2010年1月31日日曜日

ごめんねホントは好みの問題


エクセルで作った予定表に「日本の本、買う」と書いてありました。
ここのところ目に見えるように衰えている自分の日本語の語彙や表現の能力を嘆いて、言い回しの豊かな作者の小説でも読んで自分のスピーキングとライティングの能力を少し鍛えようかと思っての計画でした。(それ、まず英語の方を心配しろよ。だから上達しない。)

ということで先週、ピカデリーサーカスにあるジャパンセンター(ここで日本の雑誌やら食器やらがいろいろ買えるし空きフラットの情報も掲示板に貼られている。隣は日本食レストランになっている)に訪れたのですが、まあ当然とはいえその全てが定価の倍くらいの値段はしたものですから「ここは一発、電子図書だな」と昨夜、メカ音痴な僕が慣れないことに挑戦してみました。

四苦八苦しながらもダウンロード?インストール?だっけ、そのどちらかに成功して、元の狙いはどこに行ったのか手始めに読みやすい刑事小説なんかを読んでいると、自分が小説中毒であることを思い出しました。
前に遠距離恋愛していた恋人が甘い物好きの僕に送ってくれた一ヶ月分のお菓子をわずか二日で食べきった時に「甘いもの中毒」と批難されたのですが、タイプとしてはそれに似ています。

食べ終わってないチョコレートがそこにあるのに食べることを止める理由がわからない。
読み終わってない小説がここにあるのに本を閉じる理由がわからない。
そんなところです。

せっかくエクセルで毎日のノルマをオーガナイズしたのに、それらを全てすっ飛ばして睡魔に敗れる午前3時まで延々と小説を読み続けました。
おかげで日曜だというのに眠い。

起きたら起きたで再び読み始めて止まらなくなった僕を、おニューのスパイクを早く履きたくてしょうがないノリノリのファンパオロが部屋まで迎えに来ました。
「早く行こうぜ」

用事のあったフリアンをフラットに残して、彼とと二人で公園に向かう途中Gショックを忘れたことに気づき、ラウンド時間を計れないので今日はシャドー無しな、と伝えると元々ボクシングにはあんまり興味なさそうな彼はちょっと嬉しそうな様子。
しかしその代わりにと用意した坂道バックステップラン5本と普通の前向きのダッシュ5本で彼はすでに足をつっていました。

チャリンコタクシーのバイトをしている彼はそれを昨夜の仕事疲れのせいにしてたけど、それにしても足の遅いこと遅いこと。
いやあ、運動神経の悪いラテン人もいるんだねえと思いながら彼のランニングフォームをじっくり眺めていると、右肩が左肩より高い所に位置しながら両方が上下にクネクネと乱雑に連動し、腰も首もこまめに揺らめいているので、ふざけてんのかと思うけど顔だけは怒涛の修羅場。

しかも更に特記すべきはそのステップで、右足が地面を踏む位置が左足より左側に来て、左足が地面を踏む位置が右足より右側に来るという二次元的にも三次元的にもクネクネを楽しめる走り方だったので、笑いをこらえながら「そういうスポーツがあったら世界レベルのアスリートになれるのに」とか「クネクネ成金になれないかなあ」などと一人妄想していました。

と同時にそれにしてもやたらと股間を締めつけたような走り方なので、傍目から見たらションベンを我慢しながらトイレを探して激走している小学生のような絵面で、むしろそのまま本当にトイレにでも何でも消え去ってくんねえかな、と一人目を細めます。

坂道ランが終わるとあんまり辛そうな顔をしていたので「今日はサッカーやらないでもう切り上げるか」と尋ねると
「何言ってんだよ。一週間サッカーを楽しみにしてたんだよ」
と頼もしい返事が返ってきたので、予定通り付き合ってあげることに。
靴を履き替えているときに彼が嬉しそうに見せたおニューのスパイクが僕と色違いだったので、ちょっとウゲッとなりました。

それが理由ではないのですが、今日はコンタクトプレーのある練習を多めにやったため、ファンパオロに激しくチャージしてよく彼をふっ飛ばしてました。
ちょっと力入れすぎたかなと練習終わった後、彼のテンションの低下をちょっとだけ心配してあげてると
「来週からはこれ、土日両方やらない?」
との恐ろしい申し出が。
うーん、さすがバカ。バカはタフネスであってこそ価値があるといもの。
しかしさすがに断りました。

家に帰ると再び全てのノルマを無視して電子図書に勤しみ、わずかな残りページを読み切った僕はしばらく日本語の小説は読むまいと猛省。

にも関わらず日本語のポッドキャストはしっかりと聴きました。
ポッドキャスト終わりに「ポッドキャストにCMを流しませんか?」みたいな感じでスポンサー募集のCMが流れるのですが
「情報感度の高いターゲットに効率的にメッセージを送れるポッドキャストアド・・・」
みたいなコピーにここのところいつも嫌気を感じています。

いわゆるお笑いで言うところの「あるあるネタ」は僕の笑いのツボには全く入ってこないのですが、それに通じるところがあるのでしょうか、笑いに関わらず意識して「それってあるよね」なことや、このスポンサー募集のコピーのように無意識に浸透させようと試みるものに、一旦流されてあげた後「うーんやっぱそれちょっと受け入れられないなあ」と捻くれてしまうことは結構あります。

例えば「海外に行くとお茶漬けが恋しくなるよな」とかまあ、そういういうこと。
恋しくなったこと一度もないし。梅干しも。

情報感度が高いかどうかに関しても突っ込みどころがあるけど、それよりも先ず僕が声を大にしてはっきり言いたいのは

「何だそのスカしたネーミング」。

電子図書でも読んで少しは表現能力を鍛えなさい。

どうせ新しい言葉を作るなら
「空中イレギュラー」
とか
「バットをしならせて」
とかの言葉を生みだした誰だったかの解説者を見習ってほしいものです。
ちょっとウキウキしそうなこんな言葉を言われたら、僕もバットをしならせて右方向にホームランを打ちたくなるってものです。

まあ好みの問題を素人の人間に言われたくないだろうし、あくまで僕の主観なんですけど、はっきし言って「情報感度」はイモい。(←これこそ表現能力貧困だしイモい)

2010年1月30日土曜日

中年の愚痴


三十半ばに差しかかった今でも、いや、今だからこそなのかな、「生き急ぐ」という言葉が好きで、土日も平日も関係ない「気楽に行こうよ」な人たちが結構苦手です。
(上手く定義できないし表現も出来ないけど、リラックスしている人が全員嫌いというわけではなく、本当に呼吸から表情から姿勢から「あり方加減」がきれいな人は好き。ただの能天気に見えても焦りを感じながら少なからず行動している人も好き。「人生こういうものじゃん」と野狐禅している割には妬んだり羨んだりしている人や、自分の感情や願いを差別する人が嫌い。こればっかりは上手く表現できないけど、そういうものこそ好き嫌いがしつこい)

いやしかし、こういうスタイルも、受け入れることの上手な日本人が何かに上手に感化されちゃってのことなのかな。
家族のため、会社のため、お国のため、世の中のためにあくせく働いている日本人たちをカッコいいと思うのは新しい発想が出来ない非生産な人間の趣向なのかな。
とかなんとか頭の柔らかいふりをしてみても僕はギチギチしている野郎の方が好きです。

そんなわけで充実感と疾走感と少しのヒロイズムをベースに、ちょいちょい手帳やパソコンのエクセルなどで自分自身をオーガナイズするわけですが、一年単位から一時間単位まで細かく自分を動機づけしすぎて、疲れから体調を崩し、しかしもちろん充実に関してはそれまで以上のものとなりました。

エクセルの予定によれば毎週土曜だけは「気楽」な日。
あら言うほどギチギチしていない。

平日にこなせなかったノルマのつけも無いことだし、日本のネットカタログで観たようなカッコいいニット帽でも買いに行こうかなとロンドンの吉祥寺へ出発です。

好天気の中、フラットを出て最初の角を曲がると、前にも書きましたが正面の低い位置にある太陽がいつも朝日か夕日に見える道に出ます。
家二軒分、わずか40メートルほどの短い生活道なのですがせっかくのお気に入りの道なので「日没通り」と名付けてあげました。

なんの捻りも無いネーミングですが、「日没」という、取り方によってはネガティブにも聞こえるその感覚から僕は福岡にある「親富孝(おやふこう)通り」を思い出しました。

一応の繁華街であるこの通りは、部下のウンチクによればもともとは「親不孝通り」という綴りだったそうですか、そのイメージの悪さから何年か前に字面を今のものに変えられたそうです。

こういう余計なことをするのはPTAか行政か警察か、まあそこら辺のところでしょうが、こんな可愛い毒気のユーモアでさえ排除してしまう「世の中」のセンスに本来の悪を感じてしまいます。

きっとその軽い姿勢が、つくり込んだメッセージソングや憂いを持った詩人たちを衰退へと追いやったのでしょう。
きっとその浅い心意気が字面通りの表現しかできない多くのメディア(またはメディアを経るアートと呼ばれるもの)を作ってしまったのでしょう。
だから若者は活字離れをしていくのでしょう。だからケータイ小説なんかが売れるのでしょう。

いやしかし、ダイレクトでわかりやすいものが売れるのは素直な人間が育ちそうでいいか。
正直というのも人として気持ちがいいものだしな。国際化が進む中でいつまでも「ワビだサビだ」と奥手な日本人を気取っているのもどうかと思うしな。
とかなんとか頭の柔らかいふりをしてみても、毒や刃に一輪の親切心を添えるキザでヤクザな野郎の方が僕は好きです。

ところで今日はお目当ての帽子は結局見つからず終い。
来週へ持ち越し。これ毎週の日課になりそう。

ちなみに明日はせっかくの日曜だというのに勝手に日課にされたボクシング&サッカータイムwithブサイクコンビの予定です。

だってファンパオロが嬉しそうな顔で「スパイク買っちった!」なんて言うんだもの。
うへぇっ。

2010年1月29日金曜日

コロンビア原住民の言葉では月はチアというらしい。


今日は久しぶりにパブに行きました。
仲良しコロンビアンズがほとんど学校を辞めちゃった代わりに、初めて週末パブに顔を出したパオラ、ジャミーリ(共にコロンビアーナ)、マルタ(チリ人妻)の3人と一緒に会話を楽しみました。

途中からスペイン語に変わることなく最後まで英語での会話だったのはほぼ初めてで、おかげで楽しく過ごせ、色気の全然ない彼女たちをちょっと好きになりました。

帰り道に見上げた夜空には満月というおまけ付き。

全く出所が思い出せないんだけど思春期のころ何かで読んだ
「子どものころ知っていたことを今も同じように知っているだけでよかったのに。月はいつも俺のことを追いかけてきた。本当のことは知るまでは」
という内容の言葉を思い出しました。

僕は「月は本当は追いかけてきているのではない」という物理学だかなんかの真実を知ってはいますが、知らなかった頃と同じ感覚ではしゃぐことが出来ます。

類を同じく、セックスを知った後も童貞のモテナイくんと同じようなイタい言動を平気でしてきています。

何度も通った道を、まるで初めて通った道のような感覚で歩きながらドキドキすることも出来ます。(ちなみにこれに関してだけはちょっとした技術を使うんだけど。)

言葉ではどうしても説明できない、喜怒哀楽に当てはまらない久しぶりの「あの感情(もしくは感覚)」に無意識に包まれることもあります。
懐かしさとか恋しさ、切なさとも違う久しぶりの「あの感情」。

「何も知らないでよかったのに」というのは中途半端に大人になってしまった人の感情でしょうきっと。
と、万年13歳の僕はこういうものに対していつも上から目線です。

2010年1月28日木曜日

実に50日ぶり


先週からの風邪が結局は長引いたせいで、今日が今週初のサッカー。
ロンドンに来て体が弱くなったな。

やっとの思いで出来た久しぶりのゲームだったのですが、完治していない鼻風邪のために飲んだ薬が悪かったのかゲーム中に背中も足もつって、得点も一点しか決められませんでした。
もちろん楽しかったけど。

ただし何だかサッカーが下手になったみたい。
ちょっとは練習しないとな。

2010年1月26日火曜日

夢が広がる


顎がしゃくれている上に舌っ足らずなのか、顎がしゃくれているからこそ舌っ足らずになっているのか、その因果関係は知りませんが、しゃくれで舌っ足らずのルーサがイメチェンしたのか今日は色っぽいヘアスタイルで学校に来ました。

ルーサと言えば、ホセのお別れパーティーをしたあの日、目的地のクラブ付近で道に迷っている僕を見つけて笑顔で腕を組んできた、なんてこともありました。
その時は彼女も道に迷っていたみたいで正確な道を思い出すまで二人でカップルのようにうろついていたわけですが、ギャグのようにひん曲げ過ぎた彼女の半円の眉毛を見つめながら
「あ、ひょっとしてみんなの視線を顎からそらすためにわざと変な眉毛にしているのか?でもバレバレ」
なんて思ってました。

一方でひどいスペイン語なまりに上乗せされた舌っ足らずの聞き取りづらさに苦労しながら
「でも舌っ足らずに悪い人っていなそう。世の中の人間全員が舌っ足らずになったら争いごとも失くなるんじゃないかな」
なんてことも思いました。

ほんのちょっとした工夫を膨大な絶対数が実践することによって世界が幸せな方向へ向かうことはまだまだいろいろあるような気がするのですが、先進国の総人口が100円ずづ、恵まれない人々に募金するのと、全世界の人間が全員舌っ足らずになるのはどっちが簡単なのか、そしてどっちが効果的なのか、なんてことを考えてしまいました。

先ずは自分から、とりあえず憤りを感じた時だけでも舌っ足らずになってみようかなと、そのシチュエーションの自分を想像してみたのですが、他人を馬鹿にしているみたいなのでやめときます。

募金してるし、まあいっか、と思うのは金持ちの傲慢なんでしょうね。
募金以外の行動をちょっと考えることにします。

2010年1月25日月曜日

いきざまさまざま


『チャンピオン』と『極太』に空港まで見送られた時、
「いまだに海外に留学するって実感が無いんだよなあ」
と僕は二人に言ってましたが、三ヶ月経った今でも留学している実感が沸いてません。

それまでの海外生活における通信事情と言えば、手紙やら国際電話やらに一々切なる情熱をこめて日本との連絡を取り合っていたし、日本の情報収集に関しては、めったに出会わない日本人と出会った時、その日本人が持っていた雑誌を例えではなく本当に擦り切れるくらいまで読ませてもらうというくらいのものだったのに、インターネットのおかげで今ではその通信事情も含めて、海外生活が随分お手軽なノリになりました。

そのインターネットからの情報により最近の日本では大河ドラマの影響で坂本龍馬が少し盛り上がっていることと、『レスラー』がDVD化されたことを知った今日この頃です。

『レスラー』と言えば全世界映画賞54冠の評価を受けている、いわゆる成功した作品みたいですが、実は僕がこの映画を観たきっかけは福岡の『ヤンキー』に無理矢理映画館に連れていかれたからというもので、その時はかなりの嫌々感をヤンキーに投げつけていました。

で結局、観終わってからはべた褒めというかべた惚れで、いかにもな付け焼刃の知識で映画評論をヤンキーがうんざりするくらい語っていたのですが、あえて短めにまとめるなら、あれはあんまりストイックじゃない上に破壊願望が多少なりともある実写版「あしたのジョー」といったところ。(長いか)

DVDの宣伝コピーには「男の生き様」とか「真の男」とかの言葉が使われていたけど、あれはそんなに安直な鼓舞系ドラマではないと思っています。
僕が思うにあれは逃げ道や受け皿を失くした破綻者の哀愁物語です。

「男の生き様」といえばそれこそ龍馬が日本の男が憧れる理想系のように扱われていて、それ自体に文句を言うつもりは無いのですが、昔、龍馬好きのある芸能人が言った
「日本人はみんな龍馬になりたいんだよ」
みたいな意味のことを何かの紙面で読んだ時は、心の中で即座に否定しました。
「何言ってんだよ、日本人はみんな矢吹丈になりたいんだよ」

あの時僕は15歳。ジョー兄ぃはカッコよかったなあ。
今なら矢沢永吉とかでもいけるな。

インターネットから送られてくる情報はもちろんこんな情報だけではなく、政治家の問題から犯罪まで、醜いものやら情けないものなど、知って損したような情報もたくさんあります。
彼の進退はどうなるのか、という個別単位のことから、日本人は、いや人間は一体どこへ向かうのか、といったデカいんだか小さいんだか、賢いんだかくだらないんだかわからないようなことを無作為に、そして無責任に考えてしまいます。

人のこと心配するのはいいけど、厚みがありそうタイトルと前フリから急に飽き始めて、浮遊させたブログを書いているようなお前の我儘な人生はどこに向かってるの?
なんてことを知り合い全員から言われそうですが、常に危機感の無い僕にはこれがどうにもわかりません。

ならばせめて生き方くらいはどっちを向いているのかわかっているのでしょうか。

はい、現時点のならわかっているつもり。

さて、明日はどっちだ。
ジョー兄ぃはカッコよかったよな。

2010年1月24日日曜日

気温5℃


今朝は体調が思う様に回復しなかったのですがブサイクコンビの情熱を無下にするわけにもいかず、約束通り三人で仲良く公園に向かいました。

ケツのところが破れてる深緑のスウェットにこげ茶とオレンジのぼろいジャンパーという組み合わせで、昨日いったい何を買いに行ったのかと不思議に思わせる格好をしたファンパオロが
「何か俺、ホームレスみたいじゃない?」
との自らのコメントで仲良しタイムの幕開けです。

日曜だけあって『俺の遊具広場』はなかなかの混み具合だったのですが、ギャラリーは多い方がいいな、と思って構わずにコーチングをスタートしました。

ただのブサイクの方のフリアンはなかなかセンスがよく、初めてボクシングを経験した割には様になっていたのですが、バカでブサイクの方のファンパオロはキチガイのような鳩胸が全ての動作のメカニズムを邪魔しているのか、ひたすらに運動音痴でした。

何度言ってもガードは下げるし、顎を浮かすし、脇を閉めないし、つま先と膝の角度がギャグになってるし、パンチがパフィーの踊りみたいだし、ステップがウンコを我慢しいる小1みたいになってるしで、最低限顎を引くことだけに重点を置いて指導をしてました。

すると胸を極限まで張ったまんま(本人にとってはいたって自然)顎を引いているので、常にスウェーバックをしている状態というか、サッカーでのヘディングをする直前の後ろに反り返った状態をキープしているので、彼を直視するのに耐えきれなくなった僕は、指導の対象をフリアン一人に絞りました。

ワンツーからのコンビネーションで左のボディーアッパーとそのまま左フック、最後は右のショートの流れを教えたら、褒められて伸びる子のお手本のように彼は張り切ってくれました。
が、これがいけなかった。

視界に入るだけで吹き出してしまう恐れがあるので(というより実際何度か声に出して笑った)、何とかファンパオロを眼中から消し去ろうとしながら優等生のフリアンだけを観察していたシャドーの5ラウンド目、フリアンが左アッパーで踏み込んだ時に足を滑らせて声を上げながら倒れました。

これがファンパオロだったら爆笑ものなんですが、残念ながらフリアンはそんなキャラじゃないし、そのままうずくまってギャラリーまでが心配してきたので、一応僕も心配してベンチに座らせると、どうやら足を滑らせたときに肩を脱臼したみたい。
聞くと5年ほど前に初めて脱臼した時から癖になってて、自分では元に戻すことが出来ないけどほっといたら一日二日で治るから心配しないでも大丈夫とのこと。
それを説明したファンパオロの顔はしっかりとニヤけてました。おまえが笑うな。

その後ファンパオロと付きっきりでシャドーをするのはちょっとしんどかったので、腕立てやら懸垂やらを一緒にやったのですが、彼の期待通りの気持ち悪さとがむしゃら感と不甲斐なさがフリアンや僕やギャラリーの心を和ませてくれました。

遊具広場を後にすると、少しずつ肩の痛みが和らいできたフリアンも一緒にサッカーをするために広場に移りました。

二人とも濡れた芝の上をスニーカーでやると言うので
「とりあえず上着は脱いでおけ」
との思いやりだけ見せて、ファンパオロにきつめのパスをビシバシ送ると、期待通りに派手にこけて深緑のスウェットを泥まみれにしてました。

最後は1オン1+フリーマンでしめて帰り支度をしていると、誰も頼んじゃいないのにファンパオロが芝に頭からダイブしてヘッドスライディング!!

というわけで帰りは裸にダイレクトでジャンパー。
フゥー!気持ち悪ーい!

この後、帰り道では「これから毎週やろうぜ」と誘われました。

うへぇっ。風邪が悪化しそう。

2010年1月23日土曜日

ワクワク勝ち


一昨日「雨降っちまえ」と呪った卑しさに罰があたったのか、今日はせっかく雨が降ってないというのに体調が思わしくありません。

思い当たる節はきちんとあり、例えば「すでに一度インフルエンザにかかってるから後はどんな無茶しても大丈夫なんだろ」という確信的に捻じ曲げた解釈のもと、体の疲れを鑑みず無理をしていたことや、そのせいで風邪をひき始めたことに気づいていたにも関わらず、コーヒーと薬と酒を乱飲してコロンビアンパーティーに臨んでみたこととか、翌朝のフィッシュ&チップスが修羅のように不味くて多くて脂っこかったのに無理して完食したために胃に大きなダメージを受けたこととか、まあ色々なんですが、さて、今日のせっかくのサッカー。どうしよう。

とりあえず昨朝さぼった分の勉強を取り戻すくらいのエネルギーはあったので、三時間の勉強中にどうするかゆっくり結論を出そう、その間に雨が降り出すかもしれないしね、なんて思いながらサッカーまでの時間をやり過ごしたのですが、結局雨は降らず、迷った挙句に「そうだ。遅刻して行こう」との結論に達しました。

10時集合と言ったところで実際に全員が集まるのは11時前だし、たぶん先にフィジカルをやるし、ミニゲームが始まるのはどうせ12時くらい。よし、11時半にここを出ればアップの時間を考慮しても充分間に合う。
そうと決まれば薬を飲んで先ず仮眠。

とまあ、合コンにわざと遅れてくる昔のダメなOLの体(てい)で、仮眠から目覚めた僕は公園に向かいました。

ちなみにその時、二、三日前に迷った末にサッカーボールを買ったとき、ついでに購入した4ポンドの安物バッグを背負っていました。
今までスーパーのビニール袋の中にスパイクと一緒にカメラを入れると壊れそうで嫌だったので、一度もチームメイトとの写真を撮ったことが無かったのですが、今日はバッグの内ポケットにしっかりと忍ばせております。

みんなで写真を撮ることにワクワクしたり、「何で遅れたんだ?」と聞かれたら「いやあ、体調が悪くてさあ」と答えるのは決して嘘をついているわけではないのに、何だかテスト前に猛勉強した中2が「いやあ、全然やってないよー」とふかしこいてるみたいでダセーな、なんて一人であれこれ考えながらの道中でした。

で、着いたら結局また誰も来てねえでやんの。
ああもう、あいつらときたら。

一人で坂道ランを軽めにこなして帰りました。

フラットに着いたらブサイクコンビがワクワク顔でお出かけの準備中。
どこに行くんだ?と聞くと僕がサッカーボールを買ったことを受けて
「明日のボクシングの後、サッカーやるだろ?そのためのウェアとか買おうかと思ってさ」
とのこと。
お、かわいい奴め。特別に今のうちにボクシングの基本的なフットワークを教えてやらあ、かわいくないけど。

2010年1月22日金曜日

明日は晴れろ。


学校の近くのクラブでコロンビアンパーティーがあるから一緒に行かないかとロスィオに誘われて行ってみたはいいが、参加した知り合いはロスィオ夫妻のみ。
他のクラスメイト達はどうしたの?と聞くとみんなあやふやな返事だったとか。
カフェで「キッチー行くの?キッチーが行くならアタシも行く」と言ってたコロンビアーナはどこだ。どこ行った。キッチー来ましたよ!ここにいますよ!

とか何とかエントランスで並んだ時点から、ハロウィーンで猫のメイクをさせられてセバスチャンに外に連れてかれた時以来の後悔を感じていたら、自分以外の全員が入場のためのチケットを持っていることに気づきました。
入場拒否されれば家に帰る口実になるな、なんて思っていたら警備員の黒人が無駄にいいヤツでこっそり中に入れてくれました。

とまあ、出だしはこんなんでしたが酒が入って踊っていれば自然に盛り上がるもので、ジゼーリの時や『男前』のときの「場違いパーティー」と一緒で、結局は大いに楽しみました。

終電を失くした僕は夫妻の親切でロスィオ宅に行き、普段は月曜から木曜までしかやっていない朝のサッカーが今週はサミーの都合でスケジュールが変わり、金曜と土曜もあるということを思い出しながら眠りに就きました。
無理だ。こんだけ酒が入ってて疲れてたら明日はサッカー出来ない。雨降っちまえ。

そして迎えた今日、願いが通じたのか外は雨。イェーイ。
別に晴れててもサッカーサボればいいだけの話じゃんとかそういうことではない。
他のチームメイトに俺がいないところでサッカーされるのが嫌なの!
嫉妬とか羨ましいとかそんなさもしい気持ちではなくて、翌日の土曜が二日目なのと初日なのとでは体のキレに差が出てくるからそれが悔しいの! 
さもしいか。

そういう細かいことをいちいち気にしなくちゃいけないくらい勝負の世界は厳しいんだぜ、と吠えつつも「でもお前別にプロじゃないじゃん」とか「しかも試合でも何でもないただのミニゲームじゃん」とか真っ当な意見が脳みそをかすめたところで一切意に介しません。
アホみたいに負けず嫌いなところが中2の一学期くらいの男子みたいで、そこから全く成長していないのが僕の特徴の一つです。

よく女のコたちが「いつまでも少年の心を持った人が好き」とか酔っ払ったようなことをほざいているけど、少年の心ってこういうものだよ。
好きになってくれるかい、女たちよ。

ところで雨が降っているということはロスィオ宅からの帰宅中は当然自分も雨に濡れるわけで、昨日のうちから「絶対に翌朝フィッシュ&チップスを食べてやる」と強い野心を持って寄ったケバブ屋が屋台のように客を通りに待たせる感じなので、まあまあ嫌な思いをしました。

しかも出てくるのメチャ遅いし。
モスバーガーよりも遅えな、なんて店員のおっちゃんを観察してたら「注文されてから揚げる」よりも更に手前のレベルで、注文されてから油を温めてました。

出てきた品も思っていたのと全然違っていたので、こいつはハズレかななんて思っていたら、最後おっちゃんが後ろを向いたときにTシャツのバックプリントから店の名前が『ダイヤモンド・ケバブ』であることが判明。
トルコではどうか知らないが日本人の感覚からすると、この「わざとちょい外し」感になかなかグッと来るものがあります。
いわゆる「わび、さび」ってやつですか。違うか。

筋肉マンの新キャラにダイヤモンド・ケバブって超人はどうかな、とか戦隊もののヒーローの必殺技に「喰らえ!ダイヤモンド・ケバブッ!!」ってのはどうかな、とかあるいはフィギュアスケートの新しいジャンプに「出ました!ダイヤモンドケバブ・トリプル!着地もピタリ!」とか夢はいろいろ広がって、なんか今日一日いいことありそうだと思っていたけど、生まれて初めて食べたフィッシュ&チップスはひたすら不味かったです。

さ、切り替え切り替え。今から学校。

2010年1月20日水曜日

三大語録


学校に通うようになってしばらくしてから気づいたんだけど、こっちの授業はその日に教えるメインテーマへの導入(前フリ)がなかなか上手です。
なかなか予期してなかったところからその日の課題となる文法の説明に繋げるので、最近はその前フリのうちに何がメインに来るかを予測するというのも楽しみの一つになっています。(こういう無意味なことには積極的)

先日、その前フリで
When was the last time you were ecstatic?
という文が出てきました。
「一番最近めちゃハッピーだったのっていつ?」
といった意味の文だと思います。

先ずは隣の人と二人一組になってお互い話しなさい、といつもの手順で授業が始まったのですが、僕はこの手の小課題に全力で答えてノーテンキなラテン人たちを困らせるという悪い癖があります。

昨日も「タイムマシーンがあったら過去と未来に行って何をしたい?」という質問に対して
「どっちにも行きたくない」
と大真面目に答えてパートナーのルーサ(コロンビアーナ)に残りの時間をずっと喋らせてました。
ちなみに彼女は別れた男とやり直したいとのこと。
俺はギャグみたいなお前の眉毛をちゃんと描き直してあげたい。

話を戻しますが、その日のパートナーだった尾形くん(ソフィア)にハッピーな思い出を一通り喋らせた後、僕の番になったので
「ここ何年もずっと幸せなんだよなあ」
と答えてあげました。

自分自身を世界一幸せな男だと言ってきかないのにはそれなりのきっかけがいくつかあったと思うのですが、覚えているものの一つに教え子とのあるやり取りがあって、それを尾形くんに説明してあげました。

25歳で指導者としての経歴をボランティアの少年団から始めたばかりの頃、練習終りにベンチでみんなで着替えている時にチームのキャプテンが僕に尋ねてきました。

「キッチーコーチもやっぱりいろいろ大変なの?」

他の年配のコーチが何かの他愛無い話の流れで「大人はいろいろ大変なんだよ」とお決まりの文句を言って、そばにいた別のコーチたちもやはり流れで「そうそう、子どもにはわからない苦労が大人にはたくさんあるんだよ」と続いたことを受けての質問だったと思います。

適当に流してあげてもよかったんだけど、この時僕は反射的に
「いや、少なくとも25までは苦労知らずでやっていけるよ」
と答えました。

すると教え子が「ああ、キッチーコーチはまだあんまり大人じゃないからね」みたいな顔をしたので
「来年同じ質問をしたら26までは苦労知らずでいられるって答えるだろうし、仮に俺が50になった時に同じ質問をしたら50までって答えるよ」
と言ってあげました。

この時のやり取りがこの後の生活に対する一定のモチベーションとなるのですが、モチベーション云々に関わらず、教え子たちからの言葉にはなかなか記憶すべきものがあり、他にも
「キッチーコーチはもう青春、終わっちゃったの?」
なんてのもありました。

「青春のワンランク上のところにいるよ」とでも言ってやったらオシャレだったでしょうが、とっさの質問に
「青春ど真ん中だよ」
と味気も何もない返答をしてしまいました。
ちなみに今は更にワンランク、ツーランク上をいってます。

またある時は
「コーチはどうやって彼女と愛を確かめるの?」
と聞かれたから素直に
「セックス」
と答えたら、真面目に答えてよ!と叱られました。
真面目に答えたつもりだったので、じゃあ逆にどうやって愛を確かめるの?と聞くと
「例えば『好きだよ』とか『愛してるよ』って言ってあげるとかさあ」
と小学生にたしなめられました。
なるほど、いい意見だ。

あん時の彼等も今年で二十歳。
たまにはいい話でまとめて自分らしくなさに浸ろうかと思ったけど、今ではあいつらから連絡が来るのは「アドレス変えました」くらいのもん。
送られてくるだけ良しとするか。

2010年1月19日火曜日

おたのいみ←お楽しみって書こうとして失敗。でもこっちの方が楽しそう。


昨日は雪も雨も降っておらず、やっと念願のサッカーが出来ました。
久しぶりの芝ということで体をサッカーの動きに慣らすためなのか紅白戦は行わずに、長めのフィジカルの後、一時間半ぶっ通しでボール回しをしました。
一ヶ月半ぶりにスパイクを履くということで(しかも一度も手入れをしていない)心配していた靴づれも、蚊に刺された程度でしかなく、「紅白戦は明日からかな」などと期待をしながら練習を終えました。

そして迎えた今日、外の天気が曇りだということを確認して「よしよし今日も大丈夫だ」と張り切りながら公園に行ったのですが、誰も来ていませんでした。
わけわかんない。

またコーチのサミーが入院でもしたのかなあ、なんて思いながら仕方なしに一人でシャドーをこなしていると、終わりかけにチームメイトの中で一番若いティーティーもやってきて
「今日はサミー来てないの?」
とやはり何も知らない様子。

このチームの連絡網はどうなっているんだって思ったけど、とりあえず僕に関しては誰の連絡先も知らないし誰にも教えてない。
なんせ全員の名前をまだ覚えてないからね。
もうちょっとみんなに溶け込まないとな。

とりあえず今から学校です。
あと数週間もすれば僕以上の古参者が中国人のジャナン一人になるくらい入れ替わりが激しくて寂しくもなりますが、去る者がいればやはり来るものもいて、学力とは関係無しにコリンがどうしても嫌だからという理由で昨日からロスィオも僕のクラスに上がってきました。

聞くとラウラも来週から同じ理由でこっちのクラスに上がってくるみたい。

授業についていけないだろうなラウラじゃ。
スペイン語なまりが激しすぎるし。
何度行ってもYESを「ジェース」って発音するし。

ところで今ダイニングのソファーで書いているのですが、たった今ブサイクコンビの兄貴分、ファンパオロがオリーブオイルを床にばら撒きました。
怠け者の彼はいつも弟分のフリアンにご飯を作らせているのですが、今日はそのフリアンが用事でいないらしく、ブツクサ言いながら料理に挑戦していたところです。

慣れないことをするもんじゃないという解りやすい教訓なのか、ただ単にバカの本領を発揮しただけなのか解りませんが、こういった手際の悪いところもバカの特徴の一つです。

ちなみに昨日は彼がねだるのでボクシングの基本姿勢とジャブの打ち方を教えてあげたのですが、何度言っても顎は引かないし、脇は閉めないし、半身を取らないし、ガードを下げるしで、そばで見ていた弟分のフリアンに何度も突っ込まれてました。

飲み込みが悪いのももちろんバカの特徴。
今週末は彼らと一緒に公園でシャドーボクシングをする約束をしています。
子ども用の遊具広場でダメな東洋人がダメなラテン人にダメなボクシングをせっせと教えている画を想像して、今から興奮してます。

2010年1月17日日曜日

由ない話


昨日に続いて遅起きの休日。
ここ数日の雪と雨が明けて今日は快晴。
二日三日続いた雨のおかげで、久しぶりに行った公園の雪もダルマの残骸を除いて一掃されてました。

こうなると怖いのが期待して迎えた翌日が大雪ってパターン。
もうかれこれ一ヶ月半くらいスパイクを履いておらず、期待することが悪いジンクスになっていそうな気がするので、今回は「明日もどうせ雪だろ」くらいの気持ちでしれっと構えておきます。
とりあえず明朝は暗いうちから外の天気を確認します。

今日は、昨日二日酔いと運動不足と不節制でベッドでくすぶっていたところからの遅起きだったので、リフレッシュをガっついてもぎ取ろうと貧乏人のように頑張りました。

公園でのトレーニングもいつもより多めにやって、フラットに戻ってからは洗濯と久しぶりの靴洗いをして、一時間だけだけど勉強もちゃんとして、英語の勉強本と耳まであるニット帽を買いにピカデリーサーカスまで足を運びました。

これといった面白キャラにも会えなかったし、面白出来事も起きなかったけど、バス運転手のほぼ全員が態度が悪いと思っていた中、今日の運ちゃんは人間が出来ていたことと、そのバスの中からウェディングの格好をした新郎新婦を大勢の人が囲んで歩いている風景を見た時はちょっと嬉しくなりました。

ピカデリーに着いてからは結局どっちも買えず終いで、さすがにクリスマスイルミネーションの片付けられた大通りから気まぐれに入った裏路地が何だか吉祥寺の雰囲気に似ていたのもちょっと嬉しくなりました。
吉祥寺、一回しか行ったことないけど。

季節や年齢と街の雰囲気には相性があるだなんてそんな感傷的なことは言いたくないけど、昨夏吉祥寺に訪れた時に
「若いうちにこういうところに住んでおきたかったなあ」
なんて思ってました。

お、ところで靴ももう乾いたみたい。
サイトで見たおしゃれな靴ひもの通し方に今から挑戦です。
 ↑
(ガラにも無い。気持ち悪い)

2010年1月16日土曜日


『前科』のところに子どもが生まれました。
おめでとう。

アイツも人の親かあ。

過去に二回ほど食い逃げをしたことがあるけど、二回とも現場にアイツもいたなあ。
地元のチンピラたちとケンカして警察呼ばれた時もアイツがいたなあ。

一時期、四畳半で一緒に住んだこともあったっけ。
その時の二人合わせた月収が0円。
職安の駐車場で酔っ払って追い返されたりしてたもんなあ。

女性関係の悪事は思い出したくもないくらい色々あったなあ。
しかもあいつの実家で、なんてこともあったしなあ。
下でお父さんとお母さんが寝てるのに。

童貞バリバリの時、いかに気づかれずに女のコに酒を飲ませて酔わせるか、とか必死に考たこともあったなあ。
ノートまでとって討論してたもんなあ。
男の人の夢中になってる姿って素敵、なんてよく言うけど、あの時の僕らも素敵だったのかなあ。

高校時代はよく授業中にカード麻雀やってたなあ。
一度イカサマでパシリから小銭巻き上げたりなんかもあって。
よく二人で職員室に呼び出されたりもしたなあ。
担任の体育教師がおっかなくて、柔道の時間にブン投げられたこともあったなあ。

高校卒業して社会人になったにも関わらずピンポンダッシュまがいのことをしたこともあったなあ。
その場にいた『ビーバップ』と『前科』の二人だけが住人につかまって長々と説教されてたなあ。
あん時みんな19歳。

あまり詳しくは言えないけど駅前でモンタージュ写真配られたこともあったもんなあ。
銀行も止められて日払いのバイトをしながらの逃亡生活の中で「キッチーんちはマークされているから」と言われて離れたところに呼び出されて、金を貸してたしなあ。

ダメだ。頑張ってみたけどダメ人間話がどんどん出てくるだけで、やはりいい思い出は一つも無い。
こんなんだから結婚式のスピーチでねつ造をさんざん喋る羽目になるんだな。

赤ちゃんはお母さんみたいな人に成長しますように。

あ、前科のいいところ二つだけあった。
高校時代、よく授業をさぼっては前科の部屋にみんなで溜まっていたんだけど、その部屋を僕が一度禁煙にしたことがあって、みんなはともかく部屋の持ち主である前科までもがそれに従ってくれたという、そんな無駄な優しさ。
実家だというのに鍵の置いてある場所を僕が知ってて、前科がいない時でも一人で勝手に入ってエロビデオ見ながら過ごしてることに何も感じない、無駄な大らかさ。

赤ちゃんはお母さんに似ますように。

三連星

小学校に上がる前から約10年住んだ家の斜め裏に「尾形くん」という3つ4つ年上のお兄ちゃんがいました。
家の門に掛けられていた「セールスおことわり」の看板が新しいのに変わった、ということ以外彼に関しては取り立てて記憶すべき出来事も無いのですが、尾形くんは面白くて明るいお兄ちゃんでした。

尾形くんのお母さんは恰幅がよく、その体つきだけではなく顔までもが映画に出てくる黒人の小太りおばちゃんを連想させる、なかなかのハードパンチャーでした。
その血を引いた尾形くんはお母さんと違って体は痩せているのですが顔は少し濃いめに造られていて、黒人と言うほどではないにしてもまあまあパンチの効いた顔をしていました。

彼が小学校を卒業してからはほとんど顔を合わせることも無かったのですが、どういうわけだか程よく顔の濃い人を見ると尾形くんを思い出してしまうことがあります。
濃い顔にも様々なタイプがありますが、全ての濃い顔に対して思い出すわけではなく、かと言って尾形くんタイプの顔に対してだけというわけでもなく、我ながらここは不思議な部分です。

ポイントとしては「程よく」というところと、キャラも尾形くんのように程よく濃くて明るい方がいい、といったところでしょうか。
そしてそれらは決まって女性です。

僕はそれらの女性を見ると実際にそうであるかどうかは置いといて、心の中で
「尾形くんに似てる」
と呟いてしまいます。

昨日、似てないのに「尾形くんに似ている」ソフィアが、職場の同僚二人をクラブに連れてきました。
ホセが昨日限りで学校を辞めてもうすぐ帰国するということで、クラスメイトの仲良したちと集まってのクラブだったのですが、初対面の人を連れてきたところで気に留める者はもちろん一人もいません。

ただし、二人ともソフィアに似すぎていました。

特にかなり年上に見える方は日活映画のような男臭さと日活ロマンポルノのようなエロ臭さが顔からにじみ出ていて、ソフィアと一緒に踊っているのを見た時はなかなか内臓に響きました。

近くにいたホセに「三人は家族なのか」と聞くと、「ノー」とのこと。
「にしても三人とも似すぎだね。プププ」
とホセに軽口を叩いてみたけれど、フラットに戻りホセのFACE BOOKを見てビックリ。
写真や友達からのコメントを見るとどうやらホセとソフィアは兄妹か親戚か何かみたい。

あーあ。またやっちまった。
ソフィアをあんなAV男優と似てるなんて言ってごめん。

写真は学校のカフェで撮ったもの。
上がホセとディアナ。彼女はパンチが効きすぎてる。
下が右から麗しきアマンダ。尾形くん。結婚して9年間、旦那に一度もデートに連れて行ってもらってないチリ人のマルタ。古き良き辛抱強い日本人女性のイメージ。チリ人妻アニータのイメージは全くない。
ところでロスィオってアニータにちょっと似てるよね。


気持ちが高ぶるーの(←忘れて)


お、嬉しい。
ブルーノからメールが来てる。
さすがブシドウ。

辞書をひきひき、がんばって返してあげよう。
昨日習ったばっかの文法も使っちゃえ。

2010年1月14日木曜日

ユキちゃん


ユキちゃんはちょっとミステリアス

人あたりも物腰もとっても柔らかく
その振る舞いは40過ぎのお姉さんなのに
首のしわも手首のしわも少なくて
肌だけ見ると20代の女のこみたい

ユキちゃんはちょっとミステリアス

ブログ用に写真撮ってもいいですかと聞くと
スタッフの紹介写真を撮られたあと実際に泣いちゃったくらい
写真が嫌いなんですと優しく断られちゃった
どうやらトラウマがあるみたい

ユキちゃんはちょっとミステリアス

お姉さんの振る舞いのくせして
ちょっとおっちょこちょいなので
しょっちゅう手先をけがしてて
どうやら天然みたい

 
何だこのポエム。
たった今、谷川俊太郎の文章を読んだばかりで思いっきり影響されちまった。チィッ。
(谷川先生はこんなしょぼいタッチで描写しません)

実際のユキちゃんはいいとこのお嬢さんみたいな雰囲気で、日本人からのみならず僕のクラスメイトのみんなから愛されています。
喋り方から何からアバズレの要素が一つも無いくらいに「シロ」な女のコだけど、実は足立区出身。なめんなよ。

普段は反権威主義をうたって粋がっている僕ですが「足立区」というブランドにはちょっと弱い。

北区と並んで23区で最も人気が無いのが足立区。
世界のキタノの出身も足立区。
矢吹丈が逆さに渡った泪橋のモデルとなった泪橋交差点があるのも、あ、違う、あれは南千住のすぐそばだから荒川区。

何年か前にレッカー車の兄ちゃんを後ろで待たせて、ブスの婦警とモメたのも足立区だったなあ。
結局免停になって違反者講習で「シ」「ー」「ト」「ベ」「ル」「ト」「を」「締」「め」「よ」「う」「!」の看板の「!」を持たされて一時間も交差点に立たされたもんなあ。
チッ、足立区め。

何の話だっけ。そうそう、ユキちゃんの話。
足立区出身に並々ならぬポテンシャルを期待しちゃうけど、怖いので本性は暴かないでおこう。

濁流


昨日はクラスメイトに誘われてパブに行きました。金曜でもないのに。
ラウールとロスィオと今日から登校のラウラも混じって、新旧のクラスメイト達と楽しんできました。
パブに着くと近くのテーブルには同じ学校の違う時間帯の生徒も来ていたみたいですでに盛り上がってます。金曜でもないのに。

僕らのテーブルはと言うと、「美麗」という言葉がよく似合う気品漂ったブラジル人のアマンダと僕を除いて全員スペイン語圏の人間だったものですから、ちょいちょい会話はスペイン語で埋め尽くされ、理解不能な僕は大半の時間を同じくうんざりしていたアマンダとの会話に費やしました。

おかげで、ポルトガル語圏のブラジル人にとっては、実はスペイン語よりも英語を覚える方が易しいということと、彼女の身長が182センチもあることがわかりました。
あと、笑うとちょっとだけロナウジーニョに似ちゃう残念なところも。

仕事などの用事でちょっとずつメンツも減ってきた頃、やや親日家のラウールが日本の文化や習慣について色々話してきて、その中の感想にこんなものがありました。

「俺の日本人の生徒に『学校とプライベートは別』と言って、授業中はかしこまっているんだけど、一緒に飲みに行くと急に人が変わったようにフレンドリーになる。あれ、奇妙だよね」

僕の経験から言わせてもらうとこの手の人間は大抵が仕事のできない人間です。
語弊があるかもしれませんが、きちんとけじめをつけることやフレンドリーになることを悪いと言っているわけではありません。
普通は「仕事とプライベートは別」と言うところなんでしょうが、要はプライベートの時間に意識を向けて、自ら好んでこの言葉を発する人間は、大抵が仕事(勉強)に対して不十分な情熱しか持ち合わせていない人間だということです。
おそらくこの近年でテレビか何かから繰り返し発信されたこのフレーズがお手軽に浸透してしまったのだと思います。

その後、ラウールが尋ねた
「なぜ日本はサムライの時代からわずかの時を経てここまでパーフェクトに進化したのか」
という質問の答えもその「浸透」に鍵があるような気がします。

英訳が難しかったから、経験者でもないのに当事国であるということを盾に、戦争と「原爆」を用いて答えたけど、それ以前に日本には大昔から大陸の文化に憧れては真似をして自分たちのものになじませたという歴史があります。(歴史、不勉強だからあんまり語れないけど)
強制的に受け入れさせられたという戦後との違いはあっても、日本人の国民性の重要な部分を占める「恥に対する観念」を大きく変えるものでなければ、日本人は元々何でも受け入れることが上手な国民なんだと思います。

とは言え「恥の文化」のみならず、日本人の日本人たる所以(ゆえん)というものは当然全ての日本人が髄(ずい)の部分で持ち合わせているものであり、いくら「私たぶんラテンの血が混ざってるの」とか「私よく日本人っぽくないって言われるの」とごまかしたところで、「きみは『いなか者の』という冠が付いた方の完全な日本人だよ」って言ってあげたくなります。

他人の庭で必要以上に自分の色を強調することは無いけど、海外で日本人然としてない日本人を見ると
「おまえ、無理してないか」
「演技過剰じゃないか」
そして
「おまえ、海外でも日本でも日本人に対しても同じように振る舞えるか」
と余計なお世話な心配をしてしまいます。

おそらく彼らにも共通することだろうけど、ブラジルにいた時、日本人の優秀性を恥らう日本人というのは多くいました。
その優秀性の代表的な一つが「日本人は金持ちである」という実際です。

ラウールの母国、社会主義国のベネズエラではお金をたくさん持っていることを良しとしない国民感情があるみたいで、どの政治家もいかに自分が一般市民と同じような貧しい生活をしているかということをアピールすると言ってました。

しかしこの感情はもちろん共産圏にとどまらず、ブラジル人からも
「いいよな、日本は金持ちで。ブラジルにいる金持ちも大抵が日系人だよ」
とやっかみでよく言われていて、僕はよく
「当たり前だろ。勤勉な日本人とお前らみたいな怠けものが同じだったらおかしいだろ」
と答えてました。

またこんなことも。

チームのキャプテンが「医者の方が稼げるから」という理由でサッカーを辞めるような、サッカーを一職業としか考えていないブラジル人たちには、お金を払ってサッカーをしている(サッカー留学をしている)日本人は奇妙に映ります。
それを馬鹿にして
「なんでそんな高い金を払ってサッカーをしてるの?クレイジーなの?」
と嘲笑混じりに聞いてきますが、親に出してもらった金で留学しているという引け目を考慮しても、ほとんどの日本人がその嘲笑に対して気持ち悪いくらいの苦笑いを返すだけでした。

子どもたちにものを教える立場になってから自分の両親のおかしなところばかりが目につくようになったのですが、うちの両親の数少ない良かったところで「高校卒業したらただの居候」という立場を僕に徹底させていたのものですから、実際に高校卒業後、家賃を支払いながら実家に住ませてもらって一年間働いてお金を貯めた末に僕は渡航していました。
なのでこんなセリフを言われる度に
「てめえの金をてめえで好きに使って何が悪いんだ。言ってみりゃお前の給料は俺んとこからも出てんだぞ。感謝しろよ」
とよく返していました。

差別用語トランプやフルチン川遊びが楽しく出来たのも、そしてブラジルという国が未だに好きな国であるということも、こういった姿勢のおかげだと今では思っています。

なんて自画自賛していたら、少し離れた席の「同じ学校だが時間帯が違うグループ」にいつの間にか日本人の女のコが混じっていたらしく、何に憧れてそうしているのかはわからないけど、貧乏人がガっついたかのようなバカでかい声で必死に笑い続けてました。

日本人相手にも同じように振る舞えるかい。いや振る舞わないで。
あ、珍しい。ラウールが嫌な顔をしている。

日本人が日本人論を語り出したら切りが無いんだけど、しっかし日本人って外国人に説明しづらい不思議な民族だよな。
ラウールも驚いていたけど、平和な国なのに自殺者が多いし。
何の受け売りだか「長生きしたくない」って粋がる割には、別れに女々しく未練を持つし。

昔テレビで見たカトリックのイタリア老紳士が「死」に対して
「死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。死なないで済むのなら橋の下で生活するのだって構わない」
とコメントしていたのは印象的だったなあ。
うちのじいちゃんも「もういつ死んでもいい」って言ってるけど本当は怖いのかなあ。
それともあの老紳士のコメントは特別なのかなあ。

とまあ、悪い癖で一つの対象からすぐに色々な記憶を引っぱりだしてはランダムに繋げちゃう。
こんなんだから授業にも集中できず置いてかれるんだな。
この回想癖め。空想癖め。妄想癖め。

そんな反省を持ちながら一人とぼとぼ帰り道。
シャッフルでかけたipodからはストーンズの『Wild Horses』が。
そうそう、この曲にも思い出があるぞ。

2010年1月13日水曜日

粉雪ともちょっと違う


放置されたゴミのせいだろう、うちの庭があまりに臭い。
雪解けしない道路状況のせいで公園に行くのをためらい、庭でシャドーボクシング8ラウンドをこなした一昨日、それに気づきました。

そんなわけで昨日は11時過ぎに(基本、フィジカルトレーニングは交互にシャドーと坂道ダッシュしかしないので)坂道ランでもしようかと公園に行ってみたら、トビーとワレとコーチのサミーが3人ですでに始めていました。
この寒い中、何と真面目なこと。

二ヶ月間ずっと知らなかったワレの名前を不躾にも今更聞いてみたり、それを他の二人が嘘の名前を教えて笑い合うというタルい空気の中、トレーニングは超ハード。座ってないのに立ちくらみを味わいました。
ゆっくりマイペースでやろうと思ってたのに。

帰り際、雪が少し残っているグランドをサミーが指して
「このまま雪が降らなくて、少しずつ雪解けしていったら明日には出来ると思う。仮に多少残っていたとしても明日はグランドで練習しよう」
と言いました。
僕がインフルエンザで休んでいたのを除けば、彼らも僕と同じ期間だけサッカーをしていないのでうずいているみたいです。

雪の日のボールって硬くて痛いんだよな、なんて思いながらも久しぶりのサッカーを楽しみにして帰りました。

そして翌日である今日、明けてきた外はまた雪。

このパターン前にも味わってる。

笑いの技法で言うところの「天丼」ですか。面白くないんですけど。
あでもこの前はぼた雪だったけど今度は「小雨」の雪バージョンみたいな細かい雪になってるじゃんパターン少しいじってきたんだね、ってどうでもいいよ!
と慣れないノリツッコミをしたものだから、切れも悪いし無駄に長いし、罰として雪は止む気配が無くどんどん降り積もります。

あ、パオラがこの時間に家にいるってことはアイツの学校、休校になったってことだな。
とりあえずBBCでも見てみよう。

2010年1月11日月曜日

パンチョ!ムーチョ・パンチョ!


金曜のパブでラウールが言ってた通り、久しぶりにロスィオが登校。
カフェで再会して大喜びです。
あらユキちゃんも気づいて大喜び。
ちなみにこれもパブで言ってたんだけど、ラウールは半年くらいうちのクラスのままみたい。
重ねて喜び。

その犠牲ではないけどラウールから嫌われコリンに変わった自分のクラスの悲惨さに一通りロスィオが嘆いた後
「ところでカン(うちの中国人)が欠席してるけど今日どうかしたの?」
との優しい気遣いが。

すげえな、アイツ。三日どころか初日で挫折している。

その後、ロシア女が隣に座ってきたので頑張って話題を探して、サッカーのロシア代表の中心選手、アルシャビンの話をしてあげました。
「え!キッチー、アルシャビンを知ってるの?日本でも有名なの?」
と食いついてきたから、女の子なのにサッカーの話が出来るなんて珍しいな、なんて思いながら、そういえばロシア代表ってワールドカップ本大会に出場するんだっけ?と続けました。

「興味ないから知らない」
とのこと。いやあ、急に飽きたりするあたりのおまえの我がままっぷり、いいねえ。

このコは明日の登校を最後に帰国するとのこと。
なんか祝ってあげようかな。


下校中(なんかいいねこの響き、「帰宅中」よりも)近所のスーパーに寄って買い物をしていると少し離れたところにブサイクコンビが。

「同居人とこういうところで会うのってちょっと嬉しいな、しかし相手は『ちょっと嬉しいな』最下層のブサイク二人」
と胸中で毒づいてみたけれど、大昔に同棲してた女のコは食料品を買いに行ってくれることすらなかったな、と思い直して彼らと一緒に帰ることにしました。
少し距離があったのでわざわざ彼らには声をかけなかったけど、先にレジを済ませた僕は入口で彼らをこっそり待ちます。

そしたらそこにはベンチに繋がれた可愛い犬が。
自分を残して買い物している主人を恋しんでいるのか寂しそうな声で鳴きながらも、通行人に頭を撫でられては尻尾を振っています。
どっちだよ。

とりあえず僕は繋がれているベンチに腰掛けながら、飼い主がいないのをいいことにその犬に勝手に名前をつけてじゃれ合いました。

「パンチョお手。ほら、お手。お手しろよパンチョ」
やばい。飼い主が戻ってきた。と思ったら違った。頭を撫でたいだけの人だった。

結局飽きたのでブサイクコンビは待たずに一人で帰りました。

「知り合いの話なんだけどさー」


愚痴の多いルームメイトの中国人がまたカジノで給料全額スッたらしく、交通費すら無いので今日から次の給料日まで歩いて学校に行くと言い出しました。

昨日、自己嫌悪にまみれた彼の生い立ちをうっとうしくも聞いてあげたのですが、まあ何と甘やかされて育ったことか。
成人も過ぎているというのに、ロンドンへの旅費も学費も家賃も、今のところ全て家族に払わせているうえ、その家族たちに対する愚痴がまあ、こぼれることこぼれること。

親にばれたら国に戻される。ロンドン在住の叔母さんにもばれたくない。もう何度も同じことを繰り返してるので従兄も貸してくれない。
と、さんざん愚痴をこぼした後で何度目かの
「絶対に自分を変えてみせる!」
が出ました。
絶対変わりません。

月並みな意見で申し訳ありませんが、彼に必要なのは強い意志やモチベーションではありません。
周りの人間や出来ごとに対する感謝です。
そしてそれを出来るようにするための新しい習慣の積み重ねです。

先ずは自分がどれだけ幸せかを自覚して、周りに対する思いやりや気配りを持たない限り
「今日から給料日まで誰からも金を借りずに学校まで歩き続けます」
と大見え切って、片道一時間半の道のりをスタートしたところで彼の根性なら持って三日がいいとこ。
まあ、気をつけて行ってらっしゃい。

ところで、幸せの容量というのは本人がどう受け止めるか次第によって決まるものですが、僕の知人にこんな対照的な二人の女のコがいました。

何年か前、二人はともに「自分ではない本命の恋人がいる男性」と、それを知ったうえでの恋愛をしていたのですが、二人ともほぼ同時期に同じような経験をすることになります。

本命からかすめ取った彼との時間をしばし共有し、じゃれついた余韻も冷めやらぬうちに散らかっていた男の部屋を片付けていると、恋人と楽しそうに写っているその男のプリクラを発見してしまいました。
と、ここまでは二人とも同じ体験なんですが、この後の対応が違います。

一方はその男に詰め寄って
「何でこういうのを隠しておくことが出来ないの?こっちはわかってて会いに来ているとはいえ、そういう気配りの一つくらいしてくれてもいいんじゃない?もう、さっきまでの幸せが台無し!」
と怒って帰ってしまいました。

ところがもう片方は、彼に怒るどころかお礼を言ったみたいです。
「これ、わざとここに置いてたんでしょ。私に変な期待を持たせないように。私が早くあなたから離れられるように。そういうところがあなたらしいね。ありがと」
そう言って悲しく笑いました。

プリクラの真意がどうであれ、彼女たちの対応に関しては好き嫌いの問題なのでどちらがどうとは言いませんが、なかなかわかりやすくて興味深い話です。

そう言えば別のコが、自分の彼氏の浮気現場に遭遇し、裸で寝ている浮気相手との一通りの修羅場を終えた後、彼氏と二人になってこんなことを言いました。
「浮気相手にあなたの枕を使わせて、私の枕をあなたが使っていたのは嬉しかった」

これも好き嫌いがあるだろうし、字面通りには収まらない感情も彼女にはあったと思うのであまり深くは言及しませんが、しかしうちの中国人にも彼女たちの精神をちょっとは見習ってほしいものです。

と、偉そうに感謝や幸せについて説いてみても、引き合いに出した題材のモチーフにスケコマシが堂々と構えているので今一しっくりこない。
あくまでこれ、例えばの話みたいなものということにしよう。
いや、こんな例え話しか出来ない方が問題か。

教訓にざらついた話しか持ってこれない自分の過ごしてきた環境に感謝だな。
幸せ幸せ。

2010年1月10日日曜日

独白


あ、カタリーナとピーフィーが遊びに来てる。
と思って下に降りて、ほっぺとほっぺを左右一回ずつくっつける空キッスの挨拶。ちなみにブラジルでは右左右の合計三回。

特に話す話題もなかったのでまたすぐに自分の部屋に上がり、時間を潰していると今度は旅行に出ていたファビアンの声が。
また降りて、久しぶりの再会に握手を交わし、パソコンで何やら作業をしている彼に問うてみると、新居を探しているとのこと。
てことは見つかるまでのしばらくの間はサミーの時と同じようにこのソファーで寝ることになるのか。三人部屋は物置にされちゃったからしょうがないよな、と思っていたらファビアンの携帯にコールが。

二言三言話した後に電話を切って
「旅行帰りのカリーナの荷物を手伝いに、今からバス停まで迎えに行ってくる」
とのこと。で、今知ったんだけど彼等は従姉弟同士みたい。
だから女二人と男一人の三人部屋なんておかしな状況が成り立ってたのか。成り立ってたのか?パオラの立場は?

と、もう過ぎ去ったどうでもいいことを思ったけど新たな疑問が。
カリーナ、今日どこで寝るの?
三人部屋は「不動産屋が鍵をかけにくるから入れなくなる」ってだいぶ前に言ってなかったっけ。


ところでカタリーナとピーフィーが帰るときに彼女たちと再びした「ほっぺ空キッス」で思ったんだけど、元々の生まれ持ったものを除くと、女性の匂いには、香水のみならず、洗髪剤や整髪料、それに化粧の匂いというものがあります。
それを考えずに「浮気がばれるから香水つけてこないで。この後彼女に会うから」と浮気相手に言ったところで、ファンデーションの匂いはバッチリ移るわけだからあまり意味がありません。

自分で言うのもなんですが今では生真面目で誠実な中年の僕が、二十代中頃までは不埒(ふらち)で不躾(ぶしつけ)な男だったもので上記のセリフを実際に発言していたのですが、これはちょっと浮気相手にも失礼というものです。
あの頃の僕に言ってやりたい。
「移り香は全部受け入れて、彼女にはラテン人たちとの集まりがあったと言えば大丈夫だよ」
 
大丈夫じゃない。そして言わなくていい。


あ、カリーナが帰ってきた。どうやらカリーナがソファーで、ファビアンは友達の家に行くみたい。

今日は


中学生のころ、自分がサッカーで世界チャンピオンになるものだと信じて疑わなかった僕が、将来インタビューでサッカーを始めたきっかけを聞かれた時に「兄ちゃんがやってたから」という答えは全然ドラマがないなあ、なんて要らない心配をしていました。

高校の時に、その後長いこと後遺症が残るくらいの大怪我をするのですが、キャプテン翼のように全国大会の決勝でゴールポストに激突したから、という劇的なものではもちろんなく、練習試合で競り合いの際に変なふうに足をついちゃって、というものでした。

ブラジルに行こうと思ったきっかけは、中学のころ家出をしたときに田舎町らしく学校中で騒ぎになり、あっけなく先生につかまって「てっきりおまえは空港でブラジル行きの飛行機を眺めながら泣いているのかと思った」という、たぶんその当時の僕の「プロになりたい」という発言から大幅に解釈を捻じ曲げた末のコメントをされ、それに影響されたからというものです。

こんなふうに今の自分の日常や人格に少なからず影響を与えている大きな出来事や習慣のきっかけというのは、小説と違って現実世界を生きている僕にとっては大抵があっけないものです。

イギリスに来たきっかけはというと、数年前月並みな幸せ選ぼうとした僕に対して
「本当にそれでいいの?あの夢はどうしたの?」
とある女性が、前に半分寝ぼけながら夢物語的に僕が語った夢を持ちだして問うたからというものです。

あのときのお互いの状況を客観的に考えるとおそらくは嫉妬混じりの言葉だったんでしょうが、音の上では具現されたその言葉がやたらと僕に(変な表現だが)夢という現実を突き付けているみたいで、
「あなた、今後の生き方をここで決めなさい」
と詰め寄られた気分でした。

また僕が「いい人間になりたい」、「世の中のためになる人間になりたい」と思ったのは、貧困や圧政に苦しんでいる人々の話をそこそこ有名な映画で知ったから、というものです。
それをDVDで観たのですが、場所はラブホテルで、僕の隣にはその女性が結構な鼾(いびき)をかいて寝ていました。

ラブホテルというシチュエーションは軽い笑いに持っていくことが出来るからいいとして、演出好きな僕としては「映画を観て」というキーポイントはあんまり言いたくないものですが、たいていのきっかけはこういうものです。

ちなみに僕はその女性のことが大好きだったのですが、理由があって悩んだ末に別れました。
優柔不断な僕が後にも先にも唯一僕から別れを告げた女性です。


もうきみに会うこともないだろうけど、女々しくも未だにきみに感謝をしているし、やはり女々しいからか誕生日も覚えています。




と思って一応おめでとうメールを送ってみたら日にち間違えてた。ダメだこりゃ。

2010年1月9日土曜日

天然パーマネントのきったなさは二人ともダイナマイト


昼前にダイニングの窓からお天気雨ならぬお天気雪を眺めて、近頃の天気が記録的な寒波であることを日本の報道でもコロンビアの報道でも伝えていることをマリアと話しながら遅めの土曜日の始まり。

僕の英語が上達していることを僕より英語が喋れるマリアから褒められて、いい気になりながらBBCニュースにチャンネルを合わせました。
それによれば明日くらいに10センチだか15センチの積雪が予想されていて、この前の40センチに比べて大分リアリティーがあるな、なんて思っていたらマリアいわく月曜にはマイナス10℃くらいになるとのこと。

ただしこちらの気持ちとしては、それを見越して今のうちに「運動溜め」しておこうかなと外に走りに行くわけでもなく、ダイニングのソファーでゴロゴロとインターネットを決め込みました。

そこへブサイクコンビの兄貴分、眉毛が繋がっていない方のファンパオロがやってきて
「キッチー、今日は予定があるのか」
と聞いてきたので「無いよ」と答えると、俺達と一緒にお城を観に行かないかとのこと。

城にも観光にもビタ一文興味が無かったけど、ブサイクコンビへの興味は山ほどあるので、のんびり気分を捨て去って寒空の下、一緒に出かけることにしました。

見てくれのインパクトと違ってシャイなフリアン(フリアーノじゃなかった)とは対照的に、顔のみならず胸の張り具合までもが気持ち悪いファンパオロは、内面に関しても『愛すべきバカ』の資質を持っているナイスな野郎です。

バカの特徴でパッと思いつくものに、
「思いついたことを考える前に言っちゃう、やっちゃう。
覚えたての言葉やお気に入りの語感のフレーズを無意味に乱用する。
躁病のようにテンションが高い。
空気を読めないし、読む努力すらしない。
巻き込まれた周りの人間が誰一人として幸せにならない。」
というものがあります。

それを覚悟しての『野郎三人旅』が始まりました。

フラットを出てすぐの初っぱなは、氷になっている地面を見つけては、キャッキャキャッキャと嬉しそうにスケートの真似ごとです。
案の定転びかけた「鳩胸ダイナマイト」のファンパオロに、雪を見るのはロンドンが初めてかと聞くと、やはりそうみたい。
「雪は楽しいよ。70パーセントくらい。残りの20から30パーは危ない」
とまあまあ下手な英語で言われたけど、100に足りなくなることを一切気にも留めず「20から」と言ってしまう辺りにポテンシャルを感じます。

バスの中では二階席の一番前に座ったのですが、曇った窓ガラスが嫌だったみたいで「ちゃんと見えるようにしなきゃ」と何目線なのかフロント側のガラスを手袋で拭き、サイド側上部にある窓を全開にして、風が直で当たる真後ろの座席の人を凍えさせてました。30秒で閉めてやったけど。

途中、「このバスで目的地まで行くから大丈夫だよ」という僕の助言をファンパオロが押し切って、「違うよ、ここで乗り換えだよ!」と無理矢理僕らも巻き添えにして降車した直後、バスの行き先表示を見て5秒後に同じバスに乗車。

着いたら着いたで「切符買ってから入場口に行くんじゃないの?」という僕の質問を無視して、手ぶらでモギリの姉ちゃんの所へ。姉ちゃんの券売所の場所の説明が理解できないのか、その場で金を払おうとするので、最終的には「坂の上だよ!」って姉ちゃんを半ギレさせてました。

ただでさえ、激烈な寒さのせいで入場前からここへ来たことを後悔しているのに、ファンパオロの馬鹿さ加減はこうして拍車をかけてくれます。

場内は撮影が出来るところと出来ないところがあって、「ここに来るのは二度目」のファンパオロは撮影禁止の王冠を、係員の前で堂々と撮影をして怒られてました。

メインである中央の塔に入った時は色々な鎧やら武器やらが展示されていて結構面白かったんだけど、最終的にはそこで彼らとはぐれました。
見て、聞いて、触って、の『体験コーナー』みたいな家族向けのフロアに行った時、家族連れ以外はたいていスルーするのにも関わらず、ファンパオロだけがチビッ子に混じってがむしゃらにモグラ叩きまがいのゲームをして盛り上がっていたので、フリアンと一緒に塔内の終着場である土産物コーナーで売り物を眺めながら待っていました。

そして気づくといつの間にか二人で先に出ていってしまったのか、フリアンも見当たりません。
携帯の番号を聞いていなかったことを思い出し、仕方なしに花火大会の時同様、自分のペースで場内を楽しみ、彼らが見つかっても見つからなくても飽きたら一人で帰ろうと決めて、他の塔のつまらない展示物をノルマのようなペースでやり過ごしました。

そして、雪も強くなってきたしお腹も減ったし、と出口に向かおうとしたところでフリアンにばったり。

「何してたんだよ。ずっと探してたんだよ」
と嬉しそうな笑顔で言うもんだから、本当のことは言えず
「俺もずっと探してたんだよ」
と満面の作り笑いで返してあげました。

その後、二手に分かれていたファンパオロとも合流して場外へ。
黄昏時の雪景色のタワーブリッジがきれいなブルーの色合いを出していてロマンチックでした。が、僕の隣には二人のブ男です。
さ、帰ろ。

帰り道にあった土産物屋に入ったときは、ファンパオロがハナから買う気もないのにパーティー用の帽子を片っ端からかぶって、その全てを記念撮影してました。撮ってあげるフリアンもフリアン。

ちなみに行く前に「どこに行くの?」とか「場所の名前は何?」とかの僕の質問に
「エンリ8世の城」
とヘンリーを思いっきりスペイン語読みで教えてくれてたけど、土産グッズに書かれているロゴから、今見てきたところがあの有名な『ロンドン塔』であることが判明。僕がロンドンで唯一名前を知っていた観光名所。

それをわかってて観ておきたかったなあ、などと思いながら少し遠めのバス停まで歩いているときに、ファンパオロが
「寒いから体あっためるためにバス停までジョグしない?」
と言って走り出しました。

こういった本能に忠実なバカの行動には尊敬や憧れがあったので、僕もフリアンとともに彼に続いて走り出しました。
きっとこいつは寒さに関係なくても「ただ走りたかったから」という理由だけで走り出すことも出来る男前なんだろうな、と思いながら僕もフリアンもぐんぐんファンパオロを追い抜いていくと、30秒もしないうちに
「もうあったまったから歩こうぜ」
と言いだしっぺからの提案が。これもバカのいいところ。

ただし僕もフリアンもペースを緩めなかったので、彼は残りの数百メートルを苦悶の表情を浮かべながら走ることになりました。
いいねえ。いい顔してる。中2くらいまでの女子だったら見ただけで吐く。

帰りのバスでは、誰のせいで僕と二人がはぐれたかを言い合ってましたが、バスを降りた後に寄った八百屋を出た時に、そのままフラットとは反対方向に歩きだした僕の方向音痴さ加減を見て、
「やっぱり原因はお前だな」
とファンパオロに言われました。

しまったー!流れから言ってここは絶対に逆じゃないとダメだろ!よりによってアイツに言われるとは!最後の最後でしくじった!一生もんの屈辱!
と悔んだところで、時すでに遅し。

長い長い一日の終わりに新しく試してみたビールがまずくて残念だけど、ひたすら疲れる一日をプレゼントしてくれた彼らに感謝です。

上の写真は入場前にロンドン塔の前で撮ったもの。彼の鳩胸も白髪も、滲み出ているはずの馬鹿も全然表れていない。この場合「写真うつりが悪い」と言った方が正しいんだろう。

前に杉並で竹原ピストルのライブを観たときに、CDで聴くのとは全然違う、そして僕の語彙能力では到底表現できない彼の仕事ぶりの素晴らしさに「世の中、計測できないものや記録できないものなんて自然の壮大さ以外にもやっぱりあるんだなあ」と改めて思いました。
その時とベクトルは真逆だけど、彼の写真を見て持った感想も同じです。

こっちの方がいくらか伝わるかな。


あ、「フリアンもフリアン」とか言っときながら俺も撮ってる。

2010年1月8日金曜日

あの川から水死体が発見されたこともあったな。


今週からうちの学校に来た新人たちの中の一人に、お父さんが合気道の先生をやっていたという親日家のフランス人がいます。
ブルーノという名前を聞き、ジゼーリと出会ったブラジルの下宿先の大家の息子が同じ名前だったな、などと回想を試みましたが彼との思い出は特に無し。

クラスメイトのブルーノはお父さんから教わった「ブシドウ」の影響か、日本人のように謙虚でありつつもフレンドリーで、地図を広げながら「こことここが散歩するには最高だよ」とか要らない情報をたくさんくれます。お前より長くロンドンに居るんだって。
また、授業前に話を持たすためだけに聞いた『疲れた』のフランス語訳をその場で教えてくれたのはいいけど、更に一時間後の授業中に急に思い出したかのように、「正確には『私は疲れています』だからこれが英語の『 I 』にあたって・・・」などと律儀に文法まで解説してくれます。授業の邪魔だって。
あれおかしいな。文面だけ見ると謙虚に思えない。

でも実際は前に出るタイプの子ではないので、クラス一の我がままでヤキモチ焼きのロシア女が発言した答えの間違いを正しちゃうという慣れないことをしたときなんかは、ロシア女の怨念こもったメンチでそのままじっとり殺されちゃうんじゃないかと心配になります。
頼むロシア女、俺越しに睨まないでくれ。肌が一気に老けそう。

そのブルーノは今日を最後にわずか一週間の受講だけで一時帰国。また二月に来るみたいで僕のメールアドレスと僕のフルネームを英語と漢字でねだるので教えてあげました。かわいいヤツめ。

金曜日なので授業後はパブに行き、戻ってきたらおまえに奢らせてやる、ということでビールを一杯奢らせてもらったけど、本当に戻ってくるかは不安なところ。
ブラジルやペルーで手紙の約束を反故にされたことなんていっぱいあったからなあ。

でもまあ「ブシドウ」を知っている彼のことならと考え直し、戻ってきたら一緒に遊んでやろう、と上から目線で何して遊ぶか考えてみたけど、真面目な彼とは趣味が合わなそう。
宮崎でオージーのベンとはサーフィンという共通の趣味があったし、成田でラテン人のカルドーゾたちとはチームメイトだったし、ブラジルでは週末何して遊んでたっけ?

黒人たちと差別用語バリバリでのハイテンションなトランプ。白黒のテレビで『SUPER NINTENDO』。フルチンで川遊び。

無理だなあ。特にフルチンで川遊びはロンドンでやったら確実に死ぬなあ。運が良くても逮捕だなあ。
とりあえず週末のパブでいっぱい話を聞いてやろう。(何目線?)

2010年1月7日木曜日

過去と今日の反省


積雪40センチは丸っきしの嘘で、一夜明けた今日も普通に歩道を歩ける程度でしたが、さすがにサッカーは無理。
あきらめて朝から真面目に勉強して、登校前に用事を二、三済ませました。

昨年暮れに腐れ縁のアバズレからのメールでこんなのがあったので、昨日のうちに買い物は済ませて先ずは郵便局に向かいます。

『そうだったんだね!
 ロンドンは寒いでしょ。
 あのですね、とてもあつかましいのを承知でお伺いしたいのですが。
 お代はもちろん支払わせて頂きますので、子供の好きそうなオヤツとか送
 って頂く事できますか?
 うちの坊っちゃんは、駄菓子は食べないのね。海外のオヤツとか興味ある
 みたいで(笑)

 ではでは、日本は只今19時過ぎ。
 キッチーにとって、よい2010年になりますよう!』

僕が人の頼みを断れないことと、女のコにお代を支払わせないことを熟知している彼女の思惑に素直にはまってあげて、寒い中ブツクサ言いながら郵便局に向かいました。
ちなみにこのコはペルーで音信不通になったあの女のコ。
愛すべきかどうかわからないけど、付き合いの長いアバズレです。あの時よりよっぽど連絡をくれる。

そう言えばバーテンダーをしていた当時、奇しくもロンドンでプロのバレリーナをしている友達がいて、どんなずさんな生活を中東人の彼氏と送っていたかはわからないけど、家賃が払えないからとの理由で仕送りを頼まれたこともあったっけ。あのお金、有意義に使ってくれたのかな。
そのコは帰国後の一時期、翌日が休みなのか金曜の夜中になるたびに僕に電話をかけてきて、自分の身の周りの男のダメさ加減を何時間もこぼしていました。
何度も言うけど、こっちは大事な仕事が毎週土曜にあるんだって。

なんてことを思い出しただけでも、自分は結局「ダメな男なんだな」と嘆いてしまいます。

郵便局に着くと、局員の優しいおっちゃんを僕の会話能力で困らせながらも何とか手続きは終了。
僕の荷物のように迷子になりませんように、とか願いながら、段ボールの代わりに用いたプーマの箱を手渡した直後、中に便せんを入れてないことに気づきました。

頼まれたお菓子ですら、きつめのサイズの箱にクッキーをボキボキ鳴らしながら無理矢理詰め込んだやらされ感が漂っているのに、ガサツさはそれだけにとどまらず、他にオモチャやポストカードなどの記念品を入れることもないし、それどころか便せんでの挨拶一つを添えることすら出来ない。

自分の気配りの無さに、そして思いやりの無さに、やっぱり自分は「ダメな男なんだなあ」と溜息をついてしまいました。
ちょっとはうちの女のコたちを見習おう。

写真はうちから駅に向かう際に最初に曲がる通り。
南に向かうこの通りは、晴れた日はいつでも低い位置にあるお日様が朝日か夕日に見えるので、けっこう好き。

と、こんなどうでもいいことを書いても誰にも怒られないのがブログのいいところ。金銭のあれこれも発生しないしね。

2010年1月6日水曜日

今日の嬉しかったことは3度目の狐を見れたこと


世界的に新年といえば入れ替えのシーズンなのか、今週になってフラットも学校も周りのメンツが少し変わりました。

休んでいるだけなのか辞めたのか、クラスでは去年のメンツがいくらか減って新しい生徒が数名増えて。近いうちに帰国したり、別の学校に移るコも何人かいるみたいです。
あ、そういえばロスィオもラウラもまだ見てない。
ロスィオに関しては他の学校の話をしょっちゅうしていたしなあ。移っちゃったのかな。
ユキちゃんは健在。相変わらずのニッコニコでした。つられてこっちもニッコニコ。

フラットの方は、空いたカタリーナ姉妹の部屋にどんな女のコが来るんだろうと期待していたら、パンチの効いた顔面の、ブサイクコンビが引っ越してきました。
名前は確かファン・パオロとフリアーノ。コロンビア人。
フリアーノの方は眉毛がなかなかしっかりと繋がっていて、元部下のセバスチャンを思い出させるものがあります。さすが本場。

こいつらも兄弟なのかな、ひょっとしておホモだちってことはないよね、ゲイはセバスチャンだけで充分だよ、とも思ったけど、ブ男同士のゲイなんてかなりの破壊力じゃないか、と考え直して一人ほくそ笑んでいます。
神様からの素敵なお年玉。

イタリア旅行に行っているカリーナも戻ってきたらすぐにフラットを移るということで、隣の3人部屋はパオラ一人になるため、彼女は一階のマリアの部屋に移り、空いたその部屋を不動産屋の倉庫代わりに使うことになります。
そんなわけでこれからは7人暮らし。

そんな中、サッカーのメンツだけは大した変わりばえは無く、昨日はわずかな新入りを除けばみんな見慣れた連中で、久しぶりの再会に「ハッピーニューイヤー」の挨拶を笑顔で交わしました。
ただし「ブランク後の練習再開のため今日一日は芝での練習は無し、みんなでフィジカルトレーニング」ということでまたもや坂道ダッシュをやらされる羽目に。
ミニゲームも含めて本格的な練習は明日からみたいです。
休みの間、そこそこまめにコンディションを整えてきた俺の立場は?と言いたくもなったけど、同じ坂道ランでも大勢でやる方が身も入るし楽しいので、ちょっとご機嫌でした。

フィジカルが終わると、坂道と『俺の遊具広場』の間の通り、通称スライディングロード(女の子が自転車から滑り転げたのでそう呼ぶことに)でみんなでリフティングをしました。
長いことボールを触ってなかったせいか自分でも驚くほど下手くそになっていて、サッカーが無い週末に自主練するためのボールでも買おうかな、などと今真剣に悩んでいるところです。

中年が公園で一人でボールを蹴っている姿を想像すると我ながらちょっと哀れにも思うし、
「でも若者が着そうな派手な柄シャツとかは、意外と年いってから着た方が貫録が出ててカッコよかったりもするから、これって実は『自主トレ』に関しても当てはまるんじゃないかな」
てなことも思ってみたけど、ダメだ、どっちにしろ童顔だからガラシャツも自主トレもダメだ。ああ、でもボール買ったらまた童心のワクワクを味わえるんじゃないかなあ・・・

とまあこんな感じで悩める乙女です。

ウジウジしててもしょうがない!
とりあえず今日のミニゲームを思いっきり楽しもう!
まずは日も昇らぬ早朝のうちから真面目に勉強!
そして明けてきた外を見たら、大雪!

チッキショウッッッ!!
すでに一カ月もまともにプレーしてないのに!!

BBCニュースを観てみると、「FROZEN BRITAIN」の表示で各地の記録的な雪を放送中。
猫なのに雪の上で仰向けに寝転んでいる映像や、道路の整備員らしきおっちゃんらが子どもたちと雪合戦をしている様子を見たときはちょっと微笑ましくもなったけど、「40センチの積雪」のテロップが出てきたときには、
「これでしばらくはみんなとの練習はおろか、一人坂道ランやシャドーボクシングも無理だなあ」
と嘆きました。
この雪でパオラの学校も今日は休校みたい。

外では今、生まれて初めて見た雪なんでしょうか、ブサイクコンビがフルスイングではしゃぎながら笑顔で雪合戦をしています。
いい顔してる。中2くらいまでの女子だったら見ただけで泣ける。恐怖で。
 
てアホなことを考えていたら、元クラスメイト(学校は今も一緒)でルームメイトのカンが
「スィ―ユー」
と、ダイニングに溜まっている僕らに声をかけてきました。
パオラが「仕事に行くのか」と尋ねると「学校へ」とのこと。
あらあらお気の毒さま、行ってらっしゃい気をつけてね。え!あるの!?うちの学校やってんの!?

今から急いで準備です。

2010年1月4日月曜日

ロンドンに来て唯一のストレスがこれだなんて幸せか


11月上旬に日本から発送された荷物がまだ届かず、明らかにイギリス側の不手際のせいで行方不明状態に。
日本の郵便局の職員やら何やらが追跡調査をしてやっとせっつかれたのか、約一ヶ月ぶりにサイトのトラッキングリストが更新されてました。

「差出人に返送・保管期限切れ」

っざけんな!!先ずは一度でも俺んち持ってこい!!
最低限、返す前にこっちに確認しろ!!
と怒ったところでこれをどこにぶつければいいのかもわかりません。

昔から仕事のできない人間には殺意がわく、というほどではないにしても「結構デカめの冤罪でも喰らっちまえ!」と毒づきたくなるくらい大嫌いで、全ての人間に対して清々しいほど平等な僕はもちろんイギリス人に対してもそう思います。
しかも客商売なんかに対しては結構厳しめの評価なので洋の東西を問わず、ほとんどの飲食店で
「早くこいつクビにしちまえよ、店長」
などと思っています。

とはいえ「他人に厳しく自分に優しく」のご都合精神なので、前の職場で仕事のできない部下たちを解雇することはほとんどありませんでした。

支部や本部の立て直しで転勤させられた時の移動直後など、体質改善のための人材入れ替えで前任者が採用した従業員を退職させることはあっても、新規事業部などで自分が採用した人材を解雇することは一度も無かったと記憶しています。

四年ほど前だったでしょうか、そんな話を約三十年来の付き合いで、夫婦の事情により当時から新潟で税理士をしている『ビーバップ』に話したところ、健全不健全を問わず様々な会社の経営状況を見てきた彼は、人材に関してのみならない色々な経営論をアドバイスしてくれました。

自分が採用した人材を切ることができない僕には起業は向いてない、という趣旨の身のほどを僕が打ち明けると、昔から僕を過大評価してきた『ビーバップ』は
「いざ実際、経営者になったらできると思うよ」
とさらりと言ってのけたけど、どうかなあ。
それと人材うんぬんの前に肝心な持続力が無いもの。

そう考えると福岡で独立した『ヤンキー』は素直に凄いなと思います。

僕が福岡を去った後、後任で九州支部の責任者に就いた『セバスチャン』がわずか一カ月で赤字に転換させるという離れ技をもって、その後経営を右肩下がりに転がしました。
そして支部自体もわずか一年で閉鎖に追い込みます。

その時たまたま親戚の弔事で新潟にいた僕は、閉鎖の報告をセバスチャンからではなくヤンキーから受け、彼の起業に対する本心を聞き出し、独立のための簡単なアドバイスをしました。
そして結局セバスチャンと再び組んで同じ職種の仕事を自営で始めることになるのですが、元ヤンだけあって上下関係に律儀な彼が、元上司で年上のセバスチャンを上手く使いこなすことは当然出来るはずもなく、現在はその苦労を強いられています。

「だから言っただろ。一つの営業所を閉鎖に追い込んだ当事者と組んじゃ駄目だって」
「あーあ、キッチーさんの言うこと素直に聞いておけばよかったー。いや、でも最初は一人だと心細かったからなー」

ヤンキーのセバスチャンに対する愚痴を聞くたびに、お互いこんなセリフで締めくくりますが、今だから言うけど実は
「一人で立ち上げるのが不安なら、今やる気を失くしているセバスチャンを口説いて二人で始めるのも手だよ」
と新潟から電話で、僕ははっきりと発言しています。ごめん。
一応言い訳として「ホントは当事者とは組まない方がいいんだけどなあ」くらいは言ったからね。

あとそれから、宮崎にいた時ちょいちょい遊びに行って邪魔したりしてごめんよ。
それといつまでも先輩風ふかしてああしろこうしろ言ってごめんよ。
これに関してはアドバイスは求めるくせにそのほとんどを実践してないおまえが悪いんだよ。
あと朝おまえを起こす時、よく腹の上に乗っかったのもごめんよ。
これも、仕事なのに起きないおまえが悪いか。

あ、俺、こいつにはあんまり悪いことしてない。




葬式が終わり新潟から当時の棲み家、名古屋に帰る前に新潟在住の『ビーバップ』を呼び出して駅前で飲みました。
疲れていたので何を話したか覚えてないけど、もし一連のこの話を『ビーバップ』に話していたら、彼はどんなアドバイスをしていただろう。そういうのは空想しないでいいか。

いろいろと経営だとか仕事だとかに厳しめの言葉を言ってはみたけれど
「でもおまえ今仕事してないじゃん」
とかは言いっこなしよ。
「しかも丸一年」
とかはもっとなし。

とにかくヤンキーもセバスチャンももっとガっつけよ。(先輩風)

ターコイズはあなたの誕生日と相性が悪いだとかくだらないことをヤツは言うけど安心しろ、これはフェイクだ


身につけているものを褒めるのはコミュニケーションにおける入口みたいなもので、最近、このブレスレットとリングに興味を持った友達から話しかけられる、なんてことが続きました。

チャンピオンの手造りブレスレットに極太の手造りリング。

一つひとつは気に入っていても、実はこの組み合わせは着る服との相性によっては難しいのであまり好きではなかったのですが
「もし事故かなんかで突発的に死んだ時、片方だけ付けてたりなんかしたら、つけてなかった方を造った方が悲しむだろ」
などと二人のうちのどちらかが言ったのか、はたまた僕自身が言ったのか、こんな理由でどちらかをつけたい時は両方一緒につけるようにしています。

くだらない事情で、スーツ姿にこのぶっといリングを薬指にはめて遠出した時が一度あって、指輪はギリOKだけどさすがにスーツにパイソン革のこれはなあ、と思い、ブレスレットを部屋に置いて出かけたのですが、名古屋東京の往復の間、死んだらどうしよう、とそればっかり考えて気が気じゃなかったので、以来必ず二つ一組で身につけるようになりました。
カリーナのブラとパンツなんて目じゃない。

ファッションというよりも御守りです。
ここんとこ毎日つけてるってことは、ある意味脅迫です。

心の中では「ゆうコリン」と呼んであげる


ロスィオの情報どおり講師はラウールに変わっていました。
喜ばしいことだけど、僕の聞き取りが間違えてなければ、これからは一カ月単位で講師がローテーションするみたいです。
となると来月はみんなの嫌われ者、コリンか。まあ僕自身は全然嫌いじゃないからいいんだけどね。
他人の意見を鑑(かんが)みない、この「僕自身は全然嫌いじゃないからいいんだけどね」で過去にどれだけヤクザな日常を送る羽目になったことか、と思ったけどいいじゃないか。反省しません。

そんな僕はここ数年、人との付き合いにおいて思うことがあります。

「類は友を呼ぶ」、「付き合いを選ぶ」という言葉がありますが、王道(またはベタ)のステータスを王道の方法で手に入れる人間は、王道の道徳と王道の憧れを持ち、王道のセンスで身を固めているものだから、友達も王道かどうかで選んでいきます。
環境が人格形成をするように、こうして王道が習慣となり王道の成功のための、ジンクスよりもうちょっと有効そうな王道の振る舞いを身につけて王道街道(変な言葉)まっしぐらとなります。
王道王道うるせえ。

王道の逆を行く覇道、アングラ、オタクもまたしかり。

立場上いろいろな人間を見てきましたが、生産性の無い者との付き合いを避ける人間というのは、管理が優れていて物事を合理と計算で考えることができます。仕事もそつなくこなせるし、失言も少ない。プライベートの充実にも手を抜かない。

ただし、僕の好き嫌いに関して言えば。

ぼくと3回以上一緒に酒を飲んだ人間はほぼ全員が聞かされたクドい話なのですが、僕が小学校に上がる前から約10年住んだ町は田舎の新興住宅地で、他の学年の知らない子が歩き食いしているポテトチップなんかを平気で摘まみ食いするような、新興住宅地なのに下町風情の気質が漂うご機嫌な街でした。

そんな街だから放課後は知らない子も混じって缶ケリなんかをしたりするんだけど、日が暮れてくると田舎の新興住宅地らしく、ほとんどの家庭が門限の基準にしている町内会のチャイムが鳴り出します。
僕の家も門限には厳しかったのですが、どうしても盛り上がってしまって帰りづらい時なんかは、親からの体罰を受ける覚悟で同じノリの友達と「居残り」をするわけです。

そんな中、平然と「チャイムが鳴ったから」と帰っていくしっかりした子どもたちや、時たまいる、チャイムとは関係なしに「今からお母さんと出かけるから」と言っていなくなってしまう、今でいうマザコンが大嫌いでした。

僕は損得の計算ができる人間はそんなに嫌いではありません。
理屈っぽい人間もそんなに嫌いではありません。
でも、自分と世の中の常識に疑いや戸惑いを持たない、不自立な勘違い野郎が嫌いです。

いつか僕も目標のために簡単に付き合いを捨てる人間になるかもしれません。

あいつ、味はあるんだけど華が無い。
あのコの寂しさ、物語になるんだけど派手さが無い。
彼の憐憫(れんびん)、深いんだけど受けそうにない。
彼女の優柔不断、憂いがあるんだけど周りが納得しない。
とか言って。

自分の感性が正しいのか、世の中の「通説」や「経験」が正しいのか、ときどき迷います。

話は変わり、5年近く前のことです。
当時働いていた会社で主軸事業部の本部長になりたての頃、部下が大きな失態をしでかしました。
それを知った会社の社長が日曜の会議中、僕を呼び出して近くの喫茶店でその部下の解雇を告げてきました。
本部長に成りたてで彼のことをよく知ってもいない僕は、今思えば彼のためでも会社のためでもなく、おそらく自分自身のために自己満足な言い合いを社長と続けました。

「おまえは経営者じゃないからわからないんだ。経営というのはそういうものなんだよ。会社を守るために、今一度、会社全体を引き締めるためにこういうこと(部下の解雇)も必要なんだよ」
「見せしめのために一人の人間を解雇するなんてどうかしてますよ」
そう言うと、本人のためにもその方がいい、とか、おまえの指導力が足りないからこんなことになった、と社長が返しました。

「だったらぼくに懲罰を与えればいいじゃないですか。そっちの方がよっぽど会社全体が引き締まりますよ」
「おまえはまだ幼い。これだけ従業員のいる会社はそんなに単純じゃない。会社とは生き物なんだよ。とにかくおまえは経営者の考えができていない。経営を何十年もやってきた俺が言うんだから俺のやり方で間違いない!これはもう決定事項!」
と「通説」や「経験」を持って締めくくろうとしたので、
「それはいつの常識ですか!いつまでの常識ですか!これからの経営の考え方というのはひょっとしたら俺の方が正しいかもしれない。あなた、いつまでその考えで社長するんですか!いつまで社長するんですか!」
と負け惜しみに近い不躾を彼にぶつけました。

結局は部下はクビに。

今思い出しても、とても本部の責任者である人間の発言とは思えないくらい大人げないけど、この考えは時々「いいじゃないか」と思います。

あの時の「絶対」は今はもう通用しないかもしれない。
彼らの言う「本当」は僕には当てはまらないかもしれない。

とはいえ、狭い世界に閉じこもって自分を正当化しすぎるのはよくないので、これはやはり、ただの好き嫌いの問題にしておきます。

いずれにせよ僕の周りの馬鹿野郎やヤクザもんやアバズレたちは、みんな「愛すべき」と冠をつけられる色気たっぷりの男達女達です。

見てくれも素敵


今日も真面目に朝の勉強を終えて、久しぶりのサッカーに心躍らせながら公園に行ってみたら、誰も居ねえでやんの。
仕方がないからまた一人で坂道を走りました。

何本目かのダッシュの後、坂をゆっくり下っていると、かわいい犬が後ろからクンクンくっついてきました。
すぐに飼い主の美少女にたしなめられて犬は離れてしまい、その美少女も「ソーリー」と言ってきたけど、こっちとしては満更でもなかったから別に謝らないでもいいよ。

その犬が毛の長い中型犬であることに気づき、「ロンドンは毛の短い大型犬ばっか」という見解は間違いでは、と公園中を見渡してみると、はい、間違いでした。
中型犬どころかフッサフサの小型犬も普通にいるし、何で「外見的にも可愛さ半減」なんて思ったんだろうと考えたけど、きっと実家のチョコと同じ犬種のシーズーが全然いないからだろうという結論に達しました。

「我が愛犬が一番かわいい」はおそらく人類共通の傲慢で、歳を取ってから口臭が痛烈になっても、目が見えなくなってからは触るだけで嫌がるようになっても、庭に出したら同じところをぐるぐる回って芝を枯らしちゃっても、オムツからウンコがこぼれても、やっぱり自分ちの犬が一番なのでシーズーびいきになってしまいます。

こんなことを考えながら、何だか最近は犬のことばっかだなと気づいたけど、今年って戌年だっけ。いいえ寅年。

この後トレーニングの終わりかけに、新人っぽい若者を連れて自主トレに来たコーチのサミー(帰国した元ルームメイトのサミーとはもちろん別人)に久しぶりに会い、新年のあいさつもそこそこにサッカーの再開がいつからかを聞いて帰りました。
明日からだって。

午後からは久しぶりの学校。
クラスが上がって以来授業がつまらなくて、休憩中に売店のユキちゃんと元クラスメイトのロスィオに会うのだけが楽しみになりました。
ユキちゃんは旦那さんの仕事の都合でロンドンに在住している日本人で、うちの学校のカフェ(売店)で働いている、仕事ぶりの素敵なマスコットガールです。
ロスィオもユキちゃんのことが大好き。
ユキちゃんもたぶんロスィオのことが大好き。
僕は両方大好き。

これから行ってきます。

あ、そういえば去年最後のパブでロスィオが、新年から講師の配置が変わってうちのクラスはラウールになるとか言ってたっけ。
だったら今年は楽しくなりそう。
前の美人講師も悪くないんだけどラウールの人間性に比べるとどうしてもね。彼はなかなかのもんだから。
ラウールと違って彼女はイギリス人だから、完璧なクイーンズイングリッシュを覚えるならむしろ彼女の方がベターなんだけど、ものを教える作業というのは技術よりも知識よりも、結局は人間性が肝。

これはサッカーの指導者への指導を通して学んだことです。

2010年1月3日日曜日

今日は右のロングで背中をつったりしなかった。


悪天候とクリスマスウィークのせいで長いこと出来ていなかった朝のサッカーも、おそらく明日から再開するだろうと思い、同じく明日から休みが明ける学校のことも考えて、今日から習慣を戻しました。

早朝の勉強が終わると、ジャージに着替えて公園までロードワークへ。
昨日は坂道ランだったから、今日は『俺の遊具広場』でシャドーボクシングです。

シャドーが6ラウンド目くらいに進んだ頃、坂道と遊具広場に挟まれた道路に目をやると、おじいちゃんが超ご機嫌の大型犬に飛びつかれてました。
飼い主が犬を叱って叫んだ「オードリー!オードリー!」という名前から雌犬であることを推測。
あまりのはしゃぎようなので、「前世で交わしてた約束の人と出会えたのかい」とでも言いたくなりましたが、一昨日のミニチュアダックスと違って躾の悪い大型犬はなかなかの迫力。ほら、おじいちゃん、よろけてるよ。

飼い主がなんとか引きはがすと、すぐさま次はスーツケースをひいた別の男性のところへ。
あらあら、しょうがないアバズレだねえ、なんて思っていると今度は僕と目が合い、こちらの方へ近づいてきました。

「うそうそ、今の無し」と一昨日の甘噛みがトラウマのビビったふりをしてあげたけど、残念でした。遊具広場は柵と門があるので犬は中に入れません。バイバーイ。

門の外側で恨めしそうにこちらにガン飛ばしている犬を無下にしながら
「ところで俺らの世代は『オードリー』という名前から、ヘプバーンと若手芸人のどちらを連想する人の方が多いんだろう。とりあえず鳳けい子は無いよな」
などとどうでもいい疑問と超ベタなボケを思い、自分の思考回路の脆弱(ぜいじゃく)さに身のほどを再確認しました。『あゝ人生泣き笑い』。
ちゃんとやれよ。シャドー。

去年はロンドンでは一匹も躾の悪い犬に出会えなかったのに、今年は早くも二匹め。
何だかいい年になりそう。

2010年1月2日土曜日

犬も歩けば


今日も昨日に負けないくらい天気が良かったのに、昨日の徒歩旅行がたたったのか昼前に疲れて寝てしまい、気がついたら午後3時。
ロンドン一、ロンドンに興味が無いとか言っておきながら、最近の僕は外出貧乏性で、ちょっと損した気分になりました。

最大時の半分に減ってしまったフラットメイトの人数にテンションが下がったわけでもないのですが、ちょっと遅めの昼食を一人寂しげに取りながら今から出かけるかどうかを考え、結局は間を取るようなかたちで近所の公園に運動しに行くことに。
ここ3日ほどさぼっていたロードワークに自分の体重の増加を感じながら、坂道をダッシュではなくリハビリのようにジョグしました。

遠出はしなくとも外の空気を吸うだけで気持ちがいいもんだなと、超寒がりの自分とは思えない感想を持ち、散歩中の犬たちを横目にせっせせっせとランニングは続きます。
ちなみにロンドンの犬たちはしつけが行き届きすぎていて、知らない人にクンクン近寄っていくようなマヌケな犬はあまりいません。
さらにはイギリス人の趣味なのか、公園で見る犬はやたらと足が細長くて毛の短い大型犬ばかりなので、何だか外見的にも可愛さが半減しています。

そんな犬好きには残念な状況の中、昨日の遠出中に出会った犬は可愛かったなあ。

ミニ動物園のある公園を歩いていると、向こうからミニチュアダックスフンドが尻尾を振り振り、こちらへやってきました。
短い足でテクテクしながら僕に気づくと、鼻をクンクンさせて足元へ。
「あら、ちっちゃくてかわいいねえ」などと喉元を撫でてあげながら、渡航前のりゅうとの一件を根に持って思い出します。
「見たか、極太、チャンピオン。俺は本当はこうやって犬に好かれるタイプの人間なんだよ!」
なんて自惚れた瞬間、小指を甘噛みされました。
カプリ。

それを見ていた飼い主らしいおばちゃんは、把握してないのかニッコニコ。
おばちゃんも犬も可愛かったので許しました。

今日は近場だし、そんなささやかなハプニングすらも無いかな、なんて思っていると、坂のふもとのアスファルトで女の子の甲高い声が。

「OK!OK!オウケェェーーイ!!!」
ドーン!!
自転車の練習をしていた5歳くらいの女の子が、初心者とは思えないスピードでお父さんに突っ込んで、膝下丸ごとをかっさらう様にぶっ倒してました。何がOK?
本人もスタントマンのように滑り転げてるし。

一日の暮れかけに文字通り「滑り込み」で間に合ったお茶目なハプニング。バカパク 9・10。
女の子とお父さんに感謝です。
お、女の子、泣いてない。強い強い。

2010年1月1日金曜日

セバスチャンがいっぱい


二日酔いが大分おさまった昼前に布団から抜け出し、急に恋しくなったThe Birthdayの『カレンダーガール』をipodで聴きながら、日本から送られてきた豚骨ラーメンを調理していると、ipodのイヤフォンが千切れかけていることに気づいたので、昼食後、マリアに聞いて近所のディスカウントショップへ行きました。

イヤフォンを買い終えたら、そのままフラットに戻るつもりだったのに珍しく天気がよかったので急遽予定を変更、散歩することに。

迷子にならない必殺の方法は目的地を決めないことだ、という屁理屈を一人ごちながら、やたら低い位置にある正面の太陽に目を細めて「太陽に向かって歩けばあっちが南だからいずれ繁華街に着くだろう」という、太陽が西に移動する事実は無視して歩き出しました。

ipodを聴きながら、みるみる歩くこと3時間。(みるみる?)
ミニ動物園のある公園の発見や教会のふもとの素敵なカフェとの出会いなど、途中実家から甥っ子たちの新年コールもあり、勝ち組の若奥様みたいなぬるくとも足腰だけはハードな時間を過ごしながら、色々なことを考えていました。

おそらく真面目なことも考えていたのでしょうけど、新しい哲学の発見は無かったのかそれらの類いのことは一切覚えておらず、
「上戸彩って昔の松田聖子にちょっと似てるよな」
以外に覚えていることといえばセバスチャンについての回想です。

セバスチャンといってもうちのセバスチャンではなく「パオラってスキッドロウのボーカル、セバスチャン・バックに似てるよな」ということです。あの、へヴィメタルなのかハードロックなのかはっきりしない、80年代に間に合ったんだか間に合ってないんだかはっきりしない、あの。
パオラはあれを横に大分ぶっとくした感じです。
よく『アイ・リメンバー・ユー』をカラオケで歌ったものだ。

パオラも2、3曲歌ってくれないかな、声は常に酒焼けしたようなハスキーボイスだし結構いけるんじゃないかな、とかバカなことを空想していると、セバスチャン繋がりで回路は別のセバスチャンに移ります。

前の会社でまだ一従業員だった頃、後に自分の部下となる先輩に、ルイ・コスタを10発くらいぶん殴った感じのいたずらに顔の濃いダメな野郎がいて、ただのイメージで彼を『セバスチャン』と命名してあげました。

両国のカラオケボックスで彼と一緒にナンパをしたとき、相手の女性に開口一番
「何、その眉毛」
というツッコミを、出落ちと間違えられたがごとくされるような太い眉毛の持ち主で、またある時は福岡での小学校の訪問時に、初対面の小6くらいの女の子に出会いがしら、
「眉毛、濃ゆっ(濃ゆい=濃い)」
とストレートな感想を述べられたこともあります。

ちなみに『セバスチャン』と命名したその日に、ついでにプレゼントした眉毛バサミセットで彼の眉毛をみんなで整えてあげようということになり、同僚の女のコが代表してその繋がった眉毛に櫛(くし)を入れたのですが、「剛毛過ぎて、濃すぎて、乱れ過ぎて櫛が通らない」という、神話に近い実話が生まれました。
この後、「眉毛バサミが刃こぼれした」とか「最終的にはチェーンソーを使って切った」などのわかりやすい尾ひれがついたのは言うまでもありません。

正月だとかは全く関係無しの色気も夢も無いこんなことを思い出していると、徐々に見覚えのある風景が。
「よし、ここまで来たらせっかくの機会だから」と思い、本当にせっかくの機会かどうかは微塵も疑わないことにして、目的地を昨日見たビッグベンに定めて歩き出し、再び辿り着きました。
3時間という歩行時間をここで確認。昨日の迷子時間と一緒。
一度昼間も訪れてみたいと思っていたからいいけどね。

写真は、さすがの美大生のセバスチャンが、巨漢のパオラをうちのきったねえ庭でちょっとしたセレブ風に撮ったもの。
セバスチャンが撮ったセバスチャンの写真をセバスチャンの元上司が眺めている、というごっちゃを表現したかったこの文章。書く前からわかっちゃいたけど、これは結びとしては弱いし、上手くもなんともないか。チッ。

二日酔い・二つの恋(お、韻を踏んでる)

誕生日が同じという理由だけで採用した福岡の元部下の『ヤンキー』は、毎年律儀に明けましておめでとうメールをくれます。
いつも年明け早々の夜中に、僕が送るより早くに送ってくるので、昨年はムキになって日付をまたぐ前からメールだけ作成しといて、新年を迎えたと同時に送信をしました。よって昨年は僕の勝ち。
今年は時差のおかげで9時間のアドバンテージがこちらにあるので、のんびり構えて電話をしてやりました。

ところで昨日はフラットのみんなで年明けの花火大会を観に、ビッグベンの前の歩行者天国へ。
カタリーナとピーフィーの引越しの手伝いに荷物を新居まで運び、その足で花火大会会場まで行こうということになりました。

早くもテンションが上がっているのか、カタリーナが移動中の電車内で頻繁に話しかけてきます。
その中の一つにこんな質問がありました。
「日本人はみんな、キッチーみたいにストイックなの?」
なるほど、毎朝の勉強をさぼることなくこなして、サッカーがある時も無い時も運動に出かけて、食事も栄養のあるものをきちんと自炊。女性関係もだらしなくないように見える。
ただあのね、僕、仕事してないんですけど。
とりあえず「人による」と無難な答えを返しておきました。

ともあれいつも以上に僕を気遣って英語を頻繁に使ったり、いつも以上にたくさん視線が合うところや、あるいは「キッチーもこっちに引っ越してくればいいのに」と言いながら不動産屋のオフィスで頼んでもないのに空き部屋を尋ねているところから、「カタリーナって、やっぱ俺のこと好きなんじゃん?」とこちらも早くからテンションが上がってきました(童貞的思考回路)。

新居の手続きあれこれを済ませると、みんなで今年最後の夕食をマックでとり、途中、クリスマスに来客したガブリエルも合流して会場へ向かいました。もう一人のクリスマス来訪者、マリアと脂っこいキスをしていた方のアンドレッスィは現地で合流するみたいです。

あ、今書いてて気づいたんだけど、昨日は4対4で珍しく男女の人数が一致してたんだね。
ダメな合コンの体(てい)でシチュエーションコントを頭ん中で楽しんどけばよかった。あの状況じゃ無理か。

川沿いの会場に着くと世界一の大観覧車、ロンドンアイが対岸に見え、水辺に近いことや会場全体の雰囲気から、僕は高一の時に男友達と二人で観た山下公園の花火大会を思い出しました。

昨日と同じように年明けの花火大会だったのですが、男二人だけで花火を観るという気持ち悪さは言うまでもなく、花火を見た後で食べた中華街の料理が高くてまずかったことや、何故か帰りに上野で降りてガラガラの人通りの中、無人のおみくじ売りでおみくじを引くという興奮ゼロの無意味な行動や、あるいは元旦早々友達が財布を失くしたことも含めて、人生で一本指に入る悲惨な年明けイベントとして記憶しています。

あの日の敗北を力いっぱい取り返そうというわけではなかったのですが、寒さ対策のためにガブ飲みしたラムがいい具合にまわり、ガイフォークスの花火大会の時同様、DJが大音量でかけるミーハーな音楽たちが僕をいつもの5倍増しにノリノリにさせ、年明け5時間も前だというのにみんなで踊り始めました。
僕を見つめながら揺れるカタリーナの可愛さもいつもの5倍増しです。

こりゃあちょっと口説いてみようかな、と5倍が6倍くらいまで行っちゃった頃、悲劇は起きました。

得意の迷子です。

トイレから戻ろうとした時、相当酔っ払っていたのか元の場所を思い出せず、歩くのもままならない人ごみの中をさまよい続けました。
よほど一人で帰ろうかとも思いましたが、ここまで来て楽しまないのは損だという貧乏性から、とりあえず一応は探し続けながらも「知らない人と仲良くなってみるゲーム」というものを自分の中で始めました。

手始めは何度目かのトイレで後ろに並んだアルゼンチン人カップル。
酩酊状態でマラドーナをべた褒めし、メッシの素晴らしさを下手くそな英語とスペイン語で語り、二人を苦笑いの渦に巻き込んだ頃、頃合いを見計らってさようなら。
ブラジル人とは住んでた街の話で盛り上がり、ブサイクな白人とは歌で盛り上がり、踊ってた黒人軍団の中に入ったときには同じ動きをなぞってあげ、最後はみんなと抱き合って別れました。
ちくしょう、疲れる。

都合3時間こんな感じで風来坊をしてましたが、得たものといえばブラーの『ソング2』は意外と踊りづらいという感想くらいです。
そして3時間後にようやくみんなを見つけ出して再会した時には、みんなもずっと僕を心配していてくれたみたいで、一人ひとり、全員と抱き合いました。

男前でキザなセバスチャンともみんなのリーダー、マリアともピーフィーにガブリエルにパオラとも。
あれ、カタリーナがいない。
スクラムハーフのようなガタイのパオラのきっつい抱擁を喰らい、「こいつ、俺より腕相撲強いな」とか思いながらも、カタリーナのことに気づいて尋ねてみると、パオラが後方を指さしました。

そこには初めて見る伊達男とブチューしているカタリーナが。
えぇぇー。まぁじでぇ―。

「まあ、ちょっと考えればわかるか。海外初めてじゃないんだろ、今までいろんな女を見てきただろ、オッサン」と自分に言い聞かせて、好きな女とか自分を振った女の前でやたらとイキがる中2の男子の姿勢よろしく、その後は必要以上のテンションでぐらんぐらんに踊り狂いました。オッサンのくせに。

ただまあ、こういった青臭い中2スタイルというものはいくつになっても失くしたくないものだな、というところへ酔っ払いの思考で行きついたのですが、自分の言動を振り返る限り、失くす失くさない以前に9割方の土台は中2と何ら変わりありません。

しばらくして新年へのカウントダウンが始まり、それが終わると花火のラッシュへ。盛り上がりが頂点へ向かい、そして徐々にいい塩梅に。
ベロンベロンのマリアがこの前と同じように粘っこいキスをしていたアンドレッスィから離れて、僕にしなだれかかってきました。

「あーあ、アタシも彼氏欲しいなあ」
とちょっとイタい発言があったので
「あれ、アンドレッスィと付き合ってるんじゃないの?」
と聞くと、ガブリエルもそうだがアンドレッスィはコロンビアの大学時代からの友人らしく
「ダメだよ。アンドレッスィは昔からの友達なんだから」
と更におっぱいを腕に押しつけてきます。

「キッチーが誰か紹介してよ」
との言葉が続いたものだから、これはそこそこの確率で「ホントはあなた(おまえ)がいいんだけど」というあの前フリかな、これって世界共通かなと思いながら、とりあえずは探りを。
「ガブリエルはどう?」
「ダメだよ。彼も昔からの友達だもん」
「うーん。じゃあセバスチャンは?」
「ダメだよ。彼はゲイなんだから」
あ、そうなんだ。・・・・・・マジで!?
「マジで」
「じゃあカン(同室の中国人)は?」
「ふざけないでよ」
と言って抱きついてきました。

おいおい、これはいよいよあれかい?何だよ、かわいいアバズレだな、おまえ。
とか何とか思いながら充分なタメをつくって聞きました。
「じゃあ・・・・・・俺なんかどう?」
「ノー」

いやあ、切れ味鋭かったねえ。ちょっと食い気味だったもん。
笑いどころかもしれないけど、あんまり切れてたものだから一瞬キョトンとしちゃったよ。

あーあ、かわいいコが新しく引っ越してこないかなあ。
そしたらまた恋したり失恋したりできるのに。失恋前提ですか。

ちょっと待て。そんなことよりセバスチャン、ゲイなの?
そういえばあれだけ男前なのに浮いた話が一つもないのは頷ける。
同じ美大の友達(美少年)がセバスチャンの部屋に泊まっていたことがあるけど、あれが彼氏かな。ちょっと面白すぎるぞ。
彼がゲイならば今までのキザな言動全てが普通に受け入れられる。
ていうかちょっと好きになった。いや、そういう意味じゃなくてね。

仮にそういう意味で、そして仮にセバスチャンにもフラれたら、暮れと年明けに女二人とゲイ一人に振られるというある意味世界記録を作れる、なんて気持ち悪いことを空想しながらみんなと帰路に着きました。
ギネスにどうやって申請するんだろう。

帰りはフラットの近くのマックでテイクアウト。
全然食べ物にうるさくない僕ですが、年の最後と初めがマックだなんて、ダメな出来事のような気がします。
買ったチーズバーガーを抱えて通りに出たら今年の初雪が。

ちくしょう。ちょっときれいじゃないか。
今年も世界一の幸せ者というポジションを保持できますように。保持できます。

翌朝は久しぶりの二日酔いでした。





夜空には満月。出だしは好調。



ナショナルギャラリーでガブリエルが合流。今日のファッションのテーマは『新聞配達員』。指だけ出てる貧乏くさい手袋あたりが。



ナショナルギャラリー前の噴水。感想は先ず「冷たそう」。



ビッグベン前の花火ポイントに到着。見えづらいが奥に光るのがそのビッグベン。先行き不透明を暗示していたのか。



蜜月の時。ロンドンアイを背景にカタリーナとツーショット。パオラ撮影。ブレすぎだろ、おい。



他人の犬を勝手に触って勝手に撮影。



ロンドンアイを正面から。昔、お台場の観覧車で彼女と乳繰り合っていたら、一台前のボックスにいた中国人にビデオを撮られていたことを思い出す。



近くでビッグベン撮影。Tate Modern前で対岸を見ながらカタリーナが言った「たぶんビッグベン」はハズレ。



左から、薔薇ガイコツの刺青女・カタリーナ、ゲイのセバスチャン、わんぱく相撲チャンピオンのパオラ、がっつきマリア、チンゲうんぬんは置いといて腕毛が俺より濃いピーフィー。



この時はまだこんなお寒いのでも「かわいい」と思えたなあ。酔ってたし。



トイレ前の行列。このトイレをきっかけに迷子。何故だか同じアングルの写真があと10枚くらいある。



迷子の心情に合わせてお月さまも寂しげ。こんなの撮ってる場合じゃない。



満月とロンドンアイ。が、別に風情は無し。


VJによって映し出された花火模様。そんなことより疲れてきた。



四往復目くらいのビッグベン。もうヤケクソ。



やっとみんなと合流。ガブリエルがパオラにつかまってる様子。
「イェーイ!イイ男ゲット!」
「僕ですか?」



迷子になっている間にこんなことに。いいさ、水分を毎回コーラで補給するような女、こっちからお断りだい。



左から
「おまえ、ぶっ飛ばすぞ!」
「アンタみたいなチンカスがあたいに勝てるとでも思ってるのかい?」
「ねえキッチー、今度一緒にサウナに行かない?」
行かない。



ノリノリの三人組。全員知らない人。



いつの間にかアンドレッスィも合流。マリアのこの顔、痔か?



綺麗かどうかはともかくとして、指が入っちゃってるよ。





大盛り上がりの花火大会。日本の花火に比べて何と色気の無いこと。



おいマリア、こういう時のおまえの心境を聞かせろ。



最後でみんなでパチリ。後ろに知らない人が二人ほど。カタリーナはどこ行った?



帰りに出会った警備の馬。そういえば東京で馬ヅラの部下に「セバスチャン」というあだ名をつけたことがある。



撮ったことはおろか、ここを通ったことも覚えていない一枚。まさか「世界で頑張る日本の企業」みたいな薄っぺらいことを思ったわけじゃないよね、昨日の俺。