2010年1月4日月曜日

ロンドンに来て唯一のストレスがこれだなんて幸せか


11月上旬に日本から発送された荷物がまだ届かず、明らかにイギリス側の不手際のせいで行方不明状態に。
日本の郵便局の職員やら何やらが追跡調査をしてやっとせっつかれたのか、約一ヶ月ぶりにサイトのトラッキングリストが更新されてました。

「差出人に返送・保管期限切れ」

っざけんな!!先ずは一度でも俺んち持ってこい!!
最低限、返す前にこっちに確認しろ!!
と怒ったところでこれをどこにぶつければいいのかもわかりません。

昔から仕事のできない人間には殺意がわく、というほどではないにしても「結構デカめの冤罪でも喰らっちまえ!」と毒づきたくなるくらい大嫌いで、全ての人間に対して清々しいほど平等な僕はもちろんイギリス人に対してもそう思います。
しかも客商売なんかに対しては結構厳しめの評価なので洋の東西を問わず、ほとんどの飲食店で
「早くこいつクビにしちまえよ、店長」
などと思っています。

とはいえ「他人に厳しく自分に優しく」のご都合精神なので、前の職場で仕事のできない部下たちを解雇することはほとんどありませんでした。

支部や本部の立て直しで転勤させられた時の移動直後など、体質改善のための人材入れ替えで前任者が採用した従業員を退職させることはあっても、新規事業部などで自分が採用した人材を解雇することは一度も無かったと記憶しています。

四年ほど前だったでしょうか、そんな話を約三十年来の付き合いで、夫婦の事情により当時から新潟で税理士をしている『ビーバップ』に話したところ、健全不健全を問わず様々な会社の経営状況を見てきた彼は、人材に関してのみならない色々な経営論をアドバイスしてくれました。

自分が採用した人材を切ることができない僕には起業は向いてない、という趣旨の身のほどを僕が打ち明けると、昔から僕を過大評価してきた『ビーバップ』は
「いざ実際、経営者になったらできると思うよ」
とさらりと言ってのけたけど、どうかなあ。
それと人材うんぬんの前に肝心な持続力が無いもの。

そう考えると福岡で独立した『ヤンキー』は素直に凄いなと思います。

僕が福岡を去った後、後任で九州支部の責任者に就いた『セバスチャン』がわずか一カ月で赤字に転換させるという離れ技をもって、その後経営を右肩下がりに転がしました。
そして支部自体もわずか一年で閉鎖に追い込みます。

その時たまたま親戚の弔事で新潟にいた僕は、閉鎖の報告をセバスチャンからではなくヤンキーから受け、彼の起業に対する本心を聞き出し、独立のための簡単なアドバイスをしました。
そして結局セバスチャンと再び組んで同じ職種の仕事を自営で始めることになるのですが、元ヤンだけあって上下関係に律儀な彼が、元上司で年上のセバスチャンを上手く使いこなすことは当然出来るはずもなく、現在はその苦労を強いられています。

「だから言っただろ。一つの営業所を閉鎖に追い込んだ当事者と組んじゃ駄目だって」
「あーあ、キッチーさんの言うこと素直に聞いておけばよかったー。いや、でも最初は一人だと心細かったからなー」

ヤンキーのセバスチャンに対する愚痴を聞くたびに、お互いこんなセリフで締めくくりますが、今だから言うけど実は
「一人で立ち上げるのが不安なら、今やる気を失くしているセバスチャンを口説いて二人で始めるのも手だよ」
と新潟から電話で、僕ははっきりと発言しています。ごめん。
一応言い訳として「ホントは当事者とは組まない方がいいんだけどなあ」くらいは言ったからね。

あとそれから、宮崎にいた時ちょいちょい遊びに行って邪魔したりしてごめんよ。
それといつまでも先輩風ふかしてああしろこうしろ言ってごめんよ。
これに関してはアドバイスは求めるくせにそのほとんどを実践してないおまえが悪いんだよ。
あと朝おまえを起こす時、よく腹の上に乗っかったのもごめんよ。
これも、仕事なのに起きないおまえが悪いか。

あ、俺、こいつにはあんまり悪いことしてない。




葬式が終わり新潟から当時の棲み家、名古屋に帰る前に新潟在住の『ビーバップ』を呼び出して駅前で飲みました。
疲れていたので何を話したか覚えてないけど、もし一連のこの話を『ビーバップ』に話していたら、彼はどんなアドバイスをしていただろう。そういうのは空想しないでいいか。

いろいろと経営だとか仕事だとかに厳しめの言葉を言ってはみたけれど
「でもおまえ今仕事してないじゃん」
とかは言いっこなしよ。
「しかも丸一年」
とかはもっとなし。

とにかくヤンキーもセバスチャンももっとガっつけよ。(先輩風)

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