早いもので仕事を辞めてからもうすぐでまる一年。学生時代デパートの精肉コーナーでバイトを始めて以来、こんなに長いこと仕事をしていないのは、ブラジルに行っていたときを除けば今回が初めてで、自分の怠け癖に不安を覚えます。
「ニート」という言葉がすっかり定着しきった昨今ですが、この言葉がメディアに登場し始めたころのニートの有名なセリフで
「働いたら負け」
といったものがありました。
スタジオのMCやらコメンテーターは大いに眉をひそめていましたが、実はこれ、僕は納得できるものがあります。
単純に定義したくはありませんが仮に、寿命を全うすることを「善し」とし、自殺を「悪し」とするならば、人間の最初にして最大にして唯一不変の目標は「生きること」そのものだと思っています。
とはいえ、日本人の平均寿命は70年だか80年だかそこそこな数字。
呼吸と栄養だけで生きていければ、そりゃあタフで強い男(女)なんでしょうけど、なかなかそれは難しいから、みんな80年の時間を埋めるための「何か」を持ちます。
その「何か」とは仕事であったり夢であったり愛する人であったり趣味であったり人によっては宗教であったり、要はその人にとっての生きがいにあたり、もっと言えば哲学や生き方にあたるわけですが、「働いたら負け」の真意が、純粋に寿命だけを目標にして余分なものを一切排除することを「勝ち」とし、それをあきらめて充実を求めることを「負け」とする極論であったならば、僕もニートの意見に賛成してもいいというものです。(たぶん違うだろうけど)
通じる話でこんなことを思い出しました。
3年ほど前の岡山でのことですが、事務所であり自宅であるマンションの一室で野菜スープの味付けに苦闘していました。
野菜そのものの味を活かしたいという薄っぺらいイマドキな考えはさらさら無かったのですが、調味料を出来るだけ使いたくないという極度の健康マニアと貧乏性が手を組み、僕は「塩以外の調味料を使ったら『負け』だ」と頑なに考えていました。
それを前提にして、事務所に残っていた部下の『ホームレス』に料理のノウハウを尋ねました。
『ホームレス』は元プロの料理人で、高級懐石料理だか何だか和食を10年経験したのちに自分の店を出したという正真正銘のスペシャリストです。
そんなわけで元ヘボバーテンダーが泣いて喜ぶようなアドバイスを期待していたのですが、「塩以外は負け」の考え方は職人の気質と一緒ですよ、という前置きに続いた返答は意外にも非常にシンプルなものでした。
「うまけりゃ何入れてもええんちゃいます?」
京都弁でさらり。
聞くと、職人たちが嫌う代表的な化学調味料、味の素すらも意に介さない様子。
「最近の化学調味料はよくできていて、プロでも識別できないものもありますよ」
だって。
部下でありながらなかなか尊敬のできる男でした。
こんなことを思い出していたら『ホームレス』から久々のメールが。
なんか目に見えないもので繋がっているのか、こいつを思い出すたびに連絡が来ます。
気持ち悪い。
とは言え、やはり持つべきものは気の合う元部下と、尊敬できる元上司と、友達と、教え子と、親兄弟と、悪徳税理士と・・・あと、持ってないけど可愛い嫁さんと子どもと・・・
持つべきものが多すぎるか。
ニートに言わせりゃ大敗北もいいところです。
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