2010年2月22日月曜日

その男


相変わらず授業の前フリの会話時間で簡単な質問をお座なりに答えてあげることが出来ずに、最近はパートナーだけではなく講師のラウールも困らせています。
今日は「I wish 」から続く、自分自身の後悔に関する例文が一つも出せなくて、我ながらどうしたものかと溜息をつきました。
何故とことん空気が読めないんだろう。

こういった空気の読めない言動は何も授業に関することだけではなく、プライベートの時間でもしばしば見られます。

2週間前の土曜日のことでした。
ファンキーコロンビアンズ(ジャミーリとディアナパオラ)とラウールと一緒にジャディラの家に行った時、ジャディラが「髪の毛占い」みたいなことが出来ると言ってみんなにその占いとやらを披露してくれました。

椅子に座らせた僕らに「イエス」「ノー」で答えられる質問を三つ言わせて、そのことを強く念じさせている間、後ろからジャディラが僕らの頭に手をかざしてそれを占うというものです。

みんなの質問は「お金持ちになれるか」とか「彼氏とうまくいくか」とかそんなことが中心だったのですが、僕は一つも占って欲しいことが見つからずにまたもやみんなを困らせてしまいます。

ちなみにラウールの質問は
「バルセロナに住めるか」
「将来自分の本を出版できるか」
「近いうちにいい女が現れるか」
の3つで、答えは上から順にイエス、イエス、ノーでした。

とうとう僕の番が来たので無理矢理一つだけ質問を捻りだして、その一つだけで勘弁してもらうことにしました。

「長いこと会えていない友人と再会できるか」
という質問です。

ジャミーリに言われた通り仕方なしにアキラさんのことを頭に思い浮かべて、1分ほどして返ってきた答えは
「イエス」
でした。

占いなんてビタ一信じていないくせに、それでもジャミーリの答えは嬉しいもので、自分が宿題をさぼっていることは棚に上げて何故だか心が暖まってきます。

アキラさんと僕は、僕が二十歳の頃勤め始めた会社で出会いました。
当時は散々ブラジルで差別を受けてからの帰国直後だったので、仕事が楽しくて仕方なかったという記憶があります。

自分で働いた分がお金に変わるという当たり前のことがものすごく充実していて、たかだか自給1000円のバイトだと言うのに、休みの日も自宅で仕事の専門用語の暗記や書類の書き方など復習をするくらい、言うなれば(自分で言うのも何ですが)僕は非常に真面目なバイト社員であったと思います。

会社には警察とヤクザのOBが何人かいたのですがアキラさんも後者の方のOBで、その会社は彼を筆頭に気の荒い、乾いた暴力的な笑いが蔓延している男社会でした。
そして二十歳までサッカー以外のことは何一つ知らずに育った世間知らずな僕は、彼らの振る舞いやこの組織の風土といったものがごくごく一般的なものであると思い込んでいました。

入社間もなくして仲良くなった僕とアキラさんは、しょっちゅうプライベートでも飲みに出かけるようになるのですが、酒が廻ってから「ナンパしに行こうぜ」は普通のこととして「ケンカ売りに行こうぜ」なんてこともしばしばありました。

そんなんだから血の付いた木刀をベルトに差して、当時女のコと同棲していた僕の部屋に逃げ込むなんてこともありました。
それにまつわる請求書や慰謝料が後から追いかけてくることもたまにありましたが、それらはいつもアキラさんが奢ってくれてました。
そして当時すでに20、21歳だった僕はこれも一般的な青春だと思い込んでいたのです。

他にも一緒に空手を習いに行ったり花見に行ったりと、字面の上ではまあまあ爽やかな思い出もあるのですが(言うまでもなく実際はそうでもない)僕と彼との気持ちを結びつけていた一番の自我の一致は「次男ゆえのコンプレックス」というものです。

僕の兄はサッカーで地元の選手や監督たちに、彼の兄はケンカで地元の県警や極道たちに名の知れた人間だったのですが、よくある話の例に洩れず、僕らは優秀で人気者の兄に対して劣等感や羨みを持っていました。
そして僕らの場合は二人とも自分の兄に憧れてもいました。

そんな矛盾とも天の邪鬼とも言いづらい、鈍くとも確かな痛みや幸せを、よく飽きもせず二人で語っていたものです。

月並みな語り口ですが、酒と女とケンカを彼から教わり、20代の一時期まぎれもなくヤクザな人間性が僕にも植えつけられたわけですが、月日が流れて別の会社で働き、別の付き合いを持つようになると、彼(彼ら)の人間性が特殊であったことに当然気付かされます。

それでも彼をただのキャラクターとして傍観できなかったのは、この「次男コンプレックス」に代表される彼の弱さやもろさ、憂いや戸惑いといったものを時折覗くことが出来たからでしょう。

ペルーから戻ってきてしばらく経った後、アキラさんに
「本職相手の新しい仕事が入ったんだけど俺以外に誰もやりたがらない」
と言って「特別待遇にするから」という条件で会社に戻ってくることを要求されました。
そして『男前』と出会うきっかけとなった、世間を騒がす事件が起こり、僕の復職は頓挫してアキラさんも会社を追われることになります。
次に就職したところの仕事中にアキラさんは事故を起こして全盲になりました。

その間、僕は色々な職を経験することになるのですが、部下の年齢や性格に合わせてガールズトークならぬボーイズトークをよくしてあげました。
まともな男でも、いや、まともな男なら大抵の場合は女性関係のだらしなさや暴力話を好んで笑いにするのですが、ある時、ある部下に僕の女性関係を指摘され
「キッチーさんって鬼ですね」
と言われました。

よく言われるコメントで、その時も僕のやんちゃ話を指しての発言だったのですが、その後、浮気を一度もしたことが無いというその部下の話題になり
「今の彼女は年上なんですけど、それが恥ずかしいから別れようと思っているんですよ」
との発言が彼から出た時には背筋が凍る思いがして
「鬼はおまえだよ」
と返してあげました。

年上の彼女を恥ずかしがる意味不明の価値観は一まず置いておいて(「女性は歳をとればとるほど『いい女』になっていく論」を語り出すと長くなるので)見栄や理屈や合理で人との付き合いあれこれをコントロールする人間に僕は少なからず恐怖と嫌悪を感じます。

アキラさんや僕に限らずなのですが僕の周りの女性関係の派手な友人たちは皆、自分の情けなさや戸惑いやしみったれた憐憫なんかを持っていて、おそらく彼等はそれを自覚しています。

チャイムが鳴っても帰れない子を愛してやまないのはきっとこういうことなんでしょう。
と自分寄りにひいき目に語ったところで、こういうのはきっと育ちの問題なんだろうし、やっぱりあの部下のような人間の方が女性を幸せにするんだろうな。

「おまえは女関係以外はホント真面目だよな」
とアキラさんと知り合ったばかりの頃によく言われてましたが、今となっては女性関係もすっかり好青年になってしまいました。
と言うか、あの頃のツケがまわってきたのか、元々の本領を発揮したのか、今では女性の方が僕に見向きもしません。

腑抜けになりやがって、とアキラさんに叱られそうですが、それも「会えれば」というもの。

ジャミーリに「今年以内に再会できるか」と期間を限定して質問しとけば良かったな、と思ったときに、全員の占いが終わった彼女が僕らに確認してきました。
「どう?占いに満足できた?」

みんなから「YES」と答えをもらった後、
「実は今の占い、全部嘘でした。えへ」
だってやんの。

みんなに怒られたり呆れられたりしてたけど、嘘を告白するまでのほんの数分は幸せな気持ちになれたのだから、僕はこの手の嘘が結構好きです。

髪の毛なんかでわかるわけないじゃーん、と悪びれずに舌を出したジャミーリが、ヱビスのくせしてかわいく見えました。

今日、2月22日はアキラさんの誕生日。
どこにいるかわからないけど、ひょっとしたらあの裁判に負けてムショ暮らししてるのかもしれないけど、生きているのであれば今年は年男なんだね。

男友達の誕生日を一切覚えられない僕が彼の誕生日を覚えている理由は、彼に対しての思い入れや愛情うんぬんではなく、ただ単にゾロ目で覚えやすいから、という自分の薄情と情けなさを自覚しています。

とりあえず占いはビタ一信じないけど、ジャミーリの嘘占いは友人の「言葉」として信じることにしよう。

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