木曜の練習中に突如胸が痛みだし、それがちっとも和らがないので昨日はファンパオロとのサッカーはお休み。
その代わりというわけでもないのですが、引っ込み思案のインド人及び仕事の都合で行けないブサイクコンビを除くフラットメイト7人で夕方くらいから映画館に向かいました。
道中のバスではネプチューンの名倉に似ている双子の姉妹とずっと話をしていました。
ちなみにカリアゲじゃない方がお姉ちゃんで名前がレティー。カリアゲが妹でロサリオ。
姉貴分だと思っていたサンドラとはそれほど親しい間柄ではなく、早く今の三人部屋から別のところに引っ越したいみたいです。
それをレティーの方がラテン人っぽくない、そして顔のインパクトとは全然違うおしとやかな口調で申し訳なさそうに話してくれました。
「だって私がキッチーと話していると、私の下手くそな英語を聞いてニヤニヤするんだもん」
と乙女のように恥じらうものだから、顔面のあれこれは置いといてちょっと可愛く思えてくるから不思議です。
彼女の恋人が一回りくらい歳の違うバツイチ子持ちの男性というところやその子供を携帯の待ち受けにしているところにもなかなかグッと来るものがありました。
とりあえず二人ともスペイン語圏以外の者と話をしたがっているようだったので、通っている学校の最寄り駅が同じということもあり、週末のパブに誘ってあげました。
映画館に着くと、みんなのお目当てだったらしい「バレンタインデイ」という映画はすでに満席だったので、パースィー何とかの何とか何とか…という魔法使いだか神様だかの映画を観てきました。
もちろん字幕などはあるはずも無く館内での2時間を迷子のような心境でやり過ごしたわけですが、日本との違いについて中々いい発見がありました。
先ず、本編前の映画宣伝がやたらと多い。
それだけで腹6分目くらいまで膨れる。
それから「携帯の電源を切りましょう」的なマナーに関するお願い映像が流れない。
そんなこといちいち言わなくても、紳士の国イギリスはみんなが当たり前のようにマナーを守れるのかな、と思ったらマナー云々より「風土」が違ってました。
地下のシアターだったため電波の関係でさすがに上映中に携帯が鳴るなんてことは無かったけど、物を食べる音は普通に聞こえるし、ストーリーに集中できない子どもたちはちょいちょい通路を行ったり来たりしてるし、話声は聞こえるし。
館内もうっすら明るさを保たれたまま上映しているところからも推測できるように、もともとのスタイルが「家庭で観るDVDの延長のような感覚で気楽に観ましょうよ」といった感じで全体的にノビノビしてました。
そして一番印象に残ったことは、イギリス人(ひょっとしたら日本人以外全員)はストーリーの中に笑いどころを必死に探しているという感想です。
そう言えばうちのコロンビアンもインディアンもすっごく稚拙でベタな笑いでも狂ったように馬鹿笑いすることがあります。
よく「日本の笑いが一番レベルが高い」と日本人が言い、しかし海外では受け入れられていない現実を見て「受け手のレベルが低いから理解できないんだよな」という傲慢なスタイルを取っていますが、これは半分は正解だと思います。
何せ作り手は狙ってないであろうシリアスなシーンにまで笑い声が時々聞こえてくるくらいですから、低い小さなレベルのような笑いにまで照準を合わせていると、おそらく二捻り以上した笑いに関してはセンサーが鈍くなっているのでしょう。
ただし逆を言えば、何故外国人(日本人以外)が照準を絞りきれないほど日本の笑いは幅が広いのかと言うと、これは道徳心が一つ関わっているような気がします。
以前書いたプロスポーツ選手の「結果にこだわりたい」や「どんな勝ち方でも勝ち点を取りたい」発言にも繋がってくるのですが、お笑い芸人からも「笑わせたら勝ち」や「面白い者が偉い」的なプロらしからぬ発言がしばしば聞かれます。
本来、芸術も文学も含めて「表現する」という行為には、ある枠組みを外れてはいけないという道徳観念があったはずなのに、それがいつの間にかすっかりなくなってきたような気がします。
スポーツにおいては「結果よりも内容にこだわりたい」なんて言葉はあまり聞かれなくなったし、文学に関しては結末の裏切りだけを重要視してストーリーをぶち壊している作品が少なくないし、芸術においては(あくまで聞いた話ですが)これも一つの表現と言い張って動物をステージ上で殺すような素人がいる、なんてこともありました。
お笑いに関しては、僕の子どもの頃の記憶で言えば、昔は舞台裏(枠の外)を今みたいに当たり前に見せていなかったような気がします。
動物をステージ上で殺して表現から逃げた者と同じで、意外性や新しさだけを追求した笑いはその企画にショックを覚えても演じ手の能力に感動することはまずありません。
メディアの暴威を利用して当たり前のように装っている「芸人なら何をされても(何をしても)面白ければそれがおいしい」という風潮も「だから芸人って大変でしょ。凄いでしょ。偉いでしょ」の風潮も僕は好きではありません。
こういった傾向の大きな理由に「日本には宗教が無い」というものが関係しているように感じます。
宗教が無いから日本はルールで社会を秩序化しないといけないのでしょう。
宗教が無いから本編前にマナーに関する映像を流さないといけないのでしょう。
ルールは守れてもマナーが守れない。
日本人が外国人から人間として幼く見られるところはこういうところでしょうか。
普通に考えれば「電車の中では携帯電話を使わない」というマナーぶったルールもかなりおかしい。
あれが駄目なら車内での会話は全てマナー違反になります。
ペースメーカー云々を言うんだったら、知らない人が近くにいる時はどこであろうとかけられなくなります。
もっと理解できないのは同じく電車ネタなのですが「ヘッドフォンからの音漏れに気をつけよう」という間抜けなマナー。
最初に誰が言ったか知らないけど日本人はすぐに受け入れちゃうんだから気をつけて。
よっぽど普通に車内で会話している人の方がうるさいし、飲み屋帰りのオッサンの口臭の方が迷惑ってもんです。
とか何とか書きながら気づいたけど、しまった。これ、受け入れないシリーズで書けばよかった。
そっちをおろそかにしてダラダラと説教じみたことを書いたけど、まあ別にマナー違反じゃないよな。
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