスじゃねえかよ!お前、実は相当の馬鹿か。いいか、『かつら』もよく聞いとけよ。今後、あのブス達がこっちに接触を試みたらおまえらが出来る最大限の努力をして近づかないように、て言うかもう、俺のことが嫌いになるように仕向けろよ」

今、字面に起こして読み返してみても自分がかなりひどい人間だったことがわかりますが、実際にはもっとひどいことを威張り散らしていたと記憶しています。

そしてバレンタインデー当日は確か日曜日で、僕は風邪をひいて部屋で寝込んでいたのですが、体調も大分回復した夕方にリビングに降りてみると母親が
「さっき『かつら』くんから電話があったわよ。風邪ひいて寝ているって答えといたけど」
と僕に言いました。

なんだろうと思いながらまたもや眠りにつき、翌日すっかり回復した僕は登校中の「かつら」に前日の話を聞かされることになります。

前日、2月14日、昼ごろに「かつら」んちのドアベルを鳴らす音がしました。
すっかり覚悟を決め込んでいて、それでいて優しい「かつら」は予想通り玄関先に立っていた二人の残念にきちんと対応してあげました。
一先ずは自分の担当(ノルマ)の方のチョコレートを受け取ると、ボス格の方から
「今からキッチーくんちに行くんだけど、キッチーくんって今家にいるかなあ」
との恐ろしくも当然の成り行きである質問が。

先日さんざん僕に説教されていたので、真面目で優しい「かつら」は「じゃあ電話かけて確かめてきてあげるよ」と一旦部屋の奥に引っ込みます。
ですが実際は電話をかけたわけではなく頃合いを見計らって再び玄関先に戻り
「今、キッチー出かけてるって。だから俺が預かっておいてあげるよ」
と嘘をつきました。

ただし奥に引っ込んでいた時間が短すぎたのかその嘘はすぐにばれて
「いなくてもいい!今からキッチーくんちに行く!」
と彼女を怒らせてしまったみたいです。
慌てた「かつら」は「ごめんごめん。今度はホントにかけるから頼むからちょっと待ってて!」とお願いをし、そして電話の向こうの僕の母から寝込んでいることを聞かされたというわけです。

それを一通り彼女たちに説明をして
「頼むから俺に預からせてくれ。じゃないと俺がひどい目に遭う」
という身も蓋も無いことを言って懇願したみたいです。

本来ならこの話を聞いて、素直に感謝するところなのでしょうが
「で、今かばんの中にそのチョコレートが入ってるんだけどさあ・・・」
と「かつら」が続けたものだから
「っざけんな!何でそんなもの受け取ったんだよ。そんなものふんだくって用水路に捨てればよかっただろ!(「かつら」んちの前は用水路が流れている)」
と更に餓鬼のような恐ろしい追い打ちをたたみかけて優しい優しい大人な「かつら」を困らせました。

「わかったよ。じゃあ捨てとくよ」
「いや、やっぱり駄目だ。捨てるのは失礼だ。せっかく作ってくれたんだからお前が責任もって食え」
「何わけのわかんないこと言ってるんだよ。それならキッチーが食えよ」
「っざけんな!」
「じゃあ捨てるよ。それでいいだろ」
「いや、食べ物を捨てるのはやっぱりよくないし、この場合どう考えてもお前が責任もって食うのが筋ってもんだ」
と、どう考えても気が狂ってるとしか思えないことを毒づいて「かつら」をことさら困らせましたが、この発言の理由にはどSの快楽のためというものは9割くらいしかなく、残りの1割は実際にこういった矛盾を自分の中に抱えていて、当時の僕はなかなかの困ったチャンだったからということです。
鶏を食べることは出来ても殺すことが出来ない、っていう感覚と似たようなものかな。違うか。

こんなやり取りをぼんやりと聞いていた「おじ」が一言
「おまえらはまだいい方だよ」と。

え、あんなブスにチョコを貰うことが羨ましいの?と尋ねると
「いや、俺、中学時代に大熊(仮名)にチョコレートもらったことがあってさあ」
と昔話を披露してくれました。

どの学校にも〇〇四天王みたいなものがいると思うのですが、大熊というこのコは我が中学が誇る、三人しかいないのに何故かそう呼ばれているブス四天王の番格で、当然のことながら「大熊菌」なるものも小学校時代には発生してました。
(注釈・僕が育った地域は一つの小学校から一つの中学校に上がって、転入生でも来ない限り9年間ほぼメンツが変わらないというちょっと変わった所)

そのコに中3の時に家まで来られてチョコレートをもらったみたいです。
タイプとしては「おじ」も「かつら」と同じく優しくて大人な子だったのでその場ではきちんと受け取ったのですが、どうしても四天王の、しかも番格の手造りチョコを食べることが出来なかった彼は、それを庭先から隣の家の犬にあげてしまいます。

隣の夫婦は子宝に恵まれなかったらしく、その犬を大層かわいがっていたみたいなのですが(じゃあ室内で飼えよとも思ったが)、「おじ」があげたチョコレートを食べた翌日、死んでしまいました。

「でも元々弱ってたんだよその犬!たまたまそのタイミングだっただけだよきっと!」
と話の終わりに「おじ」が頑張って弁解をしてたけど、こんな面白い話にそんな言い訳を僕が許すはずがありません。

とりあえず
「俺よりもお前の方が悪人だな」
ということで話を片付けて、僕は「かつら」に「いろいろとありがとうな」とお礼を言いました。

僕がちょっとだけ大人になった日の出来事です。

2010年2月6日土曜日

だって慣れていないんだもの


「ノートパソコンを買ったからSkypeでいっぱい電話が出来るね!」と九州のカワイコちゃんから朝方電話を受けました。
こっちとしてもまともにパソコン同士で映像込みで電話をするのはほぼ初めてのことだったのでちょっと興奮して、テレフォンセックスを要求すると、怒られるどころか泣かれるという手痛いリアクションを受けたところから爽やかな週末の始まりです。

なだめている最中に部屋にパオラが入ってきて、何故だかかなり慌てました。

何事かと思ってパオラに聞いてみると、今から中国人の荷物を整理して一階に運ぶとのこと。
どうやら彼は無事叔母一家に警察から身柄を引き取られ、しかしフラットは出ていくということで、今日から新たなルームメイトが住むことになるみたいです。
(中国人の荷物は叔母一家の誰かが後で引き取りに来るとのこと。結局逮捕の理由はわからず終い。まあテロじゃねえな。)

当然のように僕もそれを手伝わされながら、朝帰りのただれた老体に粘っこい痺れを感じていました。

昨夜は、色々と疲れた一週間の終わりに最近仲良しなクラスメイトたちとまたもやパブを訪れたわけですが、酔いも回らぬ一杯目のうちに何故だかみんながそれぞれのカメラで写真を撮り始めました。
最初は主に全体の集合写真みたいなものだったのですが、それが終わると
「キッチーとツーショットを撮りたい」
という女のコたちが僕の前に列を作りました。嘘。ホントは3人だけ。

3人とはいえおそらく人生初のモテ期を素直に喜びたいところだったのですが、そのメンツはと言えば、映画『コラテラル・ダメージ』に出てきたシュワルツェネッガーの敵役でテロリストの男に激似のディアナ・パオラと、エビスビールの恵比寿様のような恰幅のジャミーリと、ベニチオ・デル・トロと織田祐二を足してあんまり割らない感じのジャディラだったので、やや尾形くんなコたちのために貴重なモテ期を無駄に、しかも半端に使っちまったな、などと舌打ちをする思いです。

とか何とか言っておきながら満更でもないのは言うまでも無く、サムエルとラウールを横目に優越感に浸りながら(ちっちゃ)、デルトロなのに祐二なのに実は結構好きなジャディラと組んだ腕におっぱいを押し付けられているときに「何故コロンビア人にペチャパイはいないのだろう」なんてことを考えてしまいました。
そしてもう一つ。
「胸の小さいコが好きな男は結構いるはずなのに、何故巨乳ばかりがメディアの注目を浴びるんだろう」

なんてことはない、僕も貧乳好きの一人なのですが、自分の胸の小ささにコンプレックスを持つ女のコにいくら「巨乳好きと貧乳好きの男の数なんて同じくらいなもんだよ」と説いたところで、メディアのせいで信じてもらうことがなかなか難しい世の中です。(メディア上でも最近はちょっとずつ貧乳の価値が上がってきているらしいが)

このメディアと巨乳の因果関係に対しての結論に導き出された答えはあまりにも不謹慎で、例えとしては最低なのですが、おそらく巨乳のせいで肩こりになったり運動のメカニズムに障害をきたしたりなどの実際的な不都合や、着物を着るのに巨乳は不向きだと言われているように、ひょっとしたら昔は精神的にも迫害されていた歴史があって、それを贖罪すべく近年になって巨乳がピックアップされいるという、言うなれば「日本の〇職人を守るために外国製の〇に高い〇〇をかけ続ける贖罪」と似たようなものかなというものでした。
うーん。どんなに躊躇ったところで結局は思ったことをそのまま書くのは表現者としては幼いか。

とまあこんなふうに不謹慎ながらもくだらないことを、あるいは実際にそうかもしれないことを考えながら、眠たい目をこすっていると、久しぶりの友人と再会をしました。
僕が通い始めた一週間くらい後に学校に通うようになりわずか一ヶ月で母国に帰ったスペイン人コンビ、マルタとミディアでした。
聞くとどうやら今度は半年ほどの滞在になり、しかし学校は違うところを選んだらしい。

中級クラスの彼女たちが僕の学校に通っていたころは、僕はまだ初級クラスだったものですからクラスメイトになったことは無いんだけど、一度だけ飲みに行ったことがあります。
その時に人懐っこい笑顔を見せるこのコたちをすっかり好きになり、後の別れを惜しんだものです。

どちらかと言えばタイプはマルタの方なんですが、80年代のボンジョビみたいなクリンクリンの金髪のミディアも捨てがたく、特に笑った顔は一気に幼くなり、僕の甥っ子にクリソツになるのがちょとアレだけど大好きです。

その二人との再会を喜べたのは古株の僕とロスィオとラウールしかいなかったわけですが、僕らとの再会の挨拶を終えた二人は煙草を吸いに外に出ようとしました。
が、すぐにこちらを振り向いて
「ドゥーユースモーク?」
とミディアが僕に尋ねてきました。

吸わないので
「ノー」
と答えるとラウールもロスィオも他のみんなも僕を一斉に見つめています。

彼女たちがドアの外に出たのを見届けてからラウールが
「何で『ノー』なんて言ったんだよ」
と。
いや、だって俺吸わないし、とそのまま答えると
「あれは煙草を吸いに誘っているんじゃなくて、お前そのものを誘っているの。一回くらい吸ったって大丈夫だろうし『吸わないけど一緒に外に行こうか』とか答えるのが礼儀ってもんだよ」
とのこと。
ロスィオもみんなも当たり前のようにそれを知ってました。

もう二度と来ないかもしれないモテ期をこうして無駄に遣い、とりあえずラウールには
「くだらない文法とか教えてねえで授業でそういうこと教えろよ!」
と逆ギレしてやったけど、覆水盆に返らず。

この後、聞かれたことを答えなくてはいけないというやたらと雑なゲームで下ネタの質問が乱発されていたけど、ロスィオの好きな体位や旦那との一番よかったセックス話やら、ジャディラの経験人数を聞かされてゲンナリして、なのに周りは大盛り上がりだったので、僕の番のときに彼らに調子を合わせて、ガキの頃の観覧車でのニャンニャン話(死語)をしてやったらそこだけドン引きされました。
えぇぇー。どこがラインなの?ラウール、それも教えて。

最終的には散々振り回された挙句、何故かディアナ・パオラとジャミーリの部屋に泊まることに。
驚いたことにカタリーナとピーフィーの新居と同じアパートで一個上の階でした。

今日は午後から昨日とほぼ同じメンツでプールに行く予定です。
これだけ疲れているときは、誘いを断れないこの性格が憎いです。

2010年2月4日木曜日

受け入れないシリーズ


よく「小学校の給食って美味かったよな」と言って懐かしの献立あれこれで話が盛り上がるけど、これに関しては一旦流されることすらもなく即座に「無い」。

カレーとかハンバーグとかの否定はこちらの家庭の味付けが影響してのことだろうけど、ソフト麺が美味かったという人間のセンスがわからない。何だあのグチャグチャの麺。
基本僕が好きこのんで食べられたのはプリンだとかゼリーだとかのパッキングされた既製品くらいなものでした。

ところであの時代の小学校は給食が主流だったと思うんだけど今の時代はどうなんだろう。
弁当の学校とかもあるのかな。

5年生のころから学校のサッカークラブに入団した僕は、毎週土曜だけは弁当を食べていました。
当時は土曜日も3時間だか4時間だけ授業があり、いわゆる半ドンの後の練習前にみんなで教室で弁当を広げるわけです。

そしてある日何故だか唐突にそれぞれの弁当の話題になり、チームメイトの一人が
「誰の弁当が一番美味そうに見える?」
と言いだしました。
みんなで一斉に右サイドハーフの優等生の子を指さして「ミネー!!(その子の名前)」と言ったわけですが、そこでやめればいいのに「じゃあ誰のが一番不味そう?」と続きます。

ええ、覚悟はしていましたとも。みんなで一斉にこちらを向いて
「キッチー!!」
と来たものです。
 
僕の弁当箱のスタメンには小学生が喜ぶようなウィンナーや唐揚げや卵焼きなどの有名選手が一人もいなく、椎茸だとかタケノコだとかの煮物から小松菜だかホウレン草だかの葉っぱ系ばかりで、ミネの弁当が銀河系スター軍団ならこっちは町内会のゲートボールサークルの更にOBみたいな感じ。
もう種目が違う。
よく「ご飯が茶色い感じ」と煮物系を揶揄する意味で表現されますが、僕の弁当は実際に茶色い。それもそのはず、だって極めつけにライスが白米じゃなくて玄米なんだもの。

今思えば中一までサンタクロースがいると信じ込ませ続けたメルヘンな家庭の弁当だとはとても思えない。
弁当を通して現実の厳しさみたいなものを教え込もうとしていたのかしら。
あ、これがいわゆる食育ってやつですか?要らないこの食育。

その日の夜、サッカーから帰った僕が母親に「頼む。一度でいからカラフルにしてくれ」とソボロや卵や肉類を懇願したのは言うまでもありません。
その甲斐あってか翌週の弁当にはなかなかのスター選手たちが。
ただし左上の片隅に小松菜だけは場違いにも紛れ込んでいました。
こういう無駄に意固地な性格の悪さに、パフォーマンスの下手な野郎め、こういう奴は啖呵きるのも下手だし異性を口説くのも下手なんだろうな、と小学生ながらぼんやりと思ったことを覚えています。嫌な小学生。

ちなみに父親に関しては、子どものころ僕の大好きだったかた焼きそばを作ってもらったことがあるのですが、その具に当時僕の大嫌いだったタマネギを大量にあんかけに絡ませてどっさりかけてくれた、なんてこともありました。
絶対に栄養だとか的な厳しさではなくただの嫌がらせ。
お前らに血筋は感じないでおこう。

とこんな愚痴を、うちが引っ越すたびに一緒に近所に引っ越してくれる母方のバアちゃんによく話して二人で盛り上がるのですが、バアちゃんも含めてうちは平均的な日本の家庭より仲がいい方だと思います。

ただし父、母の育った家庭は地方ならではなのか少し複雑で、特に父親の方なのですが、彼に弟やその娘がいることを僕は一昨年初めて知りました。
こんな面白い話は当然後日バアちゃんと盛り上がるわけですが、父親の家庭の事情なのに、何故だかバアちゃん超詳しい。
父親の実の母親が家を出ていった理由は父親ですら知らないのに、バアちゃんは見事に知ったかぶりを決め込んでいました。
何度も言うけど「母方の」バアちゃんです。

えと、何の話だったっけ。
そうそう、受け入れないシリーズ。
え、これシリーズになるの?
そんなにネタ無いんだけど、まあ頑張って探してみますか。

てゆうか妄想が広がる


倉庫になっていた隣の部屋が先週末から復活して、かわいくないエスパニョーラ(スペイン女)三人が引っ越してきました。
僕と同い年なのにオッパイが超垂れていることが服の上からでもわかる姉貴分のサンドラと、名前は忘れたけどネプチューンの名倉に似ている双子の姉妹というラインナップです。しかも片方はカリアゲ。

そのサンドラが「明日4時に起きなくちゃいけないんだからちょっと静かにしてくれない!?」と深夜1時にも関わらずダイニングで大声を出しているマリアに注意をしてきました。
お、やった。今度はまともな人が入ってきた。

とは言え僕にしては珍しく、その時は注意された側の輪に入ってました。
今しがた終わったばかりの「こと」の説明をみんなにしてあげていて、輪の中心になっていたのです。

話を少し巻き戻します。

学校でもフラットでもその言動で周りの人間の気分を落ち込ませることに抜群に優れている中国人のルームメイトに見切りをつけて、昨日の朝、マリアにクレームを申し出ました。(彼女はうちのフラットを扱っている不動産屋で働いているので。)

フラットのみんながよく言っている彼の奇妙な行動やら共同スペースでのマナー違反はとりあえず置いておいて、特に僕が告げたのは部屋から異臭がすることに関しての改善が全く見られないということです。
説教した時の彼の返事は素直で素晴らしいんだけどな。

特に一昨日の夜がひどく、その夜は窓を開けたまま寝たために外気の寒さから何度も目を覚ました末のクレームでした。

その時のマリアの反応はとても嬉しそうで
「そういうことはもっと早く言ってよ!今まで何度も『アイツに迷惑かけられていない?』って聞いてもキッチー、いつも『大丈夫』しか言わないんだもん。アタシとパオラ(パオラもこの不動産屋で働いている)で何度も社長に『早くアイツを追い出して』って言ってもイマイチ反応が悪いからさあ。キッチー、直接うちのオフィスに来て詳しく説明してあげてくれない?そしたら100パー彼を追い出せるから」
というものでした。
そしてその後20分ほど、彼に対するマリアの愚痴を僕が聞いてあげる羽目になりました。

ああ、みんな、こんなにも困っていたんだね。
ただマリア、クレームをつけたのは俺の方だったんだけどね。

どっちにしろ家賃を払うタイミングだったので、オフィスを訪れた際にスタッフに件(くだり)を説明すると、
「遅くても4週間以内に彼を追い出す。ただし、ここの家賃を納めているのが彼の叔母なので、まず彼女に通告しなくてはいけない」
というものでした。

ところが叔母の電話番号をスタッフが誰も知らないので、先ずはマリアに『レター』を持たせてフラットで中国人に叔母の電話番号を書いてもらい、翌日その番号にスタッフが電話をする、ということでとりあえず一区切りです。

ここまでが昨日の話。

そして今日、夕飯時にみんなでダイニングに集った時、マリアが僕に聞いてきました。
「キッチー、今日中国人見た?」
見たのでそのまま「見た」と答えました。
「ちなみにアイツ、昨日は上の部屋で寝てた?」
こう聞いたのは、実は彼は僕と一緒の時間帯に寝ることが少なく、夜遅くにフラットを出て朝方帰ってくることが多いからです。

あれ、昨日一度夜遅くに帰ってきて、小一時間でまた出ていったことを知らないのかな。「レター」はどうなったのかな。電話は?
「昨夜はまた出かけていたけど、今朝6時過ぎに一度帰ってきて10時頃にまた出てったよ。ほら、洗濯機の中に彼の洗濯物入れっぱだろ」
「いや、実はね、今日事務所に電話がかかってきて、アイツの住所を教えてくれって言われたのよ。でよくよく聞くと警察からの電話でね、アイツが逮捕されたか何だかよくはっきりわからないんだけどね、何か問題が起こったらしいのよ」
あら、マジで?そう言われてみれば学校でも見かけなかった気がするけど・・・うーん、クラスが違うからあんま覚えてないなあ。

「ねえ、アイツ、葉っぱとかクスリとかやってない?」
「いや、さすがにそういうのはやってないだろ」
「それ、確か?」
「うん、確か・・・と思う」
「どっち?確か?」
そんなこと言われてもなあ。

あ、でも部屋の異臭も実は隠していた非合法のモノの匂いだったとか。
そういうのあんまし詳しくないから何の匂いかわからなかっただけで。
警察に捕まったって言うから、てっきりまたバスのタダ乗りがばれて捕まったとかそんなケチな話なんじゃないの?と思ったけどマリアにしつこく問われるとわからなくなってくるなあ。

とりあえず「アイドンノウ」と答えてその場は終えました。

部屋に戻ってから色々考えて、たぶん彼の叔母の電話番号をマリアが聞き出せていて、件のクレームが叔母経由で彼に伝わっていて、普段から叔母を極端に恐れている彼がやけを起こして酒を飲んだ挙句、傷害か器物破損でもしたんじゃないかなという結論に達し、後味の悪さを感じながら眠りに就きました。

そして、先ほど夜中に僕の部屋をノックする音が。
半分寝ぼけながら受け答えをすると、どうやらマリアの声で
「開けてもいい?」

おいおい、夜這いかよ?かわいいヤツめ。とまだ充分に寝ぼけながら「入りな」と促すと、マリアの後ろに控えていたのであろう二人の男と一人の女が僕の部屋に入ってきました。

警官でした。
マジかよ。

面喰らいながらも、ルームメイトが何をしたのかと尋ねると、決まり事でそれは話せないとのこと。
同じく決まりごとのようないくつかの受け答えがリーダー格の警官と僕とで行われると、いわゆる家宅捜索というヤツが始まりました。

こんなチャンスはめったにないと思い、ペットボトルの水を口に含みながら急いで眠気を覚まして興奮しながらも、あんまり彼らをジロジロ見ていると怪しまれるかなと思ったので、あまりガっつかずにベッドの上で横になりながら彼等の仕事を眺めてました。
狙いとしては平日昼間にソファーに寝っ転がって肘をつきながらテレビの通販を眺めている主婦(38歳くらい)。

なんて余裕のフリをしていたら「きみの持ち物も調べさせてもらってもいいか」ときました。
そりゃそうだわな。そうくるわな。

あの中国人がモノを僕の引き出しとか、勝手に開けたトランクとかに隠していたらどうしよう、大丈夫、指紋が証明してくれる、なんて内心ちょっとビビりながらも彼らの指示に従っていましたが、どうやら捜索の傾向を見ていると探しているものはクスリや葉っぱではなく「情報」に関するもののよう。

彼のノートパソコンにUSBメモリ、DVD、CDRなどのOS機器、って言うんだっけ?いわゆるメカ的なやつから書類などを全て押収物袋みたいな物に入れ、同じく僕のものも一つひとつ調べていました。

この風景を写真に収めたいなあ、などというノーテンキな思いが頭をよぎったけど、さすがにこの状況で
「写真撮っていい?」
と聞くのはノーテンキというよりは不躾でみっともない。
て、思ったくせにガサ入れの終わりかけにそれとなく引き出しからカメラを取り出してipodのそばに置いておいたら、やっぱり神様っているんだね、リーダー格が「これ、携帯?」とフってくれました。

「いや、実は安物のカメラ。ねえ、せっかくだから写真撮っていいかな」
「あはは・・・NO」
気の毒な子と思われたのか、なかなかの苦笑いで優しく断られました。
ちょっと気まずくなったので、じゃあ代わりにブログに載せるからという断りをつけて、何故だかその警官に僕を撮ってもらったけど、基本、自分の顔はブログに載せないのでまるで意味が無い。
アガっていたんだね。

感覚としては、空港で働いていたころ、一日入管局長で来訪していた舘ひろしを中央ブースで見た時と同じような気持ち。
あるいはある団体の組長さんとお話をさせてもらった時と同じような気持ち。
アガってたんだね。

そんなことがあったものだから、警官が帰った後もその一連で起こされた野次馬根性のコロンビアン達が僕を開放するわけが無く、新人のエスパニョーラたちを除く全員が集まってダイニングでその話をする羽目になりました。

サンドラに怒られた後も声のトーンを落としてしばらくは雑談が続いたわけですが、マリアが言うには
「アタシ、昨日事務所に電話がかかってきた時はアイツが、死んだのかと思ったけど・・・」
これを受けてセバスチャンは
「死んではないよ。逮捕されたんだよ。今、警察にいるんだよ」

警官が「決まり事で彼が何をしたか話せない」といった後「彼が戻ってきたら彼に聞いてくれ」と続いたから、おそらく死んではいないんだろうけど、捕まって警察署にいるのであれば何故住所を聞くために警察が不動産屋に電話をかけたんだろう。
彼が吐かなかったとか。それが無駄な抵抗だということはよほどの馬鹿でなければわかるか。
単に彼が住所を忘れていたとか。自分の携帯の番号を上二桁しか覚えていない僕が暗記しているくらい簡単な住所なんだよなあ。
夢は広がるばかりです。じゃなかった。謎は深まるばかりです。

その後、何故かみんなの中ではテロリスト説が有力になり
「明日から仲間のテロリストがこの家を見はっていたらどうしよう。だって絶対に何もないなんて言えないじゃん」
というマリアの気味の悪い一言でお開きになりました。

そうだな。俺も念のため極太とチャンピオンのお守りをきちんと付けて・・・あ、違う、あれをしているときはいつでも心おきなく死ねるということだから、あえて片方だけ外すか・・・でも万が一実際に死んだりでもしたら、その時に付けていた方を作った方は自分の運にケチをつけられたみたいで腹が立つだろうから、よし、喧嘩両成敗、喧嘩両成敗?ルームメイトが戻ってくるまで両方とも外しておこう。
と、こういう時だけ律儀な屁理屈をこね、受け入れ上手な日本人のフリ。

とかなんとか今夜の出来事が、昨夜あみちゃんに話た「俺の周りの犯罪者話」はすっかり過去のものだぜ、と振る舞った努力を水の泡にしてくれました。
これが知られたら僕がそういう人たちを呼びこむ体質だと誤解されること間違いなし。というより誤解じゃなくて正解だったらどうしよう。と思いながらも顔がニヤケてるんだから我ながら始末に負えない。

そりゃあ警官も苦笑いするわな。

2010年2月2日火曜日

デラすきっ腹だった


先週金曜日のパブに出席できなかったフランス人のサムエルが、火曜だというのにみんなをパブに誘ってきました。
今のクラスメイトは今年からこの学校に通う様になった人達ばかりなのですが、このところ生活サイクルに慣れてきたのか、みんな割といい感じで仲良しです。

ラウールも誘って大勢でパブに到着すると、たまたまラウールの受け持っている午前の初心者クラスの生徒たちも数名来ていました。

そしてその中には日本人のかわいい女のコが一人。

おかげでロンドンに来て初めて日本人と長い時間を喋ることができました。

「あみちゃん」という名前のそのコは名古屋出身で、どうやら芸能界を少しかじっていたらしく、そこに再戦を挑む前にいくらかの何がしかのスキルを上げようとイギリスに来たようです。
おそらく僕と同じ干支であろう若々しいあみちゃんと話をしていて、今回は指導者とか教育者のポジションに浸る前に
「自分がこの年齢の時、果たしてここまでしっかりしていただろうか」
という、やはり悪い癖に類する回想をしてしまいました。

確か1500キロの道のりを車で一人ドライブをして、家庭の事情で長いこと会えていなかったジイちゃんに十何年かぶりに会いに行ったのがこの歳。
あん時、帰りも運転するのが嫌で都内のビーバップを飛行機で来させて、帰り道を結構な時間、運転させたっけなあ。

ペルーで音信不通になるあのコと同棲を始めたのもこの歳だ。
逃走中の前科のお母さんがぼくの留守中に部屋へ訪れた時にこのコが対応をしてくれて、何故かそのあと関係ないのにこのコに僕が説教されたっけなあ。

仕事で大陸の国のいわゆるな人をアレしすぎて拳が鬱血したのもこの歳です。
これをきっかけに国民健康保険に加入しました。
しばらくは夜道の背中が怖かったものです。

そんなことを思い出していたものですから、芸能界に憧れているとはいえまだ汚れきっていないであろうあみちゃんのキラキラな瞳を直視するときは、なかなかの詫びる思いがありました。

全然そっち方面のことはわからないし、タフになるのも構わないけど、いつまでもキラキラを失くさないでよ、あみちゃん。

あと上手いこと、昔の知人の犯罪者や犯罪者じみた人たちの話を僕から色々引き出すあたりに、いい意味でアバズレ感を感じたよ。
昨日は全然寝れなかったからこっちも酔ってたんだなきっと。

あくまで「昔話」というふうに上手く伝えられたでしょうか。