
昨夜約束していたとおり今日は授業前にブルーノのフラットまで行きました。
着いたら着いたで大家は不在だったんだけれども、どちらかというとブルーノとの別れを惜しむというのが本題だったので別にかまいません。
とりあえずディアナパオラが昨日書いた手紙を彼に渡し、大家の電話番号をブルーノに教えてもらい、授業までの時間を二人で散歩してやり過ごすことにしました。
と、その前にブルーノが新聞紙に包まれた何やらを恥ずかしそうに僕に渡してきます。
「キッチーにはいろいろとお世話になったから」
と言って渡してきたそれを開いていみると、中はU2のDVDでした。
「この時代のU2が一番好きだって言ってただろ」
と付け加えてました。
言ったっけ?俺。
ものを貰うのなら手作りのものか手元に残らないものがいい、と常日頃から言っている僕なので、彼がフランスでアマチュアバンドマンだったころの映像や音源があればよっぽどそっちの方を貰った方が嬉しいと思ったのですが、これはこれでもちろん嬉しいので素直に、というより少し大袈裟に喜びました。
「家に帰ったら真っ先に観るよ」
とDVDを丁寧にバッグの中にしまって、天気のいい春の日差しの中をホモカップルのように二人で出かけました。
ちなみに彼の住んでいるカムデンタウンというこの街はアーティストやらミュージシャンが多いことでまあまあ有名な街らしく、それ以外には大きなマーケットが人気の街でもあります。ちなみに治安の悪さでもまあまあ有名。
僕が先月まで住んでいた街から近かったのにも関わらず、そのマーケットに行ったことが無かったものだからそこまで二人で歩いて、ついでに授業前の小腹を満たそうということになりました。
市街地を流れる小川のほとりの広場を見つけ、ブルーノは食ったばかりだから要らないと言ったので、自分用の飯を探しに広場に出ていたいくつかの屋台をブラブラ冷やかします。
そこに出ていた屋台のフランス料理をブルーノが勧めたのを二つ返事で断って、隣に出ていた中華をバイキング形式でパックに詰めてもらいました。
小腹を満たすどころかガッツリ大盛りのそれを必死に喰らいながら、小川のほとりでブルーノが一人しみったれています。
「なんだろうこの感情。ただの寂しいとも違うような・・・」
モグモグ(口ん中いっぱいで答えられない)。
「ユーロスターでわずか2時間ちょいの場所に移るってだけなのにね・・・」
モグモグ。
「はあ、この場所もキッチーとの思い出になるんだろうね・・・」
モグモグ、ゴックン。
なんだか僕ら、本物のホモカップルみたい。
ブルーノの独白はまだ続きましたが、授業の時間が近づいたので僕らは小川を離れてバス停に向かいました。
途中、ブルーノがまた感傷的なことを言ってきます。
「キッチーは本当に我慢強い男だよな」
何を指して言った言葉なのかはわからなかったけど「世話好き」という野次馬根性は僕の趣味なので
「我慢ではなく好き嫌いの問題だよ」
と答えてあげました。
それでも飽き足らず「キッチーはいいヤツだよ」と続けたので「I hope so」とだけ答えると、「俺もいいヤツだよ。でもキッチーほどじゃない」とまた返してきます。
「I don' hope so」
と再び返してやると
「俺もキッチーのような男になりたい」
と締めくくってました。
おまえのような真っ当な人間がこんなケチな半端もんに憧れるなよ、とも思いましたが彼の幸せな誤解を正すような野暮も必要ないのでそのまま流してあげました。
バス停が近づき僕らはラテン人がよくやる挨拶のように肩を抱き合って別れました。
街角で僕はバス停に向かい、彼は自分のフラットに戻ります。
こういうシチュエーションのとき、いつもは僕が立ち止まって去っていくものの背中を名残り惜しむのですが、今日はたぶんブルーノがそうしていたと思います。
そうしていたと思ったのですぐには振り返らず、そろそろブルーノもフラットに向かって歩き出したかな、というタイミングを見計らってから僕は後ろを振り返りました。
予想が当たってか、初めから立ち止まっていなかったのか、角には誰もいませんでした。
しかし僕は、僕らがおそらくまた再会するであろうことを知っています。
この手の予感は当たる、と言いたいのですがエリカの件で大外れをしたので何とも言えません。
そんな感じでDVDが入ったバッグを大事に抱えて登校して、しみったれたまんま授業を受けました。
途中、屋台の中華が当たったのか腹をくだし気味でトイレへと抜け出しました。
このささやかなオマケ、要らない。
そして授業が終わったら今日はお楽しみの気功デー。
今日は初めて見る顔がいくつかありました。
まずは奥さんが日本人だという中堅どころの紳士な生徒、グリーン。
同じくそこそこ長いこと気功を続けているっぽいイギリス人の、名前を忘れたあの人。
彼らが連れてきたお試し体験のスティーブ。スティーブ
ンかも。
それとは別で一人で来た体験のおばちゃん、ベッキー。
先週の体験者、日本人のお兄さんは今日は来なかったのでちょっと寂しかったけど、チンチクリンのダメおやじ的なスティーブがかわいかったので、充分もとが取れた気分です。
年少か年中あたりが初めて作ったシュウマイのような顔をしたスティーブはとにかく笑い上戸で、『いい人』先生が見本的に大笑いをしたのを見て(気功は呼吸の中でも特に吐く方を重要視しているので、この「笑う」というのが大切らしい)、彼はマジ笑いをしていました。
だってホントは笑いながら気功の型の動作をしなくてはいけないのに、アイツ、腹抱えてうずくまってたもん。
それを受けて『体育』先生はつられ笑い。
マークは苦笑い。
僕は何故だか照れ笑い。
素敵なサークルです。
ちなみに両サイドのポケットの下がボロボロに裂けている汚ったないズボンをはいているスティーブは、その裂け目から白のブリーフをチラリズム的に披露しており、それとは関係無しにチャックは終始開きっぱなしでした。
誰も注意しない。
レッスンが終わった後、グリーンとマークともう一人の彼がスティーブを熱心に勧誘してくれたおかげで、来週以降もスティーブは通い続けることが決定。
僕の大好物なタイプのこんな素敵な中年に会えて、気功通いがますます楽しみになりました。
帰りがけのバーは、みんな用事があったらしく今日は『いい人』先生と二人っきり。
魅力的な彼女のタフでハードで肉付きのいい人生経験を聞きながら、ささやかな腹痛と闘っていました。
話の流れで何故だか彼女から鍋を貰うことに。
世話好きな彼女は来週それを持ってきてあげると言ってました。
ものが増えるのがあまり好きでない僕ですが、真っ当な人間の親切心を断るわけにもいかないので、ありがたく頂戴することにします。
こうして長い長い一日が終わったわけですが、ちょっとノドが風邪っぽい。
腹もまだちょっと痛いな。
「帰ったらそっこう観るよ」と言っていたU2のDVD、とりあえず明日にしよう。