またipodからストーンズのWild Horsesが流れてきました。
前にも書きましたがこの曲には思い出があります。
1996年の元旦、当時ブラジルにサッカー留学をしていた僕は、クリスマスシーズンから3週間ほどチームの寮が閉まるということで、その期間だけチームから100キロほど離れた街で下宿をしていました。
ブルーノやジゼーリと出会ったのがこの下宿先なのですが、彼ら以外にも期間の長短を問わず様々な人がそこには住んでいました。
毎日真面目にこなしている自主練習も元旦くらいは休もうということで、昼食後、家の塀に腰掛けて一人気ままに口笛を吹いていました。
大好きなジゼーリは田舎に帰っちゃってるし、ブルーノやケイト(日系人の女のコ)は元旦だからなのか部屋にこもっているし、つまらないなあなどと口笛も次第にハ長調からニ短調へと移りゆきます。
新年早々、口笛で悲しい調べを奏でている東洋人を見て哀れに思ったのか、隣の部屋に住む「アミウトン」という名の紳士が僕をドライブに誘ってくれました。
アミウトンは60代くらいに見える白人の魅力的な男性です。
「うん。行く行く」
と子犬が尻尾を振るように助手席に乗り込み、サンダル、短パン、タンクトップのままブラジル人との荒々しいドライブがスタートしました。
どうやら、新年の挨拶に友人の家を一軒ずつ訪れるみたいです。
ところで、ブラジルの道路建設事情を少し説明をすると、ここ数年で日本にもだいぶ増えましたが、規則を守らないドライバーに意地でも交差点で一旦停止をさせるために、そのポイントだけアスファルトが盛り上がっていたり、逆に極端に凹んでいたり、あるいは車一台がギリギリ通れるくらいの幅でポールが立っていたりします。
急ブレーキと急発進を乱用するブラジレイロが運転をするとスピードの上げ下げが目まぐるしく行われるように出来ているわけですが、運転している方は別にかまわないとして、助手席の僕はスタート5分もしないうちに酔い始めました。
窓を全開にして真夏のぬるい風を顔面に受けながら口数の減った僕を気遣ったわけではないでしょうが、しばらくしてアミウトンがかけたカーステレオからはベタな音楽が流れてきました。
そのラインナップにはU2の「With or Without You」や「Desire」などがあり、当時まだはっきりと曲名を認識してなかった僕は、気になったそれらの曲名を一つひとつアミウトンに尋ねたのを覚えています。
そんな中最初の訪問宅に着くと、路駐した車に僕を残してアミウトンは家の呼び鈴を鳴らしました。
そして家の中からはアミウトンと同じくらいの年齢の素敵な女性が出てきました。
昼過ぎだというのにその女性はまだ寝巻のようなものを身にまとっていて、アミウトンは一、二分ほど女性と会話を交わすとすぐに戻ってきてドライブを再開しました。
あら、お喋り好きのブラジル人なのに意外と短いのね、と思っていると二件目以降に訪問した友人たちとの会話はお喋り好きの印象通り長話でした。
長い長いドライブの途中にカーステレオの曲はU2からボンジョヴィに変わり、ボンジョヴィからストーンズに変わり、日が傾き始めた新年の挨拶訪問も残すのは最後の一軒となりました。
その家に着く直前にかかっていたのがWild Horsesでした。
アンプラグドな美しいサウンドとメロディーに心を惹かれ
「これ誰の何て歌?」
と尋ねるとストーンズだということはわかってるけど曲名はわからないとのこと。
サビの部分からタイトルを「Wild Horses」と推測だけしました。
そうして着いた最後の一件は、最初に寄った素敵な女性の家でした。
再び家の前に車を停めたアミウトンは呼び鈴を鳴らし、玄関からは着替えも化粧も済ませた先ほどの女性が出てきました。
長く確かな抱擁を二人で交わした後、一番のお気に入りの相手だったのか、他のどの訪問相手よりも話は長く続き、僕は助手席から飽きもせずに二人が作り出す暖かな空気を眺めながら、ランダムにいろんなことを考えていました。
最初に寄った時は「後で寄るから着替えておいてね」だったのかな。
それとも「今こんな格好だからまた後で寄ってね」だったのかな。
アミウトンは電話の無い暮らしをどれくらい続けているんだろう。
アミウトンは何故下宿暮らしをしているんだろう。
何故女性の家から旦那さんも含めて他に誰も出てこないんだろう。
もともと一人暮らしの人なのだろうか。
そして一体この二人の関係は何なんだろう。
二人を眺めながら僕は出会いとか別れとか生き死にとか、人生の寂しさとか幸せだとかを、たかだか十代の薄っぺらな人生経験を重ねながら、いい意味で切なく、いい意味で甘ったるく考えていました。
車内に吹き込んでくる風も優しく、甘く、ゆるさ、ぬるさがちょうど心地いい。
頭の中ではもちろん今聴いたばかりのWild Horsesが流れていました。
こんなふうに南半球の正月に、夕暮れが近い時間帯に、左ハンドルの助手席から一組の甘く切ないカップルを眺めて、何だか雰囲気は最高でした。
ちなみに車酔いのせいで気分は最悪でした。
翌日、品ぞろえの悪いCDショップに行きストーンズの棚を探していると、読みはバッチリ当たり「Wild Horses」という名前の曲が入っているCDを見つけました。
ただし、あまりに気に入った歌だったので、日本語訳の歌詞を読んでみたいと思い、ここは一つ日本でこのCDを買うまで焦がれる想いをグッと我慢です。
そんなこんなで半年後、日本に帰ってから別件で『ビーバップ』と渋谷に寄った時に
「タワーレコードっていうすげえCDショップが出来たんだぜ」
と彼がやたらと煽るものだから、連れられたタワーレコード渋谷店で見事にはしゃぎました。
ワンフロアごとにジャンル分けされていて、マイナーな国のアーティストコーナー的なところでは、大して好きでもないブラジル人バンドのCDなんかも手に取ってしまいます。
そして大本命のストーンズのWild Horsesの入ったアルバム、『Stripped』も探し出し、おまけ的なブラジル人バンドと一緒に購入をしました。
ヤッター。
長いこと望んでいた夢が叶ったような、長いこと想い続けた人と再会できたような、そんな気持ちで家に帰り、安物のCDラジカセで再生しました。
「~ワーォホーセーズ クールンドゥラーミーオーウェーイ・・・」
そうそうこの歌この歌。合ってた良かった。
と思いながら歌詞カードを読もうと思ったときに日本語訳どころか英語歌詞も入っていないことに気づきました。
そうだね。輸入版を買ってしまったんだね。
まあまあいい話の結びに二十歳の若造には手痛いオチが待ち受けていたわけですが、昨年夏、元部下の勤めるライブバーに『ヤンキー』と訪れた時にこの話をしたら、そこの従業員の一人がとても親切な方で、この歌の何となくの意味を教えてくれました。
ただしそれは野暮ってもの。
その気になればインターネットで簡単に調べられるんだろうけど、英語が上達するまでここはもうちょっと泳がせておこう。
なんて、徒然草みたいな年寄りの楽しみ方を覚えてしまった感じがちょっとアレだけど別にいいよな。
好みや執着は変化したり劣化していくものだけど、思い出というものはいつまでも力強いまんまです。
いや、むしろ美化されているのでしょうか。
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