2010年3月31日水曜日

カラスが鳴くから帰りましょう の「しょう」の部分がいつも音程外れてた。


先週末か今週初めか定かではないけどイギリスで夏時間が始まりました。

子どものころ塾の国語のテキスト本で、昔日本でも一時期このサマータイム制度を実施したということを知りました。
細かい条約のことや今現在のサマータイム制度導入に対する批判はさておき、昔のサマータイム制度が続かなかった理由は、
「明るいうちから酒が飲めるか」
というのがそのテキスト本によるざっくりとした見解でした。
ざっくりし過ぎが。

しかし今の僕の感想は「明るいうちの酒こそがおいしいのに」というのが素直なところです。

同じく塾の国語本でダイヤモンドと照明についてのエッセイっぽい文章も読みました。

その筆者の価値観は
「家の電気を点けっぱなしにしていることにヒステリックに反応するのは何故?お金を節約して、そのお金で何を買うの?そのお金でダイヤを買うくらいなら私は家の明かりが欲しい」
というものでした。

今でこそエコだとか省エネだとか二次的な価値基準も割り込みますが、そんな風潮が一切なかった当時、僕はこの考えに賛成してました。

冬が嫌いという理由に当然「寒いのが苦手だから」というのは挙げられますが、そういう人たちの中に「日が短いから」という理由を持たない人や、それ以前にそのことに気付いていない人もいます。

僕はかなり幼いころからこのことに気付いていました。
冬は夏より一時間半も早くチャイムが鳴っていたから。

こんな話をブルーノにしてやったらアイツは暗いのが好きみたい。
それ繋がりでフィギュアを何体か持っているくらいバットマン好きらしい。

変なヤツ。

2010年3月30日火曜日

受け入れないシリーズ


超久々の受け入れないシリーズ。
といっても今回はあるあるネタ的なものではありません。

春のセンバツ高校野球。

夏の甲子園でもいいんだけど時期的にこっちが話題だから。
まあ、要は高校野球に関してのことです。

「甲子園球児っていつまでたっても年上に感じるよね」
のあるあるを一切受け入れられないのは前にも言及しましたが、それ以前に僕は高校野球が割と嫌いです。
しかし野球そのものは好きです。

ちょいちょい「プロ野球は観ないけど高校野球は大好き」という人がいますが、彼らにその理由を尋ねると決まって「高校生であるがゆえの面白さ」を前面に押し出して答えてきます。

その彼らが述べる「好きな理由」がそのまま僕にとっては「嫌いな理由」になっています。

日本人の日本人たる所以(ゆえん)、つまり日本人らしさを僕は好み、常にそれに関して語っていますが、教育やスポーツの上での「軍隊っぽさ」は指揮される側の頃から指揮する側になった今に至るまで一貫して嫌いです。

野球そのものは好きなわけだしひたむきな高校球児も別に嫌いなわけではないので、僕を高野連のトップに就かせて全権をゆだねてくれないかなあ、などと高校野球シーズンは常に妄想しています。

その圧倒的な権利を持たされたらまずやることは

ボーズの禁止。及び「全員同じ髪型」の禁止。(ただし一チーム二名まではボーズOKとする。その場合届け出が必要で、その二名も全く同じタイプのボーズは許されない)

あの変な形の帽子、禁止。頭にフィットしたやつにしなさい。

ベルトも禁止。理由はゴルフ、ビリヤード、ボウリング、ダーツなどの類いの今ひとつスポーツとして認めたくないものの部類に入っちゃうから。分かる?この意味。なんとなくわかるよね。つまりベルトしてダッシュしたりスライディングしたりするなということ。

高校野球経験者は監督になれない。助監督という位置づけならOK。

ピッチャーが投げていい変化球はフォークと縦のカーブのみ。
この二つも一打者に対してそれぞれ一球ずつまでしか投げてはいけない。

その縦のカーブも「ドロップ」と呼ぶことにする。(沢村栄治に敬意を表して)

ポジションによる背番号の統一、あれも無し。

ベンチから出していいサインは「ホームラン」のみ。
ヒットエンドランも盗塁も野球の戦術の中で、教育上特に問題は無いと思われるが、サッカーのように実際に声に出して伝えるか、アイコンタクトでがんばろう。

「ホームラン」というお茶目なサインを残したのはサインそのものは子どもの秘密の遊びじみてて好きだから。
同じ「ホームラン」のサインでも5種類以上考えて事前に高野連トップである僕に提出。
その際、審査があり、既存の「帽子のつばを触ったり」や「肘や肩を触ったり」という色気も面白みもないものは全て却下。
マネージャーが投げキッスしたら「右方向にホームラン」とか、監督がズボンを全開に降ろしたら「場外ホームラン」とか補欠の高島くんがアンジェリーナジョリーのモノマネをしだしたら「レフトポール直撃のホームラン」とかチャーミングなのを色々考えて。

あと絶対廃止したいのが送りバント。
送りバントをしたチームはその時点で負けが決定。部活そのものも一年間の活動禁止。
スクイズなんかやった日にゃ即廃部。
そうだ、この際だからバントそのものも禁止しよう。

ユニフォームにも審査があり。つまりダサいのは禁止。

つち持って帰るのも禁止。あれ嫌い。
どうしても甲子園に出場したという思い出なのか証拠なのかが欲しいのなら何か他の物を考えてあげます。
本に挟むしおりなんかどうだろう。一枚350円でちょっとボり気味に売りつけて。
すぐ無くなっちゃいそうだけど、思い出なんてものはそれくらいがちょうどいい。後は記憶しなさい。

こんな話、高校野球ファンに聞かれたら怒られそうだけど、元高校球児のポシくんにこの話をしたことがあって、そのときは優しいポシくんはニコニコ顔で聞いててくれました。

ただ、バントの話を教育者目線で僕が熱く語った時は
「でもある時期に絶対に長打者になれないって気付くときがあるんですよ」
という前置きで元2番バッターのポシくんが反論しました。

才能やセンスのある人間に囲まれた環境で、どうやって平凡な自分がレギュラーとして試合に使ってもらえるかを考えたときに「みんながやりたがらないことをやる」「チームプレーに徹する」という、周りから要求される位置づけを狙うのも一つの手段、というより残された道だ、と彼は言っていました。

なるほど。この手の努力話も美談も嫌いじゃない。
ただし、たかだか高校生の部活レベルのそれをテレビで流すなよ。

実を言うとまれに僕も好んで高校野球を観ることがあるのですが、それは松坂とかダルビッシュとか菊池とか王道にスポーツエンターテイメントとして楽しめる選手が出てきたときくらいなもので、高校生レベルの苦労話にスポットを当てた観方はもちろんしません。
それはメディアで流すことではなく、本人や周りが噛み砕いて消化していくものだと思っているからです。

スポーツ番組なら決勝の一試合をテレビ放送すれば充分。
あれをスポーツとしてみなさず、教育もしくは文化枠で放送しているのであっても全試合は要らない。
その分を他の部活とか、それこそ観客席で応援しているブラスバンドの全国コンクールとかに充ててやれよ。

ブラスバンドついでにもう一つ。
高校生の頃、夏の県予選に出場する野球部の各打者の応援歌を、ブラスバンドの曲に合わせて全校生徒で校庭で練習していたんだけれど、仲のよかった野球部員のそれを実はノリノリで歌いながら「俺が野球部だったら絶対このブラスバンドのサウンドは使わないなあ」と思ってました。

同じく軽音楽部のバンドマンたちとも仲がよかったので
「あいつらに頼んで俺の登場曲は The Black Crowes の Twice As Hard のイントロだな」
と妄想してました。

実は俺、両投げのピッチャーで、右は160キロの剛速球と沢村張りのドロップが投げれんの。左は155キロくらいしか投げれないんだけど、チョー落ちるフォーク持ってんの。
で、打順は一番がいいかなあ。ホームランしか打たねえけど。
などと妄想は広がるばかりでした。

結論、俺、あんまり高校野球が嫌いじゃないね。
テレビで流れる高校野球が嫌いということか。

そうそう、俺が高野連のトップになれないなら水島新司監修でもいいよ。
帽子のつばがザックリ裂けてるヤツとか葉っぱくわえてるヤツとかいろいろ出てきて楽しそう。

鼻風邪ベイビー


ここんとこまた風邪気味です。

この「風邪をひく」ということに思うものがあります。

今から10年ほど前、我ながらのあまりの傍若無人さに対して、後に廻ってくるであろうツケや天罰が怖くて、無宗教の僕は心の中で神様にあるお願いをしました。

「今までやってきたこともこれからやることも一切反省も懺悔も改善もしないけど、ツケは全て他の人に廻してください」

ただの偶然なのですが、その直後から親しい知人たちによくない出来事がいくつか起こったので神様に対するお願いを変えました。

「ごめんやっぱこの前の無し。僕の知人はおろか、知らない人も僕のせいで苦しむのはちょっとアレだから、この際、ツケを全部チャラにしてください。どうしてもそれができない場合は、深づめとか風邪とかアカギレとかちっちゃいので分割にして払わせてください」

以来、深づめも風邪もアカギレもささくれも下痢も静電気も口内炎も電信柱をたたっ切るほどの交通事故もいろいろと払ってきたけど、どうやら支払いはまだまだ終えてないみたいです。

2010年3月26日金曜日

かっこいい話


極太から郵便物が届きました。
「年賀状を送る」と言ってきたのでついでに彼が保管している僕の処女作の小説を送れ、とお願いしていたのです。

ちなみに出版の際の面倒くさいやり取りの中で、「著者贈呈分」といって出版社から自分の本をありがた迷惑にも100冊受け取ることになったのですが、僕が極太の住む町から実家に引っ越す時に、この本の存在を家族にばれたくなくて極太に預けていたのです。

本の内容が事実を元にしたものだったため、そのただれた生活環境を家族に知られたくないがゆえの策で、当時
「俺、キッチーさんのためなら何でもしますよ」
となかば崇拝ぎみに言っていた極太にそれらの本の保管をお願いしたのはよかったのですが、後に新しくできた知り合いにその本をプレゼントしようと、彼の保管分から数冊を抜き取るたびに
「もういい加減持って帰ってくんね?」
と言われてました。

彼が結婚して新居を構えてから、その懇願は深くなる一方ですが、わがままな僕は聞く耳をいっさい持ちません。
持って帰ってあげね。

そんなことを思いながら、わざわざ空便で届けられた年賀状と小説を手に取り、なんだかんだ言いながら律儀なヤツめと思い、年賀状に続いて自分の小説を久しぶりに読み返しました。

読み終えた感想。
今更ながらあれだけど、この小説、こっぱずかしいね。

あえて読み手のテンポを落とすような戸惑いを与えるような手法をメリハリのために僕は使っていたのですが、実際いま読んでみるとメリハリどころではなく最初から最後までずーっと読みづらいまんま。恥ずかしいまんま。

出版されて間もないころはこの文体に慣れるまで全ページの三分の一くらいを要していたもので
「これはきっと自分が若いから恥ずかしく感じるんだろうな。もう少し大人になったら邂逅(かいこう)的な感情も手伝ってもうちょっとスラスラ読めるようになるんだろうな」
などと思っていたのですが、いいえ、この歳になったらむしろその恥ずかしさは強くなり、三分の一どころか最後の最後まで恥ずかしいまんまでした。

それでも何年かに一回この本を読み返すのには理由があって、これは「あの当時の自分好みの哲学を今現在忘れちゃいないか」という確認の意味を込めての作業なわけですが、今回も月並みではあるが男前のある価値観を見つけました。

なるほどねえ。
自分の将来や狙いを差別しないってなかなか大事だねえ。

てなことを思いながら読み終えた本を閉じたわけですが、一方で
「そんなこと知ってるぜ。今の俺は将来どころか過去だって差別しないぜ!!」
なんて自分一人で勝手に高ぶってしまったので、勢い余って自分の過去の恥ずかし話をセルフ暴露したいと思います。

えー、実は僕、〇歳のときに〇〇の観光者向けホテルで〇〇〇〇〇○〇をしたことがあります。

うーん。やっぱブログでは言えない。

ちなみに前の会社の何度目かの転勤で、違う部署の後輩の『ポシくん』と『三日月』と一緒の寮に住み始めたときに、彼らが僕の歓迎会を開いてくれました。

その時に『ポシくん』が『三日月』のことを指して
「こいつはかなりの女好きで相当派手に遊んでいますよ」
と健全なノリで「火遊び関係ダメダメ話」をフるものだから、彼らの距離を少しでも縮めてあげようと僕の方から歩み寄り、このホテルでの話をしてあげました。

二人ともドン引きしてました。
この手の類いの線引きを、洋の東西を問わず僕はいつでもどこでも間違えます。

そう言えば関係ないけど『ポシくん』との別れ際、彼に時速140キロの速球の投げ方を教わりました。

「2009年の目標はこいつで決まりだな!投げられるようになったら連絡するな!」
とはしゃぎながら2008年の暮れに別れたけど、ごめん、あれ以来トレーニングはおろか、ボールに一切触ってすらいない。

だって実家の物置きにあるはずのボールとグローブが甥っ子たちに取られて失くなっちゃってたんだもん。

さしもの鬼畜も甥っ子には叶わねえや、とブリっこしてみたけど、実は僕、4人しかいない甥っ子の名前、たまに何人か言えないときがあります。
ちなみに一番下の甥っ子は2歳になるまで姪っ子だと思っていました。

全国各地で「先生ってホントに子どもが好きなんですね」とさんざん言われてきたけど、素直に頷けなかったのはこういうところに起因しています。



あ、話がまただいぶそれてる。
たまにはいい話してカッコつけようと思ったのに。

2010年3月21日日曜日

愛しのラティーナ


ここのところ引っ越し先の検索に忙しく、今日は中途半端な時間にフラットの下見を二件入れました。
この引っ越しを機会に英語環境にどっぷり浸かろうかと思い、ここのところ英語のサイトを調べたり日本人向けのサイトなんだけど英語表記の物件を当たってみたりとちょいちょい面倒なことをしています。

今日の一件目は午前中に訪れた閑静な住宅街。
大家さんはインド系っぽい割にはクリアな英語を喋る親切な方で、感じは良かったんだけど駅からの遠さと部屋の狭さと日本人の多さがちょっと難でひとまず保留。
とりあえず次の下見まで時間があったので適当にやり過ごしました。

そして問題の二件目。

普通、フラット情報の掲示板のコメント欄には日本語、英語問わず、多くの人に興味を持たせるため、当然のことながら色々なうたい文句や写真がところせましと陳列されるわけですが、このオーナーの出したコメントは

Very centrally located room.
Safe, convenient.
(超ロンドン中心街の部屋。安全、便利)

これだけ。

問い合わせ先もメールアドレスは無く、携帯番号一本。
挙句にはオーナーの名前の記載が無い。

あら、しかもこんな都心部の割にはこんな安い値段、あやしい香りが充満してるな。
なんてなかば怖いもの見たさでわくわくしながらテクスト(ショートメール?みたいなやつ)を送ったのが昨日。
今日の朝、差出人不明で「リージェンシー カフェの前で3時から5時」とだけのメールが送られてきました。

色々な大家にフラットの下見希望のメールやらテクストやらを送っていたので、最低限名前を書いてくれないとどの物件のことだかわからない。
とりあえず自分が閲覧したネットの掲示板を一つひとつ調べ直して、送信元の携帯番号から相手を割り出すことに成功しました。

グーグルマップでリージェンシー カフェの場所をがんばって探し出し、4時にうかがう旨をテクストしたところ
「OK。着いたら電話くれ」
との返事。

なんと愛想の無い。

そう言えば、フラットに下見に行く日本人が詐欺やら何やらの危険な目に遭っているから、一人で見に行くのは絶対避けましょう、なんて張り紙とかフレーズを日本人向けの施設や雑誌でよく見たなあ、なんて思いながら、いざという時のために気持ちをもうちょっと高ぶらせようとipodの選曲もジェットの Are you gonna be my girl に切り替えです。

そして、道に迷いながら、人に訊きながら、ようやくそのカフェに着きました。
着いたので電話を入れると、意外にも受話器の向こうの声は女性のものでした。

クリアな英語だったにも関わらず、何を言っているのか今いち聞き取れない僕のために
「今、テクストを送るからちょっと待ってて」
と言ってその女性は電話を切りました。

てっきりここで待ち合わせて部屋に移動するのかと思ったら、テクストでここから部屋までの行き方を指示するらしい。
ますますあやしい。
女を使って安心させたつもりだろうが、そんな簡単にだまされるほど俺は馬鹿じゃない。

そう思い、休業日の薄暗い店内のおかげで鏡代わりにはちょうどいいカフェのガラスを前に、僕はウォーミングアップを始めました。
そうです。シャドーボクシングです。

まず右のロングがちゃんと伸びていることを確認して、そこから左のボディー。
ボディーアッパーはみぞおちを狙うのではなくあえて左に少しずらして、あばらを下から突き上げる感じ。
そのまま左でチンを突き上げて・・・いや、ちょっと待てよ。相手が大男だったらもうちょっと高く突き上げないと・・・なんて鏡(ガラス)で確認しながらフルに動いて、挙句には汗ばんできて上着まで脱ぎだす始末。

人通りは少ない方でしたが、それでもたまに行き交う数人の歩行者が気の毒そうにこちらを眺めていたのは鏡越しにも伝わってきました。

そんな感じでちょうど一ラウンドが終わったころに、先ほどの女性からテクストが送られてきました。
表記によればここから一分もかからない感じ。

よし、いざ悪者退治。
ただの下見→万が一の場合→なぜか正義感、と趣旨を大幅に捻じ曲げて、ヤクザ映画を観終わったばかりの中学生のような足取りで指示された場所へ向かいました。

結果、ただのおばちゃんでした。

まあ当たり前なんだけどさ。

部屋自体はまあ、可も不可もなくという感じだったんだけど、場所とか家賃とか勉強の環境とかを色々考慮した結果、昨日下見に行ったところの一つにイギリス人だらけのフラットがあって、そこにしようと思いました。

ところで今夜はジュリアーナの誕生日パーティーなわけですが、サンドラを誘うのを見事に忘れた僕は、下見先から(スッポカシ率100%の)ラウラとの待ち合わせ場所に向かいました。
予定の時間より早く着いたので、その時間を利用して希望のフラットのイギリス人にテクストを打ち込みます。

ただでさえ英文を書くのが苦手だというのに、光熱費やら税金やらのことを細かく、それも失礼の無いように丁寧な言い回しで尋ねるのはなかなかのストレスで、わずか4、5文の内容を打ち込むのに実に30分以上の時間を要しました。

そして何度も何度もその文章を確認した後に、真心込めて送信。

わずか1分後、「ごめん。他の人にもう決まっちゃった」と返信されてきました。

「っ!…アバズレめっっ!!今日までに返事すればいいって言ったろ!!」
という情熱的な想いは胸にしまいこんで、かわいいかわいいラウラちゃんを待つことそこから一時間。
僕が待ち合わせ場所に一時間半も早く着いたわけではなく、ラウラがきっちり一時間遅刻したということです。
来ただけその奇跡を喜ぶことにしよう。

ジュリアーナに教えてもらったバス停まで、そこから二人で向かったのですが、バス停に着いたら着いたで、指示された通りジュリアーナに電話しても、見事に誰も出ません。
ラテン人のパーティーにラテン人と一緒に向かうことの無謀さを改めて思い知りました。

結局は、そのバス停まで別の人間を迎えに来たスクールメイトに会うことが出来て、彼にフラットまで案内してもらったのですが、相変わらずラリパッパ(絶語)に踊り狂うブラジル人たちを尻目にシャイなラウラと僕はソファーに腰かけてまったりとやり過ごしました。

そこで自然な流れで恋ばなが展開されたわけで、すでに決着がついて全員飽ききったと思っていた話題、「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」を丁寧に弁解して、好みの女性のタイプやら何やらを色々聞かれたので、そっちは不丁寧に返してあげました。

酔いのせいか、髪をほどいて僕にしなだれかかるラウラが、最近ダイエットに成功していることも手伝って妙に色っぽく、なんだか今夜の二人はいいムードです。

となると、オチに「けっきょく僕の思いちがいでした。あはは」と涙がちょちょ切れそうな笑いが待ち受けているのがいつものお約束なのですが、今夜のオチはもう少し鈍痛を伴うものでした。

「そういうおまえはどんな男がタイプなの?」
とスケベ面で尋ねる僕に対して
「国籍も年齢も気にしない。中身が素敵な人がいい」
としなをつくりながら艶っぽく彼女は答えます。

俺の中身の悲惨さがばれている形跡は無いから、これは俺のことを言ってるんだよな。可愛いヤツめ。
などといつもの手順でいい気になってたら、ラウラが続けました。

「でも私がカトリックだから相手もカトリックがいい」

うほほーい。
彼女の肩を抱く左手が見事に緩みました。

誰も悪くないし「ふられた」という落ち込みを抱くほどの感情はぶっちゃけ彼女に対して持ってなかったんだけど、何だろうこの感情。
人種差別と似てるようでだいぶ違う、もっと柔らかなんだけど分かりづらい仲間はずれの感覚。

もっともっとガっついてた若い時分は、たらふく嘘をついてきたというのに、なぜかその頃からも自分が無宗教だということに関しては嘘をつくことができず、不可侵だったような気がします。
僕のようなケチな男でも人様の信仰心や念の強さにはある程度の敬意を払っているということなのでしょうか。

なんだかすっかり甘酸っぱくなってしまった帰り道、どんないきさつだったかラウラと手を繋ぎながら帰りました。

無いものねだりなのか、昨日よりラウラに興味を持っています。

2010年3月19日金曜日

天道虫って書くんだね


日当たりのいい洗面所にてんとう虫が紛れ込んできました。

月や太陽や海や山や雷や雪のように、その存在だけで他者を惚れさせることが出来るもののちっちゃい版です。ある意味てんとう虫は。

なんて昼過ぎのひと時に身支度をしながら余裕をかましてたら、てんとう虫が羽を広げました。

別にそれはいいんだけど、閉じた直後は茶色い内羽がガッツリはみ出ていて、ゴキブリみたいで気持ち悪かったです。

十何年も前に当時のアニメ版ムーミンについてアキラさんがこんなことを言ってました。
「今のスナフキンって髪の毛生えてるけど、俺らの子どもの頃のアニメ版って確かハゲだったよな」
よく覚えてなかったので「覚えてません」と答えました。

「スナフキンが帽子を取ったときにハゲだということを知って、子ども心に少し怖くなったことを覚えているよ」
とアキラさんは続けていましたが、てんとう虫の内羽もこれに通じるものがあります。

中身が気持ち悪いからこそ、怖いからこそ魅力的なのでしょうか。彼らは。




お、なんかブログっぽい。

2010年3月18日木曜日

また消えた


先ほど仕事帰りのマリアが帰宅一番、僕の部屋に入ってきて言いました。

「プラネイ(僕のルームメイトのインド人)、最近帰ってきてる?」

そう言えば二夜連続で彼の姿を見ていないな、なんて思っていたら、マリアが勝手にプラネイのクローゼットを開けました。

中は空でした。

「チッ。逃げられたか」

どうやら期限を過ぎてもプラネイが家賃を払いに来ないので、マリアの事務所の社長が心配したらしく、彼の在住の有無の確認をマリアに託したらしい。

こんな小さめなハプニングでもその日のうちにフラットメイト全員が知ることとなり、事情を知ったサンドラがニコニコ顔で僕に言ってきました。

「前の中国人といい今回のプラネイといい、キッチーのルームメイトっておかしなヤツばっかだね。何で?」

ホント、何でだろう。

好める一悶着。一件落着。


先週末のジュリアーナの誕生日パーティーは今週末に延期されました。

それを受けて(スクールメイトの方の)サンドラが、金曜のパブで翌日のデートに誘ってきたんだけど、以来、やたらとファンキーコロンビアンズ(ジャミリとディアナパオラのことね)がそのことについて冷やかしてきます。
つられて真面目っ子のブルーノまでもが、サンドラが近くに来るたびに僕の顔を見てニヤつくのにはちょっと困ったもんです。

結局、新しいフラットの下見が何件か入っていたので土曜はデートに行けなかったんだけど、ファンキーズはそれすら信じていません。

一方、サンドラの方はデートを断ったことと関係があるのか、昨日の休憩時間中にカフェで僕に何やらまくし立ててきました。
しかもスペイン語で。
早口だったのでほとんど聞き取れなかったけど、どうやらラウラのことがどうのこうのと言ってるみたい。
僕のラウラの可愛がりっぷりに嫉妬でもしたのでしょうか。

「英語で話してくれ」と僕が言うと
「私、たまに頭がおかしくなるの。何でもないから気にしないで」
とそっぽを向かれました。

実に定番通りのアバズレだな、なんて思っていたら今日、一足早く休憩時間に入ったサンドラがカフェに向かう前に僕らの教室を除き、入口で
「キッチー、アタシのこと嫌いなんでしょ」
とクラスメイト達の面前で堂々と意味不明のイタい発言をしてました。

ここんところフラット検索と下見で疲れていたのでしょう、こっちもやけになって
「よし、おまえそこで待ってろ」
と言ってサンドラのもとに行き、公衆の面前で目いっぱい抱きしめてあげました。
無精髭をジョリジョリこすりつけながら。

廊下にいたお気に入りのジャディラにバッチリ見られたのが嫌だったけど、まあいっか、なんて思っていたら、カフェでは見事にジャミリに突っ込まれます。

ともにお気に入りのラウラもジャディラも混じって
「キッチーってサンドラのこと好きなの?」
と僕の苦手なノリでニタつかれたけど、ムキになるのも大人げないと思って
「うん。好きだよ」
と流していると、ジャディラがなかなかの切れ味で一言。

「でも彼女、結婚してるよ」
 
わお。わっかりやすいオチっ。

とはいえ分かりやすいのはオチだけで、サンドラの言動も意味不明なら「好きなの?」と聞いてきたジャディラの発言も意味不明で、煽るだけ煽ってきた今までのタメが見事な前フリになったな、なんて思っていたけど、とりあえずある程度の道徳心があるらしいジャミリはそこから一気に興味を失くしていました。

ところでジュリアーナの誕生日パーティーには、延期したせいでしっかり者のマルタは来られなくなったみたい。
まずい、と思いブルーノを誘ったら、週末は帰郷するとのこと。

というわけで半ば強引にラウールとラウラも誘ったけど、ちゃんと来るかどうか超心配。
あと二、三人誘わないと不安だな。

そうだ。この際だからサンドラも誘おう。

2010年3月14日日曜日

愛すべきフラットメイト


今日は一日、新しい物件の下見に行ってきました。
彼女がいるということを知らされなければ、ゲイだと誤解してしましそうな、なかなか魅力的なメイキャッパーのあんちゃんとの出会いがありました。
そこの物件に住めるかどうかはまだわからないのですが、まあ充実した出会いだったのでよかったです。

家に帰って晩飯を作っていたら、プラネイとフリアンとセバスチャンとサンドラが大はしゃぎで風船遊びをやり出しました。
僕の誕生日用に作った風船がまだそこら中にゴロゴロしていて、しぼみかけのそれらの一つをビーチボールのように打ち合いながら
「落としたヤツがここで踊るのな!!」
とセバスチャンが嬉しそうにはしゃいでます。

ご飯を作り終えて食べ出しても一向にこちらのことは気にせず、風船バレーは続いています。
大盛り上がりのラテン人と黙々と食事をしている東洋人。
静止画で観たらなかなかのシュールギャグだったと思います。

ちなみにこの風船バレーの終わりはフリアンとサンドラの2度目の接触により、手首を抑えたサンドラのテンションが一気に下がったところで終了となりました。
低学年の教え子でこんな子いっぱいいたなあ。

サンドラはもちろん女のコですが、彼女は愛すべきアバズレではなく、愛すべきバカです。

2010年3月11日木曜日

ゲイがいっぱい


今朝、朝飯を作ろうと冷蔵庫の扉を開けた時、扉の角がセバスチャンのケツにぶつかりました。

「アンッ!!」
とゲイのような声を出し、まあ実際ゲイだからしょうがないかと「ごめんごめん」と謝ると
「ちょっとー。ボクのアナルに触らないでよー」
と上目づかいで怒られました。

はーあ。
今日もいいことありますように。

なんて思いながら学校に向かうと、休憩時間中パティに「放課後、ウィンドウショッピングに行かないか」と誘われました。
パティは今月いっぱいで今住んでいるフラットを出ていかなくてはいけないらしく、僕が自分の新しいフラットを探すついでに(結局サンドラは契約を更新したので僕は新しい所を探し中)ここのところ彼女の分の検索も手伝ってあげていたので、最近は結構仲良しです。

放課後、学校を出て最初のバス停に向かう途中、パティが開口一番
「Are you OK?」
と聞いてきました。

極度の寒がりの僕を気遣って言ってくれた言葉だと思い、なかなか可愛いところもあるじゃないかと
「Yeah OK. No propblem」
と答えると
「『OKか?』なんて聞いてねえよ。『ゲイか?』って聞いたんだよ」
と眉間にしわを寄せて返されました。

出オチからスタートしたロマンもヘッタクレもないデートでしたが、話を聞いてみるとどうやらパティは前彼にゲイ疑惑を抱いているらしい。
ふられた腹いせか負け惜しみか、とも思いましたが彼女の国のゲイ率の高さを考えると、まあ頷けなくもない話です。

そのせいで男に対するある意味不信感を持つようになり「男に対してゲイかどうか見極める力がないからさあ」などと呟いていました。
ただし、俺はゲイじゃない。

この後、将来のプランをパティが色々と話してくれました。
タイに戻って仕事をするというパティの人生設計を聞いて、当たり前だけどパティに限らずロンドンで知り合った全ての人間との別れが近い将来待ち受けていることを改めて思いました。

今夜はちょっぴり湿っています。

2010年3月10日水曜日

春は遠い


学校の休み時間中、今週初めて見たサンドラに二日遅れの「ハッピーバースデー」を言われ、その後に週末の予定を聞かれました。
どうやらデートのお誘いみたいです。

「金曜はいつもどおりパブに顔を出すよ」と答えると、上目づかいで
「土曜日は?土曜日、戦争博物館に一緒に行かない?
と聞かれました。

戦争博物館?
これってデート?

とりあえず何度も「戦争?」と聞き返したけど、何度も「うん戦争」と返されて、終いには機関銃をぶっ放すジェスチャーまでされました。

どっちにしろ土曜はジュリアーナの誕生日パーティーに招待されていたので(今度はクラス一几帳面な人妻マルタも行くと言ってるので大丈夫。あ、ブルーノも巻き込もう)やんわりと断っておきました。

サンドラは、たぶん付き合いに非常に体力を必要とする愛すべきスパイシーな女のコです。

坂道とオレ物語


ここんとこ勉強が遅れ気味なので黒人たちとのサッカーは欠席して今日は一人で坂道ランをしました。
いつも通り後ろ向きでそこそこの距離の坂道を登るわけですが、坂のてっぺんからは公園の景色がよく見えます。

爽やかな朝に愛犬家に散歩に連れられてきたたくさんの犬を見ながら
「どうせおまえらも飼い主より先に死ぬ」
と一人胸中で毒づいてしまいました。

とは言え当然犬は悪くありません。
飼い主も悪くありません。
限られた枠の中でただただ人間が出来事を楽しんだり悲しんだりしているだけの話です。
きっとそれが人生というものでしょう。

愛犬の死のせいでそんなしみったれたことを思いながら後ろ向きに坂道を上っていたわけですが、ふと十代の時に何かで読んだ、国力の衰退と文化の繁栄についてのある著者の哲学を思い出しました。

歴史をひも解くと、その国の文化が繁栄するのは決まって軍事力が衰退していく最中のことらしく、人間個人に焦点を当てた場合も、がむしゃらに上だけを目指して坂道を上っている時よりも、何かに挫折したり諦めた時、つまり坂道をゆっくりと降りていく時ほど足元や周りが見えて文化が身についていく、という内容のものだったと記憶しています。

これを読んで感受性バリバリだった10代の僕は「じゃあ俺は上だけでなくしっかりと足元も確認しながら坂道を登っていきたい」と生意気にも思ったわけですが、それはまず不可能というもの。
そんな甘っちょろいことを言ってるから勝ち負けの世界に身を置けなかったのでしょう。

ただし今日、後ろ向きに坂道を上るのはある意味一つの解決法ではないかと思いました。
スピードは遅いけど足腰も強くなるので長い目で見ればその意味でも良し。
もちろん遊びの精神を浮遊させただけなので、特に哲学的に結び付けたわけではないし、仮に結びつけられたとしてもこの形があるべき姿とも思ってないのだけれど「足元や周りだけでなく上を見たくなったらどうするの?」との自問自答には
「振り返ればいいじゃん」
と簡単な答えを用意しておきました。

実際これくらい僕の人生は簡単でしたし、この先もこれくらい簡単なような気がします。
人生って言うのは大体こんなふうじゃないでしょうか。

裏を返せば僕は前向きな生活の中で何度も後ろを振り返ってきました。
抽象的な振り返りではなく、昔横浜に住んでいたころ、ばあちゃんちからの帰り道、奇しくも坂道の上から手を振っているばあちゃんに対して後部座席から後ろを振り返り、彼女が見えなくなるまで手を振り返していました。

それに通じるものがあるのか僕は電話を自分から切るのが苦手なタイプの子です。
大小様々な別れの中でかなりの高確率で後ろを振り返ってきた子です。
車を運転しているときはバックミラーで後ろを眺めてきました。

それを幼さや弱さと表現するのなら喜んで受け入れましょう。
僕は弱っちいから何度でも後ろを振り返ります。
本当は、だからこそ人生が簡単だということも薄々感じています。

ただしこれは時間の観念や自分個人の文化に対してのもの。
人間関係においては、視野の使い方だけで語るのは足りなすぎる。

こんなことを一々考えてしまうのも愛犬のせいでしょう。

しみったれてくるのでパソコンの壁紙を他のものに変えようか今悩んでいるところです。

2010年3月9日火曜日

完璧な一日


不動産屋で解約の理由に安いシングルルームに移りたいとの旨を伝えると、一昨日から住み始めたフラットにすごく狭い部屋が一つあり、クレームの多いサンドラをそこに押しやったのですが、おそらく彼女は契約を更新しないだろうから、その場合はそこに住めるとのこと。
しかも今の相部屋よりも家賃が安い。
とりあえずその提案に納得して事務所を出ようとした時、あみちゃんから電話がかかってきました。

「キッチーさん。助けて」
荷物が重くて運べないとのこと。
大袈裟な。

今日はあみちゃんがイギリスを発つ日です。
日本に戻る前にユーロスターでフランスに観光しに行くとのことで、僕は彼女を迎えに行きキングス クロス パンクラスという駅まで荷物を運んであげました。

出発の時間より大分前に駅に着いてしまったので、見送りに来るみんなを待っている間、僕らはカフェで暴力的に甘いチョコクリームパンとチョコケーキとココアを口にしながら、いつになく大人しい彼女との緩やかな時間を持て余していました。

特に何かしみったれた話をするわけでなく、おそらく感傷に浸っているのであろう彼女の呼吸に柔らかに合わせるだけに努めていました。

しばらくするとブルーノやらミョンやらあみちゃんのクラスメイトたちも駅に到着して、あみちゃんはマリーと泣きながら抱き合って最後の時間を惜しみました。

先日のクラブでの一件をブルーノにはすでに話していたのですが、涙している二人を見て
「日本人に限らず韓国人の女のコも別れに関しては幼いの?」
とブルーノが尋ねてきました。

韓国人はどうか知りませんが、引っ越しの多かった日本での生活の中で、別れに涙するのは何も女性だけではないということを僕は学んでいたので、別れの引きずりあれこれは物事に執着し過ぎる幼さうんぬんもあるでしょうが、それだけでなく人付き合いに対して割り切ることをしない、合理的に考えることをしない、日本人の美徳や美学みたいなものも根底にあるのではないかと今では思っています。

そういえば僕の周りの外国人は日本人に比べて裏表の激しい人間や八方美人な人間が割合多くいるように感じるのですが、それもこういった価値観に繋がっているのかもしれません。

ただしこんな難しいことをもちろん英訳できるはずもなかったので「日本人の男もたまに泣いたりするよ」と
『トビ』の出来事を簡単に話してやりました。

しばらくして泣き顔のままあみちゃんは出国ゲートに向かうのですが、見送る側はいつも取り残される気分になるのに何故発つ側は後ろを振り返らずに進んでいくのだろうと思いました。

僕は大きなものから小さなものまで別れに後ろを振り返る人間に出会えたことがありません。
自分以外には。

あみちゃんを見送った後ブルーノと一緒に学校に行き、授業までの時間をカフェでやり過ごしていると、ロスィオから情報を得たユキちゃんから「誕生日おめでとう」を言われました。
ユキちゃんは年上好きなので、わずか一歳とはいえ彼女より年上になったことがちょっと嬉しいです。

そしてしばらくすると今度は電話が鳴り出します。
超久々のエリカからでした。

どこで僕の誕生日を知ったのか電話の向こうで本日2度目のハッピーバースデーを歌われて
「会いに行きたいけどあなたと違ってアタシは忙しいから会えなくてごめんよ」
と言われました。

とにもかくにも大好きなエリカと久しぶりに話せて、来年の分まで誕生日プレゼントを貰った気分になりました。

授業直前には、やはりどこで調べたのかみんなから「おめでとう」を言われ、クラスが違うのに僕の教室に入ってきたラウラはロスィオと共にバースデーソングを歌いながら抱きついて僕を押し倒してきました。
犯されるのかと思った。

そしてワインのプレゼントをラウラに渡された後に「BIRTHDAY BOY」とのロゴが入ったバッジを半ば罰ゲーム的にTシャツにつけられました。
改めて買ってきたバースデーケーキを手にしているロスィオも後ろで超ニコニコです。

授業が始まったら始まったで今度は全員で合唱。

ロスィオに貰ったチョコケーキを休憩中にみんなに振る舞おうと、カフェでユキちゃんにナイフを借りて12等分にしたときにもまた合唱。
その時にジャディラからチョコバーのプレゼントも貰いました。

ちなみに授業が終わった後にはマルタからこっそりとチョコレートのプレゼントを貰うことになります。
はにかみながらそそくさと僕のバッグにそれを押し込む彼女が可愛かったです。

プレゼントされるなら手作りのものか形として残らないものが嬉しいのですが、その「形として残らないもの」と「チョコレート好きである」という二つのことをロスィオにいつだったか話したことがあって、おそらくみんなの情報源は全てロスィオだったのでしょう、ラウラのワイン以外は全てチョコ系のプレゼントで埋め尽くされ、休憩時にジャディラのチョコバーを齧りながらチョコケーキも同時に口にした時はさすがに吐気がして、ユキちゃんから何度もお湯のおかわりを貰ってました。
もうちょっとみんなバランスを考えよう。

あ、書いてて思ったけどこれってうちの『チョコ』が死んだから、早くうんざりしますように、っていう天からの気遣い?
って無理に、しかも下手くそに結び付けることは無いか。

放課後は、みんなから予定を聞かれたので、ブルーノと約束していたギグを観に例のパブに全員まとめて連れていきました。
しかも今日はブルーノが歌うと言っています。

パブに向かうバスの中でお気に入りのジャディラと話しているときに、彼女に恋人がいないことを聞かされ嬉しくなりました。
ジャディラは顔の可愛い可愛くないは一先ず置いといて、僕が思うにうちの学校の未婚者の中では一番のあげまんです。
これに関しての嗅覚は鋭いのでたぶん当たっています。

そしてパブに着いたら最初の一杯の前にまたみんなでバースデーソングを合唱されました。

その後、都合何回目か覚えてられないハッピーバースデーの締めくくりは当然ステージ上のブルーノが歌ってくれたのですが、バースデーソングに続き
「キッチーのために歌います」
と前置きしてからホモのように歌い始めたU2の『ONE』を、ホモのようにうっとりと聞きながら僕はハイロウズの『完璧な一日』という歌の歌詞を思い出していました。

 これで君がそばにいれば完璧な一日なのに

どうひいき目に見ても今までのクラスメイトの誕生日と比べてぶっちぎりで大袈裟に祝われた今日一日を思い、その理由を今日一日くらいは「それは俺が人気者だから」と自惚れてもいいだろうと思ったのですが(実際は「最年長だから」とか「マイノリティーだから」とか「哀れに見えたから」とか色々あるかもしれませんが)ここに大好きなあのコがいないことを、この歌の歌詞とは逆に
「だからこそ完璧なんじゃないか」
と思いました。

徒然草じゃないけどちょっと足りないくらいがちょうどいい。
君がいないくらいがちょうどいい。
いや、ふしだらな意味じゃなくてね。
もうちょっと哲学的な意味で。

週の初めだというのにみんな遅くまで付き合ってくれて、感謝感謝で帰宅をしたのですが、フラットに戻ると薄暗いダイニングには、おそらく僕を祝おうとしていたのでしょう、食べかけのバースデーケーキや洗い終わったワイングラスや色とりどりの風船が寂しそうに待ち構えてました。

部屋に戻るとベッドの上には何やらカードが。
ルームメイトのプラネイ(インド人)がいなかったので電気を点けて確かめてみると、フラットメイト全員の名前とメッセージが書かれたバースデーカードでした。

ちょっと足りないくらいがちょうどいい、と言ったばかりですがこれはちょっと足りなすぎます。
父親になったことが無いから想像でしか言えないけど、テレビドラマなんかでよく見る、子どもが起きている間に誕生日に帰ってこれなかった父親の心境ってこんなものでしょうか。

斜に構えた幼い野郎なので自分の誕生日は出来るだけ素通りしたかったのですが、あまりにみんながハッピーバースデーを力任せに歌うものだから、たまには王道に沿って誕生日あれこれをあれこれしてみました。

どうもありがとう。

2010年3月8日月曜日

チョコとロスィオは似た意味でかわいい


この週末は不動産屋の都合によりフラットメイト全員で新しいフラットに移りました。
その際の不動産屋側の不手際が多々あり、不信に思ったので今の不動産屋との契約を解除して新しいところに移ろうと思います。

ところで昨日は僕と同じ誕生日の福岡の『ヤンキー』が、日本との時差9時間のアドバンテージで早めに誕生日を迎えたので、新年の時と同じく悠々と電話をしてやりました。

「あー、しまったー。もう時差とか考えずに今ちょうどメール打ってたところなのに。また先を越された」
と開口一番ヤンキーが言うものだから、どっちにしろ引っ越しにまつわる不手際の一つで水曜までインターネットが使えない旨を伝えました。

その後、お互いの近況を簡単に話し合ったわけですが、彼の現在の仕事上のパートナーであり僕の元部下でもあるセバスチャンが鬱病の恋人にふられたという話を聞かされた時には素直に馬鹿笑いをしましたが、以前それが原因での自殺未遂を経験しているセバスチャンだけあってパートナーのヤンキーとしてはちっとも笑えないみたいです。

ちなみにヤンキー自身は誕生日を元カノと一緒にふしだらに過ごす予定だったのに、その元カノが食中毒を起こして寝込んでしまったというスパイシーなオチがつき「さんざんな誕生日ですよ」とこぼしていました。

日頃の行いのせいだろと思い電話を切りましたが、明けて今日、朝イチでの九州のカワイコちゃんからのバースデーコールに続き、実家の両親から電話を受けた時に、愛犬のチョコが3日前に死んだことを聞かされました。
俺の日頃の行い、そんなに悪くない。

愛犬の穏やかな最期の情景や、ペットロス症候群に陥った両親の心理状態や、それが原因で父親が交通事故を起こして保険の問題で今揉めていることを母親の涙声で聞かされる羽目になりました。
不謹慎だけどここまで来るとちょっと笑える。

とは言え朝早くからここ数年で一番の脱力感に見舞われたのは間違いなく、爽やかな誕生日の始まりは分厚い溜息とともにやってきました。

その後、気持ちも切り替わらぬまま、ネットで新しい物件を調べるために学校のコンピュータールームに行き、その足で隣駅の不動産屋の事務所に契約解除を告知しに行くことにしました。

学校に着くと、午前の学校は知り合いがあまりいないものですが、僕と同じく調べ物をしに来たのであろう生徒たちが数人、コンピュータールームで静かに作業をこなしています。

めぼしい物件を探し当てることが出来、今から解約しに事務所に向かおうかというちょうどその時に見慣れた顔がやってきました。
グーにした両手を肩のあたりまで上げてステップを左右に揺らしながら、テケテケシャンと笑顔で歌いながらゆっくりと近づいてきます。

ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー トゥー ユー
ハッピー バースデー ディア キッチーニョ(キッチーちゃん)
ハッピー バースデー トゥー ユー

ロスィオでした。
作業していた生徒たちも手を止めて微笑ましくこちらを眺めています。

あまりの可愛さに思わず抱きしめたくなりましたが、誕生日なので向こうが抱きしめてくれました。
んー。かわいい。
このままバッグに入れて持って帰りたい。
で、出来れば電車の中に置き忘れたい。

どうやら彼女は職探しのための履歴書を作ったはいいけど家にプリンターが無いから受付でプリントアウトをしてもらいに朝早くに学校に訪れたとのこと。
出来すぎた偶然に心が洗われて不動産屋に対する憤りは無くなっちゃったけど、まあこれも何かのきっかけということで解約はするけど文句は言わないであげることにしました。
というわけで今から不動産屋の事務所です。

それにしてもロスィオはロンドンでの僕の良心です。
既婚者でなかったら抱き合った時に求婚してたかもしれない。

もう今年の誕生日プレゼントはこれだけで充分だな。

2010年3月6日土曜日

長い長い野暮な夜が


今夜もいつものように週末パブに行ってきました。
どのクラスもここのところ生徒が増えてパブ内でのうちの学校の生徒率が高くなっているのですが、ラウラのクラスメイトの一人、サンドラが誰に紹介されるわけでもなく僕らの輪に入ってきました。
女のコにしては珍しい。

ちなみにサンドラはスタイルはいいんだけど、顔は美人とまではいかない。
可愛いっちゃあ可愛いんだけど、どこかバタ臭い。
金髪に染めた髪の毛がケバケバしさを更に引き立てている。
まあ、早い話がヤンキーです。

この手の女のコはある意味僕のどストライクです。
と言っても僕の好きなタイプという意味でのどストライクではなく、この手のタイプとはかなりの確率で一悶着がある、という意味でのどストライクです。

見てくれだけでなく人目を気にしない積極さにも充分なアバズレ感を感じたけど、それがいい意味でなのか悪い意味でなのかはまだ見極めができていません。

なんてことを考えていたら今日の授業を最後に帰国するというあみちゃんがパブにやってきました。
クラスメイトと一緒じゃないところを見るとどうやら送別会は開かれなかったみたいですが、いずれにしろラウールとの別れを惜しみたい彼女は彼にプレゼントする小説を片手に僕らのエリアに入ってきました。

とは言えサンドラのように、親しくもない男と堂々と話せるわけではないあみちゃんは、迷わずにまず僕を捕まえます。
ちなみに彼女が僕に話しかける時は決まって日本語なので、僕らの会話が始まるとクラスメイトの女のコたちは見事に遠慮して僕らから離れていきます。

せっかく今サンドラとふしだらな匂いを醸し出していたところなのに、とも思ったけど、これも今日で最後だと思い直し、いつも以上に甘やかしてあげました。

これが誤算でした。

時間が過ぎ、一つのテーブルに僕とブルーノとラウールとあみちゃんという全員事情を知っている同士の絶好のポジションを取ることが出来たのですが、せっかくのお膳立てを上手いことオーガナイズしてあげても、こういう時だけ都合よく(悪く?)おしとやかな女子になる自称Sのあみちゃんは全てのナイスパスを空振りしていました。

さらに時間が過ぎ、ラウールがホセとルーサに呼ばれて、ちょいちょい僕らも二次会的に利用しているピカデリーサーカスの『オニール』というクラブに行くと言い出したので、まだプレゼントを渡せていないあみちゃんのために僕とブルーノも一緒について行くことを申し出ました。

オニールに着くとあみちゃんがトイレに行きたいと言い出したのですが、エントランスは列を作っていて中に入れるまでに少し時間がかかりそうだったので、ラウールとブルーノに並ばせたまま少し離れたカフェに二人でトイレを借りに行きました。

用を済ませて戻ってくると店の前にはブルーノが一人で佇んでいます。
どうやら普段、無料で入れることの多いそのクラブが、今夜はエントランスフィーに8ポンドほどが必要だということで、倹約家のブルーノは中に入ることを諦めてラウールを見送ったみたいです。

ここまで付き合ってくれたブルーノに申し訳ないと思い、僕もそれに倣おうとすると、当然のごとくあみちゃんが駄々をこねました。

「何でー。いいじゃん。一緒にみんなで中に入ろうよ」
「だからブルーノは節約しなくちゃいけないから、ここで金を使えないんだよ」
「じゃあキッチーさんだけ一緒に行こうよ」
「…おまえ、今すごいこと言ってるぞ」

日本人以上に気ぃ使いのブルーノが日本語でのそのやり取りを察して
「いいよ。俺のことはホントに気にしないでいいから二人で入ってきなよ」
といじらしいことを言いだすもんだから、僕の気持ちもますます逆に意固地になっていきます。

「考えてみりゃどっちにしろここから先は一人で頑張るところだろ。一人で中に入ってプレゼント渡して一緒に踊ってこいよ」
「嫌だよ。ラウ以外知らない人ばっかりだもん。一緒に来てよ」
 
こんな止め処ない会話がエントランスの前で15分ほど繰り返され、最終的にはあみちゃんが一人で入ることになり、ただし5分だけ僕らは外で待っててあげるから居づらかったら戻ってこい、ということで彼女を見送りました。

で、結局3分後には浮かない顔のあみちゃんが戻ってきました。

「・・・なんかあっけなかった」

その後バスで帰宅するブルーノと別れ、駅に二人で向かう途中に通りがかった日本食カフェであみちゃんの愚痴を聞いてやることにしました。

「だってね、わざわざ8ポンドも払って中に入ってね、プレゼント渡したら、ハグして『ありがとう』だけで終わりなんだよ。ラウ、薄情じゃない?」
全然。
「せめて表まで見送りに来てくれるとかさあ。そういうのがあってもいいと思わない?」
別に。
「だいたい何でキッチーさん、一緒に来てくれなかったの?ひどくない?」
おっと、八つ当たり。

ことごとく別れ方の下手くそな民族の代表のような発言が出てきたので、色々な国での別れにまつわる価値観や流儀というものを体験談を元に話してあげたのですが、一向に効果は無く、終いには泣き始めました。
ひでえ。

穏やかに話しかける男とシクシク泣いている女。
引きで観たら間違いなく、僕が別れ話を持ち出して恋人を泣かせているように映ったことでしょう。

「泣くくらいならもう一回会いに行ってこい」
ということであみちゃんの手に押されたスタンプがまだ消えていないことを確かめて、僕らはオニールに戻りました。

結局店の前まで来たら予想していたとおり駄々をこね始め、僕も一緒に中に入るように彼女がお願いしてきたわけですが、みんなから「イエスマン」呼ばわりされている僕もさすがにそんな大野暮はしたくないので意固地に断り続けて、とにかくもう埒が明かない。

人ごみ溢れる通りで「おーねーがーいー」を連呼しながら彼女がまた涙を浮かべ始めたので、恐怖を感じた僕は
「一人で行ける勇気が出るおまじないをしてあげる」
と言って、C級青春ドラマさながらに彼女に目をつぶらせました。
そして今までの積み重なった彼女への思いのたけを一生懸命込めて、厚い厚いデコピンをかましてあげました。

「いぃったぁーーーぃ!! 超痛ーーーい!!」

思ってたよりもいい重力で僕の中指が彼女の額に食い込み、あみちゃんが涙目のまま今度はわめき出しました。
事態は悪くなる一方です。

結局おまじないは効かなかったみたいで、エロ課長が新人の女性社員をラブホテルに無理矢理連れ込もうとするような体(てい)で、彼女が僕の腕を引っ張り始めたので、10年に一度の大後悔を覚悟して一緒に中に入ってあげました。

あーあ、このダメな意味でのキャンパスライフ的なノリ、僕と趣味の合うラウールはきっと嫌いだろうな。
しかも中に入ったら入ったであみちゃん、せっかく付き合ってやったというのにラウールとまともに喋ってねえし。

やや親日家とは言え、この日本人の子どもの心の機微をラウールは理解してくれたでしょうか。
まあ僕まで見くびられたことは間違いないでしょうが、酒のせいということにしてくんねえかな。

いずれにしても嫌な顔の一つもせずにきちんと対応してくれたラウールには感謝です。
来週も普通に学校生活が送れますように。

2010年3月2日火曜日

受け入れる


今日、再び暴力的オッパイの看護婦からメールが来ました。
その内容は日にちを間違えていたことに対してのお詫びでした。

「何で間違えに気付いたの?」
との僕の質問に対しての答えは
「病院にはカルテがあるから メールの内容みて間違ってるって気づいたから」
というものでした。

すごい。
さすが現役看護婦。
「気にかけてくれて嬉しい」
というこれだけの文で微妙なニュアンスを読み取るその洞察力。
わざわざ一年以上前のカルテを調べるその徹底力。

こういう女のコの対応にはなかなかグッと来るものがあります。
惚れたらどうすんだよ。

あーあ、入院してた時一回くらい襲っとけばよかったな。

威風堂々


胸の痛みもだいぶ和らいできたので昨日からフィジカルトレーニングの方だけみんなと合流して一緒にやっています。

今日もみんなで息を切らしながら坂道を走りました。
てっぺんまでダッシュした後の戻りの下り道を歩いている時、一匹の大型犬が前方の水たまりに飛び込んで「伏せ」をしました。
ここんとこ暖かいとは言えまだ3月の上旬です。
それより何より水を嫌がらない犬というのは僕の固定観念には無かったものですから(おそらく僕に限らず他のチームメイトのみんなもそうだったと思うが)正直少し面喰いました。

「これくらい普通だぜ」
と我関せず顔で舌を出してる犬が、実に堂々と見えました。

いいものが見れたね、という表情で周りを見回していると、左斜め後ろでうちのチームで一、二番にサッカーが下手な黒人がタッションしてました。
タッション自体は僕も他のみんなもすることなのでそれほど珍しいことではないのですが、普通男というのは電信柱やカードレール、木といった対象物が無いとタッションというものはしずらいはずなのに、そのチームメイトは広い芝の上で何の対象物も無しに堂々とコトを済ませてました。

軸がブレていない。
彼もまた威風堂々。

そう言えばブラジルにいたころ、最も仲の良かったチームメイトの一人、ジェアンはトイレで大きい方をするとき、必ず扉を開けたままにしてました。
内開きのドアの端っこにつかまりながらじゃないと落ち着かないというのが本人の言い分です。

普通、日本の小学校なんかではウンコをしている方がイジメられ側で、イジメ側が外からその扉を開けようとして、「開けるなよ!やめろよ!」という叫び声がそのイジメられ側から聞こえてくるのが通常の風景ですが、彼と僕らの立場は全くの逆で、僕ら外側にいる人間が「ふざけんなよ!閉めろよ!」と叫んでいました。

文字どおり「このクソ野郎!」とわめいている僕らを一切意に介せず、何故か一点を凝視しながら大便をかましていたジェアンの表情が印象的です。

て、これは「堂々」とはまた別の話だよね。

Check it out !


昨日、あみちゃんと話しているときに「右に傾いている人間はどうのこうの…」みたいな話になりました。
「それってどういう意味ですか?」
と聞いてきたので、細かい意味での右翼的思想は置いといて、愛国心みたいなことについて少し話をしました。

そう言えば、アキラさんと一緒に花火を見たあの日、花火大会後にアキラさん宅に戻り、奥さんと奥さんの友達も交えて右翼について話をしてたら、その友達の方が
「右翼って何ですか?」
と聞いてきました。

説明するのも面倒くさかったので「『イエス』がいくつあるか数えてね」と前置きして、僕は独自で作った「右翼度チェック」をしてあげました。

 1.毎朝、皇居に向かって敬礼をしている。
 2.西洋人を見るとついつい「毛唐」といってしまう。
 3.「アメリカに負けたんじゃない、連合軍に負けたんだ」と言い張っている。
 4.軍歌を歌える。
 5.予科練出身である。
 6.毎年靖国に参拝しに行っている。
 7.毎朝靖国に自転車通勤している。
 8.朝日新聞を毛嫌いしている。
 9.野球と言えばやっぱり読売ジャイアンツ。
10.脱がすならトランクスよりもやっぱりフンドシ。
11.軍歌の二番も歌える。
12.ステーキよりもゴボウが好きだ。
13.洗い物をしながら口ずさんでしまう鼻歌がついつい「君が代」。
14.「仁義なき戦い」のビデオを全シリーズ持っている。


最初から最後までなんのこっちゃわからないけど、真面目に聞いててくれたそのコが最後にイエスの数を「ゼロ」と答えたことに対して
「正解は5個でした」
と言ったのは我ながらこの夏一番の意味不明な返しだなと思いました。

ところで僕は方々で自分の愛国心を指して、自分を右寄りな人間だと表現してきたのですが、細かい意味での右翼的思想を知っているジャーナリストの『男前』は僕のことを
「いや、キッチーさんの場合は左翼ですよ」
と指摘してくれました。

別にどっちでもいいんだけど、ブログを読み返すと、我ながら随分日本びいきに偏った人間だなとは思います。

ハッピーバースデー・ディア・ブサイク


今日はブサイクコンビの兄貴分、ファンパオロの誕生日です。
驚いたことにまだ19歳。

フラットのみんなでケーキやらピザやらで簡単に祝ってやったけど、その時のスナップ写真よりもこの一枚の方がグッときます。
初めて雪を見た時に撮ったものらしい。

ちなみにこの写真、彼の携帯の待ち受けになっていて、頼んでもいないのに朝食後にいきなり見せてきたので、朝から胃もたれやら胸やけやら吐き気やらと闘うはめになりました。

とりあえず今週末に弟分のフリアンと3人でレストランで祝ってやることになってます。
最近こいつらとつるむことが多くてちょっとアレだけど、まあ良しとしよう。

2010年3月1日月曜日

ワタシ、スコシヨッテマス


タイトルのセリフは、日本のアニメオタクから転じてやや親日家のジャミーリがパブで何度か言った言葉です。

「今週は木曜日にギグが無い代わりに、今夜アンプラグドのステージがあるから一緒に行かない?」
とブルーノにメールで誘われたはいいが、同時送信したトッコさんにもあみちゃんにも断られたらしく、週の初めから野郎二人でホモごっこをする体力は無かったのでファンキーコロンビアンズ(ジャミリとディアナパオラ)を誘いました。

場所は先週のギグと同じパブで、月曜だからか人の入りはそんなに多くなく、ゆっくりとテーブルにつきながら4人でアコースティックライブを楽しみました。
と言っても僕以外の3人はほとんどお喋りに時間を費やしていて、真面目に聴き入っている僕の横顔を見てはファンキーズがしきりに
「おまえ、悲しいのか?」
と聞いてきました。

真面目に聴いてるだけだって。
おまえら、失礼。

しかしその「真面目に聴いてるだけ」がつまらなかったのか、とうとう僕も彼女たちのお喋りに付き合わされることになります。

おそらくは3人で話をしていた時の話題の続きだったのでしょう、
「アタシらみんな、キッチーのことをキュートだって思ってるんだよ。そしてdivineだとも思ってるんだ」
とディアナパオラに言われました。

キュートが褒め言葉かどうかは一先ず置いといて、divineの意味がわからなかったので辞書を引いてみると

[形]
1.神の(⇔human)、神聖の
2.神に捧げた、神聖な
3.神のような、神々しい
4.素敵な(heavenly)、完全な
[名]
1.神学者:聖職者、牧師
2.〈the D~〉神

とありました。

そう言えばあみちゃんにも「仙人みたい」と言われたことがあります。
僕の年老いた年齢を若干揶揄した言い回しなのかな、とあの時は思ったけど、今回にしても僕のどの部分を指してそう言っているのかが分かりかねます。

いずれにしても鬼畜のキッチーが聞いて呆れるよな。
ブログのタイトルも「キューティーの神聖見聞録」に変えよっかな。

普通、恋人同士にしろ、付き合う前の男女にしろ、相手の嫌なところが見えてきて(増えてきて)恋愛の対象ではなくなっていくのに、もしこの神様的扱いが本当のことだとしたらすごく珍しいケースでの、これも失恋というものです。

とりあえず「アタシらみんな」がどの範囲までを指すのかが気になりました。
おまえら二人だけだったら別にいいけどクラスメイトのみんなを指すのであれば、パティにもジュリアーナにも同時に失恋です。

とは言えそんなことを聞くのも面倒臭かったので、とりあえず「cute」や「divine」が褒め言葉かどうかだけ聞いたら、一応「まあな」との返事をくれました。

パブから出て、自宅が近いブルーノと別れて三人で駅まで向かう時、顔が疲れていたのかまた二人に
「おまえ、悲しいのか」
と聞かれました。

そんなことないよ、と答えると、「ホントか、ハッピーか?」としつこく追及してきます。
横断歩道を渡りながら「ホントだよ」と答えようとしたその時、建物の間から満月が見えました。

「あ、満月だ!!見て見て、ほら満月!!」

子どものような僕のはしゃぎように反応して、二人も歩きながら振り返ります。

再び二人がこちらを振り向いたときに
「な、ハッピーだろ」
とムカつく笑顔で得意気に言ってやりました。

あ、このグッドタイミングなラッキー感が神々しいってこと?
て、日本人の中年に神様も随分お手軽に扱われたものです。

彼女たちのバス停を探しながら今夜4度目くらいの
「私、少し酔ってます」
がジャミーリから出た時には、そういうタイトルの演歌か歌謡曲があってもいいよな、なんてぼんやり考えました。

帰り際、ロスィオやラウラやジャディーラと毎日しているホッペ空キッスを二人にもしました。
何故だかわからないけど、実は二人にしたのはこれが初めてのことです。

だからと言って別に春の訪れを感じたわけではありません。

ハッピーバースデー・トゥー・ミー


宮崎に住んでいたころに知り合った、暴力的におっぱいが大きい看護婦さんから久しぶりにメールが来ました。
僕のことを覚えてくれていたなんて、とても嬉しい。

メールを開くと、ろうそくの火がチロチロと揺れている素敵なケーキの絵が貼ってあり、コメントには
「誕生日おめでとう」
とありました。
 
いやあ、わざわざ気にしてくれたんだね。
ありがとう。

ただね、俺の誕生日、今日じゃない。

まさかイギリスと日本の時差が一週間もあると思ったわけじゃないよね。

返信に「覚えててくれてありがとう」は嘘になるし、かと言って訂正するのも野暮ってもんだし、とりあえず
「ありがとう。
 気にかけてくれて嬉しい。」
とだけ打って送りました。

気に入っている街だからこの先も訪れるつもりではありますが、触れられたくないので3月に訪れるのはやめておこう。