2010年2月10日水曜日

残念ながら努力はする


ipodでドラゴン・アッシュを聴きながら登校するという、普通にちょっとお洒落な若者のような、恐ろしく似合わないことをしたものだから罰が当って雪が降り出しました。
ちなみに聞いてた曲は10年くらい前に流行ったあの歌です。
「東京生まれ 何とか育ち」とかなんとか友達や家族への気持ちを歌いながら自己紹介している、韻を踏み過ぎな、あの。
ちなみに僕は「横浜生まれ 田舎育ち 一昨年くらいまでしょっちゅう朝だち」してました。

意味不明。

学校に着くと授業での前フリで
「積極的に自分の家族や友達と連絡を取り合っているか」
みたいなお題を話し合いました。

さすがアジア人同士なのか、中国人のジャナンと同じ意見で
「そんなもん、一年に一回しか会えなくても友達の重要性は変わらないし、ましてや親兄弟に電話するのなんて、ほとんどノルマ化されてお互い結構辟易しているであろう、誕生日コールくらいのもんだ」
というのが僕の回答でしたが、トルコ人のフセインは「ただお喋りするだけのために母親に電話をすることもある」とのこと。

気持ち悪っ。おまえの名前はハッタリか。
と毒づきたくもなりますが、これはただの国民性の違いだろうし、こっちの方が人間的には魅力があるんだろうな。

下校時には、降った雪を猛省して長渕剛を聴きながら帰りました。
イヤフォンからは20年以上も前にカセットテープで初めて聴いたマニアックな歌が流れています。

この歌で「シケモク」とか「アタリメ」とかいう言葉を覚えたのですが、また他にも

「生きてることが不思議なくらいに 女も友達もみんなトンズラ
 どっぷりドン底 おいらすっからぴん 這いつくばったら足の裏が見えた」

という歌詞があり、小6には全体的に難しいこの歌の歌詞を全部母親に訳してもらって、当時僕は人生に対する寂しさや厳しさみたいなものをうっすらと感じたのを覚えています。

ただし今となっては逆にその寂しさや厳しさを一切実感できないほど苦労知らずに育ってきたものだから、ここはひとつ自惚れて「苦労は二流にまかせている」と常日頃から開き直っています。

いい歌は何年経っても錆びれないもんだなあ、と夜道で一人沁み入っていると、雪の粒が大きくなってきてきれいだったのでとりあえず一枚パチリ。
寒いのが大嫌いで、当然雪も嫌いなくせに、雪が降るたびに写真を撮ってしまうのは一体なぜだろう。

月や満天の星空やその他の美しい大自然なんかと一緒で、そこにあるだけで人の心を厚く包んでしまうような、あるいは強く鷲掴みするような、そんな格好よさが雪にもあります。
一方で、人間が人間に感じる格好よさは、ルックスやスタイルなどのいわゆる「形」の格好よさや肩書きの格好よさ、哲学の格好よさといったものがほとんでです。
 
恵まれているので、僕の周りには月や星空のような、存在の格好いい人間が数人いますが、僕もまだまだ寿命は続きそうなので、どうせなら彼らのような類いの格好いい人間になりたいものです。

あでも、眺めていたり写真を撮る分にはいいんだけど実際にその場面にいると寒くて辛い思いしかない「雪」の存在ってどうなんだろう。
例えるなら「話題としては楽しいんだけど実際には関わりたくないヤクザ者」といったところか。

よし、雪却下。
ここは一つ南国の暖かい海のような存在を目指そう。
オシッコしてもばれないぞ。

意味不明。

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