2009年11月27日金曜日

ビートルズの思い出


記憶が正しければ10年前の2月だったと思います。
その数ヶ月後、地元の祇園祭りのポスターに、後に極太(ごくぶと)の彼女となり嫁となる『べっぴん』が抜擢され、僕が極太や『チャンピオン』と出会った年の2月。世間ではノストラダムスのなんちゃらで騒がれていた年の。

2月13日、土曜日。場所はペルー。南半球の熱い日差しの下。
その日の午前の紅白戦に悪い意味での手応えを感じていた僕は、午後のひと時を沈んだ気持ちでプールで過ごしていました。

当時僕は日系グループを親会社に持つ、ペルー国内2部リーグのサッカークラブで毎日練習をしていました。
これも成り行きっちゃあ成り行きで、ペルーに着いて最初の何週間かは親会社の会長宅に住んでいたんだけれども、しばらくしてこの会社が所有するスポーツパークみたいなところに移ります。
そのパークは周囲を高い塀と分厚い門に囲まれて、内側にはサッカースタジアムやベースボールスタジアム、テニスコートからゲートボール場まで、他にも屋内外にありとあらゆるスポーツの施設が揃っていて、その会社のオフィスやら銀行やら、さらには大学までもが敷地内に設備されていました。

僕はベースボールスタジアム内のコンセントレーションルームに独りで住み、会長の計らいで、本来あらゆる施設の入場に料金が課せられるところを、特別に無料で行き来できるようになっていました。

その日の午後、フィットネスジムで軽く汗を流した後、すぐ隣のプールで午前の紅白戦を振り返りました。
そして前夜にチームの監督と交わした会話を思い出します。
「紅白戦で、今後の君の処遇を決める」

落ち込んでいても埒があかないので、僕はプールを出て、そのまま監督のいるオフィスに向かいました。
オフィスで監督に早口のスペイン語をまくし立てられた後、
「戦力外」
を通告されました。

これは同時に、何日かしたら今の棲み家を出ていかなくてはいけないことを意味します。

失意の中、その晩僕は、チームスタッフに誘われてプッタ(売女)を買いに行きました。
ここでもなかなか魅力的な『男爵』との出会いがあったのですが、話がそれるのでまたの機会に。

売春宿から棲み家に戻ると、パーク内ではバレンタインデーと何か関係があるのか、フェスティバルを開催していました。
ベースボールスタジアムの隣のフットサル場をダンスフロアにして、バカでかいツイーターやらウーハーから吐き出される轟音に合わせ、みんなノリノリで踊っています。

疲れていた僕は自分の部屋に戻りますが、ツイーターの高音がうるさ過ぎて、ウーハーの低音が響きすぎて、全く寝つけません。

その時かかっていた曲がビートルズでした。
しかもわずか7、8曲のレパートリーをエンドレスにリピート。
夜9時から明け方4時までのビートルズ無間地獄でした。

一睡も出来ずに心身ともにくたばった翌朝、日本との時差を考慮しながら遠距離恋愛中の彼女に公衆電話から電話をかけました。
活字にするのも嫌になるような男女間の悲喜こもごもならぬ悲怒こもごもがあり、お互いにケチのついた恋愛関係でしたが、こんな時には大いに慰めてもらおうかななどと自分の我がままに浸り、コール音を待ちます。
しかし、コールの後に聞こえてきたのは彼女の声ではなくオペレータの無機質な声でした。

「おかけになった番号は現在使われておりません」
といった内容をスペイン語と英語の説明に続いて日本語で聞き、僕は震えながら受話器を置きました。

原因は彼女の移り気です。
僕は部屋に戻り、ぐったりと寝込みました。

よくある話ですが、あの晩、運悪くかかっていた曲がビートルズだったというチンケな理由のせいで、僕は今でもビートルズがあまり好きではありません。

ところでこの話、素直に物語の主役(僕)に同情できないのは、女を買いに行っちゃってるとこだよね。
が、事実なんて得てしてこんなもん。

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