顎がしゃくれている上に舌っ足らずなのか、顎がしゃくれているからこそ舌っ足らずになっているのか、その因果関係は知りませんが、しゃくれで舌っ足らずのルーサがイメチェンしたのか今日は色っぽいヘアスタイルで学校に来ました。
ルーサと言えば、ホセのお別れパーティーをしたあの日、目的地のクラブ付近で道に迷っている僕を見つけて笑顔で腕を組んできた、なんてこともありました。
その時は彼女も道に迷っていたみたいで正確な道を思い出すまで二人でカップルのようにうろついていたわけですが、ギャグのようにひん曲げ過ぎた彼女の半円の眉毛を見つめながら
「あ、ひょっとしてみんなの視線を顎からそらすためにわざと変な眉毛にしているのか?でもバレバレ」
なんて思ってました。
一方でひどいスペイン語なまりに上乗せされた舌っ足らずの聞き取りづらさに苦労しながら
「でも舌っ足らずに悪い人っていなそう。世の中の人間全員が舌っ足らずになったら争いごとも失くなるんじゃないかな」
なんてことも思いました。
ほんのちょっとした工夫を膨大な絶対数が実践することによって世界が幸せな方向へ向かうことはまだまだいろいろあるような気がするのですが、先進国の総人口が100円ずづ、恵まれない人々に募金するのと、全世界の人間が全員舌っ足らずになるのはどっちが簡単なのか、そしてどっちが効果的なのか、なんてことを考えてしまいました。
先ずは自分から、とりあえず憤りを感じた時だけでも舌っ足らずになってみようかなと、そのシチュエーションの自分を想像してみたのですが、他人を馬鹿にしているみたいなのでやめときます。
募金してるし、まあいっか、と思うのは金持ちの傲慢なんでしょうね。
募金以外の行動をちょっと考えることにします。
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