明けましておめでとう。
誕生日おめでとう。
入学おめでとう。
出産おめでとう。
固定された時間での新年の祝いの挨拶から、それぞれがそれぞれの時期で贈る祝福の言葉まで日本人には「おめでとう」が浸透しています。
これが「ハッピーニューイヤー」や「ハッピーハロウィーン」のように「おめでとう」を「ハッピー」に変えると、なかなか日本人には馴染みにくいものがあります。(ハロウィーンはそのもの自体が馴染んでないけど)
そこ行くと「メリークリスマス」はそれに代わる日本語を聞いたことすらなく、上手いことやったものでしっかりと市民権を得ている感じです。
「ハッピーバレンタイン」に関してはもちろん前者同様でその言葉を実際に発している日本人をほぼ見たことがないのですが、それに代わる儀式として女性が好きな男性にチョコレートを贈るという習慣が日本にはあります。
恋愛対象では無くても義理チョコなる便利なものまであります。
いちいち義理チョコを買い揃えなくてはいけない女性にとっても、翌月にそのお返しをしなくてはいけない男性にとってもこれは不便なことのように捉えられがちですが、もともと宗教の無い国民がクリスチャンの文化を真似したにも関わらず、それを祝える言葉をきちんと持たなかったのだから、その代わりとしてはお手軽だしやはり便利なものだと思います。
結局はメディアの勝利ということですか。
ところが、例えばもてない中学生のような本命どころか義理チョコすらの意識も無い、そういう関係における男女というのももちろん存在します。
僕も学生時代は義理チョコすらもらえないことの方が多かった人間の一人なのですが、そういう人間にとってそういう日に「おめでとう」に代わる挨拶が見つかっていないということはなかなかの不都合感があり、一日をとても居心地悪そうに過ごしていました。
僕はその空気感が嫌いでしたが、その空気感を嫌っているダサくてもてない男たちが結構好きです。
私には無関係だから、と悲しくもモジモジしている女たちも好きです。
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