2009年11月10日火曜日

足がつりそう


まさかこの歳になって坂道ダッシュをやらされる羽目になるとは。

ロンドンに着いてから毎日、棲みかの近くにあるバカでかい公園で運動をしていました。
勝手に自分の中で「俺のもの」化している遊具広場で、よくシャドウボクシングをしていたんだけれども、先週、そこに行ってみると数人の黒人が勝手に「俺の」遊具広場でフィットネスをしていました。
中に入って話をしてみるとどうやらみんな、この二週間のぼくを見ていて、すでにボクサーとして認識(誤認)している様子。そしてどうやら彼らは、アマチュアのフットボーラーでそれぞれのチームに所属している、もしくは全く所属してはないけど、な選手たちが集まって、一人のコーチのもとでトレーニングしているらしい。さらに聞くと中にはコーチも含めて元プロフェッショナルもいるとか。

「俺もペルーの二部リーグにいたんだぜ。二か月で戦力外通告受けたけど」
とか
「日本では子供相手にコーチもしてたんだよ」
という話をその元プロ選手のコーチとした後、
「言葉はうまく話せないけど一緒にコーチをさせてくれないか」
と申し出たところ、あらあら、というかやはりというか、うまく意思疎通ができておらず、成り行きで昨日から若い黒人アスリートに交じってハードトレーニングをする羽目になっています。
楽しいけどね。

思い返してみれば、成り行きで転がった人生をいくつか、というよりたくさん経験してきたわけだけれども、その代表的なものの一つがボクシングでした。

のちに親友となる『極太(ごくぶと)』という呼び名の男と初めて酒を飲んだ時、彼が「自分を変えるため」だのの理由で、ボクシングをやりたいと言い出しました。
消極的な彼だったので
「明日中にジムを調べて明後日中に電話で詳細を調べてその次の日までに通い始めること」
という宿題を課したところ、「明後日中に電話」まではよかったんだけど、その電話の時に、一人じゃ心細いからというはっちゃけた理由で
「友達も連れて行きます」
などと勝手にぬかしたらしく、かくして北半球一気弱なボクサー志望者の付き添いのため、ぼくもそのボクシングジムに行くことになりました。

「俺は今日だけだからな。明日から一人でちゃんと通えよ」
とジムに向かう車中、『極太』に念を押していたのですが、いかにも流行ってません的な初期の丹下ボクシングジムを彷彿させるそのジムに着いてみると、出迎えたトレーナーの横にはそのトレーナーが写っているハングル文字のポスターが。よく見るとその対戦相手が元世界チャンピオンのボクサーで、その当時たまたま僕が読んでいたノンフィクション小説の中で、かなり重要な位置付けにいた登場人物ではありませんか。
嬉しくなってその話をすると、トレーナーも喜んでる様子で自然に話題はその時代のボクサーの話に。あーだこーだとかれこれ30分も長話をしてしまいました。

話も尽きたころ、そのトレーナーが笑顔のままぼくに
「で、『極太』くん、いつから始める?」
と尋ねてきました。どうやら積極的に話しかけてきたぼくの方を、電話をかけてきたボクサー志望者だと勘違いしたみたいです。
ぼくが『極太』じゃないという誤解は解けたものの、まあトレーナーの誘いを断ることもできず、あらあら、というかやはりというか、というわけでボクシングを始めることになりました。
楽しかったけどね。

ちなみにこの数週間後、『極太』はスパーリングをわずか1ラウンドこなしただけで挫折し、更にその数ヶ月後にはトレーナーがストーカーで捕まって新聞の地方版を賑わせるという事件が起き、一人しかトレーナーのいなかったオンボロジムは半閉鎖状態となりました。
めでたし。

そんなことを思い出しながら、バックステップの坂道ダッシュもラストの1本。
登りきったところの木々に4、5人の黒人たちが一斉にタッションをするんだけど、そのションベンの湯気が、ロンドン特有の鋭角で弱々しい日差しに揺らされるサマは、なかなかにロマンチック。

写真はその坂道。わかりずらいけどそこそこ急で長い。

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