2010年4月20日火曜日

気功でポン


今日もやってきました気功でポン。

僕のアイドル、小汚い中年男性のスティーブは今日は欠席でした。
おかげで何だか損した気分。

「体育」先生も今日はお休みで、代わりにもう少し年配の「満足」先生が初お目見えです。
とにかく満たされた者のようにお上品な話し方をする彼女は、気功のポージング(合ってる?この表現)に関する細かい技術的な部分を教えてくださったので、とてもわかりやすかったです。

途中、中上級者と初心者に分けられて、僕は「満足」先生にほぼ付きっきりにされながらレッスンを受けることになりました。
おかげで普段なら先生の目を盗みながらちょいちょいポージングをさぼるのに、今日はそれができずに膝がガクガク。(舐めちゃいけないもので、上半身はひたすらリラックスを求められるのに下半身は部活並みに筋持久力を求められる中腰のポーズが多い。)それとほぼ持病に近い右の首から背中の張りに痛み苦しんでました。

もともと集中力が極端に無い僕ですからこの手のレッスンにはすぐに飽きて中上級者のレッスンに目を向けてしまいます。
先輩方の取ってるポーズは何だか武術っぽくてカッコいい。
名前もちゃんと付いてて「龍」とかいうのもあった。

いいなあれ、とか思いながら色々聞いてみると、どうやらこの気功にも空手と同じく級だか段だかがあるみたいです。
とりあえず僕が狙うのは8級とのこと。

そういえばむかし松濤館空手をやっていたころ、師匠に言われてしぶしぶ昇級試験を受けに行ったことがあるのですが、その時もまず受けるのは8級でした。
ちなみに見事合格したものの(受ければ全員受かる)その後の登録費、わずか3000円が払えなくてそのまま空手を辞めたと記憶しています。

今回の気功に関しては余裕で登録費いらないとのこと。

ちょっと言ってみたい。
「俺、気功8級」

履歴書に書くのもいいぞ。

2010年4月17日土曜日

その宗教に名前は無い。


医者に指示された絶食期間も過ぎ、体調もいくぶん回復したので久々に登校してきました。

出席率のいい僕が二日も連続で休むのはなかなかのインパクトらしく、クラスではみんなが心配してくれます。
それと関係あるのか無いのか、ここんところ金曜パブの出席率が悪いラウラとジャディラのお気に入りコンビが、めずらしく「一緒に飲みに行こう」と誘ってくれました。誘わないでも俺は行くけど。

今週一日だけクラスメイトになった日本人の女のコ、『全寮制』とその友達の日本人女性、『南風』と『姉顔』も一緒に行きました。
あとクラスメイトのヒョンとジンソックも一緒。(ともに韓国人男)

パブではちょっとタイプの『南風』と楽しく会話をし始めるたびにラウラとジャディラが別の会話を割り込ませてきて、ぼくの得意とするにわかラブをことごとく遮ってきます。
そして何度もそれが続くので僕ももうあきらめて、『南風』に後ろ髪をひかれながら二人の会話にどっぷり付き合うことにしました。

まだ言うか「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」から始まり、いい加減ややこしくなるのでベタに丁寧に「友達として好きなんだよ」と説得をして、そこから彼氏のいない二人の女のコと彼女のいない男の恋ばなが始まりました。

もう何度言われたかわからない「キッチーはどんなコがタイプ?何人(なにじん)がいいの?」との質問に、もう何度答えたかわからない「どんなコでもいい。俺を好きになってくれるなら」というカマトト丸出しの答えに続いて「おまえらはどこの国の人がいいの?」と返してやると、ジャディラが必殺あげまんスマイルで
「ジャパニーズ!!」
と言って抱きついてきました。
後ノリでラウラも「ジャパニーズ!!」でした。

ただし、先日ラウラが話した宗教観の話をきちんと覚えているので、すぐにその話を振るとそれにラウラもジャディラも答えて
「そういうキッチーは何の宗教を持っているの?」
と聞き返してきます。

多くの日本人と同じく無宗教の僕は、親の勝手で実家の神棚に自分の名前が入った何かよくわからない札が飾られているだけでまあまあ腹が立つくらい、無宗教というよりはそういった類いのものがちょっと嫌いなのですが、物事を説明あるいは否説明(変な言葉)するときによく「神様」という言葉を使います。

もちろんそれは信仰心とはほど遠く、哲学にも届かない「遊びの価値観」というか「そうだったら面白いな、楽しいな」程度の「おはなし」なのですが、そのおはなしを二人にしてあげました。

まず「神様」は「神様」であってジーザスでもブッダでも何者でもないということ。なんなら「サムシング」でもいい。
そして(キリスト教全然詳しくないからよくわかってないけど)キリスト教のエンジェルにあたる使いっぱみたいなのがやはりいるということ。
そして「神は至る所に」ではなく「使いっぱが至る所に」という考え。
それと「拾う神」について。

「俺はね、好きな歌を聴いたり好きな小説を読んだり映画を観たり、暖かいシャワーを浴びたり、天気がよかったり、海を見たり、美しい景色を眺めたり、そんなことだけで自分が拾われた気分になって感謝をしたくなるんだ。そして自分を幸せにして自分が感謝できるものなんて至る所にあって、しょっちゅうそういうものを探している。
いわゆるマザコンとは違うけど、そういうものの『拾う』という性質全てに母性を見出している俺は、自分のことをやはりある種のマザコンだと思っているんだ。
ただし、自分の父ちゃんや兄ちゃんや男友達も同じように自分を拾ってくれる。彼らに母性を当てはめるのはちょっと気持ち悪いだろ。
だからきっとキリスト教も『母性は至る所に』ではなく『神は至る所に』っていうことにしたんじゃないかな。
神は一人でいいけど使いっぱがあらゆるところにいてそいつらがいつもサインを出しているような気がするんだ」
なんて話を、途中「母性」を説明するのに手こずりながら説明してあげました。

ジャディラもラウラも微笑みながら聞いててくれたので
「今おまえらが微笑んでいるのは、何割かは使いっぱが俺の話をおまえらに届けてくれたおかげかもしれないよ」
と付け加えました。

この話、自分のケツの穴を見られているようで、告白するのは地獄のようにこっぱずかしくなるのですが、実は結構な回数、この話を女のコにして口説いたことがあります。
もう僕いい大人なのでこれを機に封印したいと思います。

ただしこれを話した後、ラウラが考えを変更。
「別に私、彼氏にする人はカトリックじゃなくても何でもいいかな」

効果あり。
ラウラとジャディラ、二人同時に口説き落とせないかな、なんてことを、腸痛のせいでリンゴジュースしか飲んでおらず、完全シラフなのに半分以上本気で考えてしまいました。

体調、回復したな。

思い出のDVD


ささやかどころではなく、昨日、本格的な腹痛と下痢に苦しみ、学校も久しぶりに欠席しました。
昼間はおそらく高熱も出ていたのでしょう、ガタガタ震えながらそれしか持っていない夏物布団にくるまって、自分のワンパターンなオチのつき方を呪っていました。

こっちに来てからすっかり体が弱くなり、以前購入したイブプロフェンが運よく残っていたので、それを服用して少し落ち着いたのが今朝。
いつもお世話になっている日本人の先生のクリニックに予約を入れて、今しがた行ってきました。

インフルエンザ、胸の痛みに続いてわずか半年で三度目の訪問に、先生からも「こっちに来て体弱くなったんじゃない?」と指摘され、腸をスキャナーされての診察結果が何かはよく覚えていないけど、とりあえずビオフェルミンとか水に溶かして飲む粉とかを渡されて下された処置は「絶食」でした。

「明日の昼まで、今から24時間何も食べちゃ駄目。飲んでいいのはこの粉を溶かした水のみ」

病院帰りのときは大抵いつも甘えっ子気分になり、「帰ったらアイス食べよう」とか「ゼリーとプリンと…あとチョコレートもいっぱい買おう。果物とジュースもいっぱいあった方がいいな」てな感じになるのですが、それらのしみったれた幸せ計画も全て頓挫しました。

空腹に耐えながらも(食欲は普通にある)甘えっ子気分は全然抜けていないので、英語の勉強をする気はなく、これを紛らわすのにYouTube以外になんか無いかな、なんて思っていたら、ブルーノに貰ったDVDをまだ観ていないことを思い出します。

わくわくしながらそのDVDをパソコンに入れたのですが
「このプログラムには既知の互換性の問題があります」
というつれなくとも意思の固い、何より意味不明の表示が出てきて、とりあえず僕のパソコンではこのDVDが観れないということがわかりました。

オチの上塗り。

仕方なしに中に入っていた歌詞カードでも読みながらU2の文学的な世界観に自分の思い出をオーバーラップさせてみようかな、などと貧乏性丸出しのハイエナ的暇つぶしを試みたところ、歌詞カードかと思っていたそれを開いてみたら中はただのフォトスクラップで、ろくすっぽ興味の無いアイルランドの中年4人眺めるはめになりました。

ファミコンをはじめとして幼いころから遊び道具をあまり与えられてこなかった僕は遊び上手というか暇つぶし上手で、高校3年生にもなって、引き出しやら棚やら部屋中からキンけし的なフィギュアを集めて一人サッカーごっこをし出したこともありました。
「くらえー!稲妻ショットー!!(オリジナル)」なる無差別級のイタいセリフを小声で吐きながらノリノリになっているところをボール(ビー玉)が床に転がる音がうるさくて一階にいた父親に怒られるというキャリアを持つ僕ですが、さすがにボノたちの写真うつりにはこれっぽっちも興味が無く10秒で眺め終えました。

DVDプレーヤーで観るしかないのかな。
まあ、思い出の一品にはなったよ。

仕方なしにYouTubeで我慢します。

2010年4月14日水曜日

気功でポン


昨夜約束していたとおり今日は授業前にブルーノのフラットまで行きました。
着いたら着いたで大家は不在だったんだけれども、どちらかというとブルーノとの別れを惜しむというのが本題だったので別にかまいません。

とりあえずディアナパオラが昨日書いた手紙を彼に渡し、大家の電話番号をブルーノに教えてもらい、授業までの時間を二人で散歩してやり過ごすことにしました。

と、その前にブルーノが新聞紙に包まれた何やらを恥ずかしそうに僕に渡してきます。
「キッチーにはいろいろとお世話になったから」
と言って渡してきたそれを開いていみると、中はU2のDVDでした。
 
「この時代のU2が一番好きだって言ってただろ」
と付け加えてました。
言ったっけ?俺。

ものを貰うのなら手作りのものか手元に残らないものがいい、と常日頃から言っている僕なので、彼がフランスでアマチュアバンドマンだったころの映像や音源があればよっぽどそっちの方を貰った方が嬉しいと思ったのですが、これはこれでもちろん嬉しいので素直に、というより少し大袈裟に喜びました。

「家に帰ったら真っ先に観るよ」
とDVDを丁寧にバッグの中にしまって、天気のいい春の日差しの中をホモカップルのように二人で出かけました。

ちなみに彼の住んでいるカムデンタウンというこの街はアーティストやらミュージシャンが多いことでまあまあ有名な街らしく、それ以外には大きなマーケットが人気の街でもあります。ちなみに治安の悪さでもまあまあ有名。
僕が先月まで住んでいた街から近かったのにも関わらず、そのマーケットに行ったことが無かったものだからそこまで二人で歩いて、ついでに授業前の小腹を満たそうということになりました。

市街地を流れる小川のほとりの広場を見つけ、ブルーノは食ったばかりだから要らないと言ったので、自分用の飯を探しに広場に出ていたいくつかの屋台をブラブラ冷やかします。
そこに出ていた屋台のフランス料理をブルーノが勧めたのを二つ返事で断って、隣に出ていた中華をバイキング形式でパックに詰めてもらいました。

小腹を満たすどころかガッツリ大盛りのそれを必死に喰らいながら、小川のほとりでブルーノが一人しみったれています。

「なんだろうこの感情。ただの寂しいとも違うような・・・」
モグモグ(口ん中いっぱいで答えられない)。
「ユーロスターでわずか2時間ちょいの場所に移るってだけなのにね・・・」
モグモグ。
「はあ、この場所もキッチーとの思い出になるんだろうね・・・」
モグモグ、ゴックン。
なんだか僕ら、本物のホモカップルみたい。

ブルーノの独白はまだ続きましたが、授業の時間が近づいたので僕らは小川を離れてバス停に向かいました。
途中、ブルーノがまた感傷的なことを言ってきます。

「キッチーは本当に我慢強い男だよな」
何を指して言った言葉なのかはわからなかったけど「世話好き」という野次馬根性は僕の趣味なので
「我慢ではなく好き嫌いの問題だよ」
と答えてあげました。

それでも飽き足らず「キッチーはいいヤツだよ」と続けたので「I hope so」とだけ答えると、「俺もいいヤツだよ。でもキッチーほどじゃない」とまた返してきます。
「I don' hope so」
と再び返してやると
「俺もキッチーのような男になりたい」
と締めくくってました。

おまえのような真っ当な人間がこんなケチな半端もんに憧れるなよ、とも思いましたが彼の幸せな誤解を正すような野暮も必要ないのでそのまま流してあげました。

バス停が近づき僕らはラテン人がよくやる挨拶のように肩を抱き合って別れました。
街角で僕はバス停に向かい、彼は自分のフラットに戻ります。
こういうシチュエーションのとき、いつもは僕が立ち止まって去っていくものの背中を名残り惜しむのですが、今日はたぶんブルーノがそうしていたと思います。

そうしていたと思ったのですぐには振り返らず、そろそろブルーノもフラットに向かって歩き出したかな、というタイミングを見計らってから僕は後ろを振り返りました。
予想が当たってか、初めから立ち止まっていなかったのか、角には誰もいませんでした。

しかし僕は、僕らがおそらくまた再会するであろうことを知っています。
この手の予感は当たる、と言いたいのですがエリカの件で大外れをしたので何とも言えません。

そんな感じでDVDが入ったバッグを大事に抱えて登校して、しみったれたまんま授業を受けました。
途中、屋台の中華が当たったのか腹をくだし気味でトイレへと抜け出しました。
このささやかなオマケ、要らない。

そして授業が終わったら今日はお楽しみの気功デー。
今日は初めて見る顔がいくつかありました。

まずは奥さんが日本人だという中堅どころの紳士な生徒、グリーン。
同じくそこそこ長いこと気功を続けているっぽいイギリス人の、名前を忘れたあの人。
彼らが連れてきたお試し体験のスティーブ。スティーブかも。
それとは別で一人で来た体験のおばちゃん、ベッキー。
先週の体験者、日本人のお兄さんは今日は来なかったのでちょっと寂しかったけど、チンチクリンのダメおやじ的なスティーブがかわいかったので、充分もとが取れた気分です。

年少か年中あたりが初めて作ったシュウマイのような顔をしたスティーブはとにかく笑い上戸で、『いい人』先生が見本的に大笑いをしたのを見て(気功は呼吸の中でも特に吐く方を重要視しているので、この「笑う」というのが大切らしい)、彼はマジ笑いをしていました。
だってホントは笑いながら気功の型の動作をしなくてはいけないのに、アイツ、腹抱えてうずくまってたもん。

それを受けて『体育』先生はつられ笑い。
マークは苦笑い。
僕は何故だか照れ笑い。
素敵なサークルです。

ちなみに両サイドのポケットの下がボロボロに裂けている汚ったないズボンをはいているスティーブは、その裂け目から白のブリーフをチラリズム的に披露しており、それとは関係無しにチャックは終始開きっぱなしでした。
誰も注意しない。

レッスンが終わった後、グリーンとマークともう一人の彼がスティーブを熱心に勧誘してくれたおかげで、来週以降もスティーブは通い続けることが決定。
僕の大好物なタイプのこんな素敵な中年に会えて、気功通いがますます楽しみになりました。

帰りがけのバーは、みんな用事があったらしく今日は『いい人』先生と二人っきり。
魅力的な彼女のタフでハードで肉付きのいい人生経験を聞きながら、ささやかな腹痛と闘っていました。

話の流れで何故だか彼女から鍋を貰うことに。
世話好きな彼女は来週それを持ってきてあげると言ってました。
ものが増えるのがあまり好きでない僕ですが、真っ当な人間の親切心を断るわけにもいかないので、ありがたく頂戴することにします。

こうして長い長い一日が終わったわけですが、ちょっとノドが風邪っぽい。
腹もまだちょっと痛いな。
「帰ったらそっこう観るよ」と言っていたU2のDVD、とりあえず明日にしよう。

2010年4月12日月曜日

ファイナルギグ


今日の授業で初めて日本人のクラスメイトを持ちました。
そのコは今日からうちの学校に通い出した二十代半ばの可愛らしい女のコでテンションが上がったけど、喜びもつかの間、授業終了後にそのコが下のレベルのクラスに移りたいと受付に申し出たので、明日から日本人はまた僕一人です。

今日はブルーノの最後のギグの日。
先週いっぱいで学校を終え、今週水曜に帰国して仕事を母国で探す予定のブルーノともこれでお別れ。
色々と変わってしまった元クラスメイトや現クラスメイトを誘ってみんなで会場となるいつものパブに向かいました。

ちなみに今、僕らの授業の時間帯は生徒の人数が増えたためクラス編成が上、中、中の下、下の4クラスになりました。僕は中のまんまですが、ファンキーズもブルーノもマルタもジュリアーナもその他今年の1月から通い始めた僕の後輩たちもみんな上クラスに上がってしまいました。

実力で先生から上に上がるように指示される生徒もいれば、本人の希望で(もちろんある程度の能力は必要だが)上に上がる生徒もいます。(ジャミーリとブルーノは後者)
そんなだから元のクラスメイトたちからも「早くこっちのクラスに上がってきなよ」と急かされています。

自分の能力をしっかりと把握している僕自身と講師のラウールは別として、発音がいいがために英語全般の能力が優れていると勘違いされがちな僕が中クラスのまま留まっている理由を、上クラスの講師、美人のカミーラのことが嫌いだから、というふうにみんなに誤解されています。

ちなみにロスィオは僕の誕生日に受付でプリントアウトした履歴書を持ってカフェに面接に行き、そのまま採用が決まってしまったので、次の週以来学校には来なくなりました。
先週金曜、ブルーノの最後の学校の日だからということで、彼女に連絡をして旦那さん共々ひさびさの再会を楽しみしました。

パブでみんなとやりながら彼女と話をしたのですが、仕事のスケジュールが授業時間とかぶるため、授業を午前に変えようかとも考えたんだけど、料金が高いので断念したそうです。
仕事が充実してて今は他の学校にも通っていないとのこと。
私に未だに連絡をくれるのはキッチーくらいのもんだよ、と抱きしめられました。

それと売店のユキちゃんもいなくなりました。
一時的のものなのか退職したのかわからないけど、いなくなってからの期間が長いのでたぶん後者です。

そんな感じなので金曜のパブでみんなが集まったのは久しぶりのことで、その流れで今日もギグにみんなで行く約束をしていました。

パブでのブルーノの持ち時間はいつも通りわずか2曲分で、僕の誕生日の時と同じくフランス語の歌に続き、U2のONEを歌ってました。
ONEはU2の中で最も好きな曲の一つだということをいつだったかブルーノに話したことがあって「きっと俺のためにこれを選曲したんだな」などと、女性に対してだけではなく男に対しても自惚れ屋な僕はセルフで勘違いをしてあげました。

今月から住み始めた僕のフラットが早くも気に入らないため、来月いっぱいでまた引っ越そうと思うので、もしもの時のためにブルーノの大家に会っておこうと思い、明日もブルーノに会う約束をして、ディアナパオラと一足先に退散しました。

ブルーノは僕以外のみんなに帰国日をギリギリまで伝えてなかったらしく、その突然のお別れにディアナパオラが帰りのバスの中で「プレゼントも手紙も何も用意できなかった」とこぼしていました。
じゃあ今から書けばいいじゃん、と僕は自分の汚ったねえノートを千切り、彼女にペンを渡しました。
何を書いていたかは忘れたけど最後に「読みづらいのはキッチーのペンのインクが無いせいだからね」などと要らない小ボケも加えてました。

僕もそのノートの裏に
See you later
とだけ書いてあげました。

明日会った時にブルーノに渡します。

2010年4月10日土曜日

あだ名


僕の本名に「ズィーニョ」をつけて呼ぶクラスメイトが何人かいるのですが、これの意味がわからないクラスメイトたちに説明してるところから派生して、あだ名の話になりました。
ちなみに「ズィーニョ」はブラジルの言葉で「ちゃん」という意味。

ところで子どもの頃、それはそれは素敵なあだ名があちこちにつけられていたのに、何故大人になったらそれらは自然に消えていくのでしょう。
パッと今思いつくのだけでも「おじ」「かつら」「はなじ」「ジェット」「ぶーぶー」「テランボー」「ナメック」「マラ」「ポキール」「なめちん」「セーブ」「へまた」「ドバーマン」「へち」「ヒマラヤシーダー(マツ科の木の名前)」…などなど。
中にはその由来がわからないものまであります。

高校卒業したての春休み、運転免許の合宿教習で長野に行きました。
そこで知り合った二つ三つ年上のあんちゃんとあだ名の話題になり、今までの知り合いの中での一番面白いあだ名は何かという話をしました。

彼の小学校の同級生が、誰もいないクラスで好きな女の子のブルマの匂いを嗅いでいたところを目撃され、以来「クンクン」というあだ名がつけられたという話をしてくれたので、ぼくは高校の同級生の「※※」というあだ名を持つ山ちゃんの話をしてあげました。

「※※」は伏せ字ではなく文字に起こすのがちょっと不可能なのでこういう表記にしました。
説明するなら落語家がそばを食べる模写をするときに口元で鳴らすあの音。
簡単に言えば唾をすする音。
もはや「あだ」ではなく「」といったところです。
それでもあえて文字にするなら「ジュル」といったところか。

なんでこんなのが山ちゃんのあだ名(?)になったのかというと、当時童貞バリバリのシャイボーイだったくせに山ちゃんが、話の流れとあんまり関係ないときに
「俺、クンニリングス大好き」
と、クンニをフルネームで呼ぶ行儀良さをもってそう言い、その様子を舌を出し唾をすすりながらジェスチャーし出したからです。

以来、同じく同級生だった『前科』とさんざんそれを真似して馬鹿にするわけですが、それが次第に彼の呼び名となり、授業中には誰に気付かれることなく山ちゃんを呼ぶことに成功しました。
犬笛と同じ効果だね。
当の山ちゃんは顔を真っ赤にしていたけど。
シャイなくせして慣れないことするからだよ。

というかこの子、すでに「山ちゃん」というあだ名をちゃんと持っているよね。

いつもにも増してどうでもいい話をしてしまいました。
ごめん。

あ、そういえば山ちゃんに借りてたジューダスプリーストのカセットテープ、まだ返してねえや。
それこそどうでもいいか。

2010年4月9日金曜日

通学路


引っ越してから家賃が高くなった代わりに学校までの距離が短くなったので、節約のためにバス通学に変えました。
チューブの中の頭のおかしい人達を見れなくなった代わりに、景色はいいのでまあご機嫌です。

良くも悪くもない思い出の場所、ビッグベンとロンドンアイは比較的うちの近所。
このアングルを右に舐(な)めながら学校に通っています。

2010年4月6日火曜日

気功やばい


十代の時に腰を壊してからヨガとかピラティスとか、体が柔らかくなるイメージのあるものに興味があり、せっかく今、時間に余裕があるのでその手の類いのものをネットで検索していました。

掲載されているどのレッスンも値段が高かったんだけど、その一つに「気功」なるものがあり、ヨガやピラティスに比べて格段に料金が安く、しかし記載文を読んでいるとちょっと怪しそう(言い意味で)。
この手のサークル勧誘の代表者名にはファーストネームを用いることが多いのですが、その気功の先生らしき人の名前には男らしい、そして達人の雰囲気漂う日本人の名字が平仮名で記載されていました。

怖いもの見たさの精神はいくつになっても治らないもので即刻メールを送り4月第一週目の今日、その体験に行ってまいりました。

いやあ、面白かったねえ。

まず着いて早々挨拶をしてくれた女性がネットの掲示板に記載されてた連絡係の方であることが分かり、達人の名字だと思っていた名前がその女性のファーストネームであることが判明。
「え、女のコの名前にそんな強そうな動物の名前つける?」
「逆にそのまま男の子のファーストネームにも使えるよね」
との感想はもちろん胸に秘めておきました。

あだ名は『いい人』に決定。
彼女はサポート的な先生といった役どころで、しばらくして同じくサポート先生の『女上司』とメインの先生の『体育』がやってきてレッスンは始まりました。

ちなみに教える側のこのお三方は全員僕よりちょっと年上に見える脂の乗り切った魅力的なお姉さん。
つまり世間的にはおばさん。とかは言いっこなし。
他にはまだ新人っぽいお姉さんと、僕と同じで初体験のお兄さんと、唯一の外国人(イギリス人)のマークと一緒に少人数でのスタートです。

おかしくもないところでみんなで馬鹿笑いをしたり、酔っ払いの真似をして歩いてみたり、動物になってみたり、宇宙を感じたり、海や川に入ってみたり(もちろんイメージで)で、常に自分を客観視してしまう悪い癖のある僕は、この手のものは盛り上がりに欠けて「無し」なんだけど、みんなニコニコ顔で楽しそうだったのと、自分の今までの人間関係でこの種の人達との付き合いが無かったことから、終わる前からこのサークルに入会させてもらうことを自分の中で決めてました。

突っ込みどころというよりボケどころがたくさんあったレッスンの最後に「気の交換」と言って、先生の『体育』が一人ずつ、「気」で後ろに吹きとばす…というより押すのですが、これには個人差があり先生のいる壁の端から反対側の端まで「気」に押され続けられる人もいれば、わずか5、6歩後退しただけで止まってしまう人もいたりとなかなかスパイシーなことが行われました。

僕の番になり、先生に指示された通りお互いの手首と手首をくっつけて、腰を落として足腰を前後に、手首は円を描くように動かす(先生いわく「気を練る」)のですが、普段、日本人の魅力的な年上の女性に接する機会の無い僕は、フォークダンスでお気に入りのコと手を繋いでいる小学生のごとく舞い上がってしまいました。

結果、後退歩数1歩。
しかも「気」ではなく自力で。ずるっこして。

引きで見たら三人のおばちゃんが教えている健康クラブみたいなので「稽古」というよりは「レッスン」という表現が適当であろうとはいえ、そこは腐っても「気功」。
中国何千年かの歴史あり、武道にもルーツあり、にカテゴライズされそうなこの手のものに、雑念の塊が丸腰で歩いているような僕にはあんまり向いていないみたいです。

そんなことより『体育』先生やサポート役の二人の先生に僕の妄想あれこれを見抜かれていないかな、なんて気功に過大に畏怖しながら体験レッスンを終えたのだけれど、とりあえず首の凝りと背中の張りが治ったらいいなあくらいの気持ちで続けてみることにします。

帰りにみんなで行ったパブでの会話も興味深かったので。

2010年4月4日日曜日

オックスフォード小旅行

まあまあ都会のVICTORIAといところに昨日引っ越しを済ませて、前のフラットメイトたちに誘われ今日はオックスフォードに行ってきました。
メンツはセバスチャンとマリアを除く6人プラススペインからレティーに会いに来ていた彼氏と僕の計8人です。

基本、建物系の観光に全く興味の無い僕は行き帰りの長距離バスだけが何故か楽しく、窓から見える広大な畑の風景がブラジル時代の遠征を思い出させます。
感傷に浸ろうかとも思ったけど僕の隣はファンパオロだったので無理でした。

着いたら着いたで阿修羅のように寒くて一刻も早く帰りたかったのですが(おそらく最後の方はみんなもそうだった)ノリノリのサンドラが疲労と寒さにくたばりかけたみんなを無理矢理気味にひきまわしていました。
「これがハリーポッターの…」とか言われても興味無い。

この旅行における楽しかったことと言えば、帰りのバスに乗る直前に寄ったパブでくつろいでいるときに、レティーがファンパオロの汚い天然パーマネントに大量の塩をふりかけたことくらいです。

レティー、はにかみ屋かと思ったら意外とおてんば。
彼氏もニコニコ眺めてました。