2010年4月20日火曜日

気功でポン


今日もやってきました気功でポン。

僕のアイドル、小汚い中年男性のスティーブは今日は欠席でした。
おかげで何だか損した気分。

「体育」先生も今日はお休みで、代わりにもう少し年配の「満足」先生が初お目見えです。
とにかく満たされた者のようにお上品な話し方をする彼女は、気功のポージング(合ってる?この表現)に関する細かい技術的な部分を教えてくださったので、とてもわかりやすかったです。

途中、中上級者と初心者に分けられて、僕は「満足」先生にほぼ付きっきりにされながらレッスンを受けることになりました。
おかげで普段なら先生の目を盗みながらちょいちょいポージングをさぼるのに、今日はそれができずに膝がガクガク。(舐めちゃいけないもので、上半身はひたすらリラックスを求められるのに下半身は部活並みに筋持久力を求められる中腰のポーズが多い。)それとほぼ持病に近い右の首から背中の張りに痛み苦しんでました。

もともと集中力が極端に無い僕ですからこの手のレッスンにはすぐに飽きて中上級者のレッスンに目を向けてしまいます。
先輩方の取ってるポーズは何だか武術っぽくてカッコいい。
名前もちゃんと付いてて「龍」とかいうのもあった。

いいなあれ、とか思いながら色々聞いてみると、どうやらこの気功にも空手と同じく級だか段だかがあるみたいです。
とりあえず僕が狙うのは8級とのこと。

そういえばむかし松濤館空手をやっていたころ、師匠に言われてしぶしぶ昇級試験を受けに行ったことがあるのですが、その時もまず受けるのは8級でした。
ちなみに見事合格したものの(受ければ全員受かる)その後の登録費、わずか3000円が払えなくてそのまま空手を辞めたと記憶しています。

今回の気功に関しては余裕で登録費いらないとのこと。

ちょっと言ってみたい。
「俺、気功8級」

履歴書に書くのもいいぞ。

2010年4月17日土曜日

その宗教に名前は無い。


医者に指示された絶食期間も過ぎ、体調もいくぶん回復したので久々に登校してきました。

出席率のいい僕が二日も連続で休むのはなかなかのインパクトらしく、クラスではみんなが心配してくれます。
それと関係あるのか無いのか、ここんところ金曜パブの出席率が悪いラウラとジャディラのお気に入りコンビが、めずらしく「一緒に飲みに行こう」と誘ってくれました。誘わないでも俺は行くけど。

今週一日だけクラスメイトになった日本人の女のコ、『全寮制』とその友達の日本人女性、『南風』と『姉顔』も一緒に行きました。
あとクラスメイトのヒョンとジンソックも一緒。(ともに韓国人男)

パブではちょっとタイプの『南風』と楽しく会話をし始めるたびにラウラとジャディラが別の会話を割り込ませてきて、ぼくの得意とするにわかラブをことごとく遮ってきます。
そして何度もそれが続くので僕ももうあきらめて、『南風』に後ろ髪をひかれながら二人の会話にどっぷり付き合うことにしました。

まだ言うか「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」から始まり、いい加減ややこしくなるのでベタに丁寧に「友達として好きなんだよ」と説得をして、そこから彼氏のいない二人の女のコと彼女のいない男の恋ばなが始まりました。

もう何度言われたかわからない「キッチーはどんなコがタイプ?何人(なにじん)がいいの?」との質問に、もう何度答えたかわからない「どんなコでもいい。俺を好きになってくれるなら」というカマトト丸出しの答えに続いて「おまえらはどこの国の人がいいの?」と返してやると、ジャディラが必殺あげまんスマイルで
「ジャパニーズ!!」
と言って抱きついてきました。
後ノリでラウラも「ジャパニーズ!!」でした。

ただし、先日ラウラが話した宗教観の話をきちんと覚えているので、すぐにその話を振るとそれにラウラもジャディラも答えて
「そういうキッチーは何の宗教を持っているの?」
と聞き返してきます。

多くの日本人と同じく無宗教の僕は、親の勝手で実家の神棚に自分の名前が入った何かよくわからない札が飾られているだけでまあまあ腹が立つくらい、無宗教というよりはそういった類いのものがちょっと嫌いなのですが、物事を説明あるいは否説明(変な言葉)するときによく「神様」という言葉を使います。

もちろんそれは信仰心とはほど遠く、哲学にも届かない「遊びの価値観」というか「そうだったら面白いな、楽しいな」程度の「おはなし」なのですが、そのおはなしを二人にしてあげました。

まず「神様」は「神様」であってジーザスでもブッダでも何者でもないということ。なんなら「サムシング」でもいい。
そして(キリスト教全然詳しくないからよくわかってないけど)キリスト教のエンジェルにあたる使いっぱみたいなのがやはりいるということ。
そして「神は至る所に」ではなく「使いっぱが至る所に」という考え。
それと「拾う神」について。

「俺はね、好きな歌を聴いたり好きな小説を読んだり映画を観たり、暖かいシャワーを浴びたり、天気がよかったり、海を見たり、美しい景色を眺めたり、そんなことだけで自分が拾われた気分になって感謝をしたくなるんだ。そして自分を幸せにして自分が感謝できるものなんて至る所にあって、しょっちゅうそういうものを探している。
いわゆるマザコンとは違うけど、そういうものの『拾う』という性質全てに母性を見出している俺は、自分のことをやはりある種のマザコンだと思っているんだ。
ただし、自分の父ちゃんや兄ちゃんや男友達も同じように自分を拾ってくれる。彼らに母性を当てはめるのはちょっと気持ち悪いだろ。
だからきっとキリスト教も『母性は至る所に』ではなく『神は至る所に』っていうことにしたんじゃないかな。
神は一人でいいけど使いっぱがあらゆるところにいてそいつらがいつもサインを出しているような気がするんだ」
なんて話を、途中「母性」を説明するのに手こずりながら説明してあげました。

ジャディラもラウラも微笑みながら聞いててくれたので
「今おまえらが微笑んでいるのは、何割かは使いっぱが俺の話をおまえらに届けてくれたおかげかもしれないよ」
と付け加えました。

この話、自分のケツの穴を見られているようで、告白するのは地獄のようにこっぱずかしくなるのですが、実は結構な回数、この話を女のコにして口説いたことがあります。
もう僕いい大人なのでこれを機に封印したいと思います。

ただしこれを話した後、ラウラが考えを変更。
「別に私、彼氏にする人はカトリックじゃなくても何でもいいかな」

効果あり。
ラウラとジャディラ、二人同時に口説き落とせないかな、なんてことを、腸痛のせいでリンゴジュースしか飲んでおらず、完全シラフなのに半分以上本気で考えてしまいました。

体調、回復したな。

思い出のDVD


ささやかどころではなく、昨日、本格的な腹痛と下痢に苦しみ、学校も久しぶりに欠席しました。
昼間はおそらく高熱も出ていたのでしょう、ガタガタ震えながらそれしか持っていない夏物布団にくるまって、自分のワンパターンなオチのつき方を呪っていました。

こっちに来てからすっかり体が弱くなり、以前購入したイブプロフェンが運よく残っていたので、それを服用して少し落ち着いたのが今朝。
いつもお世話になっている日本人の先生のクリニックに予約を入れて、今しがた行ってきました。

インフルエンザ、胸の痛みに続いてわずか半年で三度目の訪問に、先生からも「こっちに来て体弱くなったんじゃない?」と指摘され、腸をスキャナーされての診察結果が何かはよく覚えていないけど、とりあえずビオフェルミンとか水に溶かして飲む粉とかを渡されて下された処置は「絶食」でした。

「明日の昼まで、今から24時間何も食べちゃ駄目。飲んでいいのはこの粉を溶かした水のみ」

病院帰りのときは大抵いつも甘えっ子気分になり、「帰ったらアイス食べよう」とか「ゼリーとプリンと…あとチョコレートもいっぱい買おう。果物とジュースもいっぱいあった方がいいな」てな感じになるのですが、それらのしみったれた幸せ計画も全て頓挫しました。

空腹に耐えながらも(食欲は普通にある)甘えっ子気分は全然抜けていないので、英語の勉強をする気はなく、これを紛らわすのにYouTube以外になんか無いかな、なんて思っていたら、ブルーノに貰ったDVDをまだ観ていないことを思い出します。

わくわくしながらそのDVDをパソコンに入れたのですが
「このプログラムには既知の互換性の問題があります」
というつれなくとも意思の固い、何より意味不明の表示が出てきて、とりあえず僕のパソコンではこのDVDが観れないということがわかりました。

オチの上塗り。

仕方なしに中に入っていた歌詞カードでも読みながらU2の文学的な世界観に自分の思い出をオーバーラップさせてみようかな、などと貧乏性丸出しのハイエナ的暇つぶしを試みたところ、歌詞カードかと思っていたそれを開いてみたら中はただのフォトスクラップで、ろくすっぽ興味の無いアイルランドの中年4人眺めるはめになりました。

ファミコンをはじめとして幼いころから遊び道具をあまり与えられてこなかった僕は遊び上手というか暇つぶし上手で、高校3年生にもなって、引き出しやら棚やら部屋中からキンけし的なフィギュアを集めて一人サッカーごっこをし出したこともありました。
「くらえー!稲妻ショットー!!(オリジナル)」なる無差別級のイタいセリフを小声で吐きながらノリノリになっているところをボール(ビー玉)が床に転がる音がうるさくて一階にいた父親に怒られるというキャリアを持つ僕ですが、さすがにボノたちの写真うつりにはこれっぽっちも興味が無く10秒で眺め終えました。

DVDプレーヤーで観るしかないのかな。
まあ、思い出の一品にはなったよ。

仕方なしにYouTubeで我慢します。

2010年4月14日水曜日

気功でポン


昨夜約束していたとおり今日は授業前にブルーノのフラットまで行きました。
着いたら着いたで大家は不在だったんだけれども、どちらかというとブルーノとの別れを惜しむというのが本題だったので別にかまいません。

とりあえずディアナパオラが昨日書いた手紙を彼に渡し、大家の電話番号をブルーノに教えてもらい、授業までの時間を二人で散歩してやり過ごすことにしました。

と、その前にブルーノが新聞紙に包まれた何やらを恥ずかしそうに僕に渡してきます。
「キッチーにはいろいろとお世話になったから」
と言って渡してきたそれを開いていみると、中はU2のDVDでした。
 
「この時代のU2が一番好きだって言ってただろ」
と付け加えてました。
言ったっけ?俺。

ものを貰うのなら手作りのものか手元に残らないものがいい、と常日頃から言っている僕なので、彼がフランスでアマチュアバンドマンだったころの映像や音源があればよっぽどそっちの方を貰った方が嬉しいと思ったのですが、これはこれでもちろん嬉しいので素直に、というより少し大袈裟に喜びました。

「家に帰ったら真っ先に観るよ」
とDVDを丁寧にバッグの中にしまって、天気のいい春の日差しの中をホモカップルのように二人で出かけました。

ちなみに彼の住んでいるカムデンタウンというこの街はアーティストやらミュージシャンが多いことでまあまあ有名な街らしく、それ以外には大きなマーケットが人気の街でもあります。ちなみに治安の悪さでもまあまあ有名。
僕が先月まで住んでいた街から近かったのにも関わらず、そのマーケットに行ったことが無かったものだからそこまで二人で歩いて、ついでに授業前の小腹を満たそうということになりました。

市街地を流れる小川のほとりの広場を見つけ、ブルーノは食ったばかりだから要らないと言ったので、自分用の飯を探しに広場に出ていたいくつかの屋台をブラブラ冷やかします。
そこに出ていた屋台のフランス料理をブルーノが勧めたのを二つ返事で断って、隣に出ていた中華をバイキング形式でパックに詰めてもらいました。

小腹を満たすどころかガッツリ大盛りのそれを必死に喰らいながら、小川のほとりでブルーノが一人しみったれています。

「なんだろうこの感情。ただの寂しいとも違うような・・・」
モグモグ(口ん中いっぱいで答えられない)。
「ユーロスターでわずか2時間ちょいの場所に移るってだけなのにね・・・」
モグモグ。
「はあ、この場所もキッチーとの思い出になるんだろうね・・・」
モグモグ、ゴックン。
なんだか僕ら、本物のホモカップルみたい。

ブルーノの独白はまだ続きましたが、授業の時間が近づいたので僕らは小川を離れてバス停に向かいました。
途中、ブルーノがまた感傷的なことを言ってきます。

「キッチーは本当に我慢強い男だよな」
何を指して言った言葉なのかはわからなかったけど「世話好き」という野次馬根性は僕の趣味なので
「我慢ではなく好き嫌いの問題だよ」
と答えてあげました。

それでも飽き足らず「キッチーはいいヤツだよ」と続けたので「I hope so」とだけ答えると、「俺もいいヤツだよ。でもキッチーほどじゃない」とまた返してきます。
「I don' hope so」
と再び返してやると
「俺もキッチーのような男になりたい」
と締めくくってました。

おまえのような真っ当な人間がこんなケチな半端もんに憧れるなよ、とも思いましたが彼の幸せな誤解を正すような野暮も必要ないのでそのまま流してあげました。

バス停が近づき僕らはラテン人がよくやる挨拶のように肩を抱き合って別れました。
街角で僕はバス停に向かい、彼は自分のフラットに戻ります。
こういうシチュエーションのとき、いつもは僕が立ち止まって去っていくものの背中を名残り惜しむのですが、今日はたぶんブルーノがそうしていたと思います。

そうしていたと思ったのですぐには振り返らず、そろそろブルーノもフラットに向かって歩き出したかな、というタイミングを見計らってから僕は後ろを振り返りました。
予想が当たってか、初めから立ち止まっていなかったのか、角には誰もいませんでした。

しかし僕は、僕らがおそらくまた再会するであろうことを知っています。
この手の予感は当たる、と言いたいのですがエリカの件で大外れをしたので何とも言えません。

そんな感じでDVDが入ったバッグを大事に抱えて登校して、しみったれたまんま授業を受けました。
途中、屋台の中華が当たったのか腹をくだし気味でトイレへと抜け出しました。
このささやかなオマケ、要らない。

そして授業が終わったら今日はお楽しみの気功デー。
今日は初めて見る顔がいくつかありました。

まずは奥さんが日本人だという中堅どころの紳士な生徒、グリーン。
同じくそこそこ長いこと気功を続けているっぽいイギリス人の、名前を忘れたあの人。
彼らが連れてきたお試し体験のスティーブ。スティーブかも。
それとは別で一人で来た体験のおばちゃん、ベッキー。
先週の体験者、日本人のお兄さんは今日は来なかったのでちょっと寂しかったけど、チンチクリンのダメおやじ的なスティーブがかわいかったので、充分もとが取れた気分です。

年少か年中あたりが初めて作ったシュウマイのような顔をしたスティーブはとにかく笑い上戸で、『いい人』先生が見本的に大笑いをしたのを見て(気功は呼吸の中でも特に吐く方を重要視しているので、この「笑う」というのが大切らしい)、彼はマジ笑いをしていました。
だってホントは笑いながら気功の型の動作をしなくてはいけないのに、アイツ、腹抱えてうずくまってたもん。

それを受けて『体育』先生はつられ笑い。
マークは苦笑い。
僕は何故だか照れ笑い。
素敵なサークルです。

ちなみに両サイドのポケットの下がボロボロに裂けている汚ったないズボンをはいているスティーブは、その裂け目から白のブリーフをチラリズム的に披露しており、それとは関係無しにチャックは終始開きっぱなしでした。
誰も注意しない。

レッスンが終わった後、グリーンとマークともう一人の彼がスティーブを熱心に勧誘してくれたおかげで、来週以降もスティーブは通い続けることが決定。
僕の大好物なタイプのこんな素敵な中年に会えて、気功通いがますます楽しみになりました。

帰りがけのバーは、みんな用事があったらしく今日は『いい人』先生と二人っきり。
魅力的な彼女のタフでハードで肉付きのいい人生経験を聞きながら、ささやかな腹痛と闘っていました。

話の流れで何故だか彼女から鍋を貰うことに。
世話好きな彼女は来週それを持ってきてあげると言ってました。
ものが増えるのがあまり好きでない僕ですが、真っ当な人間の親切心を断るわけにもいかないので、ありがたく頂戴することにします。

こうして長い長い一日が終わったわけですが、ちょっとノドが風邪っぽい。
腹もまだちょっと痛いな。
「帰ったらそっこう観るよ」と言っていたU2のDVD、とりあえず明日にしよう。

2010年4月12日月曜日

ファイナルギグ


今日の授業で初めて日本人のクラスメイトを持ちました。
そのコは今日からうちの学校に通い出した二十代半ばの可愛らしい女のコでテンションが上がったけど、喜びもつかの間、授業終了後にそのコが下のレベルのクラスに移りたいと受付に申し出たので、明日から日本人はまた僕一人です。

今日はブルーノの最後のギグの日。
先週いっぱいで学校を終え、今週水曜に帰国して仕事を母国で探す予定のブルーノともこれでお別れ。
色々と変わってしまった元クラスメイトや現クラスメイトを誘ってみんなで会場となるいつものパブに向かいました。

ちなみに今、僕らの授業の時間帯は生徒の人数が増えたためクラス編成が上、中、中の下、下の4クラスになりました。僕は中のまんまですが、ファンキーズもブルーノもマルタもジュリアーナもその他今年の1月から通い始めた僕の後輩たちもみんな上クラスに上がってしまいました。

実力で先生から上に上がるように指示される生徒もいれば、本人の希望で(もちろんある程度の能力は必要だが)上に上がる生徒もいます。(ジャミーリとブルーノは後者)
そんなだから元のクラスメイトたちからも「早くこっちのクラスに上がってきなよ」と急かされています。

自分の能力をしっかりと把握している僕自身と講師のラウールは別として、発音がいいがために英語全般の能力が優れていると勘違いされがちな僕が中クラスのまま留まっている理由を、上クラスの講師、美人のカミーラのことが嫌いだから、というふうにみんなに誤解されています。

ちなみにロスィオは僕の誕生日に受付でプリントアウトした履歴書を持ってカフェに面接に行き、そのまま採用が決まってしまったので、次の週以来学校には来なくなりました。
先週金曜、ブルーノの最後の学校の日だからということで、彼女に連絡をして旦那さん共々ひさびさの再会を楽しみしました。

パブでみんなとやりながら彼女と話をしたのですが、仕事のスケジュールが授業時間とかぶるため、授業を午前に変えようかとも考えたんだけど、料金が高いので断念したそうです。
仕事が充実してて今は他の学校にも通っていないとのこと。
私に未だに連絡をくれるのはキッチーくらいのもんだよ、と抱きしめられました。

それと売店のユキちゃんもいなくなりました。
一時的のものなのか退職したのかわからないけど、いなくなってからの期間が長いのでたぶん後者です。

そんな感じなので金曜のパブでみんなが集まったのは久しぶりのことで、その流れで今日もギグにみんなで行く約束をしていました。

パブでのブルーノの持ち時間はいつも通りわずか2曲分で、僕の誕生日の時と同じくフランス語の歌に続き、U2のONEを歌ってました。
ONEはU2の中で最も好きな曲の一つだということをいつだったかブルーノに話したことがあって「きっと俺のためにこれを選曲したんだな」などと、女性に対してだけではなく男に対しても自惚れ屋な僕はセルフで勘違いをしてあげました。

今月から住み始めた僕のフラットが早くも気に入らないため、来月いっぱいでまた引っ越そうと思うので、もしもの時のためにブルーノの大家に会っておこうと思い、明日もブルーノに会う約束をして、ディアナパオラと一足先に退散しました。

ブルーノは僕以外のみんなに帰国日をギリギリまで伝えてなかったらしく、その突然のお別れにディアナパオラが帰りのバスの中で「プレゼントも手紙も何も用意できなかった」とこぼしていました。
じゃあ今から書けばいいじゃん、と僕は自分の汚ったねえノートを千切り、彼女にペンを渡しました。
何を書いていたかは忘れたけど最後に「読みづらいのはキッチーのペンのインクが無いせいだからね」などと要らない小ボケも加えてました。

僕もそのノートの裏に
See you later
とだけ書いてあげました。

明日会った時にブルーノに渡します。

2010年4月10日土曜日

あだ名


僕の本名に「ズィーニョ」をつけて呼ぶクラスメイトが何人かいるのですが、これの意味がわからないクラスメイトたちに説明してるところから派生して、あだ名の話になりました。
ちなみに「ズィーニョ」はブラジルの言葉で「ちゃん」という意味。

ところで子どもの頃、それはそれは素敵なあだ名があちこちにつけられていたのに、何故大人になったらそれらは自然に消えていくのでしょう。
パッと今思いつくのだけでも「おじ」「かつら」「はなじ」「ジェット」「ぶーぶー」「テランボー」「ナメック」「マラ」「ポキール」「なめちん」「セーブ」「へまた」「ドバーマン」「へち」「ヒマラヤシーダー(マツ科の木の名前)」…などなど。
中にはその由来がわからないものまであります。

高校卒業したての春休み、運転免許の合宿教習で長野に行きました。
そこで知り合った二つ三つ年上のあんちゃんとあだ名の話題になり、今までの知り合いの中での一番面白いあだ名は何かという話をしました。

彼の小学校の同級生が、誰もいないクラスで好きな女の子のブルマの匂いを嗅いでいたところを目撃され、以来「クンクン」というあだ名がつけられたという話をしてくれたので、ぼくは高校の同級生の「※※」というあだ名を持つ山ちゃんの話をしてあげました。

「※※」は伏せ字ではなく文字に起こすのがちょっと不可能なのでこういう表記にしました。
説明するなら落語家がそばを食べる模写をするときに口元で鳴らすあの音。
簡単に言えば唾をすする音。
もはや「あだ」ではなく「」といったところです。
それでもあえて文字にするなら「ジュル」といったところか。

なんでこんなのが山ちゃんのあだ名(?)になったのかというと、当時童貞バリバリのシャイボーイだったくせに山ちゃんが、話の流れとあんまり関係ないときに
「俺、クンニリングス大好き」
と、クンニをフルネームで呼ぶ行儀良さをもってそう言い、その様子を舌を出し唾をすすりながらジェスチャーし出したからです。

以来、同じく同級生だった『前科』とさんざんそれを真似して馬鹿にするわけですが、それが次第に彼の呼び名となり、授業中には誰に気付かれることなく山ちゃんを呼ぶことに成功しました。
犬笛と同じ効果だね。
当の山ちゃんは顔を真っ赤にしていたけど。
シャイなくせして慣れないことするからだよ。

というかこの子、すでに「山ちゃん」というあだ名をちゃんと持っているよね。

いつもにも増してどうでもいい話をしてしまいました。
ごめん。

あ、そういえば山ちゃんに借りてたジューダスプリーストのカセットテープ、まだ返してねえや。
それこそどうでもいいか。

2010年4月9日金曜日

通学路


引っ越してから家賃が高くなった代わりに学校までの距離が短くなったので、節約のためにバス通学に変えました。
チューブの中の頭のおかしい人達を見れなくなった代わりに、景色はいいのでまあご機嫌です。

良くも悪くもない思い出の場所、ビッグベンとロンドンアイは比較的うちの近所。
このアングルを右に舐(な)めながら学校に通っています。

2010年4月6日火曜日

気功やばい


十代の時に腰を壊してからヨガとかピラティスとか、体が柔らかくなるイメージのあるものに興味があり、せっかく今、時間に余裕があるのでその手の類いのものをネットで検索していました。

掲載されているどのレッスンも値段が高かったんだけど、その一つに「気功」なるものがあり、ヨガやピラティスに比べて格段に料金が安く、しかし記載文を読んでいるとちょっと怪しそう(言い意味で)。
この手のサークル勧誘の代表者名にはファーストネームを用いることが多いのですが、その気功の先生らしき人の名前には男らしい、そして達人の雰囲気漂う日本人の名字が平仮名で記載されていました。

怖いもの見たさの精神はいくつになっても治らないもので即刻メールを送り4月第一週目の今日、その体験に行ってまいりました。

いやあ、面白かったねえ。

まず着いて早々挨拶をしてくれた女性がネットの掲示板に記載されてた連絡係の方であることが分かり、達人の名字だと思っていた名前がその女性のファーストネームであることが判明。
「え、女のコの名前にそんな強そうな動物の名前つける?」
「逆にそのまま男の子のファーストネームにも使えるよね」
との感想はもちろん胸に秘めておきました。

あだ名は『いい人』に決定。
彼女はサポート的な先生といった役どころで、しばらくして同じくサポート先生の『女上司』とメインの先生の『体育』がやってきてレッスンは始まりました。

ちなみに教える側のこのお三方は全員僕よりちょっと年上に見える脂の乗り切った魅力的なお姉さん。
つまり世間的にはおばさん。とかは言いっこなし。
他にはまだ新人っぽいお姉さんと、僕と同じで初体験のお兄さんと、唯一の外国人(イギリス人)のマークと一緒に少人数でのスタートです。

おかしくもないところでみんなで馬鹿笑いをしたり、酔っ払いの真似をして歩いてみたり、動物になってみたり、宇宙を感じたり、海や川に入ってみたり(もちろんイメージで)で、常に自分を客観視してしまう悪い癖のある僕は、この手のものは盛り上がりに欠けて「無し」なんだけど、みんなニコニコ顔で楽しそうだったのと、自分の今までの人間関係でこの種の人達との付き合いが無かったことから、終わる前からこのサークルに入会させてもらうことを自分の中で決めてました。

突っ込みどころというよりボケどころがたくさんあったレッスンの最後に「気の交換」と言って、先生の『体育』が一人ずつ、「気」で後ろに吹きとばす…というより押すのですが、これには個人差があり先生のいる壁の端から反対側の端まで「気」に押され続けられる人もいれば、わずか5、6歩後退しただけで止まってしまう人もいたりとなかなかスパイシーなことが行われました。

僕の番になり、先生に指示された通りお互いの手首と手首をくっつけて、腰を落として足腰を前後に、手首は円を描くように動かす(先生いわく「気を練る」)のですが、普段、日本人の魅力的な年上の女性に接する機会の無い僕は、フォークダンスでお気に入りのコと手を繋いでいる小学生のごとく舞い上がってしまいました。

結果、後退歩数1歩。
しかも「気」ではなく自力で。ずるっこして。

引きで見たら三人のおばちゃんが教えている健康クラブみたいなので「稽古」というよりは「レッスン」という表現が適当であろうとはいえ、そこは腐っても「気功」。
中国何千年かの歴史あり、武道にもルーツあり、にカテゴライズされそうなこの手のものに、雑念の塊が丸腰で歩いているような僕にはあんまり向いていないみたいです。

そんなことより『体育』先生やサポート役の二人の先生に僕の妄想あれこれを見抜かれていないかな、なんて気功に過大に畏怖しながら体験レッスンを終えたのだけれど、とりあえず首の凝りと背中の張りが治ったらいいなあくらいの気持ちで続けてみることにします。

帰りにみんなで行ったパブでの会話も興味深かったので。

2010年4月4日日曜日

オックスフォード小旅行

まあまあ都会のVICTORIAといところに昨日引っ越しを済ませて、前のフラットメイトたちに誘われ今日はオックスフォードに行ってきました。
メンツはセバスチャンとマリアを除く6人プラススペインからレティーに会いに来ていた彼氏と僕の計8人です。

基本、建物系の観光に全く興味の無い僕は行き帰りの長距離バスだけが何故か楽しく、窓から見える広大な畑の風景がブラジル時代の遠征を思い出させます。
感傷に浸ろうかとも思ったけど僕の隣はファンパオロだったので無理でした。

着いたら着いたで阿修羅のように寒くて一刻も早く帰りたかったのですが(おそらく最後の方はみんなもそうだった)ノリノリのサンドラが疲労と寒さにくたばりかけたみんなを無理矢理気味にひきまわしていました。
「これがハリーポッターの…」とか言われても興味無い。

この旅行における楽しかったことと言えば、帰りのバスに乗る直前に寄ったパブでくつろいでいるときに、レティーがファンパオロの汚い天然パーマネントに大量の塩をふりかけたことくらいです。

レティー、はにかみ屋かと思ったら意外とおてんば。
彼氏もニコニコ眺めてました。







2010年3月31日水曜日

カラスが鳴くから帰りましょう の「しょう」の部分がいつも音程外れてた。


先週末か今週初めか定かではないけどイギリスで夏時間が始まりました。

子どものころ塾の国語のテキスト本で、昔日本でも一時期このサマータイム制度を実施したということを知りました。
細かい条約のことや今現在のサマータイム制度導入に対する批判はさておき、昔のサマータイム制度が続かなかった理由は、
「明るいうちから酒が飲めるか」
というのがそのテキスト本によるざっくりとした見解でした。
ざっくりし過ぎが。

しかし今の僕の感想は「明るいうちの酒こそがおいしいのに」というのが素直なところです。

同じく塾の国語本でダイヤモンドと照明についてのエッセイっぽい文章も読みました。

その筆者の価値観は
「家の電気を点けっぱなしにしていることにヒステリックに反応するのは何故?お金を節約して、そのお金で何を買うの?そのお金でダイヤを買うくらいなら私は家の明かりが欲しい」
というものでした。

今でこそエコだとか省エネだとか二次的な価値基準も割り込みますが、そんな風潮が一切なかった当時、僕はこの考えに賛成してました。

冬が嫌いという理由に当然「寒いのが苦手だから」というのは挙げられますが、そういう人たちの中に「日が短いから」という理由を持たない人や、それ以前にそのことに気付いていない人もいます。

僕はかなり幼いころからこのことに気付いていました。
冬は夏より一時間半も早くチャイムが鳴っていたから。

こんな話をブルーノにしてやったらアイツは暗いのが好きみたい。
それ繋がりでフィギュアを何体か持っているくらいバットマン好きらしい。

変なヤツ。

2010年3月30日火曜日

受け入れないシリーズ


超久々の受け入れないシリーズ。
といっても今回はあるあるネタ的なものではありません。

春のセンバツ高校野球。

夏の甲子園でもいいんだけど時期的にこっちが話題だから。
まあ、要は高校野球に関してのことです。

「甲子園球児っていつまでたっても年上に感じるよね」
のあるあるを一切受け入れられないのは前にも言及しましたが、それ以前に僕は高校野球が割と嫌いです。
しかし野球そのものは好きです。

ちょいちょい「プロ野球は観ないけど高校野球は大好き」という人がいますが、彼らにその理由を尋ねると決まって「高校生であるがゆえの面白さ」を前面に押し出して答えてきます。

その彼らが述べる「好きな理由」がそのまま僕にとっては「嫌いな理由」になっています。

日本人の日本人たる所以(ゆえん)、つまり日本人らしさを僕は好み、常にそれに関して語っていますが、教育やスポーツの上での「軍隊っぽさ」は指揮される側の頃から指揮する側になった今に至るまで一貫して嫌いです。

野球そのものは好きなわけだしひたむきな高校球児も別に嫌いなわけではないので、僕を高野連のトップに就かせて全権をゆだねてくれないかなあ、などと高校野球シーズンは常に妄想しています。

その圧倒的な権利を持たされたらまずやることは

ボーズの禁止。及び「全員同じ髪型」の禁止。(ただし一チーム二名まではボーズOKとする。その場合届け出が必要で、その二名も全く同じタイプのボーズは許されない)

あの変な形の帽子、禁止。頭にフィットしたやつにしなさい。

ベルトも禁止。理由はゴルフ、ビリヤード、ボウリング、ダーツなどの類いの今ひとつスポーツとして認めたくないものの部類に入っちゃうから。分かる?この意味。なんとなくわかるよね。つまりベルトしてダッシュしたりスライディングしたりするなということ。

高校野球経験者は監督になれない。助監督という位置づけならOK。

ピッチャーが投げていい変化球はフォークと縦のカーブのみ。
この二つも一打者に対してそれぞれ一球ずつまでしか投げてはいけない。

その縦のカーブも「ドロップ」と呼ぶことにする。(沢村栄治に敬意を表して)

ポジションによる背番号の統一、あれも無し。

ベンチから出していいサインは「ホームラン」のみ。
ヒットエンドランも盗塁も野球の戦術の中で、教育上特に問題は無いと思われるが、サッカーのように実際に声に出して伝えるか、アイコンタクトでがんばろう。

「ホームラン」というお茶目なサインを残したのはサインそのものは子どもの秘密の遊びじみてて好きだから。
同じ「ホームラン」のサインでも5種類以上考えて事前に高野連トップである僕に提出。
その際、審査があり、既存の「帽子のつばを触ったり」や「肘や肩を触ったり」という色気も面白みもないものは全て却下。
マネージャーが投げキッスしたら「右方向にホームラン」とか、監督がズボンを全開に降ろしたら「場外ホームラン」とか補欠の高島くんがアンジェリーナジョリーのモノマネをしだしたら「レフトポール直撃のホームラン」とかチャーミングなのを色々考えて。

あと絶対廃止したいのが送りバント。
送りバントをしたチームはその時点で負けが決定。部活そのものも一年間の活動禁止。
スクイズなんかやった日にゃ即廃部。
そうだ、この際だからバントそのものも禁止しよう。

ユニフォームにも審査があり。つまりダサいのは禁止。

つち持って帰るのも禁止。あれ嫌い。
どうしても甲子園に出場したという思い出なのか証拠なのかが欲しいのなら何か他の物を考えてあげます。
本に挟むしおりなんかどうだろう。一枚350円でちょっとボり気味に売りつけて。
すぐ無くなっちゃいそうだけど、思い出なんてものはそれくらいがちょうどいい。後は記憶しなさい。

こんな話、高校野球ファンに聞かれたら怒られそうだけど、元高校球児のポシくんにこの話をしたことがあって、そのときは優しいポシくんはニコニコ顔で聞いててくれました。

ただ、バントの話を教育者目線で僕が熱く語った時は
「でもある時期に絶対に長打者になれないって気付くときがあるんですよ」
という前置きで元2番バッターのポシくんが反論しました。

才能やセンスのある人間に囲まれた環境で、どうやって平凡な自分がレギュラーとして試合に使ってもらえるかを考えたときに「みんながやりたがらないことをやる」「チームプレーに徹する」という、周りから要求される位置づけを狙うのも一つの手段、というより残された道だ、と彼は言っていました。

なるほど。この手の努力話も美談も嫌いじゃない。
ただし、たかだか高校生の部活レベルのそれをテレビで流すなよ。

実を言うとまれに僕も好んで高校野球を観ることがあるのですが、それは松坂とかダルビッシュとか菊池とか王道にスポーツエンターテイメントとして楽しめる選手が出てきたときくらいなもので、高校生レベルの苦労話にスポットを当てた観方はもちろんしません。
それはメディアで流すことではなく、本人や周りが噛み砕いて消化していくものだと思っているからです。

スポーツ番組なら決勝の一試合をテレビ放送すれば充分。
あれをスポーツとしてみなさず、教育もしくは文化枠で放送しているのであっても全試合は要らない。
その分を他の部活とか、それこそ観客席で応援しているブラスバンドの全国コンクールとかに充ててやれよ。

ブラスバンドついでにもう一つ。
高校生の頃、夏の県予選に出場する野球部の各打者の応援歌を、ブラスバンドの曲に合わせて全校生徒で校庭で練習していたんだけれど、仲のよかった野球部員のそれを実はノリノリで歌いながら「俺が野球部だったら絶対このブラスバンドのサウンドは使わないなあ」と思ってました。

同じく軽音楽部のバンドマンたちとも仲がよかったので
「あいつらに頼んで俺の登場曲は The Black Crowes の Twice As Hard のイントロだな」
と妄想してました。

実は俺、両投げのピッチャーで、右は160キロの剛速球と沢村張りのドロップが投げれんの。左は155キロくらいしか投げれないんだけど、チョー落ちるフォーク持ってんの。
で、打順は一番がいいかなあ。ホームランしか打たねえけど。
などと妄想は広がるばかりでした。

結論、俺、あんまり高校野球が嫌いじゃないね。
テレビで流れる高校野球が嫌いということか。

そうそう、俺が高野連のトップになれないなら水島新司監修でもいいよ。
帽子のつばがザックリ裂けてるヤツとか葉っぱくわえてるヤツとかいろいろ出てきて楽しそう。

鼻風邪ベイビー


ここんとこまた風邪気味です。

この「風邪をひく」ということに思うものがあります。

今から10年ほど前、我ながらのあまりの傍若無人さに対して、後に廻ってくるであろうツケや天罰が怖くて、無宗教の僕は心の中で神様にあるお願いをしました。

「今までやってきたこともこれからやることも一切反省も懺悔も改善もしないけど、ツケは全て他の人に廻してください」

ただの偶然なのですが、その直後から親しい知人たちによくない出来事がいくつか起こったので神様に対するお願いを変えました。

「ごめんやっぱこの前の無し。僕の知人はおろか、知らない人も僕のせいで苦しむのはちょっとアレだから、この際、ツケを全部チャラにしてください。どうしてもそれができない場合は、深づめとか風邪とかアカギレとかちっちゃいので分割にして払わせてください」

以来、深づめも風邪もアカギレもささくれも下痢も静電気も口内炎も電信柱をたたっ切るほどの交通事故もいろいろと払ってきたけど、どうやら支払いはまだまだ終えてないみたいです。

2010年3月26日金曜日

かっこいい話


極太から郵便物が届きました。
「年賀状を送る」と言ってきたのでついでに彼が保管している僕の処女作の小説を送れ、とお願いしていたのです。

ちなみに出版の際の面倒くさいやり取りの中で、「著者贈呈分」といって出版社から自分の本をありがた迷惑にも100冊受け取ることになったのですが、僕が極太の住む町から実家に引っ越す時に、この本の存在を家族にばれたくなくて極太に預けていたのです。

本の内容が事実を元にしたものだったため、そのただれた生活環境を家族に知られたくないがゆえの策で、当時
「俺、キッチーさんのためなら何でもしますよ」
となかば崇拝ぎみに言っていた極太にそれらの本の保管をお願いしたのはよかったのですが、後に新しくできた知り合いにその本をプレゼントしようと、彼の保管分から数冊を抜き取るたびに
「もういい加減持って帰ってくんね?」
と言われてました。

彼が結婚して新居を構えてから、その懇願は深くなる一方ですが、わがままな僕は聞く耳をいっさい持ちません。
持って帰ってあげね。

そんなことを思いながら、わざわざ空便で届けられた年賀状と小説を手に取り、なんだかんだ言いながら律儀なヤツめと思い、年賀状に続いて自分の小説を久しぶりに読み返しました。

読み終えた感想。
今更ながらあれだけど、この小説、こっぱずかしいね。

あえて読み手のテンポを落とすような戸惑いを与えるような手法をメリハリのために僕は使っていたのですが、実際いま読んでみるとメリハリどころではなく最初から最後までずーっと読みづらいまんま。恥ずかしいまんま。

出版されて間もないころはこの文体に慣れるまで全ページの三分の一くらいを要していたもので
「これはきっと自分が若いから恥ずかしく感じるんだろうな。もう少し大人になったら邂逅(かいこう)的な感情も手伝ってもうちょっとスラスラ読めるようになるんだろうな」
などと思っていたのですが、いいえ、この歳になったらむしろその恥ずかしさは強くなり、三分の一どころか最後の最後まで恥ずかしいまんまでした。

それでも何年かに一回この本を読み返すのには理由があって、これは「あの当時の自分好みの哲学を今現在忘れちゃいないか」という確認の意味を込めての作業なわけですが、今回も月並みではあるが男前のある価値観を見つけました。

なるほどねえ。
自分の将来や狙いを差別しないってなかなか大事だねえ。

てなことを思いながら読み終えた本を閉じたわけですが、一方で
「そんなこと知ってるぜ。今の俺は将来どころか過去だって差別しないぜ!!」
なんて自分一人で勝手に高ぶってしまったので、勢い余って自分の過去の恥ずかし話をセルフ暴露したいと思います。

えー、実は僕、〇歳のときに〇〇の観光者向けホテルで〇〇〇〇〇○〇をしたことがあります。

うーん。やっぱブログでは言えない。

ちなみに前の会社の何度目かの転勤で、違う部署の後輩の『ポシくん』と『三日月』と一緒の寮に住み始めたときに、彼らが僕の歓迎会を開いてくれました。

その時に『ポシくん』が『三日月』のことを指して
「こいつはかなりの女好きで相当派手に遊んでいますよ」
と健全なノリで「火遊び関係ダメダメ話」をフるものだから、彼らの距離を少しでも縮めてあげようと僕の方から歩み寄り、このホテルでの話をしてあげました。

二人ともドン引きしてました。
この手の類いの線引きを、洋の東西を問わず僕はいつでもどこでも間違えます。

そう言えば関係ないけど『ポシくん』との別れ際、彼に時速140キロの速球の投げ方を教わりました。

「2009年の目標はこいつで決まりだな!投げられるようになったら連絡するな!」
とはしゃぎながら2008年の暮れに別れたけど、ごめん、あれ以来トレーニングはおろか、ボールに一切触ってすらいない。

だって実家の物置きにあるはずのボールとグローブが甥っ子たちに取られて失くなっちゃってたんだもん。

さしもの鬼畜も甥っ子には叶わねえや、とブリっこしてみたけど、実は僕、4人しかいない甥っ子の名前、たまに何人か言えないときがあります。
ちなみに一番下の甥っ子は2歳になるまで姪っ子だと思っていました。

全国各地で「先生ってホントに子どもが好きなんですね」とさんざん言われてきたけど、素直に頷けなかったのはこういうところに起因しています。



あ、話がまただいぶそれてる。
たまにはいい話してカッコつけようと思ったのに。

2010年3月21日日曜日

愛しのラティーナ


ここのところ引っ越し先の検索に忙しく、今日は中途半端な時間にフラットの下見を二件入れました。
この引っ越しを機会に英語環境にどっぷり浸かろうかと思い、ここのところ英語のサイトを調べたり日本人向けのサイトなんだけど英語表記の物件を当たってみたりとちょいちょい面倒なことをしています。

今日の一件目は午前中に訪れた閑静な住宅街。
大家さんはインド系っぽい割にはクリアな英語を喋る親切な方で、感じは良かったんだけど駅からの遠さと部屋の狭さと日本人の多さがちょっと難でひとまず保留。
とりあえず次の下見まで時間があったので適当にやり過ごしました。

そして問題の二件目。

普通、フラット情報の掲示板のコメント欄には日本語、英語問わず、多くの人に興味を持たせるため、当然のことながら色々なうたい文句や写真がところせましと陳列されるわけですが、このオーナーの出したコメントは

Very centrally located room.
Safe, convenient.
(超ロンドン中心街の部屋。安全、便利)

これだけ。

問い合わせ先もメールアドレスは無く、携帯番号一本。
挙句にはオーナーの名前の記載が無い。

あら、しかもこんな都心部の割にはこんな安い値段、あやしい香りが充満してるな。
なんてなかば怖いもの見たさでわくわくしながらテクスト(ショートメール?みたいなやつ)を送ったのが昨日。
今日の朝、差出人不明で「リージェンシー カフェの前で3時から5時」とだけのメールが送られてきました。

色々な大家にフラットの下見希望のメールやらテクストやらを送っていたので、最低限名前を書いてくれないとどの物件のことだかわからない。
とりあえず自分が閲覧したネットの掲示板を一つひとつ調べ直して、送信元の携帯番号から相手を割り出すことに成功しました。

グーグルマップでリージェンシー カフェの場所をがんばって探し出し、4時にうかがう旨をテクストしたところ
「OK。着いたら電話くれ」
との返事。

なんと愛想の無い。

そう言えば、フラットに下見に行く日本人が詐欺やら何やらの危険な目に遭っているから、一人で見に行くのは絶対避けましょう、なんて張り紙とかフレーズを日本人向けの施設や雑誌でよく見たなあ、なんて思いながら、いざという時のために気持ちをもうちょっと高ぶらせようとipodの選曲もジェットの Are you gonna be my girl に切り替えです。

そして、道に迷いながら、人に訊きながら、ようやくそのカフェに着きました。
着いたので電話を入れると、意外にも受話器の向こうの声は女性のものでした。

クリアな英語だったにも関わらず、何を言っているのか今いち聞き取れない僕のために
「今、テクストを送るからちょっと待ってて」
と言ってその女性は電話を切りました。

てっきりここで待ち合わせて部屋に移動するのかと思ったら、テクストでここから部屋までの行き方を指示するらしい。
ますますあやしい。
女を使って安心させたつもりだろうが、そんな簡単にだまされるほど俺は馬鹿じゃない。

そう思い、休業日の薄暗い店内のおかげで鏡代わりにはちょうどいいカフェのガラスを前に、僕はウォーミングアップを始めました。
そうです。シャドーボクシングです。

まず右のロングがちゃんと伸びていることを確認して、そこから左のボディー。
ボディーアッパーはみぞおちを狙うのではなくあえて左に少しずらして、あばらを下から突き上げる感じ。
そのまま左でチンを突き上げて・・・いや、ちょっと待てよ。相手が大男だったらもうちょっと高く突き上げないと・・・なんて鏡(ガラス)で確認しながらフルに動いて、挙句には汗ばんできて上着まで脱ぎだす始末。

人通りは少ない方でしたが、それでもたまに行き交う数人の歩行者が気の毒そうにこちらを眺めていたのは鏡越しにも伝わってきました。

そんな感じでちょうど一ラウンドが終わったころに、先ほどの女性からテクストが送られてきました。
表記によればここから一分もかからない感じ。

よし、いざ悪者退治。
ただの下見→万が一の場合→なぜか正義感、と趣旨を大幅に捻じ曲げて、ヤクザ映画を観終わったばかりの中学生のような足取りで指示された場所へ向かいました。

結果、ただのおばちゃんでした。

まあ当たり前なんだけどさ。

部屋自体はまあ、可も不可もなくという感じだったんだけど、場所とか家賃とか勉強の環境とかを色々考慮した結果、昨日下見に行ったところの一つにイギリス人だらけのフラットがあって、そこにしようと思いました。

ところで今夜はジュリアーナの誕生日パーティーなわけですが、サンドラを誘うのを見事に忘れた僕は、下見先から(スッポカシ率100%の)ラウラとの待ち合わせ場所に向かいました。
予定の時間より早く着いたので、その時間を利用して希望のフラットのイギリス人にテクストを打ち込みます。

ただでさえ英文を書くのが苦手だというのに、光熱費やら税金やらのことを細かく、それも失礼の無いように丁寧な言い回しで尋ねるのはなかなかのストレスで、わずか4、5文の内容を打ち込むのに実に30分以上の時間を要しました。

そして何度も何度もその文章を確認した後に、真心込めて送信。

わずか1分後、「ごめん。他の人にもう決まっちゃった」と返信されてきました。

「っ!…アバズレめっっ!!今日までに返事すればいいって言ったろ!!」
という情熱的な想いは胸にしまいこんで、かわいいかわいいラウラちゃんを待つことそこから一時間。
僕が待ち合わせ場所に一時間半も早く着いたわけではなく、ラウラがきっちり一時間遅刻したということです。
来ただけその奇跡を喜ぶことにしよう。

ジュリアーナに教えてもらったバス停まで、そこから二人で向かったのですが、バス停に着いたら着いたで、指示された通りジュリアーナに電話しても、見事に誰も出ません。
ラテン人のパーティーにラテン人と一緒に向かうことの無謀さを改めて思い知りました。

結局は、そのバス停まで別の人間を迎えに来たスクールメイトに会うことが出来て、彼にフラットまで案内してもらったのですが、相変わらずラリパッパ(絶語)に踊り狂うブラジル人たちを尻目にシャイなラウラと僕はソファーに腰かけてまったりとやり過ごしました。

そこで自然な流れで恋ばなが展開されたわけで、すでに決着がついて全員飽ききったと思っていた話題、「キッチーはサンドラのことが好きなんでしょ」を丁寧に弁解して、好みの女性のタイプやら何やらを色々聞かれたので、そっちは不丁寧に返してあげました。

酔いのせいか、髪をほどいて僕にしなだれかかるラウラが、最近ダイエットに成功していることも手伝って妙に色っぽく、なんだか今夜の二人はいいムードです。

となると、オチに「けっきょく僕の思いちがいでした。あはは」と涙がちょちょ切れそうな笑いが待ち受けているのがいつものお約束なのですが、今夜のオチはもう少し鈍痛を伴うものでした。

「そういうおまえはどんな男がタイプなの?」
とスケベ面で尋ねる僕に対して
「国籍も年齢も気にしない。中身が素敵な人がいい」
としなをつくりながら艶っぽく彼女は答えます。

俺の中身の悲惨さがばれている形跡は無いから、これは俺のことを言ってるんだよな。可愛いヤツめ。
などといつもの手順でいい気になってたら、ラウラが続けました。

「でも私がカトリックだから相手もカトリックがいい」

うほほーい。
彼女の肩を抱く左手が見事に緩みました。

誰も悪くないし「ふられた」という落ち込みを抱くほどの感情はぶっちゃけ彼女に対して持ってなかったんだけど、何だろうこの感情。
人種差別と似てるようでだいぶ違う、もっと柔らかなんだけど分かりづらい仲間はずれの感覚。

もっともっとガっついてた若い時分は、たらふく嘘をついてきたというのに、なぜかその頃からも自分が無宗教だということに関しては嘘をつくことができず、不可侵だったような気がします。
僕のようなケチな男でも人様の信仰心や念の強さにはある程度の敬意を払っているということなのでしょうか。

なんだかすっかり甘酸っぱくなってしまった帰り道、どんないきさつだったかラウラと手を繋ぎながら帰りました。

無いものねだりなのか、昨日よりラウラに興味を持っています。

2010年3月19日金曜日

天道虫って書くんだね


日当たりのいい洗面所にてんとう虫が紛れ込んできました。

月や太陽や海や山や雷や雪のように、その存在だけで他者を惚れさせることが出来るもののちっちゃい版です。ある意味てんとう虫は。

なんて昼過ぎのひと時に身支度をしながら余裕をかましてたら、てんとう虫が羽を広げました。

別にそれはいいんだけど、閉じた直後は茶色い内羽がガッツリはみ出ていて、ゴキブリみたいで気持ち悪かったです。

十何年も前に当時のアニメ版ムーミンについてアキラさんがこんなことを言ってました。
「今のスナフキンって髪の毛生えてるけど、俺らの子どもの頃のアニメ版って確かハゲだったよな」
よく覚えてなかったので「覚えてません」と答えました。

「スナフキンが帽子を取ったときにハゲだということを知って、子ども心に少し怖くなったことを覚えているよ」
とアキラさんは続けていましたが、てんとう虫の内羽もこれに通じるものがあります。

中身が気持ち悪いからこそ、怖いからこそ魅力的なのでしょうか。彼らは。




お、なんかブログっぽい。

2010年3月18日木曜日

また消えた


先ほど仕事帰りのマリアが帰宅一番、僕の部屋に入ってきて言いました。

「プラネイ(僕のルームメイトのインド人)、最近帰ってきてる?」

そう言えば二夜連続で彼の姿を見ていないな、なんて思っていたら、マリアが勝手にプラネイのクローゼットを開けました。

中は空でした。

「チッ。逃げられたか」

どうやら期限を過ぎてもプラネイが家賃を払いに来ないので、マリアの事務所の社長が心配したらしく、彼の在住の有無の確認をマリアに託したらしい。

こんな小さめなハプニングでもその日のうちにフラットメイト全員が知ることとなり、事情を知ったサンドラがニコニコ顔で僕に言ってきました。

「前の中国人といい今回のプラネイといい、キッチーのルームメイトっておかしなヤツばっかだね。何で?」

ホント、何でだろう。

好める一悶着。一件落着。


先週末のジュリアーナの誕生日パーティーは今週末に延期されました。

それを受けて(スクールメイトの方の)サンドラが、金曜のパブで翌日のデートに誘ってきたんだけど、以来、やたらとファンキーコロンビアンズ(ジャミリとディアナパオラのことね)がそのことについて冷やかしてきます。
つられて真面目っ子のブルーノまでもが、サンドラが近くに来るたびに僕の顔を見てニヤつくのにはちょっと困ったもんです。

結局、新しいフラットの下見が何件か入っていたので土曜はデートに行けなかったんだけど、ファンキーズはそれすら信じていません。

一方、サンドラの方はデートを断ったことと関係があるのか、昨日の休憩時間中にカフェで僕に何やらまくし立ててきました。
しかもスペイン語で。
早口だったのでほとんど聞き取れなかったけど、どうやらラウラのことがどうのこうのと言ってるみたい。
僕のラウラの可愛がりっぷりに嫉妬でもしたのでしょうか。

「英語で話してくれ」と僕が言うと
「私、たまに頭がおかしくなるの。何でもないから気にしないで」
とそっぽを向かれました。

実に定番通りのアバズレだな、なんて思っていたら今日、一足早く休憩時間に入ったサンドラがカフェに向かう前に僕らの教室を除き、入口で
「キッチー、アタシのこと嫌いなんでしょ」
とクラスメイト達の面前で堂々と意味不明のイタい発言をしてました。

ここんところフラット検索と下見で疲れていたのでしょう、こっちもやけになって
「よし、おまえそこで待ってろ」
と言ってサンドラのもとに行き、公衆の面前で目いっぱい抱きしめてあげました。
無精髭をジョリジョリこすりつけながら。

廊下にいたお気に入りのジャディラにバッチリ見られたのが嫌だったけど、まあいっか、なんて思っていたら、カフェでは見事にジャミリに突っ込まれます。

ともにお気に入りのラウラもジャディラも混じって
「キッチーってサンドラのこと好きなの?」
と僕の苦手なノリでニタつかれたけど、ムキになるのも大人げないと思って
「うん。好きだよ」
と流していると、ジャディラがなかなかの切れ味で一言。

「でも彼女、結婚してるよ」
 
わお。わっかりやすいオチっ。

とはいえ分かりやすいのはオチだけで、サンドラの言動も意味不明なら「好きなの?」と聞いてきたジャディラの発言も意味不明で、煽るだけ煽ってきた今までのタメが見事な前フリになったな、なんて思っていたけど、とりあえずある程度の道徳心があるらしいジャミリはそこから一気に興味を失くしていました。

ところでジュリアーナの誕生日パーティーには、延期したせいでしっかり者のマルタは来られなくなったみたい。
まずい、と思いブルーノを誘ったら、週末は帰郷するとのこと。

というわけで半ば強引にラウールとラウラも誘ったけど、ちゃんと来るかどうか超心配。
あと二、三人誘わないと不安だな。

そうだ。この際だからサンドラも誘おう。

2010年3月14日日曜日

愛すべきフラットメイト


今日は一日、新しい物件の下見に行ってきました。
彼女がいるということを知らされなければ、ゲイだと誤解してしましそうな、なかなか魅力的なメイキャッパーのあんちゃんとの出会いがありました。
そこの物件に住めるかどうかはまだわからないのですが、まあ充実した出会いだったのでよかったです。

家に帰って晩飯を作っていたら、プラネイとフリアンとセバスチャンとサンドラが大はしゃぎで風船遊びをやり出しました。
僕の誕生日用に作った風船がまだそこら中にゴロゴロしていて、しぼみかけのそれらの一つをビーチボールのように打ち合いながら
「落としたヤツがここで踊るのな!!」
とセバスチャンが嬉しそうにはしゃいでます。

ご飯を作り終えて食べ出しても一向にこちらのことは気にせず、風船バレーは続いています。
大盛り上がりのラテン人と黙々と食事をしている東洋人。
静止画で観たらなかなかのシュールギャグだったと思います。

ちなみにこの風船バレーの終わりはフリアンとサンドラの2度目の接触により、手首を抑えたサンドラのテンションが一気に下がったところで終了となりました。
低学年の教え子でこんな子いっぱいいたなあ。

サンドラはもちろん女のコですが、彼女は愛すべきアバズレではなく、愛すべきバカです。

2010年3月11日木曜日

ゲイがいっぱい


今朝、朝飯を作ろうと冷蔵庫の扉を開けた時、扉の角がセバスチャンのケツにぶつかりました。

「アンッ!!」
とゲイのような声を出し、まあ実際ゲイだからしょうがないかと「ごめんごめん」と謝ると
「ちょっとー。ボクのアナルに触らないでよー」
と上目づかいで怒られました。

はーあ。
今日もいいことありますように。

なんて思いながら学校に向かうと、休憩時間中パティに「放課後、ウィンドウショッピングに行かないか」と誘われました。
パティは今月いっぱいで今住んでいるフラットを出ていかなくてはいけないらしく、僕が自分の新しいフラットを探すついでに(結局サンドラは契約を更新したので僕は新しい所を探し中)ここのところ彼女の分の検索も手伝ってあげていたので、最近は結構仲良しです。

放課後、学校を出て最初のバス停に向かう途中、パティが開口一番
「Are you OK?」
と聞いてきました。

極度の寒がりの僕を気遣って言ってくれた言葉だと思い、なかなか可愛いところもあるじゃないかと
「Yeah OK. No propblem」
と答えると
「『OKか?』なんて聞いてねえよ。『ゲイか?』って聞いたんだよ」
と眉間にしわを寄せて返されました。

出オチからスタートしたロマンもヘッタクレもないデートでしたが、話を聞いてみるとどうやらパティは前彼にゲイ疑惑を抱いているらしい。
ふられた腹いせか負け惜しみか、とも思いましたが彼女の国のゲイ率の高さを考えると、まあ頷けなくもない話です。

そのせいで男に対するある意味不信感を持つようになり「男に対してゲイかどうか見極める力がないからさあ」などと呟いていました。
ただし、俺はゲイじゃない。

この後、将来のプランをパティが色々と話してくれました。
タイに戻って仕事をするというパティの人生設計を聞いて、当たり前だけどパティに限らずロンドンで知り合った全ての人間との別れが近い将来待ち受けていることを改めて思いました。

今夜はちょっぴり湿っています。

2010年3月10日水曜日

春は遠い


学校の休み時間中、今週初めて見たサンドラに二日遅れの「ハッピーバースデー」を言われ、その後に週末の予定を聞かれました。
どうやらデートのお誘いみたいです。

「金曜はいつもどおりパブに顔を出すよ」と答えると、上目づかいで
「土曜日は?土曜日、戦争博物館に一緒に行かない?
と聞かれました。

戦争博物館?
これってデート?

とりあえず何度も「戦争?」と聞き返したけど、何度も「うん戦争」と返されて、終いには機関銃をぶっ放すジェスチャーまでされました。

どっちにしろ土曜はジュリアーナの誕生日パーティーに招待されていたので(今度はクラス一几帳面な人妻マルタも行くと言ってるので大丈夫。あ、ブルーノも巻き込もう)やんわりと断っておきました。

サンドラは、たぶん付き合いに非常に体力を必要とする愛すべきスパイシーな女のコです。